第65話 星の巫女
「この剣が、星の牙……」
「なぜ、その剣が現れたのか。その剣を持ったあなたが今後どのように動くのか。それを見定めたくて、今回、あなたたちの元に姿を現したのです。……もっとも、剣が現れた理由は結局分かりませんでしたが」
星の巫女が語る。
彼女は日向の持つ剣が何なのか知っていたが、一方でなぜこの剣がこの星にやってきたのかまでは分かっていないようだ。
そして、日向が選ばれたワケも。
いや、そもそも何かに選ばれて日向がその剣を拾ったのかさえ。
「……ですが一方で、今後の方針は固まりました。確かにあなたたちはマモノの脅威となる強力な武器を手に入れた。しかし何も問題は無い。むしろ、これでようやくフェアになったと言っていい。これからが、貴方たち人間と、『星の牙』たちの本格的な戦いになる」
「ほ、本格的って……!」
日向は思わず、星の巫女に食ってかかる。
「今までの戦いは、本格的じゃなかったっていうのか? 初詣に現れたミストリッパーやロックワームは大勢の人々を混乱に陥れた。ボスマニッシュは、キノコ病でたくさんの人を苦しめた!」
これ以上戦いがひどくなれば、きっと多くの人が死ぬ。
人だけでなく、マモノだってたくさん死ぬだろう。
マモノもまた、この星の生き物なのだ。死なずに済むならそれが良い。
(誰も得しない。大勢が傷つき、悲しむだけだ。何とかして、この『マモノ災害』を止めさせないと……!)
そう考えた日向は、星の巫女の説得を試みる。
「お願いだよ、もう止めてくれ。これ以上戦っても、何の意味もない。マモノが怒っているっていうなら、何とかして和解策を……」
「調子良いこと言ってんじゃねぇぞ、クソ人間が」
日向に罵声を浴びせてきたのは、ヘヴンだ。
「テメェら人間がいると、俺たち動物の未来が脅かされるんだよ。そうやってテメェがご高説垂れている間にも、絶滅している奴らがいるかもしれねぇんだぜ? ……テメェら人間に戦う意味が無くてもな、こっちにはあるんだよ」
彼の言葉には、突き刺さるような怨嗟の念を感じる。
あまりにも深い溝。
埋め立てる手立てなど、日向には無い。
「お前の言い分は分かった。だがお前はともかく、その子はどうなんだ?」
日向の代わりに口を開いたのは、本堂だ。
星の巫女に対して、質問を投げかける。
「話から察するに、マモノを生み出しているのは君なのだろう? これは人間とマモノの戦いだというが、なぜ君は人間でありながらマモノたちに肩入れする? どうしてマモノを生み出し、戦わせるんだ?」
「それは……この子たちの声を、聞いてきたからです」
そう言って、星の巫女は語り始める。
「私も元々は、人の町で生まれ育ちました。しかしそれは長くはありませんでした。私が3歳くらいの頃、両親と共に小さな船に乗り、海の上で楽しく過ごしていた時です。突然、ひどい嵐がやってきて、私たちの船は流されてしまいました。その時、私は海へ投げ出されてしまいました。幼い私はロクに泳ぐこともできず、海は荒れ狂い、もはや死を待つのみでした」
しかし、と言って彼女は続ける。
「そんな私を哀れんだこの星が、私を『幻の大地』へと案内してくれたのです』
「幻の大地?」
ここに来て、また新しいワードの登場だ。
「幻の大地は、この時空とは別の時空に存在する、自然豊かな大陸です。そこは、こちらの時空で絶滅の危機に瀕した動植物たちの避難所でもあります。そこで私は聞いたのです。彼らの怒りを、嘆きを、悲しみを。人間たちに住処を追われ、同族を殺され、尊厳を踏みにじられた憎しみを」
語り続ける星の巫女の目が、だんだんと伏せられていく。
「私には、その声を無視できませんでした。だから、この星に頼んだのです。彼ら動物に、人と戦えるだけの力を、と。しかし星は、断固としてその願いを聞き入れてはくれませんでした。たとえ人の方が圧倒的に強いのだとしても、自分が介入するべきではない、と。どちらかに肩入れするのは、良くないと」
「この星そのものにも『意思』があり、その意思は、動物への肩入れを断ったというのか……。だが君は、その『星の力』を使ってマモノを生み出している。この星に一体何があったんだ?」
「……私が無理やり、『星の意思』を抑え、その力を取り込んだのです。現在、『星の意思』は私の中で眠り、私こそが星そのものです」
「星の力を……『星の意思』ごとまるっと取り込んだだと……!?」
事態の大きさを察知し、五人は驚愕の表情を浮かべる。
先の彼女の話と合わせれば、今の彼女は、この星の神と言っても過言ではない力を有している。そして、『星の意思』は星の巫女によって、『マモノ災害』への協力を強制させられているということが分かった。目の前の星の巫女は、明確に『人類の敵』なのだ。
「……しかし『星の意思』は、かつて幼かった私を助けてくれた。荒波に飲まれて溺れていた私を、『幻の大地』に招き入れてくれた。その想いを、間違いにはしたくない。だから『星の意思』に義理立てて、私は『裁定者』の立場を取っているのです」
「裁定者?」
「はい。正確には、私はマモノの協力者であり、人間にとっての裁定者、というところでしょうか。私はあくまで、動物たちに力を与え、マモノを生み出すだけ。そこからどう戦うかは、彼ら次第。彼らがもう戦えないというのであれば、私もマモノを生み出すことを止める。彼らが滅ぶまで戦うというのであれば、私もそれを見届ける。私はこの戦いに直接手は出さない。せいぜい、お互いが公平になるよう調整するだけです」
