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第468話 漂着

「……………………う……ぐぅ……」


 気だるげな表情で、日向が目を開いた。

 大きく息を吸おうとすると……。


「う……ぐっ、げほっ!? ごほっ、ごほっ!?」


 呼吸が詰まり、思わず咳き込む。

 咳と共に口から吐き出されたのは、大量の海水。

 こんなのが肺の中に詰まっていたら、呼吸もできないというものである。


 海水を全て吐き出し終わると、ようやく呼吸ができるようになった。

 久しぶりの酸素を、目いっぱい堪能する。


「はー……はー……いったい何がどうなったんだっけ……?」


 どうして自分は倒れていたか、日向は分からなかった。気絶する前に何が起こっていたかを必死に思い出す。


「……そうだ! 俺、スピリットにトドメを刺した後、そのまま溺れて……!」


 次いで、ここがどこかを確認するため、日向は周囲を見回す。

 ここはどうやら、どこかの浜辺らしい。

 波がザザー……と音を立てて、砂浜に寄せては引いていく。

 その波打ち際にて、日向は倒れていたようだ。


 そして、その日向の隣に、誰かが倒れていた。


「…………日影?」


「……ぐ……く……」


 日向と共にこの場所に流れ着いていたのは、日影だった。うつ伏せでぐったりと倒れており、意識もまだ無さそうだ。


「……もしかして、日影こいつが俺をここまで運んでくれたんだろうか?」


 嬉しがるでもなく、戸惑うでもなく、ただ不思議そうに日影を見つめる日向。彼がここまで身体を張って自分を助けてくれたのが、少し意外だった。


 このまま放っておくわけにもいかないので、日向は日影を起こす。


「おーい、日影ー」


「うぐ……げほッ!? げっほ、ごほッ!」


「お前も大量に水を飲み込んでたクチか」


 とりあえず日影の背中をさする日向。

 ほどなくして、日影の容態は快復した。


「ぜぇ……ぜぇ……どこだここ……?」


「分からん。お前が運んできてくれたんじゃないのか?」


「あー……そうだ、思い出してきた。沈んだお前を抱えて泳いで、なんとか海面まで到達できたところまでは良かったものの、オレたちは相当な距離を流されていたらしく、もう周囲に船の姿は無かったんだ」


「じゃあ、ここに流れ着いたのは……?」


「あのままじゃオレも海のど真ん中で力尽きてしまうところだったからな、どうにか陸地を探そうと頑張っていたワケだ。体力も限界に差し掛かってきたころ、偶然にもこの島を見つけて、最後の力を振り絞ってここまで泳いできたんだよ。テメェを抱えてな」


