第470話 マモノ島
日向たちが遭難してから、次の日。
無人島の森の中。
「シャーッ!?」
「エモノがいたぜ!」
日向が『太陽の牙』を振りかぶりながら、大型犬ほどもあるイタチのマモノ、マンハンターを追いかけている。ちなみに日向の口調がやたらと日影っぽいが、今の台詞はゲームネタである。
「日影! そっちに行った! 回り込め回り込め!」
「分かってる! 今日の朝飯だ、絶対に逃がすかッ!」
「シャーッ!? シャーッ!!」
この島は、やはり多数のマモノが生息していた。というか、微小な虫などを除けばマモノしかいない。さながらマモノ島である。
そして日向と日影は、救助が来るまでの間、当面はマモノで食いつなぐことを決めた。現在二人がマンハンターを追いかけ回しているのも、今日の朝食を獲得するためである。
やがて日影がマンハンターに追いつき、剣で斬りつけて仕留めた。
「いっちょ上がりだ。さて、拠点まで戻るか。日向、マンハンターを運べ」
「え、俺が? この血まみれのマンハンター運ぶの?」
「仕留めたのはオレなんだから、運ぶのはお前の仕事で良いだろ」
「なんだそりゃ! そういうのは早く決めろよ! それなら俺だってお前に任せず、もっと本腰入れて仕留めたのに……」
「あ? つまりそれは、今のは本腰入れてなかったと? サボったな?」
「あ、いかん、つい勢いで……。俺が上手く誘導すれば、あとは日影が仕留めてくれるかなーって……」
「この野郎が。だったらもう、今回ばかりはお前が運搬担当で文句ねぇだろ」
「ちぇー。これだけ血まみれだと、絶対服が汚れそうで嫌なんだけどなぁ。もっとキレイに仕留めろよ、日影ー」
「昨日と今日で既に砂と土まみれなのに、これ以上汚れたって大して変わらねぇよ」
ぶつくさと文句を言いつつも、観念して日向はマンハンターの死骸を抱える。最初はマモノの死体を触るのに抵抗はあったが、もうほとんど慣れてしまった。
こんな調子で、二人はこのサバイバルを強く生きていた。マモノはマズいが、食べれば腹は膨れる。しばらくは食料には困らなそうである。
……と、ここで。
マンハンターを運んでいた日向が急に足を止めて、地面を凝視し始める。
「……ん? んんんー?」
「どうした? 美味そうなアリの行列でも見つけたか?」
「いや、アリはまだちょっと食べる気にはなれんわ。それよりコレ見てくれ。これ……人の足跡じゃないか?」
日向が指差す地面には、確かに人の足くらいの大きさのへこみがある。そのへこみの内部にも、靴裏を思わせるような凹凸ができている。
「……確かに、人の足跡っぽいな。この島にはやっぱり人間がいるのか?」
「よく見ると複数あるな。こっちの足跡……最初の足跡とはちょっと形が違うぞ」
「複数の人間がいるのか?」
「あるいは、もうこの島から脱出しちゃった後かも……」
「腹が膨れたら、この島を本格的に探索してみるか。池でも見つかったら最高なんだが」
「そ、そうだな。俺たちにはまだ、水の確保という最大のミッションが残っている……」
人の足跡らしきものを後にして、日向たちは昨日マーダーネイルを食した場所まで戻ってきた。ここをしばらく拠点とすることに決めた。
日向が火を起こし、日影がマンハンターを解体する。
普段はいがみ合う二人だが、こういう作業の時はなかなかに息が合っている。
「もともと、日影は俺だからなぁ。俺が二人いるようなモンだし、そりゃ息くらい合いますわ」
「オレは日影という人間だ。テメェとは違ぇ」
「相変わらずこだわるなぁ、そこ。……ほい、火の準備できたぞ」
「こっちも肉の準備オーケーだ」
「……なんか、俺の取り分、少なくない? お前が肉担当だからってズルしてない?」
