第50話 予知夢に集う者たち
「……えーと、ちょっといいかな?」
日向と日影の話を止め、北園が口を開く。
「シャオランくん。それと日影くん。二人にお話があるの」
「ボクに?」
「オレに?」
「うん。私が見た予知夢について……」
普段とは打って変わって、真剣な表情で話す北園。
二人に「世界を救う予知夢」のことを話すつもりだ。
「私ね、少し前に夢を見たの。『五人の少年少女たちが、太古よりこの星に巣食う、大いなる悪意に立ち向かう』って内容なの。……信じられないかもしれないけど、私には予知夢の能力があって、今話した夢はいつか現実になると思う。私の目標は、この夢に出てきた五人を集めて、世界の危機に立ち向かうことなの」
「んで、その五人の中にオレとシャオランが入ってるってワケだ」
シャオランが四人目の仲間だと予想したのは、先の日向の推測のとおり。
そして、北園が予知夢で見た五人目の仲間の特徴は「日向とそっくりのシルエットを持つ、剣を持った男」という話だった。そして、今まさに目の前に、その条件に合致する少年が立っている。
さて、後はこの二人がどんな反応をするか、だが。
「いきなりこんなこと言われても、信じてもらえないと思う。でも……」
「オレは信じるぜ」
日影が口を開く。
「ずっと思ってたんだ。この剣が降ってきた理由。俺が生まれた理由。それがマモノを倒すため、そして世界を救うためなら納得がいく。お前の予知夢の実現に、オレも一枚噛ませてもらうぜ」
「日影くん……」
チクショウ何カッコつけてんだ引っ込んでろ。
北園の側で、日向は思った。
北園は、続けてシャオランに声をかける。
「それじゃあシャオランくん! あなたは……」
「やだ!!」
「えー……」
「もうあんな怖い思いこりごりだ! 二度とマモノとなんて戦わないぞ!」
そう、シャオランこそが最大の問題だ。
シャオランは、北園の話を信じている。
信じた上で、断固拒否している。
ある意味、これまでの仲間たちの中で一番厄介な相手かもしれない。
「私たちが戦わないと、世界が破滅しちゃうかもしれないんだよ?」
「その前にボクが破滅しちゃったら意味ないもん!」
「シャオランくんの練気法、すごく強いんでしょ? それで私たちを助けてくれたら嬉しいんだけど……」
「ボクの拳なんて、『星の牙』って奴にはたいして効かなかったよ! いるだけ無駄だよ!」
「ど……どうしても……?」
「どうしても!!」
「……う、ぐす……」
「あ、え……?」
北園が、涙目になってしまった。
シャオランは、思わずたじろいでしまう。
皆が一斉にシャオランを非難。
「あー! シャオランが北園さん泣かせたー!」
「ちょっとシャオシャオ!? 女の子を泣かせるなんてサイテーよ!」
「いーけないんだいけないんだー」
「これはケジメ取って、日本行きだな?」
「だ、だってしょうがないだろー!? キミたちに協力するってことは、ヒューガの影の言うとおり、ニホンに行くってことだろー!? そもそもウチにはそんなお金なんてないもん!」
「まぁ確かに、そこの問題があるよなぁ……」
日向が呟く。
確かにシャオランの言うことには一理ある。
これがRPGならば、ラスボスを倒すまでシャオランが一緒に同行してくれる流れなのだろうが、悲しいかなここは現実世界。それぞれの生活という、避けては通れぬ問題がある。
シャオランの家庭は、かなり貧しそうだった。日向たちに会うためちょっと日本まで……というのは無理だろう。家族そろって引っ越し、というのも厳しい。
シャオランの家族には、この町で築いてきた生活があるのだ。自分たちの都合でそれを壊すわけにはいかない。
「……はあ、しょうがないわね」
そう言って口を開いたのは、リンファだった。
「アタシが、シャオシャオと共に日本へ留学します。それならいけるでしょ?」
「はあああああああああ!?」
サラリと、とんでもないことを口にしてのける。
シャオランも、驚きのあまり叫んでいる。
日向もまた驚きつつ、リンファに声をかけた。
「それは、その、大変ありがたいのだけど、大丈夫なの? 経済的に、とか。そちらの事情とか……」
「ご心配なく。アタシは江財閥の跡取り娘。ちょっと海外へ長期留学するくらい、経済的には何の痛手も無いわ」
「財閥!? リンファさんって、お嬢様なの!?」
「ええそうよ。これでも中国屈指の高等教育を受けてるの。シャオシャオに日本語を教えたのもアタシよ」
