第51話 狭山誠
「やあやあ、盛り上がってるね」
そう言って物陰からひょいっと顔を出してきた男性が一人。
マモノ対策室室長、狭山だ。
まず一番に目が行くのは、白と黒の模様が入り混じったコートだ。派手というか、とにかく視界に対する主張が凄まじい。複雑に入り混じった白と黒のコントラストは、中二心をくすぐられるデザインである。
狭山の身長はかなり高い。例えば本堂が180センチほどの身長だが、その本堂よりもう少しほど高い背丈を持っている。
狭山は柔和な笑顔を浮かべながら、日向たちに近づいて来た。
「うわーっ! すごい服!」
早速、北園が狭山の着ているコートに反応する。
(あ、言っちゃうんだ、それ……)
日向も、最初に狭山を見た時、同じような感想を抱いたが、あえて黙っていた。しかしさすがは北園。日向と違い、何の遠慮も無く正直な感想を述べる。
「ハハ、格好いいだろう? お気に入りの一張羅だよ」
いい笑顔で返す狭山。
件の白黒コートを、恐らく本気で気に入っている様子である。
「……おっと、まだ自分が自己紹介していない人もチラホラいるね。では改めて。自分の名前は狭山 誠。日本のマモノ対策室室長だ。初めまして、現代の勇者たち。君たちに会えて嬉しいよ」
「現代の勇者?」
日向たちは疑問符を浮かべ、互いに顔を見合わせる。
「そうだよ。そこの、北園さんの予知夢の元に、君たちは集まったのだろう? マモノを倒すために。世界を救うために。なんというドラマティック! これが勇者でないなら何なのか!」
興奮気味に喋り続ける狭山。
この男、やはりマモノ対策室室長という大層な肩書に見合わず、相当軽い。
「……えーと、自分は本堂仁といいます。それでこちらが……」
狭山の勢いに飲まれる前に、本堂が自己紹介を始めた。
物静かな口調だが、普段より意識して冷静を装っているのが分かる。
しかし狭山はこれを遮った。
「ああ、大丈夫だよ。君たちの自己紹介、自分も聞かせてもらったからね」
「え?」
再び顔を見合わせる日向たち。
狭山はたった今ここに来たばかりで、今までの皆の話を聞いているはずがない。近くにいた様子も無かったが……。
「実はね、日向くんの服の裾に盗聴器を仕掛けていたんだ」
「……は!?」
言われて慌てて自分の服を調べ始める日向。
服の裾を見てみると、確かに何か変な機械が付けられていた。
手に取ってみると、大きさの割にかなり軽い。
これは気づかなかったのも無理はない。
「一体、いつの間に……?」
「武功寺からこの町に帰っている途中、自分が君と肩を組んだだろう? あの時、自分が君の肩にまわした手に君が気を取られている間に、もう片方の手でチョイチョイとね」
思い返してみる日向。
確かにそんな場面があった。
「あの時にやられたのか……」
「何せこちら、常に時間には追われている立場でね。こちらの作業と並行して君たちのことを知りたいと思った結果、こうするのが一番効率的だと判断した。君たちは恐らく、出会ってすぐに自己紹介を始めると思ったからね。とはいえ、勝手なことをしてゴメン。許してほしい」
「いや、こちらは大丈夫ですけど、それならそう言って手渡してくれればよかったのに……」
「そこはホラ、ちょっとした茶目っ気ということで、ね?」
「『ね?』って……」
終始振り回されっぱなしな日向を置いて、狭山は話を続ける。
「さて、ここからはちょっと真面目な話だ。ズバリ、自分たちマモノ対策室と、君たち予知夢の勇者たちの今後の関係について、だね」
狭山の言葉を受け、皆は表情を引き締める。
その話は、自分たちの今後に深く関わってくると強く感じたからだ。
「北園さんの予知夢によると、君たち五人が世界を救う。そうだね?」
「えっと、ハイ。そうです」
北園の返事を受け、狭山は少し考えこんだ後、話を続ける。
