第6話 来るべき時に向けて
「で、来るべき時に向けて、俺たちはこれからどうすればいいの?」
「さぁ?」
「……せっかく人が突拍子も無い話を信じる気になって、ノリもそっちに合わせたのに、その反応はあまりにもあんまりでは……」
仲間に背中から撃たれたような表情で、日向は北園を見つめる。
一方の北園は、気まずい様子を浮かべながらも言葉を返す。
「で、でもでも、しょうがないんだよ? あの『世界を救う予知夢』を見てから、なかなか他の予知夢を見れなかったから、私も今まで何をしていいか分からなくて……。そしたら今朝、日下部くんが剣を拾う夢を見たからこっそり後をつけてみて、そしたらこうやって話が出来て……。つまり、これが私の、世界を救う活動の第一歩なのです……」
「そ、そうですか……」
あれだけ自信満々に予知夢のことを熱演していたから、次の方針も固まっているのかと日向は思っていた。しかし、現実はまさかのノープラン。日向は内心、頭を抱えた。
「……とにかく、次の目的を決定しよう。まずはやっぱり、その『世界を救う予知夢』に出てくる人たちを見つけるべきだよな。予知夢には俺と、北園さんと、他にあと三人、だよね?」
「うん。多分だけど、三人とも男の人だと思う」
「なるほど。……ん? 多分?」
それは一体どういうことだろうか。
北園はその予知夢の登場人物が男性か女性か、いや、そもそも『誰なのか』さえよく分かっていないような口ぶりだ。
「えっとね、例の『世界を救う予知夢』なんだけど、インパクトはあったんだけど、夢の景色がすっごいぼやけてて、詳細な内容……例えば皆の顔とか名前まではよく分からなかったの……」
「マジか……。顔も名前も分からない未来の仲間を三人、世界のどこかから探し出せってこと? 無理でしょ……」
「そこはたぶん、今回日下部くんを見つけたみたいに、上手く予知夢を見れれば何とかなると思うんだよねー」
「予知夢って、狙って見れるものなの?」
「ううん、完全に運」
「キッツイなぁ、それは……」
「だからまぁ、私がそれっぽい予知夢を見るまでしばらくゆっくり過ごしましょ、っていうのが今後の方針になるかなぁ」
「良いのかそれで……」
「まぁ、他にやることもないし。冬休みだし」
こんな形ではあるが、一応今後の方針はまとまった。
だが、日向が分からないことは他にもある。
「北園さんは、夢の中の五人が誰なのか正確には分からないって言ってたけど、じゃあなんでその中の一人は俺だって思ったの?」
「それは、例の『世界を救う予知夢』と、今朝見た『日向くんが剣を拾う予知夢』を照らし合わせた結果というか。五人の顔や名前は分からなかったけど、背格好はなんとか分かったから。もともと日下部くんっぽいかなとは思ってたけど、今日、日下部くんが剣を拾う夢を見て『間違いない!』って思ったのよね。ほとんど直感だけど」
「直感って……」
「予知夢を見ると、なんとなくその夢の内容が何なのか、映像がぼやけてても分かるのよね。これはもう直感でしょ」
的を射たり、と言いたげなドヤ顔を見せる北園。
一方で日向は、テーブルの傍に置いた謎の剣を見る。
(確かに、こんな剣を拾っておいて、この先何もないとは思えないよなぁ……。やはりこれも、彼女の『世界を救う予知夢』と結びつきがあるのだろうか?)
いや、これは今考えても仕方ないな。
そう結論付け、日向は再び北園に質問を投げかける。
「そういえば、残り三人の特徴もある程度分かってるんじゃないか? 教えてくれないかな?」
「うん、分かった。えっと、確か……」
北園はこめかみに指をあて目を瞑り、いかにも「今思い出してます」というようなポーズをとって考え込む。
曰く、一人はコートを着た背の高い人物。
自分たち五人の中で最も背が高いのだとか。
逆に、もう一人は背が低い。
小柄な北園よりさらに小柄なのだという。
服装もゆったりで髪も長め。
しかし、北園の女の勘が「あれは男だ」と伝えたらしい。
そして最後の一人は、日向と同じく剣を持った青年だそうだ。
「……というか、最後の一人、剣もそうだけど、背格好も髪型も日下部くんとそっくりだったよ」
「俺と?」
「一応聞くけど、日下部くん、双子の兄弟がいたりしない?」
「いないよ。俺は一人っ子だよ」
「そっかぁ。一石二鳥とはいかないかぁ。残念」
その時、ふと日向は思う。
裏山で戦った自分の影(仮)のことを。
「なぁ北園さん。その最後の一人、顔も服も真っ黒だったりしなかった?」
「いや、普通の服だったよ? 顔はぼやけてたけど、たぶん普通に肌色だった」
「そっか。じゃあ違うか」
「なになに? 何の話?」
日向は北園に、裏山で戦った人影のことを話す。
「……そんなことがあったんだ。自分そっくりの真っ黒な人影……。うーん、信じられない。そんなのが現実に存在するなんて」
「超能力者が何言ってるんだ」
「それに、空から落ちてきた謎の剣……。これは、何か運命が動いている予感!」
