外伝4話 影の生きる意味とは
名実ともに一人の人間となったオレは、それから数日間この山の中で過ごした。
山から下りたところで行く場所も無いし、何かを買う金も無い。
下りたところでしょうがないのだ。
暇な時間は、ひたすらトレーニングをした。
こんな山の中でも、やろうと思えば色々と身体を鍛える方法は見つかるものだ。
剣を素振りしたり、一抱えほどある岩を持ち上げてみたり、足場の悪い山道をあえてランニングしてみたり。もちろん、腕立て、腹筋、スクワットだってできる。
とくにやることが無い時は、ひたすらそうして時間を潰した。オレは日向とは違う。こんな弱い自分、さっさと脱却してやる。
しかしこの山、化け物の温床と化しているぞ。
あっちこっちで普通じゃない生物がうろついている。
中には、下の町に近づこうとしているヤツもいた。これが何の害も無さそうな生き物なら見逃すのだが、どいつもこいつも凶悪な面構えをしていて、人里に下りようものなら間違いなく人間を襲うのは目に見えていた。実際、オレは襲われた。
襲われた結果、死ぬこともあった。結構あった。
だがこの剣、なんとオレが死んでも生き返らせてくれるようだ。便利なモンだな。
……とはいえ、その回復方法はかなり荒っぽいが。
怪我を焼いて治すって、殺す気か。生き返らせてるのだが。
ちなみに、死ねば死ぬほど強くなるとかいったチート能力は、この剣には備わっていないようだ。強くなりたいなら、オレ自身がしっかり鍛錬しなければならないようだ。……まぁ、蘇生能力だけでも大した能力だ。これ以上贅沢は言わねぇよ。
なので、この裏山に出現する怪物を倒し、ふもとの町を守るのもオレの役割だった。これもまた、トレーニングの一環だ。それに、怪物を倒せば肉にありつける。オレにとっては得することばかりだ。
……しかし、せっかく仕留めた怪物が、しばらくするといきなり骨になっているのは何でだ? 別の怪物の仕業か? それともあの化け物どもには、死んだらすぐ骨になる特性でもあるのか?
とにかく、オレはこの山でひたすらサバイバルとトレーニングを続けた。
雪が降ってきた日もあった。
割とすぐに止んだが。
雨が降ってきた日もあった。
こっちは二日くらい続きやがった。
そんな悪天候に負けず、オレは自分を高め続けた。
化け物と戦う力を付けるために。
そして、弱い『日下部日向』を消すために。
オレも、あの化け物たちも、普通この世界に存在するはずのない異物だ。少なくとも、日向は今まであのような凶悪な生物たちを見たことは無い。
オレの出現と、化け物の出現。
きっと何か関連性がある。
しかし、化け物たちはオレを目の敵にしているようだし、オレもヤツらには良い感情を抱けない。これ以上ない敵対関係だ。
であれば、オレが生まれた目的というのは、化け物と戦うためではないだろうか。……いや、そうだ。そうに決まってる。そうでなくてはならないんだ。
そうでなければ、オレは。
だからオレの目的はきっと、この化け物たちを倒し、現在起こっている異変を解決すること。その中で強くなり、一皮むけた『日下部日向』として生まれ変わること。それがきっと、オレの生きる意味だ。
オレが生まれて五日目。
トレーニングの甲斐あってか、この日初めて懸垂ができるようになった。木の枝にぶら下がったまま、腕と背中の力だけで上下に動くのだ。できないことができるようになるってのは、楽しいモンだな。
また一つ強くなった自分の力に満足しながら、獲物を探して山を歩き回る。しかし………。
「いねぇ。全然いねぇ。全く見当たらねぇ」
化け物の数は、ここ数日でめっきり減ってしまっていた。
オレが狩りすぎてしまったか?
一応、下の町の平和は守られるが、これではオレの飯が無くなってしまう。
この身体、傷は治るが腹は普通に減る。死の淵からでも蘇ることができるのは先述のとおりだが、飢え死にした場合はどうなる? 飯を食うまで、胃の中が燃え続けるとか?
「……死んでもゴメンだな」
我ながらエグい想像をしてしまった。
そのイメージを頭から叩き出して、探索に戻る。
しかし結局、手ごろな怪物は見つからず、オレは川まで戻って来てしまった。
最初は休息のために立ち寄ったこの川も、今ではすっかりオレの拠点だ。
だが、その川に近づくと、異変が起こっていることに気づいた。
「……なんか、川がデカくなってないか?」
初めてオレがここに来たときは、この川は幅4メートルほどの、小さな川だった。それが今ではどうだ。幅は一気に10メートル近くまで広がっているぞ。明らかに普通じゃない。何かがこの川に起こったのだ。
「この間の雨で、確かに川の水かさは増していたが、普通こうはならないだろ……?」
そう思って、川端まで近づいた時だった。
「……んん? 水底に何かいる……?」
目を凝らして見てみると、水の中で何かが泳いでいる。
十中八九、魚なのだろうが、妙にサイズがデカい。
「……まさか、化け物か?」
そう考えた瞬間、その魚影はこちらに急接近し、身を翻す。
水面から飛び出た尾びれが、オレを身体ごと思いっきり引っぱたいた。
「ぶべぇ!?」
強烈な尾びれビンタの不意打ちをもらい、地面に倒される。
はたかれた身体が熱を帯びるが、そんなことはどうでもいい。
一体何者だ。こんなふざけた真似しやがって。許さんぞ。
その時、水面から巨大な魚が飛び跳ねた。
ちょっとした家ほどもある大魚だ。仮にあれが川の主だと言われても、ちょっと非常識な大きさだ。つまり、怪物だろう。
「んじゃ、今日の献立は焼き魚だな」
そう呟いて、オレは剣を構えた。どの道、この川はオレの大切な活動拠点なのだ。占拠されるわけにはいかない。
オレと、川の主(仮)。
一人と一匹の生活圏を賭けた戦いが始まった。




