第70話 星の巫女と幻の大地
「おお、ここが……」
学校が終わり、日向は今、狭山が引っ越してきたという家に来ている。
真っ白い外壁の大きな家だ。
周りは芝生が広く敷き詰められている。
いかにも最近の綺麗な家という見た目である。
「おおー。立派な家だねー」
「うわ、大きな家だね……お城かな?」
北園とシャオランも来ている。
本堂は予備校があるので来れなかったようだ。
今日話し合うことは、あとで狭山が本堂に伝えてくれるそうだ。
さっそく三人はインターフォンを鳴らし、狭山の家に突撃した。
「やあやあ! よく来てくれたね! ようこそ、自分の城へ!」
「そっかぁ、やっぱりここはお城だったのかぁ」
「落ち着けシャオラン、物の例えだよ」
家に入ると、さっそく狭山が三人を出迎える。
そのままリビングに通される三人。
「む。」
「あ。」
リビングに入ると、日影がいた。
椅子に座りながら、重そうなダンベルを上げ下げしている。
「……それ、何キロあるんだ?」
日向が声をかける。
「12キロだが?」
「じ、じゅうに……」
日向の家にも、彼の父が使っていた10キロのダンベルがある。以前、日向も持ってみたところ、一回持ち上げるのが限界だった。それが、目の前の日影は、それ以上のダンベルを何度も上げたり下げたりしている。
(俺と同じ姿で、何だコイツ。本当に俺か?)
日向と日影がやり取りを交わしていると、後ろから狭山もリビングに入ってきた。
「よしよし。みんな揃ったね。じゃあ、さっそく話を始めようか」
◆ ◆ ◆
リビングのテーブルに座る五人。
テーブルはかなり大きく、七、八人は一度に食卓を囲める面積がある。
日向たちの前には、狭山の部下の的井が淹れてくれたお茶がある。そのお茶を啜りながら、狭山の話に耳を傾ける日向たち。
まず狭山は、国際連合マモノ対策協議会、通称「UNAMaC」について教えた。
それは世界の主要国が集まったマモノ対策のための組織。
つまるところ、世界規模のマモノ対策室だ。
次に、先日そこで行われた会議の内容について、ざっくりと教えた。
「……というワケで、星の巫女は『マモノと戦って決着を付けろ』と言っていたが、結局のところ、彼女を止めればマモノ災害は終わると思われる。北園さんの予知夢のこともある。UNAMaCは、星の巫女の討伐、可能であれば捕縛という方針を決定した」
「討伐って、殺すのですか? あの子を……」
「やむを得ない場合はそうなるね。いま言った通り、可能であれば捕縛とは言っているが、なにせあの圧倒的な力だ。現状、生け捕りの目途は立たないね……」
世界を、人々を守るため、人殺しをしなければならないかもしれない。
その事実が、日向の胸に突き刺さる。
見れば、北園やシャオランも複雑な表情を浮かべている。
日影は、無表情のまま黙って聞いている。
狭山も浮かない表情をしている。
彼も、その性格からして、出来ることなら捕縛という道を選びたいのだろう。
だが、その難しさは日向でもよく分かっている。
戦闘において、敵を生かすことは、敵を殺すより数倍難しいという。
あの、当たり前のように超常現象を引き起こす星の巫女を、どうやって生け捕りにしろというのか。
「……とにかく、この話は置いておこう。現状ではどうにもならない。この先の戦いの中で、何か活路を見出せるかもしれないしね」
狭山がこの話題を切り上げ、再び話を続ける。
「星の巫女は『幻の大地』という場所にいると言っていたが、実はその『幻の大地』と、星の巫女の正体が掴めたかもしれない」
「え!?」
狭山の言葉に、思わず目を丸くする日向たち。
彼女の正体はもっと戦いが進んでからでないと分からないと思っていただけに、その衝撃は大きい。
「あの子は、十年ほど前に海難事故にあって『幻の大地』に流れ着いたと言っていた。だから、十年ほど前の海難事故について洗いざらい調べてみたんだ。そこで見つけたのが、オーストラリア東部の沖合での事故だ」
狭山は、話を続ける。
「この事故ではオーストラリア在住の親子三人が、嵐に飲まれて行方不明になった。その三日後に両親は近くの無人島で保護されたが、娘さんは今でも遺体すら見つかっていない。青と緑のオッドアイが特徴の、当時3歳の女の子だ。……もし、この行方知れずの娘さんが『星の巫女』だとしたら……?」
「それなら、たしかに辻褄が合う……」
日向は、その事故のことを何となく覚えていた。
7歳くらいの頃、テレビで報道していたのをチラリと見たことがある。
海外のニュースなので、日本ではあまり多く報道されることはなかったが。
(けど、あの事故がこんな形で尾を引くことになるなんて……)
衝撃を受ける日向をよそに、狭山はさらに話を続ける。
