第474話 サバイバル最終日
「おるぁーッ!! 今すぐ忘れろーッ!!」
「痛だだだだだだ!? そんなに頭殴ったって無理だから! 諦めろー!」
日影が日向の頭部を乱打している。
日向は頭を抱えて必死に防御している。
朝方、マモノ島の砂浜にて。
スピカに自身の胸の内を聞いてもらっていた日影だったが、それをよりにもよって日向にも聞かれてしまった。日影は今、顔から火が出る勢いで恥辱を感じている。もっとも、彼はオーバードライヴが使えるので、その気になれば本当に顔から火が出る。
「ぜぇ……ぜぇ……どうだ、少しは忘れたか……!?」
「えーと、お前は頑張って不良の演技してる俺だとかなんとか……」
「ぐぁぁクソッ!! 頼むから忘れろ! お願いだから忘れろーっ!!」
(あ、今の台詞、すごく俺っぽかった)
結局、どれだけ日向を殴ろうと、都合よく彼の記憶が飛んだりはしないので、日影は諦めて砂浜に座り込んだ。隣に日向も座り込む。
「ああクソ、最悪だ……。なんでお前に聞かれちまったんだ……」
「ま、まぁ、あれだよ。そういうのをネタにしてお前を馬鹿にしようとか、俺は思わないから……」
「……本当かよ? お前にとっちゃ、憎き天敵の急所だぞ?」
「これがお前にとってはデリケートな問題だってことくらい、俺でも分かる。そんな部分を突っついて刺激するほど、俺もクズにはなれんわ。何より、後が怖い」
「……お人好しな野郎だぜ。まぁでも、助かる……」
「それに……なんというか、ちょっと安心した」
「安心だ? 自分の天敵が、実はこんなにも弱かったからか?」
「いやいや、そうじゃなくて」
苦笑いしながら日影の言葉を否定し、日向は話を続ける。
「前に言ったことがあるよな? 日影は、俺の憧れが形になった存在なのかもしれないって。お前の、強さに貪欲なところ、そのためにどんな努力も惜しまないところ、どんな敵が相手でも毅然とした態度を崩さないところ、素直に羨ましかったよ」
「……そうかい」
「お前は、俺が持っていない物をたくさん持っている。そんなお前は、俺にとって、いずれ決着を付けなければならない相手とか抜きにして、ちょっと雲の上の人みたいな存在だった。コイツには敵わない、とかじゃなくて、ただ対等に接するのが気まずい……みたいな」
「そんなこと考えてたのか」
「考えてたんだよ。……でも実際のところ、お前もまた根っこの部分は俺と同じみたいで、その上で俺が持っていない物を持っている。あるいは、お前自身も手に入れようと現在進行形で頑張っている。お前はちゃんと、俺の延長線上にいるんだなって思えて、なんか親近感が湧いた」
「そいつは……良かったな」
「ああ。だからまぁ、なんというか……コンゴトモヨロシク?」
「……ふ、くくっ、なんじゃそりゃ」
「いやまぁ、なんというか、こうやって胸の内も知れたし、心機一転、今日からお互い、また頑張っていこうって……」
「んなこたぁ分かってんだよ。ったく、変な奴」
「な、なんだよそれー。お前が俺に話を聞かれてたの、めっちゃ気にしてたみたいだから、こっちも気を遣って喋ってたのに」
「どれだけ仲良くなろうとも、時が来たら、手加減はできねぇぜ?」
「あぁ上等だよ。お前という『憧れ』を、俺は超えるって決めたんだ」
「そうかよ。勝手にしな。……んじゃ、飯の準備でも始めるか」
そう言って、日影はいったん背中から砂浜に倒れ込んだ後、見事な首跳ね起きで起き上がった。
「よっ……と……!」
「お、おぉ……すげぇ……。よし……」
それを見た日向は、日影に倣って首跳ね起きに挑戦する。
しかし、失敗。砂浜に背中を強かに打ちつけた。
「ぐふぅ……」
「……何やってんだ」
「お前ができるなら、俺だってできるかなって……」