「そうだったのか……。まぁ、なんだ、助かったよ」


「……けっ! どうせいずれ殺し合う関係なのに、なんでこんな奴助けちまったんだか」


「ホント俺に対しては性格悪いなお前」


「とにかく、狭山の野郎に連絡するか。オレたちは無事だってことを伝えて、ここまで迎えに来てもらおうぜ」


 そう言って、日影は耳に付けていた通信機のダイヤルをいじる……が、狭山との通信が繋がらない。ノイズ音が聞こえるだけだ。


「ああ……? 通信できねぇだと? 仕方ねぇ、日向、お前が代わりに通信してくれ」


「いや……こっちも同じだ。ノイズ音が聞こえるだけで、通信が繋がらない」


「二人揃って故障か? まったく、ツイてねぇ。だったらスマホだ。日向、電話頼むぜ」


「いや悪い、俺のスマホは高速艇の中に置いてきたんだよ。今回は戦闘中には使わないかなと思って、海に落とすのも怖いし、船の荷物置き場にさ。だからお前が連絡してくれ」


「残念だが、オレも同じだ。オレも船に置いてきた」


「うぇぇぇ、マジかよぉ……。じゃあどうする? この島に住んでいる人を探して、電話でも貸してもらうか?」


「それしかねぇだろ。適当に歩いていたら、漁村か港町には辿り着けるだろうよ。ほれ、行くぞ」


「行動に迷いが無いなぁ……」


 ズカズカと先に進む日影を、日向はトボトボと追いかけた。

 道らしき道は無いので、二人は正面の茂みに侵入する。


 茂みを掻き分け、草葉を踏み越え、立ち並ぶ木々の下を歩く。

 日差しが木の葉に遮られ、辺りは少し薄暗い。


「……というか、たぶんもう五時くらいだよな? 今はもう10月だから、暗くなるのも早いんだよなぁ。油断してると、あっという間に真っ暗だぞ」


「だがオレたちには『太陽の牙』がある。最悪、暗くなってもコイツを松明たいまつ代わりに使えば良い」


「それもそうか。……それにしても、自然豊かな場所だなぁ。いったいどこの島なんだろう、ここは」


「オレが知るかよ。……だが、行けども行けども村も町もぇな。自然ばっかりだ。人工物の形跡すらありゃしねぇ。……しかし、なんだかなぁ……」


 そう言って、日影はキョロキョロと周囲を見回す。

 何やら落ち着かない様子だ。


「どうしたんだ日影? 何か気になるものが?」


「いや、なんつーか、なんか落ち着かねぇんだよ、この森。ずっと誰かに見られているような……」


「幽霊が出るような、いわくつきの森だったりしてな。この間の亜暮館の件もあるし」


「おい日向、幽霊の話は二度とするな。そんなのいるわけねぇに決まってるんだ」


「え? あ、ああ、分かった。けどお前、なんか怖がってるか? 幽霊は大丈夫って、亜暮館の時は言ってなかったっけ?」


「だ、大丈夫だが、それはともかくだ。良いな?」


「お、おう」


「……お、もうすぐ開けた場所に出そうだぜ」


 茂みを掻き分け、二人は開けた場所に出る。

 そこは、波の音が静かに響き渡る海岸だった。


「……どうやら、島の反対側に出ちまったみてぇだな」


「そ、そうみたいだな。あまり大きな島じゃないらしい。この辺にも家とかは……無いみたいだ……」


「…………よぉ、日向。ちょいと、薄々思っていたことがあるんだが」


「き、奇遇だな。たぶん、俺も同じこと思ってた。今まで怖くて言えなかったけど……」


 すると二人は。

 同じ顔をつき合わせて、同時に口を開いた。


「「ここ、無人島じゃね?」」


 場が沈黙する。

 しかし、二人の顔色はどんどん青くなる。

 この状況を理解することを、本能が拒んでいる。


「……ひ、日影っ! 本当に、本当にスマホは持ってないのか!? なぁ本当は持ってるんだろ!? お願い持ってるって言って!」


「持ってねぇよ! お前こそどうなんだ!」


「無いんだよぉぉ!!」


「ど、どうすんだよ!? ここがマジで無人島なら、人も電話もぇじゃねぇか! どこの島なのかも分かんねぇ! 通信機も繋がらねぇ! どうやってここから帰るんだ!?」


「そ、そうだ! 北園さんに頼んで、テレパシーで狭山さんたちに連絡を取ってもらおう! なぁんだそれで解決じゃないか! あはははは……」


「馬鹿お前、しっかりしろ! 現実を見ろ! ここに北園はいねぇ!」


 これは大変なことになってしまった。

 二人が流れ着いた場所は、どうやら無人島だったようだ。

 そして二人は、外部への連絡手段を持ち合わせていない。

 つまるところ、二人は遭難してしまった。


「しかしこれ、マジでどうしようかな……。狭山さんたちは、まさか俺たちがこんな島に流れ着いているとは思わないんじゃないかな……。海底ばっかり探してるかも……」


「そりゃお前、あのまま沈んでた方がマシだったって言いてぇのか」


「い、いや、そういうワケじゃ……」


「まぁ良い。とにかく、やれることをやるぞ。狭山だけでなく、近くを通りかかる船や飛行機に気付いてもらえるよう、合図を送るしかねぇ」


「そ、そうだな。こういう時は確か……火をいて煙を昇らせるのが良いんだっけ……」


「浜辺にでっかくSOSと書くのも良いって聞いたぞ」


「とりあえず、暗くなる前に燃えやすそうな物を集めてこよう。火を起こすのについては『太陽の牙』があるから楽勝として……」


「ウッギャアアアアアッ!!」


「ん!? なんだ今の声!?」


 背後からの突然の咆哮。

 日向と日影は、揃って背後の森に振り向く。


 木々の枝葉を掻き分けて飛び降りてきたのは、三体のサルのようなマモノ。黒い体毛に、極めて長い爪。そして非常に凶暴そうな顔つきが特徴な、恐ろしげなマモノだ。


「ギギギィ……!」

「ウギャアアアッ!!」


「こ、コイツらはたしか……」


「マーダーネイルとかいったか。シャオランがアメリカのユグドマルクト戦で戦っていたヤツだ」


「この島にもマモノがいるなんてな……。とにかく戦わないと!」


「……下がってろ日向。オーバードライヴで一気に片付ける」


「え? あ、ああ、分かった」


 日向は大人しく日影に獲物を譲る。

 この時、日影の表情がどこか曇っているように見えて、なんとなく「この場は日影に任せてあげた方が良い」と感じたのだ。


 日影はオーバードライヴを発動し、全身から炎が巻き起こる。

 そして、凄まじい勢いでマーダーネイルたちに接近。

 先頭の一体に思いっきり斬りかかった。


「おるぁぁッ!!」

「ギャアッ!?」


 日影の攻撃速度に反応できず、胴体をバッサリと斬られるマーダーネイル。浜辺を血で汚し、うつ伏せに倒れ、そのまま動かなくなった。


 一体目を斬り捨てた日影は、そのまま二体目に斬りかかる。


「だるぁッ!!」

「ギギッ!」


 しかし二体目は、日影の攻撃を飛び退いて避けた。

 一体目がやられたのを見て、日影の速度に慣れてしまったか。


「ギギィィッ!!」


 日影が攻撃を外したのを見て、すかさず三体目のマーダーネイルが、日影の背後から飛びかかる。彼の首筋を切り裂くつもりだ。


 しかし日影は野性的な勘を発揮し、すかさず背後へハイキックを繰り出す。


「るぁぁッ!!」

「グギャッ!?」


 日影の足は、飛びかかってきたマーダーネイルの首筋にめり込む。

 そのまま、三体目のマーダーネイルは動かなくなった。

 首が変な方向に折れ曲がっている。骨をやられたか。


 生き残った二体目は、旗色の悪さを感じて逃げ出そうとする。


「ギ……ギギィィ!?」

「逃がすかぁぁッ!!」


 逃げる二体目を、鬼気迫る勢いで追いかける日影。

 あれはもう、二体目が仕留められるのも時間の問題だろう。


「……相変わらず、恐ろしい強さしてるよ……。いずれはアレと戦わなきゃいけないのか、俺……」


 いずれ来たるべき決戦の時を考え、日向は思わず表情が暗くなる。現状では、あの超人的な戦闘力を誇る日影に対して勝ちの目が見つからない。


 それよりも、まずは現状について考えようと思う日向であったが、現状は現状で無人島に漂着という大変な事態に陥っていることを思い出し、やはり暗い表情を浮かべてしまうのであった。



 こうして、日向と日影の、先が見えない無人島サバイバルが始まった。

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