「どうせコイツもマズいぞ。そんな肉がたっぷり欲しいっていうならくれてやるが?」
「ぐ……どうしようかな……」
とはいえ、現状では貴重なタンパク質である。この際、味は二の次にして、栄養が摂れるなら摂っておくべきである。というワケで日向は、日影と同じ量の肉を要求し、食べた。
「このマンハンターには悪いけど、やっぱりマズい……。プラスチックみたいな味がする……」
「絶対わざとだよな、このマズさ。なんでマモノたちは、自分をこんなにマズくしちまったのかねぇ」
「思うに、マモノたちは、地球の自然を脅かす人間と戦うために生まれた生き物だ。そんな生き物たちが下手に美味しくなってしまったら、人間たちは嬉々としてマモノたちを狩って、マモノ料理にしてしまうはずだ。けれど、あえて肉の味を悪くしたら、人間たちがマモノを狩るメリットが一つ減る。苦労して狩って食べても美味しくない。モチベーションが削がれる。そこがマモノたちの狙いじゃないかな?」
「ほー、なるほど……。お前にしちゃあ、なかなか考えたじゃねぇか」
「……と、前に狭山さんが考察してました……」
「……見直して損したぜ」
会話もそこそこに、日向はマズい肉を口の中に頬張っていく。
……と、その時。
(日向くーん! 日向くーん!)
「あ、今、北園さんの声が聞こえた」
「精神感応か」
(どこにいるのー!? 海に沈んでるのー!? しっかりしてー! 狭山さんが探してくれてるよー!)
「北園さんのテレパシーは一方通行だからなぁ……。こっちから返事ができないのがもどかしい……。俺たちはいま無人島でマモノ食ってるよ……」
「……お、次はオレに呼びかけ始めたぞ」
北園は自身の能力の一つであるテレパシーで、時おり日向たちに声を届けてくれる。彼女に気がある日向としては、この北園の声が聞ける時が、このサバイバルでの最大の清涼剤となっていた。
やがて、マンハンターの可食部位をあらかた食べ終えてしまった日向と日影。しかし、その表情はやや曇っている。
「やっぱりこれだけじゃ、あまり腹は膨れないな……」
「もっとデカいマモノを仕留めねぇとな。イノシシとかいねぇかな……」
補足しておくが、マンハンターは大型犬ほどもあるイタチのマモノである。可食部位と思われる胴体部分はそれなりに大きく、二人前どころかその倍近い量の肉が容易に手に入る。ではなぜ二人は空腹感を訴えているかというと、この二人の食欲がおかしいのである。
食事を終えて、先ほど話に出ていたマモノ島の探索に向かおうとする日向と日影。しかし、出発する前に日影が口を開いた。
「……よぉ日向。オレ、大変なことを思い出したぞ」
「え? なんだよ大変なことって……」
「そう身構えるな、良いニュースだ。ほれ、コレのことだよ」
そう言って日影は、自分の胸に付けているバッジのようなものを日向に見せる。
このバッジのようなものは、通信機、コンタクトカメラに並ぶ、日向たち『予知夢の五人』のマモノ討伐における装備の一つ、バイタルチェッカーである。
これを胸に付けておけば、オペレーターがモニター越しに五人の健康状態を心電図形式で確認することができるのだ。毒などを受けても即座に判別できる。
「それは……バイタルチェッカーだな。それがどうかしたのか、日影?」
「オレの記憶が確かなら、コイツには発信機が付いてなかったっけか?」
「…………あ!!」
日向もまた、まさに盲点を突かれたような表情を見せる。
日影の言うとおり、このバイタルチェッカーには発信機が内蔵されており、日向たちの現在位置がオペレーターに伝わるようになっている。基本的に日向たちのオペレーターは狭山が務めるので、つまるところ、このバイタルチェッカーがあれば狭山が日向たちの現在位置を知ることができるというワケだ。
……と、いうことは。
