第5話 北園良乃
裏山の森の中で、謎の黒い影と戦い、突如乱入してきた白い狼を退けた日向。
そして今は、なぜかこの場に現れた北園と会話を交わしていた。
「なんでこんなところに? それに『やっぱり持ってる』って、どういうこと?」
「日下部くんの後ろにこっそりついて来たんだよ! もう、日下部くん意外と自転車のスピードが速いから大変だったんだよ!」
「それは、えーと、なんかゴメンなさい?」
「ゆるす!」
「許された……」
「それで、その剣のことなんだけど……」
説明を続けようとした北園だったが、その時、冷たい北風が二人の間を吹き抜けた。身が凍りそうな寒さに、北園は思わず身震いしてしまう。
「ひゃーっ、寒い! さすが山の中だね! ちょっと下に降りて、落ち着いて話ができる場所に移動しない?」
「あ、ああ、いいよ。それなら俺の家が近いけど……どうかな?」
「ほうほう。いきなり家に誘い込むとは、日下部くんって意外と大胆なんだねー」
「いや違っ、そ、そんなつもりじゃ……! ほら、この辺は飲食店とか近くにないから、一番近くて落ち着けそうな場所を提案しようと思って!」
「あはははー、冗談だよー。私は日下部くんの家でオーケーだよ。じゃあさっそく行こっか」
(……北園さんも普段はあまり他人と会話しないから分からなかったけど、こんな性格の人だったのか。思ってた以上にゆるくてふわふわしているな……)
「はやくはやくー」と言って先に行こうとする北園を、早足で追いかける日向。
そして、そんな二人を木陰から覗き見る、巨大な何者かの影が一つ。
白く、ごわごわとした体毛。
刃物のように鋭い爪。
二足歩行で立ち上がり、鋭い眼差しで二人の背中を見つめていた。
◆ ◆ ◆
山から下りて、北園を家に案内する日向。
ピカピカの白い塗装が特徴的な、四角い新築の一戸建てである。
「へー。ここが日下部くんのお家かー。けっこうピカピカでキレイな家だねー。割と新しいおうち?」
「うん。北園さんは知らなかったかな。俺、小学五年生くらいの時に十字市に引っ越してきたんだよ」
「わぁ、そうだったんだ! ちなみに、もとはどこに住んでたの?」
「あー、えーと、まぁ、東京かな……」
やや答えにくそうに回答した日向。
北園は素直に感心している。
「おぉー。すごい。都会っ子だぁ」
「十字市も十分に都会だと思うけどね……」
話しながら、日向は北園をリビングに案内する。
椅子に座らせ、コップに麦茶を注いだ。
その後、日向は制服から私服に着替えるために自分の部屋へ。
あの白い狼に襲われたせいで、制服は土ぼこりにまみれていた。
「まったく、ひどいことしやがるよ……。あの裏山にあんな凶暴な狼が住み着いていたなんて。こういうのって、役所とかに報告したほうが良いのかなぁ?」
脱いだ制服をよく見てみると、狼に爪を突き立てられた部分が全然ボロボロになっていないことに気づいた。
(かなりひどく引っかかれたはずだけど、気のせいだったのか? あるいは、この制服が思いのほか頑丈だったとか? ……うーん分からん。今考えても仕方ないかな)
下で北園を待たせているので、日向は急いでリビングに戻る。
待たせるのは悪いし、何より彼女には色々と聞きたいことがあった。
あの剣は何なのか。
どうして彼女は、自分があの剣を手に入れることを知っていたのか。
◆ ◆ ◆
「さて、単刀直入に聞くけど、この剣は一体何なんだ?」
「さぁ?」
「『さぁ?』って……」
いきなり出鼻をくじかれてしまった。
「知らないってことは無いでしょ……? 俺がこの剣を手に入れること、知ってたんだよね? 学校での質問といい、裏山の時といい……。説明しようとしてたよね?」
「んー。日向くんがその剣を手に入れるのは予知夢で見たからであって、その剣が何なのかは本当に知らないよ?」
「よちむ。」
「うん。予知夢」
突然の非現実的なワードに固まる日向。
どうやら日向は、彼女のことを詳しく知る必要があるらしい。
北園もそれを察したようで、自己紹介を始めた。
「じゃあ改めて、私は北園良乃。十字高等学校に通う一年生。ここまではもちろんオーケーだよね?」
「もちろん。それで、北園さんの正体は、いったい……?」
「うん。私ね、超能力者なんだ」
「ちょーのーりょくしゃ。」
「うん。超能力者」
(空から降ってきた剣、自分の影(仮)に続いて、またすごいのが来てしまったぞ)
怒涛の勢いで押し寄せる非日常に、日向の頭はついていけなくなりそうだ。
「私の能力の中の一つに予知夢があってね。ちょっと前に夢を見たの。それも、いつものよりすごくインパクトのあるやつを! 目が覚めた瞬間、これは間違いなく現実になるって思ったんだ!」
「はぁ……。で、それはどんな夢だったんだ?」
「えっとね……。『五人の少年少女たちが、太古よりこの星に巣食う、大いなる悪意に立ち向かう』って内容なの!」
「へー」(棒読み)
「で、日下部くんがその五人のうちの一人だって思うの、私!」
「そっかぁ」(棒読み)
「で、その内のもう一人が私だと思う。私は、来るべき時に備えて、この夢の中の五人を集めないといけないの!」
「そりゃすごいや」(棒)
「お願い、日下部くん! 私に力を貸してください!」
「かんがえとくよ」(棒)
「……信じてないよね?」
「まぁ、そりゃあね……。いきなりこんな話をされても信じられないというか……」
「私が日下部くんの後をつけて、剣を拾ったところを目撃したのも、今朝見た予知夢のおかげなんだよー?」
「んー……」
確かに彼女は、日向が剣を拾う前から、彼が剣を持っていると思っているようだった。それが予知夢によるもので、前もって知っていたのだとしたら、一応辻褄は合う。あまりに現実離れしているが、一応は。
(実際、今日は色々と非日常的なことが起こり過ぎている。ならば、ここで超能力者の一人や二人が出てきてもおかしくはない、のだろうか……?)
