第471話 絶海の孤島での出会いと再会
マモノが跋扈する無人島、マモノ島に漂着し、サバイバル生活をしていた日向と日影だったが、二日目の朝食を終えた後、無人島と思っていたこの島で二人の人間と出会った。一人は漁師のような恰好をした、関西弁が特徴的な二十代くらいの男性。そしてもう一人は、日向たちの顔見知りである女性、スピカだった。
まずは漁師のような恰好をした男が、自己紹介を始める。
「ワイは海田亀吉や! 見ての通り漁師やで!」
「またの名をウミガメさんだよー」
「スピカはん……ウミガメ呼びは勘弁してくれへんか……? ワイ、爬虫類はあんまり好きやないねん……」
「えー、かわいいのに」
「ウミガメさん……あー、名字の『海』と、名前の『亀』で……。それで、どうしてウミガメさんはこの島に?」
「ほれ見いスピカはん、もうワイの名前がウミガメで定着してしまったやないかい。……まぁええわ。話を戻すけど、ワイは何日か前に漁に出とったんやけどな、そん時にどえらい大きさのエイに襲われてな、船が砲撃食らってん」
「もしかしなくても、スピリットだろうなぁ……」
「そん時の砲撃のはずみで海に落とされてな、風は強いわエイは襲ってくるわで、ウチの船の同僚はワイを置いてみな逃げてしもうたさかい。ワイも溺れるのゴメンやから、上手いこと波に身を任せて海を漂っとったらな、この島に流れ着いたんや」
そういえば、と日向は思い出す。
スピリット討伐が始まる前に、狭山が言っていた。漁船が襲われて行方不明者まで出ていると。恐らくは、この海田こそが件の行方不明者なのだろう。
「あんなデカいエイがおる限り、この辺には救助の船も寄り付かんやろうなぁ……。殺生なマモノやで、ホンマ」
「安心してください。あのエイならもう討伐しましたよ」
「ホンマか!? え、まさか、坊たちが倒したんか!?」
「一応、これでもマモノ討伐チームなんです」
「はえー、そうなんか……。まだこんなに若い子供なのに、あんなやばそうなバケモンも倒してまうのか、マモノ討伐チームっちゅうのは。大したもんやでーホンマに」
「さて、これでウミガメさんの事情は分かったとして……」
海田との会話はそこそこに、日向は満を持して海田の同行者だったスピカに向き直る。彼女は口角を上げて微笑みながら、日向に向かってヒラヒラと手を振っている。
「やほやほー。みんなのスピカお姉さんだよー」
「いや本当になんであなたがここにいるんです?」
「ちょっと立ち寄っただけだよー。ワタシの王子様、ここに隠れてるかもしれないしねー」
「どうやってここに来たんです? 船とか?」
「そこはまぁ、ヒョイヒョイっとね?」
「ヒョイヒョイって……」
(言いたくない事情でもあるのかな……?)
「いやぁ、言いたくないってほどじゃないんだけどねー。まぁこちらの事情で、言わないに越したことはないかなぁって」
「あ、心の中読みましたね?」
「イヤでも読んでしまうからねー、私の眼は」
このスピカという女性は、『王子様』なる人物を探してあちこちを旅しているらしい。日向が彼女と初めて出会ったのは山の森の中。二回目はノルウェーのオーレスンの町にて。そして三回目はここ、マモノ島だ。この行動範囲と、再会のタイミングの突拍子の無さ、神出鬼没という表現ではまだ足りない。
ちなみに彼女は、北園と同じように念動力の空中浮遊が使える。かつてノルウェーにて彼女が海の上を歩いていたのを、日向は見たことがある。彼女がこの島に来た手段としては、恐らくこの空中浮遊を使った可能性が濃厚だろう。
「ところでキミたちは、どうしてこの島に? ……ふむふむなるほど、スピリットっていう巨大エイと戦って、勝利したは良いものの、溺れてしまってこの島に流れ着いたのかぁー」
「まぁ、そんなところです」
「それで今は、救助を待っている状態と」
「その通りです。ところでスピカさん、スマホとか持ってるなら貸してくれませんか? 狭山さんに連絡して、俺たちがこの島にいることを伝えたいんです」