「マモノが出現してからはや一年。確かに世界政府はマモノに辟易している。しかし、その一年でマモノに対する知識、戦術はしっかりと固まってきた。現在の世界各国のマモノ討伐チームの強さは相当なものだよ。ハッキリ言ってしまうと、君たちの手を借りずとも、自分たちは何とかできると思う」
狭山の言うことには、一理ある。
所詮日向たちは、ほんの最近マモノと戦うことを決め、運良く勝利してきた民間人に過ぎない。だが、世界のマモノ討伐チームとやらは、まさに鍛え抜かれたプロの集団なのだろう。日向たちには異能があるとはいえ、実際に力を計ればどちらに軍配が上がるかは想像に難くない。
また、狭山が所属するマモノ対策室は、きっと民間人を保護する役目がある。日向たちは今、狭山から「保護するべき民間人」として見られているのだろう。
君たちが戦う必要は無い。マモノはこちらに任せておけ。
この男はそう言っているのだ。
「……でも、私たちが戦わないといけないんです。予知夢に出てきたのは、私たち5人だったから。私は何が何でも、この五人と一緒に戦います」
北園は、狭山を真っ直ぐ見据え、そう言った。
「……決意に満ちている眼だね。何の決意とは言わないけども」
狭山は呟いた。
そして、高らかに宣言する。
「……よし分かった! そういうことなら自分も腹を括ろう! これよりマモノ対策室は、君たちへのサポートを惜しまない!」
「サポートを惜しまないとは、そちらは具体的に何をしてくれるのですか?」
狭山の宣言に、本堂が質問する。
「まず君たちは、現在のマモノ討伐チームと比べると圧倒的に戦闘経験が足りない。これは仕方ない。彼らはプロで、君たちは民間人だ。しかし、世界を救う中心となるのは君たちだと、北園さんは言う。ならば君たちには、世界を救うに足る力をつけてもらうしかあるまいさ」
そう言って、狭山は日向たちに対する協力の内容を話していく。
まず、日向たちでも討伐出来そうなマモノの情報を斡旋し、戦わせる。これを繰り返すことで、マモノに対する戦闘経験を積ませるという寸法だ。日向たちの手に余るマモノは、今まで通りマモノ対策室が対処する。
マモノとの戦いにおいても、マモノ対策室によるオペレーションを受けられる。衛星カメラを利用したマモノの位置情報や日向たちのバイタルチェックなど、最新技術を駆使した後方支援を受けられるというワケだ。
「そしてなんと! 君たちのサポートを務めるのは下っ端の人員さんなどではない! この自分、狭山誠が担当しよう! 自分が十字市に住み込み、君たちをサポートする!」
そう言って、胸を張る狭山。
「……あのー。お気持ちは嬉しいのですが、良いんですか? 仮にも部署のトップがお抱えの組織を離れるなんて……」
そう尋ねる日向に、狭山は元気よく返事をする。
「そこは心配ご無用! マモノ対策室だって、一応は政府の極秘機関だからね。末端の人員に至るまで、他所の会社なら役員を務められるくらい優秀だよ。自分が本部でやっていた業務を分担するくらい、ワケないさ。……それに、何も自分は、伊達や酔狂で直接出向くわけではないよ。マモノ対策室の人員全員の能力を鑑み、その上で自分こそが君たちのサポートに相応しいと判断した。合理的決断さ」
そう微笑む狭山の瞳は、絶対的な自信で溢れているようだった。
国の秘密機関のトップを務める狭山。
彼は、どれほどの能力を持っているのか。
内心、日向は少し楽しみな気持ちだった。
「……それはそれとして、一人称は『自分』なんですね」
横から北園が呟く。
確かに、この狭山という男、さっきから会話内で自身のことを指す時は、頑なに『自分』という単語しか使わない。
「ああ、それかい? 特に深い理由は無いんだ。ただ、ちょっと他の人とは違う、自分だけの一人称が欲しかったというか。慣れてみれば便利なものだよ。立場や相手によって『俺』とか『私』とか、使い分けなくて済むからね」
(やっぱりこの人、相当変わってるぞ)
そう思う日向であった。