「オレだってさんざん練習したぞ。自分が運動神経悪いって、忘れてるんじゃねぇのか?」
「ちくしょう……」
その後、日向は普通に起き上がり、焚き木に火を点ける準備に取り掛かる。
その後ろ姿を、日影は複雑そうな表情で眺めていた。
「憧れ……か」
◆ ◆ ◆
一方その頃。
十字市の港町にて。
この港町には現在、日向と日影両名の捜索チームの仮設拠点が設置されている。その中の一つのテントの下で、狭山が海図を見ながら唸っていた。
「昨日は丸一日、日向くんたちを探していたが、結局見つけられなかった。彼らが沈んでいると思われる地点とその周辺、全てをくまなく探してみたが、影も痕跡も発見できず。自分の計算能力を過信していたか……?」
日向たちが沈没したと思われる箇所を、あらゆる可能性を視野に入れて計算した狭山であったが、その全てがかすりもしない外れであった。周辺の無人島も調べ尽くしたはずだが、結果は同じ。これでは、さすがの彼も自信が揺らぐというものである。
「……いや、こうも考えられるな。あくまで自分の計算を信じる場合、日向くんと日影くんの身には、自分が予測していないイレギュラーが発生した可能性が。例えば……日影くんが日向くんを助けに海に飛び込んだ時、自分の予想に反して、日影くんは日向くんの救助に成功。どこかの無人島にでも流れ着いた。しかし、その島の『何か』が原因で、通信が途絶している可能性は……」
つまり、二人があの荒波の中を生き延びて、なおかつ何かしらの問題を抱えた島に漂着した可能性。
実にややこしい事態だが、有り得ない話ではない。事象の偶発性は、時として信じ難い結果を実現させてしまうことがある。
「この場合の二人は、通信機が使えないのも、バイタルチェッカーが信号を発信しないのも、機器の故障だと考えている可能性があるね。そして、島でただひたすらに、こちらが救助に来るのを待っている可能性もある……。であれば、救助に来れない原因はそちら側にあることを伝えなければならない」
そこまで考えると、狭山はスマホを取り出した。
連絡先は、北園である。
「……ああ、もしもし、北園さんかい? 狭山だよ。……うん、おはよう。朝からすまないが、一つ頼まれてほしいことがあるんだ。日向くんと日影くんに、テレパシーで伝えてほしいことがあるのだけれど……」
◆ ◆ ◆
視点は戻って、日向たちがいるマモノ島。
今日の日向たちの食事は、海から襲い掛かってきた魚型のマモノ、シーバイトの丸焼きである。
「ビックリしたわぁ……。ワイがのんびり釣りしとったら、いきなり海からザバーッて来るんやもんなぁ。寿命縮んだで……」
「それでも、一度は素手で殴り飛ばして撃退するあたり、さすが漁師さんですね……。腕っぷしは確かなようで……」
「んー……しかし変な味だねぇー、このお魚……。まぁ、昔食べてた物よりはいくらかマシだけどー……」
「これよりマシって、アンタ、昔は何食べてたんだ……?」
「幽霊説は否定してたけど、やっぱりこの人は普通の人間じゃないのかもしれない……おや?」
洗ってない犬のニオイのような味がする魚肉を咀嚼していた日向だったが、ここで彼の頭の中に声が響き始めた。北園のテレパシーのようだ。
(日向くーん! 聞こえるー!? もしかして、日向くんは今、無人島みたいなところに流れ着いてたりするのかなー!? 狭山さんがね、日向くんたちの信号をキャッチできないんだってー!)
「そうか……。狭山さんたちもこっちの居場所が分からないのか……」
(たぶん、原因はそっちにあると思うって言ってたー! 日向くん、どうにかしてその場所を離れることはできないかなー!? 電波妨害の原因が、日向くんの居場所にあるのなら、そこから離れることで信号をキャッチできるかも、だってー!)
