第478話 本気
引き続き、地中にて。
島そのものな威容を誇るクラゲ型のマモノ、アイランドと対峙していた日向。アイランドの頭部である島部分で、アイランドの体内に通じていると思われる洞窟を目指していたが、その途中でアイランドの罠に嵌り、地面の中に閉じ込められてしまった。今は生き埋めにされそうになっているところを、同行者であるスピカの円形のバリアーで防いでもらっている。
熟考する日向に、日影が声をかけた。
「日向! 何か良いアイデアは浮かんだか!? どうやったらここから脱出できる!?」
「…………。」
「……日向? おい、どうした?」
「……ゴメン。無理。詰んだ」
力無く、日向はそう呟いた。
考えて、考えて、考え抜いて。
辿り着いた答えは「打つ手無し」だった。
「……そうかい」
「なんか、反応がやけにあっさりしてるな……? ぶん殴られる覚悟までしてたんだけど、俺」
「オレだって良い案を思いついたワケじゃねぇしな。オレから見たって、これは詰んでる。お前一人を責められねぇよ」
「そっか……。日影、なんか大人になった?」
「この島で色々あって、胸の中が少し軽くなって、余裕ができただけだぜ」
「なるほどね。……ただ、ウミガメさんやスピカさんは、ちゃんと助けてあげたかったなぁ……」
「……そうだな」
やれるだけのことはやった。
この結果は、仕方なかったかもしれない。
それでも、マモノと戦う者として、二人を守り切れなかったことを、二人は悔いた。
まず日向は海田に向き直り、彼に頭を下げた。
「ごめんなさい、海田さん。俺たちじゃもう、どうすることもできそうにないです。巻き込んでしまった上に、守ることができなくて、本当にごめんなさい……」
「……気にせんでええで、日向。お前らがこの島にやって来た三日間、とても楽しませてもらったからな。それでチャラにしたる」
「おお、太っ腹。……それと、ようやく俺のこと、名前で呼んでくれましたね」
「お前さんも今、ワイのこと名前で呼んでくれたからな」
海田の言葉を受けて、日向は微笑んだ。
海田に声をかけ終わると、次に日向はスピカに頭を下げる。
彼女はまだ、迫り来る土壁をバリアーで防いでいる。
「スピカさんも、ごめんなさい。せっかくここまで頑張ってくれたのに、俺たちの力が及ばず、こんなことになってしまって……」
「……んー。そう言ってもらったところだけどね、日向くん。ワタシとしては、ここで終わるのは真っ平御免なんだよねー」
「……本当に、ごめんなさい……」
「いやいや、キミたちは悪くないよー。ワタシが勝手に巻き込まれただけだしねー。それに、諦めるのはまだ早いし」
「…………え?」
今、スピカは、諦めるのはまだ早いと言った。
彼女は、この現状を打破する手立てがあるというのだろうか。
話を傍で聞いていた日影も、海田も、スピカの言動に注目している。
「いったい、何をするつもりなんです、スピカさん……?」
「その前に、みんなに一つ頼みがあるんだー」
「な、何でも言ってみてください!」
「それじゃあ……ワタシがさ、本当は人間なんか一捻りで殺してしまえるような、恐ろしい力を持った人外だったとしても、ワタシのことを嫌いにならないでほしいんだ」
「それって……」
「日向くんには一度話したことあるよね。ワタシが自分の能力を隠して、人目を避けて生きていること」
「ええ。読心能力が原因で迫害されたって……」
「キミも、もうとっくに気付いているだろうけれど、ワタシの超能力はどれも凶悪なチカラを持ってるんだ。読心能力にしても、念動力にしてもね。そのせいで、たくさんの人間から怖がられたものさ」
「スピカさんはそれが辛くて、人目を避けてるんですよね……」
「うん……。ワタシに希望を与えてくれた人間たち、ワタシを受け入れてくれた人間たちから、バケモノ扱いされるのはもう嫌なんだ。だからどうか、これからもワタシの良き友人でいてほしい。それが、キミたちを助けるための、ワタシからの条件」
それを聞いた日向、日影、海田の三人は、顔を見合わせる。
そして、それぞれ口を開いた。
「あの……本当にそれだけで良いのか心配になるレベルなんですけど……。もっと色々わがまま言って良いんですよ?」
「え……? つ、つまりオーケー? みんな、ワタシのこと怖がらない? 条件を飲んでくれるの?」
「お安い御用すぎるぜ……。というか、アンタ結構辛い過去抱えてそうだな……。逆に何か助けてやりてぇ……」
「凶悪なチカラがなんぼのもんじゃい! 大阪人の懐の広さ、ナメたらアカンで! せやからスピカはん、頼むで! アンタの本気、見せたってや!」
「お……おお……! よーし、スピカお姉さん張り切っちゃうぞー!」
その瞬間。
スピカが発する雰囲気が、一気に変わった。
同時に、四人を守っていた円形のバリアーが物凄い勢いで膨張を始める。
「ぬおおおおおりゃああああああ!!」
スピカの掛け声とともに、バリアーは土壁をどんどん押し返し、遂には塞がれていたはずの穴を再びこじ開けてしまった。日向たちがいた地下空間に光が差し込む。
「うええええ!? ふ、普通に押し返しちゃったよ!? 土壁を防ぐのがキツイって言ってたのは嘘だったんですか!?」
「ゴメンねー! 実は全然平気だった!」
「さ、最初のお通夜みたいな雰囲気は何だったんだ!」
「さて、穴から出るよー! みんな、身体を楽にしてー!」
「身体を楽に? ……って、うわぁ!?」
気が付くと、日向の身体は浮いていた。
日向だけではない。日影も、海田も浮いている。
