第8話 白狼の群れ
目の前に現れた白狼。その数、五匹。いずれも唸り声をあげ、日向と北園に向かって氷の牙を剥いている。間違いない、やる気だ。
日向は昨日、あの狼たちに噛み殺されそうになったことを思い出し、恐怖を感じていた。迫る氷の牙と爪は、今でも鮮明に思い出せる。
しかし、もはや今さら逃げるワケにもいかない。
恐怖心を深呼吸と共に吐き出し、己を鼓舞するように北園に声をかける。
「俺が前衛、北園さんが後衛。これでいいよね?」
「えーと、前衛? 後衛?」
「……要は、俺が前に出て狼たちを引き付け、北園さんが遠距離攻撃担当ってことだよ」
「あーなるほど! りょーかい! よろしくね、日向くん!」
「あぁ、こちらこそ!」
言い終わるや否や、日向は狼の群れに向かって突っ込んでいく。北園の超能力の威力がどれほどのものかは分からないが、とにかくあの白い狼たちを北園に近づけさせるワケにはいかなかった。
―――これから俺は、あの獣を殺す。
恐怖を覚悟で押し殺し、剣を構えて駆けてゆく日向。
……と、ここで、白狼に向かって走る日向の横を、一つの火球が抜き去っていく。
「ギャオオオンッ!?」
「キャインッ!?」
火球は狼の群れの真ん中に着弾すると、大爆発を巻き起こした。
あとに残されたのは、五匹の狼たちの燃えカスだ。
「やった! 五匹同時にやっつけた!」
「うっわぁ……昨日とは比較にならない火力……」
日向の後ろで北園が飛び跳ねている。
日向が斬りかかるまでもなく、白狼は全滅した。
どうやら日向の後衛は、相当頼りになる能力の持ち主のようだ。
狼を倒したことにより、北園は得意げな顔で辺りを見回す。
「あらら? もう終わりかな?」
「……いや、まだだ!」
警戒の声を飛ばす日向。
周りの茂みから新しい白狼が出現する。その数、四匹。
「くそっ、囲まれたか……」
「これくらい、どうってことないよ!」
そう言うと、北園は再び火球を生み出す。
それも、両手で二つ同時に、だ。
そして近くの白狼二匹に向かって一つずつ火球を投げつける。
白狼たちは火球を避けるが、火球の爆炎は横に跳んだ白狼たちを飲み込み、その身体を焼いた。
「ギャンッ!? ギャンッ!」
「グギャアアアッ!?」
毛皮に火がつき、のたうち回る二匹の白狼。
彼らはそのまま動かなくなった。
その末路を見届けることなく、北園は再び二つの火球を生み出し、残り二匹の狼たちに投げつける。
「キャンッ!?」
「ガウッ!」
一匹は被弾し、燃え上がる。
残り一匹は避けきり、北園に向かって飛びかかる。
「せりゃあっ!」
「ギャンッ!?」
その横から、日向が剣を振り下ろして白狼を絶命させた。
この剣の重量は相当なものだ。
まともに当たれば、狼だろうと斬り潰される。
―――嗚呼、殺した。
遠距離から攻撃する北園とは違い、日向は一つの命を奪った感触をダイレクトに感じていた。
昨日、白狼を始末した時は「襲われたから、正当防衛だから」と思って自分をごまかした。そもそも必死過ぎて、命を奪う覚悟とか、そんなことを考えている暇も無かった。
しかし今回は違う。
明確に自分の意思で一つの命を終わらせた。
日向の中で、何かが切れた。
「ありがと! 日向くん!」
そんな日向の思いをよそに、北園が明るく声をかけてくる。
「どういたしまして。しかしすごいな北園さん。文句なしのメイン火力だ」
「えへへ~。もっと褒めてくれてもいいよ!」
「……そうしたいのはやまやまだけど、それは後にした方がいいみたいだ」
目の前の茂みがガサガサと音を立てる。
そして、再び別の白狼が飛び出してきた。今度は三匹。
うち一匹が、真っ直ぐ日向に向かって飛びかかり、その爪で引っかこうとしてきた。
「させるか!」
もはや躊躇いは無い。
飛びかかってきた白狼に向かって剣を突き出す。
正面に構えた剣は、最小の動きで以て、白狼の喉を貫いた。
しかし、その間に二匹の白狼が日向を取り囲む。
「狼との距離が近い……。これじゃあ、北園さんが火球を放っても、俺が巻き込まれてしまう……」
「心配ご無用!」
そう言うと北園は二匹の白狼に向かって両手をかざす。
すると、その手のひらから一筋の稲妻が迸り、左右の白狼を撃ち抜いた。
「グ……クゥゥン……」
「ガウ……」
「よし、今だ……!」
白狼たちはビクビクと痙攣して動かない。
その隙に、日向は白狼たちに剣を突き立てトドメを刺した。
「周りを巻き込みたくないときは、電撃を圧縮してビームにして撃つこともできるんだよー」
「ありがとう、北園さん。助かったよ」
「どういたしまして!」
白狼を殲滅し、二人は周囲を警戒する。
もう白狼たちは出てこない。
「……終わったか?」
「そうかも。もう狼たち出てこないし」
「よっしゃ。じゃあ……」
じゃあ帰ろう。そう言おうとしたその時だった。
その帰り道を塞ぐように、巨大な白い獣がやってきたのだ。
「あれは……まさか、熊か……!?」
日向は思わず目を見開く。
ずんぐりむっくりした身体。
鋭く、太い牙と爪。
目には敵愾心がこもっている。
口から垂れ出ている涎は、濃厚な殺意の表れだ。
毛並みは白というより銀に近いが、その姿はまさしく白熊だった。