「それで、『幻の大地』についてだが、この親子が流されたクルーザーは南太平洋付近まで流されていた。きっとそこに『幻の大地』はあると思う。ただ、本来、南太平洋に大陸など無い。本来はね。だがかつて、この南太平洋、いや、太平洋全域にとある大陸が存在していたと提唱されたことがある。『ムー大陸』というんだけどね」
「あ、聞いたことがある。何かのゲームで見た気がする」
「その大陸は近年の地質調査などで、実在しないと証明されたが、これがもし星の巫女の言う通り、別次元に存在する為に見つからなかったのだとしたら? あの太平洋にあって、この世の太平洋に無い大陸なのだとしたら?」
「なるほど、そういう考え方が……」
日向が頷くその一方で……。
「う、うーん。話が異次元に飛んでいる……」
北園が、既に話についていけていない。
無理もない。話の内容はあまりに非現実的だ。
日向も頭がこんがらがりそうになるが、なんとか整理して、まとめる。
「つまり、この世の太平洋は、この世には無い別次元の大陸の入り口になっている可能性がある、という認識で良いのですか?」
「うん。その認識で構わないよ、日向くん。『幻の大地』への移動手段は、アメリカ合衆国が用意してくれることになった。端的に言うと、次元を超える移動装置を作ってくれることになった」
「……そんなもの、作れるんですか……?」
「まだ理論段階だけどね。だが、瞬間移動装置の研究は前々から取り組まれているテーマだ。作れること自体は証明されているんだよ。……とりあえず、『幻の大地』のおおよその座標は掴めた。あとは次元移動の方法を確立し、装置を設計する。あの大国の英知なら、きっとやってくれるさ。そして、その装置の完成までに、君たちは星の巫女と戦えるだけの力を付けなければならない。自分も精一杯サポートするから、一緒に頑張ろう」
そこまで話すと、狭山は話を切った。
そこで、日向は一つの質問を狭山に投げかけることにした。
「狭山さん、一つ質問が」
「はい、どうぞ。日向くん」
「そこまで分かっているのなら、『星の巫女』の名前も分かっているのでは……?」
日向の言葉を聞くと、狭山の表情が再び浮かないものになる。
そして、ノリが軽めな彼らしくない、重々しい様子で口を開く。
「……聞きたいかい? 最悪の場合、君が手にかけるかもしれない子の名前を」
「……はい。それがせめてもの覚悟になれば、と」
ハッキリと返答する日向。
その返事に、狭山は観念したような表情で口を開いた。
「……星の巫女の本名は、エヴァ・アンダーソンだ」
「エヴァ・アンダーソン……」
狭山の口から告げられた名前を、日向は反芻するように呟いた。
自身が殺すことになるかもしれない、少女の名前を。
「……すまないね。君には、つらい役目を押し付けることになってしまった」
狭山が沈んだ表情のまま、頭を下げる。
「……いえ。大丈夫です。俺は……そういうの、ゲームとかで慣れっこですので」
「……そっか。そう言ってくれると、こちらも助かるよ」
日向は微笑みながら返答したが、その微笑みにはどこか悲痛な表情が見え隠れしていた。
こうして、暗い雰囲気のまま、今回の話し合いはこれでお開きとなった。
最後に、日向たちの活動、マモノとの戦いについて、あまり口外はしないでほしいと狭山は言った。これには、日向たちのことを思っての理由もある。
日向たちがマモノと戦っていると知れば、人々は様々な疑問、疑念を日向たちにぶつけてくるだろう。そうなれば、日向たちの活動、生活が息苦しいものになる可能性がある。
狭山たちにしても、ここでマモノ対策室の仕事をしていると知られれば、マモノについての話を聞こうとする人たちが押しかけてきて、仕事に影響を及ぼすかもしれないからだ。
だが、日向たちの親や身内には、この話を打ち明けても構わないと言ってくれた。そういった人たちにまで秘密にして活動に支障をきたすくらいなら、いっそ正直に話して理解を得てしまおうという、狭山の考えだ。
その件について、北園は「私は大丈夫です!」と言った。
明言はしなかったが、どうやら親を説得するアテがあるらしい。
本堂は、既に妹の舞が事情を知っている。
彼の父はあまり家に帰らないため、帰ってきたら話すと以前言っていた。
シャオランは、日本に来るにあたって、マモノと戦う旨を家族に説明している。
よって現状、マモノと戦う事実を家族に隠しているのは、日向のみ。
(……けど、俺はこのまま隠したままでいこうかな……。母さんの性格なら、きっと反対する。そんな危ないことをしたらダメだ、って。ましてや、俺が人を殺すかもしれないなんてこと、言えるワケがない。だって、俺は……)
どこか遠くを見つめるように、日向は再び悲痛な表情を浮かべていた。




