第68話 国際連合マモノ対策協議会
1月8日。日向たちの始業式と同日。
ここは、マモノ対策室本部の一室。
部屋はやや狭く、薄暗い。
壁には至る所にモニターが取り付けられている。
そのモニターに映し出されているのは、世界各国の首脳や要人たちだ。
その一室の中心に、狭山はいた。
これは、国際連合マモノ対策協議会、通称「UNAMaC」のビデオ会議である。
United Nations Anti Mamono Council
略してUNAMaCだ。
「……以上が、今回の中国での活動で得た新情報。マモノと『星の牙』の真相について、そして『星の巫女』と『幻の大地』に関する自分の考察です」
狭山が報告を終えると、会場がモニター越しにどよめきに包まれる。
「そんなことが起こり得るのか?」
「非科学的だ。信じられん」
「だが、マモノは常に我々の常識を超えてきた。今回もきっと……」
「サヤマが嘘をついているとは思えん」
ざわつく会場内を静かに見守る狭山。
そんな狭山に言葉を投げかける男が一人。
『うむ。有意義な報告をありがとう。ミスター狭山。キミはやはり、本当に優秀な男だよ』
「お褒め頂き光栄です。プレジデント」
狭山に話しかけた男の名はロナルド・カード。
アメリカ合衆国の現大統領である。
『先ほどの話に出た、『幻の大地』への移動手段とやら。それは我々が引き受けよう。……だが、キミの報告には一つ、疑問な点があった』
「それは?」
『キミが出会った少女が見たという、『世界を救う予知夢』についてだよ。話によると、その日本人の少女たちが世界を救わなければならないそうだが、私はそうは思わない。だいたい、信じられるのか? 予知夢などというものが。未来ある若者たちの命を、その予知夢という賭けのチップに使い、マモノとの戦いに放り込むと? 世界を救うのは我々、合衆国であるべきだ。そうは思わんかね? 我が国が率いる『ARMOURED』なら、その少年少女たちに代わって世界を救えるだろう。彼らには、それだけの力がある』
ふむ、つまりキミは大人しく黙って見ていろということか。
そう思考すると、狭山は口を開く。
「おっしゃる通り、『ARMOURED』のメンバーならば、並のマモノには引けを取らないでしょう。しかし、現にあの少女……ミス北園は自身の予知夢を活用することで道を切り開き、遂には我々マモノ対策室との接触まで達成してみせました。自分がこうやって、皆様に新情報を報告できるのも、彼女の力があってのこと。無下にするべきではないかと」
『ううむ、しかしだな……』
「それに、その予知夢の時まであと一年以上は猶予があるものと思われます。彼らは、これからなのです。これから様々な経験を積んで、必ず立派な戦士に育つでしょう。プレジデント、未来ある若者をどうか温かい目で見守ってあげてください」
『ぐ……ぬぬ……』
狭山の言葉を受け、ロナルド大統領は口をつぐむ。
「未来ある若者を応援してほしい」と言われ、それをこの、各国の首脳が一堂に会する場で断っては、「アメリカ大統領は自国の名誉の為なら、若者の未来さえ摘み取ろうとする器量の狭い男だ」と思われかねない。ゆえに、口をつぐむしかなかった。
「では、今回の会議はここまでにしましょう。ミスター・カード、『幻の大地』への移動手段については、また後ほどお話を」
そう言って狭山は深く一礼し、部屋から退出した。
日本は、マモノとの戦いにおいては、大国アメリカに並ぶほどの発言権を持っている。理由は、狭山だ。
最初に世界でマモノが出現した時、狭山は冷静に対処法を取りまとめ、人員を配備し、マモノと戦うための装備を自ら開発した。
それは極めて迅速な対応だった。だから、日本はマモノ対策において、他国より一歩抜きん出た。
元より防衛省情報部において様々な仕事を人並み以上にこなしてきた狭山だが、この一件によって内部での評価を大きく上げ、新設されたマモノ対策室の室長を任せられるに至った。