「あー、ゴメンねー。ワタシ、スマホ持ってないんだー」
「そんな人間がこの時代にいるのか……」
「この姉ちゃんのゆうとることはホンマやで。そもそも、この姉ちゃんがスマホなんか持っとったら、ワイが救助隊に電話かけてサッサとこの島からオサラバしてるっちゅーねん」
「ごもっとも……。あ、それじゃあテレパシーは? スピカさんは北園さんみたいにテレパシーは使えないんですか?」
「ゴメンねー日影くん。ワタシ、テレパシーは使えないんだよねぇー。使えたら便利だったのにねー」
「そうですか……。それと、俺は日向です……。もう髪の色も違うのになんで間違うんですか……」
「とはいえだぜ、日向。オレたちにはこのバイタルチェッカーがある。別に今から連絡しなくたって、狭山がここを見つけてくれるはずだぜ」
「え、坊たち、この島から帰る算段ついとんのか!?」
「おう。アンタもオレたちと一緒にいれば、そのうち帰れるぜ」
「か、神や……! 神降臨や……!」
両膝を砂浜について、まさに神に祈るようなポーズで二人に感謝の念を送る海田。この仰々しいリアクションは、大阪人ならではのノリなのだろうか。それとも、このサバイバル生活からの解放への喜びが自然とそういう動作をさせるのか。行方不明者発生の時期から推察するに、彼は恐らく最低でも五日間はこの島にいたはずだ。
「……ところでウミガメさん。それとスピカさん。俺たち、水が飲みたいんです。この島に水源はありませんか? ウミガメさんとか、たぶん五日間はこの島にいるでしょ? 水を確保する手段は持っているはず……」
「お、察しが良いなぁ坊。お前の言うとおり、この島の森の中に池があるで。案内したる。遭難日数五日のベテランサバイバーのワイに任しとき!」
「……遭難日数五日って、ベテランなのだろうか……?」
「……まぁ実際、このマモノ島で五日も生き残るって、大したモンだろ」
海田の関西人らしいノリの良さに圧倒されながらも、日向と日影は彼の後を追い、スピカも小さく微笑んだ表情そのままに彼らの後ろをついて行った。
◆ ◆ ◆
森の中を歩く日向たち四人。
のんびり最後尾を歩くスピカを、日影がチラチラと気にしている。
一方、先頭を行く海田に、日向が話しかける。
「海田さん。この島って、マモノが多いでしょ? 五日間もどうやって生き延びてきたんですか? 漁師だから、それなりに腕っぷしが強くて、マモノも素手で仕留めて食ってきたとか?」
「いやいやいや! 確かにワイもいっぱしの漁師やから、そりゃあ腕っぷしには自信あるけどな、せやかてマモノは無理や。ちょうど良い大きさの枝を拾ってな、それにその辺の虫を括りつけてな、ちょっとした釣り竿にして魚釣ってたんや」
「おぉ……さすが漁師……」
「すごいやろ! ……ああ、けどな、やっぱりこの島、マモノが多いさかい、嫌でもマモノに会うことも、ようあったわぁ」
「その時はどうしてたんです? やっぱり素手で追い払ったんです?」
「せやから無理やて! ワイは格闘家ちゃうねん! ただ……信じられへんかもしれんけどな、マモノが襲ってきた時は、スピカはんがマモノ追い払ってくれてん」
「スピカさんが……?」
「せや。手からバリアーみたいなモン出しての。それで襲ってくるマモノを跳ね返してしまうねん。あの女、ただモンやないで……」
「ウミガメさんも、スピカさんとはこの島で出会ったんですか?」
「せやで。ワイがこの島に流れ着いたその日にな。途方に暮れながら森の中を歩いとったワイに、後ろからいきなり声かけてきたんや。ここに人はおらんと思うとったさかい、心臓飛び出るかと思うたで」
「本当に何者なんだろうなぁ、スピカさん……」
「なんや、坊たちも分からんのかい。知り合いみたいに話しとったみたいやけど?」
「まぁ一応、顔見知りではあるんですけど……」