「たしかに……わざわざこの島を探索して、電波妨害の原因を解明せずとも、さっさとこの島から離れて、救助隊に俺たちを発見してもらえれば、手間が省けるな……」
「どうした日向? さっきからブツブツ言って……」
「ああゴメン。北園さんからテレパシーが来たんだ」
「北園から?」
日向は、今しがた北園から伝えられたことを、改めて他の三人にも伝える。一般人の海田は、北園の超能力をにわかには信じ難い様子であった。
「テレパシーが使える友達って……そんなんアリなんか……?」
「信じられないでしょうけど、アリなんですよ……」
「まぁそこは疑ってもしゃーないとして、この島から離れるといっても、どないすんねん? 救助が来るまで、皆で仲良く海で泳ぎ続けるんか?」
「いや、先ほどのシーバイトの襲撃から見るに、この島の周辺にも魚型のマモノがたむろしている可能性が高いです。泳ぐのはオススメできません。何より、俺の体力がもちません」
「せやったら……イカダでもこさえるか? ちょいと大変やろうが、皆で安全に島から出れるで」
「いえ、そこまで手間をかけなくても、もっと良い方法があります」
「ほぉ? どないな方法や?」
「スピカさんに協力を仰ぐんです」
「んー? ワタシかいー?」
「はい。スピカさんは、念動力の空中浮遊で海の上を歩けるでしょ? そこで、俺たちのバイタルチェッカーをスピカさんに預けて、スピカさんには歩いてこの島から離れてもらいます」
日向の考えを傍から聞いていた日影も、頷いて同調の意を示す。
「あぁ、なるほどな。スピカがバイタルチェッカーを持って島から離れれば、狭山たちに信号が届く。その信号の発信地点に救助が来てくれれば、その付近にあるであろうこの島にも気付いてもらえる。オレたちが皆揃って海に出る必要はねぇってワケだ」
「そういうこと。日影の話を聞くに、スピカさんは強いらしい。海のマモノの襲撃にも対応できるかもしれない。頼めますか、スピカさん?」
「んー、まぁ、それくらいならお安い御用だよー。じゃあさっそく始めよっか」
スピカは日向たちからバイタルチェッカーを預かり、おもむろに海へと足を踏み出す。すると彼女の足は海水に浸からず、海面に乗った。そしてそのまま歩き始める。
「はぁー……スピカの姉ちゃん、ホンマ不思議な人やなぁ……」
「まったくです。……それはそれとして、ようやくこの島から出られそうだ」
「二泊三日もした割りには、あっさりとした解決策だったな。それにしても狭山のヤツ、遂に自力でこの島を見つけることができなかったなんて、救助の人手が足りてねぇんじゃねぇか?」
「それは思った。俺たち毎回、焚き火で煙も上げてるのに、そんなに気付かないものなのかな……」
そう呟きながら、日向は朝食を焼いた焚き火を見てみる。
焚き火から立ち昇っている煙は、上へ上へと伸びていき、途中でブツリと途切れていた。
その煙を見て、日向は怪訝な表情を浮かべる。
「……なぁ日影。あの煙を見てくれ」
「あん? 煙がどうしたんだ?」
「あれ、不自然じゃないか? 上の方に昇っている途中で、いきなり途切れてる。まるで、あの途切れている部分を境に、別の世界に繋がっているみたいだ」
「……確かにそうだな。それに、煙ってもう少し高く上がるよな普通は……?」
「なんだこれ……? いったい何が起こってるんだ……?」
怪奇現象の正体が掴めず、背筋にうすら寒い気配を感じる日向。
……その時だった。
突然、地鳴りが発生した。
島全体が揺れ始める。
「うわわわわ!? な、なんだなんだ!?」
「地震か!? クソ、どうなってんだこの島は!」
「えらい大きいで……! スピカはんは大丈夫なんか!?」
海田の言葉にハッとして、日向もまた海上のスピカに視線を向ける。
スピカもまた、地鳴りに気付いて辺りを警戒している様子だった。
「おっとっと……。このタイミングで地震かいー? なーんかきな臭いねぇー……」
と、その時だ。
スピカの近くの海面が、大きく盛り上がる。
そして海中から現れたのは、ぬるりとした触手のような何か。
それは恐らく触手なのだろうが、恐ろしく巨大だ。
家よりも太く、高層ビルのように高い。
太陽の光を遮り、スピカにも触手の影がかかる。
「わーお……なにこれぇ……?」
巨大な触手が、グラリと揺れる。
そして、目の前のスピカに思いっきり叩きつけられた。