狭山は、そして日本は、マモノ対策の知識、技術を他国に惜しげも無く提供した。
現在、各国が安定してマモノと戦うことができているのは、ほぼ狭山の功績だ。ゆえに、UNAMaC加入国のほとんどは、狭山に頭が上がらない。
唯一、日本と同等、あるいはそれ以上の立場にいるのがアメリカ合衆国だ。強大極まる軍事力を備え持つこの国は、初期のマモノの出現においても全く動じることなくこれに対処してみせた。日本の援助無しで、アメリカはマモノと戦い抜いたのである。
そして、アメリカはいついかなる時でも世界をリードする存在であらねばならない。
マモノ対策もまた、政治の一環だ。今後の外交の為にも、ここで日本に弱みを握られるワケにはいかないのだ。カード大統領が高圧的に出た理由はここにある。
……もっとも、狭山にとっては、外交のことなぞどうでも良いのだが。
「世界各国が手を取り合って立ち向かうべき事態に、終わった後のことまで考えないといけないというのは、やるせないねぇ」
諦観と憐憫の意思を吐き出すように、そう呟いた。
「よう。お疲れさん」
背後から何者かに声を掛けられた。
声の主は、狭山自身の部下、倉間慎吾だ。
「やぁ、倉間さん! 東京に戻ってきていたのですね」
「あぁ。戻って来たよ。まったく、年末から日本の南端まで飛ばしやがって。それに、やはりというか、とんでもないことをしでかしてくれたなお前は」
「おや? 何のことでしょう?」
狭山は首を傾げた。
「マモノの存在の公表のことに決まってるだろーが。おかげで世間は大混乱だぞ」
「あぁ、やっぱりそれですか。ですが、これはもう必要経費です。このままマモノの存在を秘匿したままあれらと戦うのは、いずれ限界が来る。それで助けられない人も出てくるかもしれない。だったらもう、スパッと公表しちゃおうかな、と」
「相変わらずノリが軽いなお前は。……だが、腐っても他人のためってあたりが、やっぱりお前らしいか」
「はは、お褒め頂き恐悦至極」
やり取りを交わしながら、二人は廊下を歩く。
「とんでもないことと言えばもう一つ。お前、十字市に行くって?」
「ええ。使命を持った少年少女たちをサポートするために。倉間さんには悪いですが、あなたはこちらでお留守番です」
「まったく、一室のトップが一年以上本部を離れて子供の面倒を見るって、お前は本当に何考えてんだ?」
「前にも言いましたが、あくまで自分が一番の適任だと思ったから、自分が行くだけですよ。……決して、本部を離れてサボってやろうとか、思ってませんよ?」
「他の奴ならともかく、お前が言うと嘘くさくなるから不思議だよ」
「えぇ!? そんなぁ!? これでも人は騙さないようにと決めてるんですよ? 因果応報、人を騙せば巡り巡って自分に罰が返ってくるのですから」
「そうやって弁明するところが、やっぱり怪しい」
「なんとぉ!? 自分は一体どうすれば良いんだ!」
わざとらしく頭を抱える狭山を、倉間は鼻で笑った。
しかし実際のところ、狭山はサボるどころではない。
十字市に行っても、基本的に狭山の作業量は変わらない。
狭山がやってきた仕事のほとんどは、十字市に居ようが本部に残ろうが変わらず出来るものばかりだからだ。
つまり狭山は、今までの仕事に加え、あの子供たち、日向たちのサポートまでしなければならない。サボるどころか、さらに仕事を増やしたのだ。この男は。
それを、倉間はもちろん分かっていた。
そして、狭山がそこまでする理由も、やはり分かっていた。
どこまでも他人のためなのだ。この男は。
やがて廊下は丁字路に差し掛かった。
狭山は左、倉間は右へ向かわなければならない。
「この後すぐに、日影くんと一緒に十字市へ向かいます。本部はお願いしますね。倉間さん」
「ったく、任されましたよ、ボス。だから、無理はするんじゃねぇぞ。お前が倒れちまったら、何にもならねぇんだからな」
「ええ。肝に銘じておきます。では、また」
「ああ、またな」
そう言い残すと、男たちは互いに背中を向け、歩き去っていった。