「女子って『運命』って言葉が好きだよね」
「ねぇ日下部くん、その剣、私も見てみていい?」
「あぁ、どうぞ。いや、俺はただの拾い主だから本当に良いのかは分からないけど……」
そう言いながら、日向はテーブルの上に謎の剣を置く。
銀の柄と刀身を持つ、幅広で大振りな両刃剣だ。
「これが…………うん、やっぱり夢で見たのとシルエットが同じだ……」
呟きつつ、北園は剣を手に取る。瞬間。
「あつっ!?」
と叫んで、剣を取り落してしまった。
「……え? 熱い? 熱かったの? それ」
「めちゃくちゃ熱かったよ!? 日下部くん、熱耐性の超能力者だったりするの!?」
「いやまさか。ノーマルだよ俺は」
北園の言うことを確かめるため、日向はもう一度剣を手に取ってみる。
別に全く熱くない。
柄から切っ先まで、普通に触れる。
「全然熱くないよ?」
「ほ、本当に?」
「本当だって。ほら、こことか触ってみて?」
そう言って日向は、剣の腹を指で触ってみせる。
日向が触るぶんには、熱さは全く感じない。
「じゃあ日下部くんを信じて…………熱い!?」
再び北園が指を引っ込める。
やはり剣は熱いらしい。
「熱いよ! 熱いじゃない!」
「いや、そんなはずは……。どうなってるんだ?」
「もしかしてその剣、日下部くんにしか触れないんじゃ……」
「つまり、剣から勝手に持ち主認定されたってことか……?」
例えばアーサー王伝説のように「剣が持ち主を選ぶ」話は存在する。
聖剣、魔剣の類が持ち主を選ぶというのは、よくあるおとぎ話だ。
(けど、結局は伝説上の話。こんなこと、実際に、起こるはずは……)
不可思議な現象に、二人は揃って首を傾げる。
ふと日向が目線を落とすと、剣に触れた北園の指が赤く腫れていることに気づいた。
「北園さん、その指……」
「え? あー……さっきのでちょっと火傷しちゃったみたい」
「それは大変だ。ちょっと待ってて。火傷治し取ってくる」
「あ、いいよいいよ。これぐらい」
「そんな、悪いよ。わざとじゃないとはいえ、俺のせいで火傷してしまったようなものだし」
「日下部くんのせいじゃないと思うけど……。それに、これくらいの火傷なら自分で治せるよ」
そう言うと北園は、火傷した指に手をかざす。
すると、かざした手からポゥっと光が溢れ、火傷は消えてなくなった。
「……今のも超能力?」
「そうだよ。さっき割愛した治癒能力。こんな形だけどちゃんとお披露目出来てよかったよかった」
「すごいなぁ超能力。夢の中の残り三人も、そんな異能を持った人たちなんだろうか……」
「どうだろう? 私もそこまでは分からなかったなぁ」
「そんな中、なんで俺が世界を救う夢に登場しちゃったのか……」
日向には何の能力も取り柄も無い。
世界を救うなんて大業、自分に務まるはずがない。
そう思って、不安げな顔をしていると……。
「きっと、その剣に選ばれたからだよ」
北園がテーブルの上の謎の剣を指差し、言った。
「コレに選ばれたから?」
「そうだよ! その剣は絶対にただの剣じゃない! きっと、世界を救うカギになるんだと思う! そして現状、それは日下部くんにしか扱えない! だからきっと、日下部くんは世界を救うカギになる人物なんだと思うよ! あの、あーるぴーじー?とかで言うなら、日下部くんはきっと勇者的なポジションだよ!」
「勇者なんて、そんな大げさな」
興奮気味に語る北園を、日向は冷静に諭した。
(俺が勇者……とんでもない皮肉だよなぁ……。俺にはもう、そんな資格なんてないのに)
◆ ◆ ◆
夕方になると、北園は帰っていった。
これからのために、お互いの連絡先を交換した。
帰り際に「私の超能力のことは黙っておいてね!」と日向は釘を刺された。今まで仲の良い友達にもその能力を見せたことは無いらしい。
向こうにも何か事情があるのかと思い、日向はそれを了承した。
(しかし北園さん、大人しめの女子かと思ったら、結構にぎやかな人だったなぁ……)
思えば日向にとって、今日ほど現実離れした一日は無かった。
女子が家に来た、というだけでも大事件なのに、その女子が超能力で、世界を救うとか言い出して、いやそれよりもあの剣や影だって異常の極みだ。もしかしたらこれは夢で、今日が終われば夢から覚めるのではないだろうかとさえ思う。
現在、時刻は午後8時を過ぎた。そろそろ母も帰ってくる。
ぼちぼち風呂の準備をしておくべきと判断し、日向はテレビゲームを中断して一階のバスルームに向かう。
バスルームの扉を開けると、正面に洗面台の鏡がある。
鏡には誰も写っていない。
「………っ!?」
そう、誰も写っていないのだ。
日向は今、その鏡の前に立っているのに。
次々と我が身に降りかかる異常現象。
だが実際のところ、これらはほんの序章に過ぎない。
日下部日向は、まだ知る由も無い。
本当の異常、この星最後の英雄譚はここから始まるのだ。