外伝6話 影は川の主と対峙する
(……さて)
オレは水中で剣を構え、周囲を見渡す。
川は思った以上に深い。
幅が広くなったついでに深さも変化したのだろうか。
そりゃ川の主はちょっとした平屋くらいある巨大魚だ。あれほどの巨体が元気に泳ぎ回っているのだから、深さだって相当なものになるはずだ。
そしてヤツはオレの左方向、つまり下流側にいた。
こちらを見るや否や、猛スピードで突っ込んでくる。
(……来るか!)
剣に火を灯す。
水中だというのにしっかり燃えるんだな。
どうなってるんだ剣。
ともかく、こちらに向かって突進してくる川の主に対して、オレは剣を振りかぶり……
(おるぁッ!)
身体ごと回転させて、縦に真っ直ぐ振り下ろす。
燃える刀身は川の主の額を捉え、透明な水が赤く濁る。
水の中でも、肉を焦がす臭いが鼻に入った。
ダメージを受けた川の主は、痛みのあまりか、突進を止めた。
(まだまだッ!)
今度は横方向に、身体ごと回転させて斬りつける。
がら空きになった川の主の身体を深々と切り裂き、川の主はもんどり打ってオレから距離を取った。
……しかしまぁ、魚は悲鳴を上げないから、しっかりオレが文面で伝えないと状況が分かりにくくて困るな。
だが、これならいける。オレは確信した。
薄々思っていたが、この剣、怪物相手には随分と威力が上がるように感じる。思えばオレが初日に戦った大猪。あれほど巨大な生物を剣の一刺しだけで仕留めたのだって十分な異常だ。
原理は分からない。だが、この剣は間違いなく化け物に対して特別な力がある。ならば、たとえ水の中だろうと、接近戦ならオレの土俵だ。体内の酸素もまだ大丈夫。このまま攻め続ける……!
そう思った矢先に、川の主がオレから距離を取る。
(あん? 逃げる気か?)
しかし川の主はすぐにこちらに向き直ると、尾ひれを翻して水を一薙ぎ。すると、水の流れが奔流となって、オレに襲い掛かってきた。
(なっ!? なんだそれ!?)
たったの一薙ぎ。それだけで水流が、まるでうねる龍のようにオレに迫ってくる。そうはならんだろ、と思いたかったが、実際に水流はそうなってオレを飲み込んだ。
(うおおおおおおお!?)
荒ぶる水の流れに巻き込まれ、オレは回転しながら押し流されていく。視界がぐるぐるとかき混ぜられ、右も左も、上も下も分からなくなる。
やっとのことで水流から解放され、目の前を見ると、川の主がいない。
(しまった、見失った!)
慌てて川の主の姿を探す。
すると、オレの真後ろから川の主が迫ってくるのを見つけた。体当たりだ。
(くっ……!)
その突進に合わせて、剣を振り抜こうとする。
だが水の中ではどうしても体の動きが鈍ってしまう。
結果として、オレが剣を振るより早く、川の主はその身体をオレに叩きつけた。
(がはっ……!?)
巨体をぶつけられ、オレは衝撃で吹っ飛ばされる。
しかしここは水中。
周りの水がオレを押しとどめ、衝撃は逃げずにオレの身体に全て残る。
骨まで軋むような痛みだ。
川の主の猛攻は続く。
今度は尾ひれでオレを打ち据えてきた。
(ぐっ……)
オレは燃え盛る剣を構え、それをガードする。しかし、川の主は家ほどもある化け物魚。尾ひれだって自動車くらいの大きさがある。川の主はオレの防御なんぞ物ともせず、ガードごとオレを吹っ飛ばした。
(ぐあっ……!?)
オレは再び吹っ飛ばされ、周りの水に引き留められる。身体がバラバラになりそうな衝撃だ。
オマケに身体が熱い。剣がオレの身体を再生させているのだ。水の中だというのに、脂汗をかくのを確かに感じる。
しかも、ヤツの攻撃を立て続けに受けてしまったことで、体内の酸素を一気に吐き出してしまった。急に息が苦しくなる。ここはひとまず、酸素を取り入れねば……。
オレは息継ぎをするため、水面に向かって浮上する。
しかしそれより早く、川の主が水面に向かって泳ぎ出し、水中からその姿を消した。
つまりヤツは、水面から飛び跳ねたのだ。イルカのジャンプのように。
そして次の瞬間、オレが目指す水面に、大きな影がかかる。
(まさか……!?)
悪い予感は的中した。
川の主の巨大な身体が、オレに向かって降ってきた。
(がっ……!?)
強烈な衝撃を叩きつけられ、視界が大きくぶれた。
しかも、ヤツはオレの真上から降ってきた。
つまりオレは下方向に吹っ飛ばされ、水面がさらに遠のいてしまった。
なけなしの酸素も吐き出してしまい、いよいよ身体が酸欠で悲鳴を上げる。
(ぐ……!)
酸素を求め、必死に泳ぐ。
だが川の主はそれを嘲笑うかのように尾ひれで水を一薙ぎ。
水の奔流がオレを押し流し、冷たい水底に叩きつけた。
(………ッ!)
水面が、随分と遠くなってしまった。
身体に力が入らない。手に持つ剣が、いやに重い。
剣の炎が、かき消えた。
剣に引っ張られるように、オレは沈んでいった。
見上げれば、川の主がこちらに向かって突進してくる。
最後のトドメを刺そうというワケか。まったく、容赦が無い。
だが、オレは言ったはずだぞ。
接近戦なら、こちらの土俵だと……!
オレは残った力を振り絞り、体勢を整え、水底に足を付ける。
剣を真っ直ぐ構え、川の主を見据える。
そして、迫ってくるヤツ目掛けて、底を蹴り上げロケットの如く突進した。
果たしてオレと川の主は正面から激突。
剣は、深々とヤツの額に突き刺さった。
川の主は水中でビチビチとのたうち回り、やがて動かなくなった。
(フィッシャー3号。松ぼっくり。ミミズさん。終わったよ……)
それを見届けると、オレの意識もそこで途絶えてしまった。