「このバイタルチェッカーがあれば、狭山さんは確実に俺たちを見つけてくれる……!」
「そういうことだぜ。アイツは仕事は早いから、上手くいきゃ今日中にでも救助を送ってくれるはずだ」
「うおおおおおおお!! ここに来て、コレが役に立つとはぁぁ!!」
「全くだぜ。通信機やコンタクトカメラに比べたらあまりに出番が無さすぎて、すっかり忘れちまってたぜ、オレともあろうものがよ」
「遅かれ早かれ救助が来てくれるって分かったのなら、このサバイバルも途端に臨海学校みたいに感じてくるなぁ!」
「へっ、のんきな野郎だ。まぁ、気持ちは分かるがな。とはいえ油断大敵だ。マズいマモノ食い過ぎて口の中もヤバいし、やっぱり水の確保は最優先に……」
だがその時。
近くの茂みがガサリ、と音を立てた。
「っ!」
「なんだっ!?」
日向と日影は揃って身構える。
マモノがやって来たのだろうか。
やがて、茂みの中から姿を現したのは……。
「……ホンマやて! こっちから人の声がしたんや!」
「えー、ホントかなー? ウミガメさん、すぐに嘘つくからなー」
「アンタ人の心読めるんやろ! ワイが嘘ついとらんの分かるやろ! ……って、ほれ見い! ホンマにいたで!」
「おーホントだー。……ん? んんー? キミたちは……」
茂みの中から姿を現したのは、人間だった。男女が一人ずつ。
ウミガメと呼ばれた男性の方は、背が高く、ガタイが良く、坊主頭にねじり鉢巻きを締めており、ゴム長靴に前掛けを着用。これらの要素から見るに、この男性は漁師だと思われる。
そして女性の方は、日向たちは見覚えがある人物だった。
しかし……まさか、こんなところで出会うとは。
艶やかな赤色のロングヘアーに、茶色のオーバーコート。
革のブーツに革の旅行カバンと、およそ無人島には似つかわしくない出で立ち。
「す……す……スピカさん!?」
「やっぱりー! 日影くんじゃないかー、元気だったー?」
「だから、俺は日向ですっ!」
「あれれ、そうだっけ?」
この女性の名はスピカ。人の心を読む『読心能力』をはじめとする超能力の使い手。マモノ災害が始まってから日向たちと出会い、日向が彼女と会うのはこれで三回目となった。
◆ ◆ ◆
一方その頃。
海上に多数の船の姿がある。上空にはヘリコプターも複数飛んでいる。これらは全て、行方不明となってしまった日向と日影の捜索のために駆り出されている。
日向たちが行方不明になってから、狭山はすぐに捜索に乗り出した。彼自らも捜索に同伴し、ヘリコプターで日向たちの姿を探しつつ、下の船に指示を送っている。
「当日の風の強さ、波の勢い、潮の向き、その他全てを計算して、二人が沈んでいると思われる地点をあらかた割り出した。……しかし、一向に見つかる気配が無いな……」
実際のところ、日向たちは無人島に漂着している。そのため、いくら海底を探し回っても日向たちが見つかることは決して無い。とはいえ、狭山もその点は考慮している。
「もちろん、どこかの無人島に運よく流れ着いたという可能性もある。……しかし、二人が行方不明になった地点から、最も近い無人島までは、相当な距離がある。それでも念のために捜索隊を派遣しているが、発見報告は無し。地図に載っていない島という可能性も視野に入れて、こうやって肉眼で探し回ってはいるが、それらしき陸地は見当たらないな……」
しかし、日向たちにはバイタルチェッカーがある。これに内蔵されている発信機を辿れば、すぐに日向たちの現在位置を割り出すことが可能なはずだ。なぜ狭山は、ここまで日向たちの捜索に手こずっているのだろうか。
「いやはや、参ったねぇ……。それにしても……。
どうして二人のバイタルチェッカーは位置情報を発信してくれないんだ……?」