第476話 マモノの島ではなく……
引き続き、マモノ島にて。
あれから日向たちは、海田を守りつつ、時にはスピカの手助けも借りながら、襲い掛かってくる木々を斬り倒し、突如として沼と化す地面や、その地面から勢いよく噴射してくる水などを回避しつつ、森の中を動き回っていた。
しかし、どこに移動しようと、その周辺の木々や草葉は容赦なく襲い掛かってくる。地面の沼化や水の噴射なども止まらず、敵の攻撃から逃れることができない。
一度、拠点とは反対側の砂浜にも出てみたが、最初に現れた巨大触手が再び姿を見せて、日向たちに攻撃を仕掛けてきた。慌てて砂浜から逃げ出した日向たちだが、その逃走先は、周囲全てが敵となる森しかない。
「さ……さすがにしんどくなってきた……! 島全体が敵に回ったみたいだ……! 一息つく暇さえありゃしない!」
「日向! もう”紅炎一薙”使え! ここら一帯の木も草も、まとめて焼き払っちまえ!」
「マジか……! けど、確かにそれしかないか……!」
この大自然の景観を燃やし尽くすのを一瞬ためらった日向であったが、最終的には日影の言葉に納得し、自身の『太陽の牙』に灼熱の炎を纏わせる。
「太陽の牙……”紅炎一薙”ッ!!」
そして日向が剣を横一文字に振るうと、あらゆる物を飲み込まんとする業火が扇状に放たれた。炎は前方の木々を、草を、沼と化した地面までも巻き込んで、轟々(ごうごう)と燃え広がっていく。
ヒートスラッシュの炎は、マモノ島の森を一瞬で火の海に変えた。
しかし、周囲の地面から独りでに水が噴き出し、森の消火活動を始めた。
「俺たちも炎に巻き込まれないかが心配だったけど、向こうが勝手に消化してくれるなら、その心配もなさそうだ……」
「心なしか、木々や水の襲撃も治まってきたな。今なら少し息抜きができそうだぜ……」
「……そういえば、木のマモノ以外の連中は、姿を消してしもうた気がするなぁ。これだけ騒いどるのに、一緒に襲い掛かってくる気配も無いで」
「言われてみれば……。ウミガメさん、よく気づきましたね」
「せやろ! 漁師のカン、ナメたらアカンで!」
周囲を警戒しつつも、日向たちは攻撃の手を休めてスタミナの回復に努める。なにせ島のありとあらゆるものが襲い掛かってくるのだ、休める時に休まねばならない。
息を整えつつ、日向は考える。
ここまでに判明している情報を整理する。
現状、日向たちと敵対していると思われる『星の牙』は二体。
一体目は、海に潜んでいるであろう、巨大な触手を持つマモノ。
二体目は、日向たちを沼や水などで邪魔してくる、正体不明のマモノ。
この内のどちらかが、何らかの方法で電波妨害をしていると見るべきだ。
島の内部にさえいれば、巨大触手は日向たちに届かない。しかし今、巨大触手の相手をしていれば、島の内部に潜んでいる『星の牙』に挟撃されるかもしれない。だから、まず相手をするべきは、正体不明な二体目の『星の牙』だ。
「……けど現状、二体目の『星の牙』については、正体の手掛かりすらロクに見つかっていない。何が疑わしいのかさえ分からない状態だ。どうすればいいんだ……?」
「こうも相手が正体不明やと、周りのモンが何から何まで怪しく感じるなぁ」
「本当ですよ。ウミガメさん、もしかして『星の牙』だったりしません?」
「なんでやねん! ワイは一般ピープルやて!」
「ですよねー」
途方に暮れる日向。
そんな日向に、日影が声をかけてきた。
その表情は、やや浮かない。
「……よぉ日向。その『疑わしい存在』についてだが、オレとしては一つ、心当たりがあるぜ……」
「マジで!? いったい何なんだ!?」
「ああ、それは……」
返事をしながら、日影が日向から視線を外す。
