第61話 火山噴火の裏側で
日向たちがブラックマウントと戦闘を開始してから数分後。
峨眉山中腹、マモノ討伐チームのキャンプにて。
「うーん、おかしいなぁ……」
狭山は、通信車内の機材の前で唸っていた。
通信機器の設定、電波、配線、周辺環境。全てくまなくチェックした。だというのに、日向たちとの通信が快復しないのだ。
「通信設備は間違いなく完璧だ。あと考えられるのは、外部から電波妨害を受けている可能性……」
だとすれば一体誰がそんなことを?
なぜ、そんなことを?
こちらの通信を妨害することで利益を得られるのは、一体何者か?
「……もしかして、マモノか?」
そこまで思案すると、狭山は中国のマモノ討伐チームに通信を試みる。
(まさか、敵はブラックマウントだけではない……? だとすれば、日向くんたちが危ない。急いで討伐チームに連絡し、彼らの援護と周囲の警戒を……)
……しかし、討伐チームとの連絡も取れない。通信機からは耳障りなノイズが聞こえるばかりだ。狭山の背筋に、嫌な寒気が走った。
「これは……嵌められたか!?」
ブラックマウントとの戦闘開始。それからすぐに通信が遮断。
どう考えてもタイミングが良すぎる。
狭山は慌てて立ち上がると、通信車から飛び出した。
「狭山さん、一体どこへ……?」
近くにいた隊員の一人が声をかけてくる。
「実働部隊の援護に向かう! 急に通信が繋がらなくなったんだ! 何か起こってるかもしれない! 急で悪いけど、アレを使わせてもらうよ!」
「あ、アレですか!? 運転できます!?」
「問題ない! もう覚えた! 準備を手伝ってくれ!」
「は、はい!」
やり取りを交わしながら、狭山と隊員は目的の乗り物へと向かう。
そこへ、別の隊員が血相を変えて走り寄ってきた。
「狭山さん! 大変です! こちらにマモノの群れが!」
「なんだって……!?」
見れば、二十体近くのヨツデザルがキャンプに向かって接近してきている。周りにいた隊員たちが、すぐさま応戦を始めた。
「狭山さん、これを!」
隊員の一人が、狭山にデザートイーグルを手渡す。対マモノ用の特別製だ。
「ありがとう、助かるよ!」
そう言って狭山は、近くにいたヨツデザルに向かって引き金を引く。
一撃で脳天を撃ち抜き、絶命させる。
続いて二匹、三匹と、急所に弾丸を命中させ葬っていく。
「これは、思った以上にタフな残業になってしまったな……! みんな、無事でいてくれよ……!」
ヨツデザルたちに弾丸を撃ち込みながら、狭山は呟いた。
◆ ◆ ◆
その頃、マモノ討伐チームは……。
「……くそっ! 一体何なんだアイツは!」
灰色の霧に包まれた森の中で、チームの隊長がやり場のない怒りをぶちまけている。
中国マモノ討伐チームは、壊滅的状況に追い込まれていた。
多くの隊員たちが、巨大な何者かに蹴散らされ、倒された。
戦闘可能な隊員は、隊長合わせて残り、たったの三名。
しかし、負傷者たちは死んではいない。
気絶しているだけだ。そこは不幸中の幸いだった。
「この霧に紛れているせいで、どこにいるか分からないですね……」
「くそっ、赤外線ゴーグルを持ってくるべきだった! それにしてもこの霧……まさか、『星の牙』がいるんじゃ……」
「この山にいる『星の牙』は、ブラックマウントだけじゃなかったってことですか?」
「可能性としては、それが高いだろう。とにかく、このままでは分が悪い。負傷者多数、通信途絶、『星の牙』に対する十分な装備も整っていない。……退却するしかない。誰か、あの日本人の子たちに伝えに行け! ここは想定以上に危険だ、一度退却するしかないと!」
「……いえ、隊長。そうしたいのは山々なのですが……」
「なんだ、どうし……た……」
隊員が自身の足元を指差しているので、隊長がそこを見てみると、なんと隊員の足と地面が凍り付いている。これでは動けない。
そして改めて見回すと、自分たちの足も凍り付いていることに気づいた。地面と足が氷で接着され、その場から離れられない。
「な!? これは、一体……!?」
「冷気を操るマモノの仕業でしょうか!?」
「おのれ……! とにかく周囲を警戒しろ! 敵は近くにいるぞ! 絶対に見逃すな!」
「了解!」
三人が、アサルトライフルを構えて周囲を見張る。
全神経を集中させ、マモノの気配を探る。
すると突然、猛烈な吹雪が討伐チームを襲った。
「うわっ!?」
「ぐっ!?」
「さ、寒い!?」
強烈な冷気を叩きつけられる討伐チーム。
すぐさま手がかじかみ、腕が震え、銃を構えることもままならなくなる。
「お、おい! 銃を下ろすな! マモノは間違いなく近くにいるぞ!」
「し、しかし! 寒すぎます! 肺まで凍りそうです!」
「くっ……! しかしこの冷気、異常だ……! まさかこれも『星の牙』の……?」
その時である。
いつの間にかチームの目の前に、巨大な白い獣が立っている。
その立ち姿は、狼のそれだ。
荒れ狂う吹雪を背に受けて、堂々と佇むさまは、王の威厳さえ感じさせる。
「な……!? こ、コイツ、いつの間に……」
言いながら、隊長は銃を構えようとする。
しかしそれより早く、巨大な狼は体当たりを仕掛けてきた。
「ぐあぁっ!?」
「うわぁ!?」
白銀の巨体を叩きつけられ、三人は吹っ飛ばされる。
そして、真後ろの木々に叩きつけられ、意識を失った。
「ガルル……」
討伐チームの沈黙を確認すると、その白い大狼は、彼らを喰らうでもなく踵を返す。その先から、一人の少女と、一匹のチンパンジーが近づいて来た。
少女は深緑色のローブを羽織り、大きな杖を持ち、青と緑のオッドアイを瞳に湛えている。肩には鮮やかな赤色の鳥が一羽、とまっている。
「お疲れ様、ゼムリア」
そう言って、少女がゼムリアと呼ばれた大狼の鼻を撫でる。
大狼は無表情のまま、されるがままに撫でられていた。
「人間側の精鋭だと聞いていたが、こんなものか。ゼムリアとエテ公の二匹に、手も足も出ないとはな」
「キキもゼムリアも特別だもの。勝てる人の方が少ないわ」
少女の肩に停まっている鳥、ヘヴンに対し、ローブの少女がそう告げる。
「……キキッ」
その間に黒いチンパンジー、キキが、倒れている隊員が持っている銃に手を伸ばそうとする。
「おいエテ公、何してやがる」
「こら、キキ、触っちゃダメよ」
「キキ~……」
ヘヴンと少女に止められ、キキは残念そうに手を引いた。
「……んで、これからどうするんだ?」
「予定通りに。”あの子”が彼らに勝てばそれでいい。所詮は彼らもその程度だったということ。……けどもし、彼らが勝ったなら、私は一度彼らと話をしてみたい」
「そうかい。なら、ゼムリアとキキは周囲を見張らせるか」
「そうね。余計な邪魔は遠慮したいもの。ゼムリア、キキ、お願いしてもいい?」
「ワウッ」
「キキッ!」
少女の命を受け、ゼムリアとキキが散開する。
「私は、確かめなければならない。なぜ、かの星が彼らに、人間に味方するのか」
少女はそう呟き、木々の先を見やる。
それは、日向たちとブラックマウントが戦っている場所の方角だった。