つまり、先ほどから彼女が言っている『フェアじゃない』というのは、彼女はこの戦いの管理者として、人間とマモノの力量差を無くそうとしている、ということなのだろう。神に等しい力を持っているはずなのに、彼女が直接戦わないのは、恐らくそういうワケだ。
「言いたいことは分かったぜ」
と、ここで日影が前に出る。
「けど結局、マモノを生み出しているのはお前なんだろ? だったらお前を倒せば全部解決じゃねぇか。マモノを生み出すお前を倒せば、これ以上マモノが増えることは無い。戦いはすぐに終わる。被害も最小限で済んで万々歳だ。違うか?」
「はぁ。勝算があると本気で思ってますか?」
「何だと?」
二人が言い合っているその時、霧の向こうから何かが飛び出してきた。
白い大狼、ゼムリアだ。背中にはキキが乗っている。
「ゼムリア、キキ、どうしたの?」
「ガルル……」
「キキッ! キキーッ」
ゼムリアとキキが、揃って霧の向こうを見やる。
その時、霧を突っ切って何かがこちらに飛来してきた。
高速回転するプロペラ。
装甲で固められたボディ。
サイドの張り出しにはガトリングガンとミサイルがズラリと並んでいる。
つまり、対戦車ヘリだ。
『おおーい! みんなー! 大丈夫かーい!?』
ヘリから聞こえるその声は、狭山のものだ。
「あの人、対戦車ヘリなんて操縦できるのか!?」
日向は驚愕の表情でヘリを見る。
『君たちとの通信が切れてから、心配になってこっちに来たんだ! いや遅くなってすまない!こっちも色々大変だったんだ! けど説明は後! まずはそこのデカいマモノを片付けるとしよう!』
そう言うと、ヘリのガトリングガンがウィィィン……と音を上げ、回転しだす。銃口は、真っ直ぐ星の巫女たちの方向に向いている。
「ちょ、マジでやる気なのあの人!?」
いくら超常の力を持っているとはいえ、相手は幼い女の子だ。
そんな相手に重火器を向けるのは、日向の道徳が許さなかった。
狭山を静止するため、日向は声を上げる。
「狭山さん、ちょっと待……」
ガガガガガガガガガ……!
と、日向の静止も虚しく、ガトリングガンが火を吹いた。
……しかし、その銃弾は一発とて星の巫女たちに当たることはなかった。
「な……!?」
日向たちは目を見開く。
星の巫女が手をかざすその先で、放たれた銃弾全てが空中で静止している。
「これは磁力です。電磁気力もまた、この星の機能の一部ですから」
『おっと、これは予想外……! だったらこれはどうかな!』
そう言って、狭山のヘリがミサイルを射出する。
彼もたいがい、容赦が無い。
星の巫女は飛んでくるミサイルに杖を向ける。
杖の先端から、轟音と共に強烈な雷を発射した。
雷はミサイルを撃ち抜き、空中で大爆発させる。
『うわわわわわわっ!?』
爆風にあおられ、狭山のヘリがフラフラと揺れる。
星の巫女はその様子を、鼻で笑う。
「よそ見してんじゃねぇぜッ!!」
叫びながら、日影が斬りかかる。
星の巫女はその様子を一瞥し、持っていた杖で地面をトン、と叩く。すると、日影と星の巫女たちを隔てるように、地面から無数の火柱が噴き出した。
「おわわわわわわわわわっ!?」
慌てて火柱から距離を取る日影。
間一髪のところで回避し、身体を焼かれずに済んだようだ。
「たとえ太陽の力を持つ剣を持っていようと、使い手がその程度ではお話になりませんね」
「ぐ……! テメェ……!」
「私が『裁定者』の立場に徹しているのは、星への義理立てだけではありません。私が戦いに参加したら、戦いにならなくなるからです」
そう言うと、星の巫女の真後ろの空間がぐにゃりと開く。
それは言うなれば次元の亀裂。
飛び込めばどこかに飛ばされるであろう異次元ホール。
別に、日向はあれを見たことがあったわけではない。
しかし、一目見て間違いなくそういう代物だと感じた。
「あれはまさか、さっき星の巫女が少し話に出していた『次元移動』……? じゃああの子は、星のシステムを操るという、『星の力の完全適合者』……!」
戦慄する日向をよそに、星の巫女は、背後の次元の亀裂へ入ろうとしていく。
「では私たちはこれにて」
「ど、どこに行くんだ!?」
「幻の大地へ戻ります。この世界とは別の次元にある大陸に。つまり、あなたたち人間では絶対に来れない場所です。これで分かったでしょう? 私を倒すことなど不可能だと。正々堂々、マモノの皆さんと決着を付けてくださいね」
そう言い残し、星の巫女と、三匹のマモノは消え去った。
いつの間にか辺りを包んでいた灰色の霧も晴れている。
辺りには狭山さんのヘリのプロペラ音が響いているのみ。
『……とりあえず、戻ろっか。帰り道は自分が護衛するよ』
「え!? それに乗せてもらうことはできないんですか!?」
北園が叫ぶ。
『悪いね北園さん。このヘリは二人乗りなんだけど、こちらには副操縦士がいるから、もう席は無いんだ』
「そ、そんなぁ~」
気が付けば、空はすっかり夕焼け模様。
こうして日向は峨眉山での戦いを終え、討伐チームのキャンプへと戻って行った。
二件目のブックマークに続き、三件目まで頂いてました。ありがたすぎる……!
この場を借りてお礼を。三件目の登録者の方、ありがとうございます!
投稿する前の時間帯にPVがついているのを見るだけで嬉しすぎて震える今日この頃です。
登録者の方だけでなく、全ての読者の皆様に感謝を!