改めて日影が視線を向けた先にいたのは、スピカだった。
周囲をキョロキョロ見回していたスピカだったが、日影の視線を察知して動きを止める。
「……ん? ワタシかいー?」
「え、日影、お前まさか、スピカさんを疑ってるのか……? 俺がウミガメさん疑ったみたいなギャグじゃなくて……?」
「ああ、悪ぃが本気だよ。最初に言ったろ。正体がハッキリしない以上、オレはスピカを警戒させてもらうって」
「それはまぁ、そう言ってたけど……」
「さっきの念動力の高速機動を見るに、コイツの超能力はマジで強力だ。それに、使える超能力がこれで全部とも限らねぇ。沼や水を操るような能力を隠し持って、オレたちを攻撃してる可能性もある。スピカは、マモノ側の協力者なんじゃねぇか?」
自身の意見を述べる日影に、今度は海田が反論を挙げる。
「けどな坊、スピカはんはさっき、ワイを守ってくれたで? その直後に、自分も襲われてたしな。だいたい、ここでワイを始末するつもりなら、一週間ほど前に初めて出会った時に仕留めてるんとちゃうんやないか? 今更感が強いで」
「海の巨大触手も、スピカさんに容赦なく攻撃を仕掛けてきた。スピカさんがマモノ側の人間とは考えにくいんじゃないか?」
「小芝居って可能性もあるぜ。わざと襲われているように見せかけて、こっちを信用させているのかもしれねぇ。マモノと通じているという可能性を捨てさせようとしているのかもしれねぇ」
一応、日影の言うことも筋は通っている。
スピカの正体不明ぶりも、彼女の疑わしさに拍車をかけている。
そのスピカはというと、普段と変わらぬ表情で、話の成り行きを見守っている。
……しかしここで、日影が一つ、ため息をついた。
「……はぁ。色々言ってはみたものの、オレも正直、スピカはシロだと思ってる」
「え? そ、そうなのか?」
「数日ほど一緒に過ごしたが、この女からは敵意とかは一切感じなかった。今朝はオレの愚痴にも付き合ってくれたしな。確たる証拠は出せねぇが、オレもスピカは味方だと思ってる。というか、疑いたくない」
「び、ビックリさせるなよ……この場面で仲間割れするのかと思ったぞ……」
「そういう可能性もあるってことを、忘れてほしくなかっただけだ」
やり取りを交わす日向と日影を見て、スピカが柔らかく微笑む。
そして、やっとその口を開いて、話に参加してきた。
「……ふふ。仲間たちが油断しないよう、率先して悪者を演じるあたり、やっぱりキミは良い子だねー」
「うるせ、ほっとけ」
「そういうことか。日影、お前、俺のことをしょっちゅうお人好しだなんて言ってるけど、お前だって大概だぞ」
「ほっとけっつってんだろ」
「さて。じゃあワタシからも一応言わせてもらうけど、ワタシは正真正銘、キミたちの味方だよー。証拠はちょっと出せないけれど、代わりに情報を提供しようー」
「情報を? 何か分かったんですか?」
「何かというか……敵の正体が分かっちゃったかも」
「え!? それじゃあ、敵の正体に気付いてたのに、さっきの話を黙って傍聴してたんですか!?」
「あははー、ゴメンねー。いったいどういう結論になっちゃうのか、ちょっと見てみたくなっちゃったんだー」
一言謝ると、スピカは『敵』についての情報を述べ始めた。
「まず……この島ね、来たときから思ってたんだけど、なーんか妙な気配がしてたんだよねぇー。なんというか、あちこちから心の言葉が見えてくる……みたいな?」
そのスピカの情報に、日影も同調する。
「そういえば、オレもこの島に来たとき、妙な気配を感じてたな……。森のあちこちから見張られているような、気色悪い感覚だった。島で過ごすにつれて、すっかり慣れちまってたが……」