「そうだったのか。けれど何で日本語を? 英語でも良かったんじゃ?」
「そりゃあ、日本と中国ってお隣同士だし、企業的には仲良くしておいて損は無いのよ。アタシ自身、日本の文化は気に入ってるしね。それに江財閥への就職には、最低でも二か国語の習得が必須なのよ。シャオシャオがウチに来てもらうには、今から覚えておかないと後が困るから」
「江財閥への就職って、シャオランは江財閥に入るのが目標なの?」
日向がシャオランに尋ねる。
一方のシャオランは、歯切れが悪そうにその問いに答える。
「いや、ボクは断ってるんだけどね。そんなところに行けるほど頭は良くないからって。けどリンファがどうしてもって……」
「知っての通りシャオシャオはヘタレだから、謙遜してるだけなのよ。これで意外と頭は良いし、師匠の修行に耐えるくらいには根性もあるもの。江財閥は、能力があるものなら老若男女貴賤を問わないわ。身長制限も無いわよ?」
「誉めるかけなすかどっちかにしてくれないかなぁ!? やっぱり裡門頂肘いっとく!?」
再び売り言葉に買い言葉の流れである。
そして日向は二人のやり取りを、羨望と嫉妬が混じった瞳で眺める。
(しかし臆病な性格のシャオランが、ああも強気に出られるとは。口喧嘩は絶えないけど、きっとあの二人の仲はすごい良いんだな。爆ぜろ)
ひととおり言葉の売り買いを終えたところで、リンファが話を続ける。
「はぁ……。とにかく、アタシが日本で家を手に入れて、そこにシャオランも住ませれば万事解決、でしょ? シャオランだって日本語もすでにペラペラだし、日本への留学も問題なし。アタシが保証するわ」
さり気なくシャオランと一つ屋根の下で生活する宣言をしたお嬢様。
「イヤだよぉ!? ボクはこの街で平和に暮らすんだい!」
「アタシと一緒に暮らすのが、そんなにイヤ?」
「うぐ、それは……えっと……」
「ほら、あんまり意地悪言ってると、北園が泣くわよ?」
「ぐす、ひっく」
「あわわわわわ……まぁその、両親の許しが出ない限り、ボクは何とも言えないかなーって……」
「ぐす……じゃあ、両親の許可が下りたら、仲間になってくれる?」
「きっと大丈夫よ。実質タダで海外留学っていう高等教育が受けられるのよ。シャオシャオの両親なら、きっと快諾するわよ」
「つまり、もう実質オーケーってことだね! やったぁー!」
「んんー!? 立ち直るの早くない!? ウソ泣きかー!?」
「えへへー。言質取ったからね、シャオランくん♪」
「ひ、卑怯だぞぉ!?」
こうして事実上、シャオランの日本行きが決まった。
そしてシャオランとリンファの同棲も決まった。
「ま、まだ決まったワケじゃないもん! ボクは諦めないぞー!」
それでもシャオランは一人、抗議の声を上げた。
シャオランとリンファの会話がひと段落すると、今度は日影が日向に声をかけてきた。
「こうなると、オレとお前も一度休戦にした方がいいな?」
つまり日影が言いたいのはこうだ。
日向と日影は、それぞれ『星の牙』に効く剣を所持している。
あの強力な『星の牙』への、これ以上ない対抗手段が、手元に二つ。
これを活用しない手は無い。
だが二人が先に決着を付けてしまえば、その使い手が一人減る。
そうなるとこの先、マモノとの戦いにどんな影響が出るか。
予知夢の五人が一人減って、北園の予知夢にも反してしまう。
だからまずは、このマモノ災害に決着を付ける。
北園も「予知夢の時が来るのは恐らく一年後くらい」と言っていた。
日向の寿命が一年ほどだそうだから、ギリギリ間に合うかどうかだろう。二人が雌雄を決するのはその後、ということだ。
「分かった。こちらも異議無しだ」
「よっしゃ。休戦協定締結だな」
「……俺のタイムリミット直前でガン逃げとか、するなよ?」
「おっと、その手があったな。そうすればオレ、勝ち確定だな」
「くそ、言うんじゃなかった」
こうして、今後に向けて二つの方針が決まった。
一つ、シャオランとリンファが日本に来る。
二つ、日向と日影の休戦協定。
確かな収穫の手応えを感じ、北園は満足げに頷いていた。
「……ねぇ、ところでさ、北園?」
そんな北園にリンファが声をかける。
「なぁに? リンファさん」
「アタシはその、世界を救う予知夢には出てないの?」
「あー、残念ながら……」
「ガーン……!!」
ショックを受け、膝をつくリンファであった。