そう言って、日向は後方のスピカをチラリと見やる。
当のスピカは「ぴーすぴーす」などと言いながらVサインを見せている。
一方、日影はスピカをまだ気にしているようだ。
先ほどから険しい表情で、ずっとスピカを気にかけている。
「……どうしたんだ日影? スピカさんに何かついてるのか?」
「いや、別に何もついてはいないが……」
「んふふー、安心しなよ日向くーん。ワタシはキミが思ってるような危険人物じゃないよー」
「……ちっ、読まれてるか。あとオレは日向じゃねぇ、日影だ」
「おーい二人ともー。二人だけにしか分からない会話で、俺を仲間外れにしないでくれー」
「分かった分かった。もうスピカにも読まれたんじゃ仕方ねぇ。堂々と話してやるか」
日影は歩きながら、なぜ自分が先ほどからスピカを気にしているのか、日向に説明を始めた。
「まず日向。テメェは、オレがお前と比べてある程度、勘が良いっていうのは知ってるよな?」
「あ、うん、まぁ。俺の元々の観察力が多少残って、カタチを変えたのがお前の勘の良さだ……って狭山さんが考察してた」
「まぁそんなことは今はどうでも良い。それでだな。オレはこの感覚察知能力と記憶力で、強ぇヤツ特有の気配ってのを少し覚えてきたんだ」
「強い奴の気配……?」
「ああ。オレだってこのマモノ災害で、いろんな奴と戦ってきたからな。マモノはもちろん、人間も」
「そうだな……。本当に、色んな奴と戦ったと思うよ」
「悪魔の猿、キキと戦ってオーバードライヴを身に付けた。的井やミオンとも手合わせしたし、エヴァともチラッと戦ったな。ズィークとはガチで戦り合った。先日はゼムリアとも戦ったな。負けたけどな」
「キキとか懐かしいなぁ。……それで、日影。結局何が言いたいんだ……?」
「今なら分かる。……このスピカって女、メチャクチャ強ぇぞ」
「…………マジか」
「……思ってたより、驚かねぇな?」
「まぁ……この人の力の片鱗は、前にノルウェーで垣間見たから……」
以前、日向がノルウェーでスピカと出会った時、彼女は日向たちの戦いに少しだけ力を貸してくれた。敵の攻撃を防ぐ北園のバリアーに、スピカの力も上乗せして援護してくれたのだ。
その時、北園が一枚のバリアーしか張れなかったのに対して、スピカは三枚のバリアーを同時に展開してみせた。単純に考えて、スピカの念動力は北園のそれより三倍強いと見ることができる。
「オレも、あの女が悪い奴じゃないとは思ってる。思いてぇ。だが、やっぱりアイツの正体は謎のままだ。あの女の正体がハッキリしない限りは、オレはスピカを多少は警戒させてもらうぜ。これでもオレは用心深いんだ」
「え、用心深いの、マジで? へぇ意外だなぁ、もっとこう、ブレーキが壊れたダンプカーみたいな性格してると思ったんだけどなぁお前」
「テメェ、スピカが強いかもしれないっていう情報より驚いてんじゃねぇよ」
「お二人さん、ワタシについてあれこれ話すのは構わないけれど、そろそろ目的地に到着だよー」
スピカの言うとおり、日向たちは森の中の少し開けた場所に到着した。その中心に、まるで透き通るような美しい水をたたえた池がある。木漏れ日が水面に反射して、池はキラキラと輝きを放っていた。
「こいつぁ……想像以上に、美味そうだ……!」
「長話が続いて、そろそろ舌の乾燥が限界だったんだ、いただきます!」
「おーおー、一目散に飛びかかってもうた。まるで砂漠の中にオアシスを見つけた旅人やな」
「あっははー、若いって元気で良いねぇー」
「何ゆうとんのや。アンタだってまだまだ若いわ」
「おやー、そう見えるかい? それはなかなかに嬉しいねー」
顔面を突っ込んで清水を貪る日向と日影を、海田とスピカは苦笑いしながら眺めていた。いずれ救助が来るとあってか、四人は遭難中の身だというのに、場の雰囲気はとても明るい。
……しかし、四人は知らない。
彼らの捜索活動は難航し、現状では救助の見込みが無いということを。