「上手く言語化はできないけれど、明確な敵意の色を持ってワタシたちを狙ってるよー。だから最初、今この森に入るのはマズいんじゃないかって思ったんだー」
「森のあちこちからの気配……。それは、マモノがあちこちに潜んでいる、とは違うんですか、スピカさん?」
「違うんだよー。この島においては、木々からも、水からも、土からも、何も無い空間からさえも、心が見えてしまう。そしてその心は、常に同じ内容、同じ持ち主なんだ。不特定多数のマモノが森に潜んでいるってワケじゃない」
「ふむふむ……。それと、心の内容を上手く言語化できないって言ってましたけど、スピカさんでも心が読めない相手がいるんですか?」
「いや、これはたぶん、『部位』の問題だと思うねー」
「部位?」
「うん。さっき、触手に襲われた時にチラッと言ってたけど、ワタシは対象の中心点を見ないと正確に心が読めない。手や足みたいな末端部分じゃハッキリと読めないんだ。そして、今見えてるこの心は、末端部分を見た時と同じような感覚なんだよー」
「末端部分を見た時と同じ……? それってつまり、この木々や地面が、何者かの手足ってことですか? その手足を動かして攻撃を仕掛けていると? 『星の牙』とかが遠隔操作しているワケじゃなくて?」
「そんな感じかなー。さらに言うと、あの海の巨大触手からも、わずかだけど同じ心を感じたよ。同じ心の持ち主である以上、あの触手の持ち主と、この島内部の『末端部分』の持ち主は、同一のマモノと考えるべきだ。マモノは二体潜んでいるのではなく、一体だけだとワタシは思うね。ここまでヒントを出したら、キミも分かるんじゃないかなー?」
「あの触手の持ち主は、同時にこの島の木々や地面の持ち主でもあるってことですか……?」
「ん……! 地面からの心の気配が変わった! 日向くん、攻撃が来るよ!」
「っ!」
スピカからの声を受けて、日向はすぐさまその場から飛び退く。
先ほどまで日向がいた地面から、勢いよく水が噴射してきた。
「危ないっ!? 撃ち抜かれるところだった……!」
「野郎、攻撃を再開してきたな! 気をつけろ!」
「やっぱりワタシが思ったとおりだ! このマモノの身体の中心点は、どうやら地面の下にあるみたいだよー! 地面の下から、心の濃い気配が伝わってきた!」
「地面の下に、マモノの中心点……」
ここまで情報が出揃ったところで、日向は周囲を警戒しつつ、改めて思考する。
敵は一体。
この島の木々や地面を身体の一部としている。
砂浜で襲ってきた巨大な触手の持ち主でもある。
スピカが島のどこを見ようと、心の気配を感じる。
敵の身体の中心点は、地面の下。
次に日向は、海で襲い掛かってきた巨大触手について考える。
あれだけ巨大な触手の持ち主なのだ、本体もまた、相当に巨大でなければならない。どれくらいの大きさだろうか。船くらいだろうか。クジラくらいか。はたまたクラーケンくらいか。
いや、まだ足りない。
一番しっくりくる大きさは、それこそ、この島そのものくらい。
そこまで考えて。
日向の中で、何かが一つに繋がった。
「……まさか、有り得るのか、そんなことが……?」
「お、キミも分かったかい、日影くん?」
「だから俺は日向ですーっ」
「それより日向! 敵の正体が分かったのかよ!?」
「あ、ああ。たぶん分かった。俺自身、まだ全然信じられないけど……」
「マジか! それで、敵の正体は何なんだ!?」
日影の問いに対して、日向は一拍置いて、答えを返した。
「俺たちは、この島を『マモノの島』だと思ってた。
マモノたちが暮らしているからマモノ島。……けど、違ったんだ。
俺たちが立っているここは……『島の』マモノだ!」