スピカが先頭を飛行し、その後ろを日向たち三人が自動的に追従する。
「な、なんだぁ!? オレたち、浮いてるぞ!?」
「こ、こりゃたまげたわ!? ワイも遂に超能力者デビューかいな!?」
「いいや! ワタシが三人をサイコキネシスで持ち上げてるのさー!」
「え!? いやでも、サイコキネシスは生身の人間相手には使えないって、北園さんが言ってた……」
「普通はねー! でもワタシは違う! ワタシは、生身の生物が相手でもサイコキネシスを行使できる! それだけ超強力なんだよー!」
サラリと言ってのける、凄まじいカミングアウト。
スピカは、生身の人間が相手でもサイコキネシスの対象にできる。
突然の新事実だが、これより以前に気付ける機会は、実はあった。
それは昨日、スピカが木にサイコキネシスをかけて、木を揺らして果実を落としていた場面だ。
この島の木は全て、超巨大クラゲのマモノ、アイランドの一部である。木々がまるで生きているように日向たちに攻撃を仕掛けているのも、アイランドが手足を動かすように操作しているからだ。
そんな木に、スピカはサイコキネシスをかけた。この島の木にサイコキネシスをかけることは、生身の生物相手にサイコキネシスをかけることと同義である。
空中を飛んでいたスピカは、三人と共に穴の外へと脱出し、着地した。
三人を降ろしたスピカは、右手をパタパタと振っている。
「ほい到着ー。ところで、日向くんと日影くんを持ち上げた時、やたらと手が熱かったんだけど、あれは何だったんだろ」
「あ、たぶん、俺たちの”再生の炎”かと……。あれ、超能力にも容赦なく抵抗してくるから……」
「北園が『太陽の牙』をサイコキネシスで持ち上げようとしたときも、手を焼かれたって言ってたな。オレたちの方を対象にしても同様なのか」
「なるほどなるほどー。キミたちも大概、凄い能力持ってるよねー」
「まぁそうなんですけど……って、スピカさん! 全方位から根っこが来てます!」
日向の言うとおり、森のあちこちから鋭い根っこが伸びてきて、スピカを串刺しにせんと迫ってくる。一方のスピカは微動だにせず。
「ほいほいっと」
スピカの周囲に一瞬、青いエネルギーの刃のようなものが次々と現れ、消えた。同時に、襲い掛かってきた根っこが全て切断された。
「……え? 今の、何やったんです?」
「サイコキネシスのバリアーのちょっとした応用だよー。対象の身体の間にバリアーを発生させることで、対象を裁断してしまうんだー」
「つまり……バリアーを使った斬撃みたいなもの……ってところですか?」
「そうそう。だいたいそんな感じー」
すると次は、周囲の根っこが螺旋を描いて絡み合い、一本の巨大な楔となって、スピカに襲い掛かった。数でダメなら、最強の一撃で押し潰そうというのだろう。
「はい残念ー!」
しかしスピカは、根っこの楔に右手をかざす。
根っこの楔が青いエネルギーで包まれて、動きがピタリと止まった。
スピカの目の前で停止し、押すことも引くこともできない。
「受け止めてぇ……捻るっ!!」
楔に向けていた右手を、スピカはひねる。
それに合わせて、根っこの楔も捻じれ、崩壊した。
バキバキと音を立てて、バラバラになった根っこが地に落ちる。
「サイコキネシスで動きを止めてから、捻り殺す。ワタシお得意のデスコンボさー。怖いでしょー」
「す……すっげぇ……」
「サイコキネシス、こんなにエグイ能力だったのかよ……」
「北園さんも強くなったら、これ並みになるんだろうか……?」
「いやー、北園ちゃんにはちょっと厳しいと思うよー。ワタシの能力が特別製だから……ねっ!」
再び襲い掛かってきた十数本の根っこを、スピカは全てサイコキネシスで受け止め、捻って破壊した。さらにスピカの左側面の地面から水鉄砲が噴射されるが、スピカは見向きもせずに左手のバリアーで受け止める。
(能力も凄いけど、スピカさん自身にも全く隙が無い……。この人、メチャクチャ戦闘慣れしてる……。いよいよこの人の正体が気になるところだけど、やっぱり教えてはくれないんだろうな。でも、もうそれならそれで別に良いや。今はとにかく、すごく頼もしい……!)
「……ふふ。本当に怖がってないんだね、ワタシのこと。嬉しいなー!」
日向の心の中をチラ見したスピカは、ますますやる気を出したようだ。彼女が右手をヒョイヒョイと振るうと、周囲の木々がまとめて捻り壊された。
スピカは止まらない。止められない。
襲い来る木々も、土も、水も、超能力でまとめて捻り潰してしまった。
やがて四人は、アイランドの体内に通じていると思われる洞窟へと到着した……が、入り口が落石で塞がれている。これでは中に入れない。
「アイランドの奴、岩で入り口を塞いで、俺たちを中に侵入させないつもりだな」
「みたいだねー。でも残念! そんなものじゃワタシは止められないのだー!」
そう言ってスピカが落石に手をかざすと、洞窟の入り口を塞いでいた岩がまとめて空中へ浮かび上がった。スピカがサイコキネシスで持ち上げているのだ。そして、まるでゴミをポイ捨てするかのように、人よりも大きい大岩を全部放り投げてしまった。
「それじゃ、お邪魔しよっかー」
「あ、はい……」
あっけらかんと言ってのけるスピカに、日向は若干引きつった声色で返事をした。
別に、今さらスピカを怖がっているワケではない。先ほど日向本人が言っていた通り、スピカのことはとても頼りに思っている。しかし、あまりに彼女の力が物凄いので、一周回って呆れ果ててしまったのである。よくもまぁ、こんなすごいのが世の中にいたんだな、と。