そう考える日向だが、まだ自身の意識の一部が、「どうせ嘘だ」、「ドッキリ番組か何かだ」と訴えてやまない。
「せめて、予知夢を見たという証拠でもあれば、信じてあげられるんだけど……」
「んー、予知夢を見たという証明は出来ないけど、他の超能力なら見せてあげられるよ」
「他の?」
「言ったでしょ。予知夢は、私が持つ超能力の一つだって」
そう言うと北園は、右手を日向に向かって差し出し、手のひらを上に向ける。
瞬間、彼女の手のひらの上でボン!と爆発が起こった。
「うわっ!?」
日向は驚きのあまり、椅子ごとひっくり返りそうになった。
足をバタバタして、なんとか踏ん張って体勢を戻す。
「どう? 発火能力だよ」
「い、いやいや! そんな馬鹿な! あれだ、きっと何かのマジックなんだろ!? そういうのテレビで見たことあるぞ!」
「むー。種も仕掛けもホントに無いのに、マジックだと思われるのは屈辱だなー。だったらこれはどう?」
そう言うと北園は、日向が注いだ麦茶を手に取り、目を瞑る。
するとコップごと、麦茶がみるみるうちに凍ってしまった。
「は……?」
「凍結能力だよ。こんなマジック見たことないでしょ?」
「い、いや、きっと麦茶に仕掛けが……」
「日下部くんが注いだ麦茶でしょー?」
「おっしゃる通りで……」
実際、日向はこの時点で、もうほとんど彼女を超能力者だと信じてしまった。しかし、こんな面白い能力を見せられたら、もっと見たいと思うのが人の性。日向は北園に、他の能力も見せてもらうよう頼んだ。
「じゃあ日下部くん、私の手を握ってみて?」
「手を? ……分かった」
北園が右手を差し出してくる。
その右手を、日向も右手で握り返す。
(あ、柔らかい……)
その瞬間。
バチィ!という音と共に、日向の右腕に鋭い痛みが走った。
「痛゛っだぁ!?」
「ふっふっふ。電撃能力だよ。どう? 痺れた?」
「た、頼むからそういうのはやる前にひと言教えてくれ……腕が熱くなってきた……」
電撃が流れた腕をブンブンと払う日向。
彼は静電気の類は割と苦手としている。
「ごめんごめん。じゃあ、お次はこれ!」
北園がテーブルの端に置いてあるティッシュ箱に手をかざす。
すると、ティッシュ箱がひとりでにふよふよと浮き始めた。
「うわ、浮いてる……。なんで? 何だこれ……?」
「念動力だよ。名前くらいは聞いたことあるでしょ?」
「まぁ一応。北園さん、君は本当にどうなってるんだ……?」
「ふふーん。すごいでしょー。すごいでしょー!」
(あれは絶対に、向こうもちょっと楽しくなってるぞ)
「あとはあれかなー。あれはあまり使わないんだけど、できるかなぁ?」
そういうと北園が目を瞑り、顔を伏せる。
そしてそのままじっとして、動かなくなる。
「……おーい、北園さん? それは何をしているんだ?」
(日下部くん、日下部くん、私の声が聞こえますか……?)
「ん!? 何だこれ!? 頭の中から声が聞こえる!?」
日向の頭の中に、声が響く。
目の前の北園は、口を動かした様子などは無い。
腹話術のような隠し芸でもないことは、直感で分かった。
(すごいでしょー? 精神感応だよ。今、私は日下部くんの脳に直接語りかけているの)
「こいつ直接脳内に…!」
(あとは治癒能力も使えるけど、わざわざ怪我してまで見せたくないから割愛するね。どう? 私の超能力と、ついでに予知夢、信じてくれる気になった?)
「うん……俺の負けだよ……信じるよ……」
ここまで見せられた以上、日向はもはやそう答えるしか無かった。
そして、信じるからにはしっかり付き合う。
それが、人を信用するということだろうから。
だからまず手始めに、非現実への第一歩を踏み出すことにした。
「で、来るべき時に向けて、俺たちはこれからどうすればいいんだ?」
……日向自身、「うわぁ何だこの台詞」と思わずにはいられなかった。実際のところ、まだ頭のどこかでは、北園の話も、超能力も、よくできた嘘なのではないかと疑っていた。
(けれど、もう嘘でもいい。嘘でもいいから、この話が最終的にどこへ行きつくのか、見てみたくなったんだ)




