表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
488/1700

第467話 海中での決戦

 一方こちらは、スピリットの暴風によって海へと落とされてしまった日向。ライフジャケットが破損しているため、身体がどんどん海中へと沈んでいく。


(やっば……海に落ちた……! けど、なんとか身体は反応してくれて、落ちる前にたらふく酸素を吸い込むことはできたぞ……)


 日向とて、戦いに身を置く人間として、日々トレーニングに励んでいる。スタミナの鍛錬だって抜かりなく、肺活量も昔に比べて向上している。体調も良好。落ち着いて体内酸素をコントロールすれば、一分以上は水中に潜っていられるはずだ。


(とりあえず、命綱は付けているんだ。これがあれば、船から置いてけぼりにされることは無いはず……)


 そう思った日向だったのだが。

 高速艇の柵に取り付けていたはずの命綱のフックが、自分と一緒に海中へ沈んできたのを目撃した。


(…………あれぇ? なんでフックも一緒に沈んでるのぉ? え、じゃあちょっと待って。俺って今、メチャクチャやばい状況じゃない?)


 己が置かれている状況を瞬時に理解した日向は、急いで海面を目指して泳ぎ始める。日向は泳げない人間ではないが、かと言って泳ぎが得意な人間でもない。しかも焦りに加えて、元来の運動神経の悪さが手伝って、その泳法のフォームは極めて不格好だ。


(うおおおおお!! とにかく海面に顔を出すんだぁぁぁ!! 海面から顔を出せば、狭山さんたちに見つけてもらえる可能性も高まる!!)


「ギャオオオオオオッ!!」


(は!?)


 必死に泳いでいた日向を、巨大エイのマモノ、スピリットが襲撃しに来た。物凄い勢いで日向に接近してくる。恐らくは、その圧倒的な巨体で日向にぶちかますつもりだ。


(おま、嘘だろ!?)


 慌ててスピリットから逃れようとする日向だったが、ここは水中。であれば人間の日向より、魚類であるスピリットの方が機動力に分がある。しかも、スピリットは恐ろしく巨大だ。ちょっと逃げたくらいでは、その体当たりの攻撃範囲から逃れることさえできない。


 結果、日向はスピリットの体当たりをモロに食らった。


「ごぼぉぉ!?」


 全身に重い衝撃を叩きつけられた日向。ダメージを殺しきれず、口から大量の酸素を吐き出してしまう。

 しかもここは海中だ。体当たりを喰らって吹っ飛ぶはずだった日向の身体を、周りの海水が押し留めて、結果として日向の身体からダメージを逃がさない。強烈なダメージが骨の髄まで響く。


 一方のスピリットは、体当たりで日向を捉えたまま、さらに深く潜る。日向を海中から逃がさないつもりだ。どんどん海面が離れていく。


(こ、このままじゃ海底まで連れて行かれる! に、逃げないと!)


 必死に身をよじらせて、なんとか日向はスピリットの体当たりから脱出。スピリットの身体の上を転がるようにして逃れた。


「ギャオオオオオッ!?」


 と、その時、日向が転がったスピリットの身体から、大量の出血。左ヒレの付け根あたりだ。海中が赤く濁っていく。


 日向を見れば、彼が持つ『太陽の牙』が、紅蓮の炎を渦のように纏っている。イグニッション状態だ。冷却時間クールタイムが完了したのだ。この海中においても、周囲の海水を蒸発させながら問題なく発動している。


「グオオオオオオオ……!!」


 つい先ほどまでとは一転して、スピリットが攻めあぐねる。『太陽の牙』はマモノへの特効を持ち、かすり傷一つでも致命の一撃になり得る。現に、スピリットが今しがた日向から受けた傷は、スピリットにとっては見た目以上に響いている。


 そんな、マモノにとって凶悪な威力を有する『太陽の牙』が、今は火力を飛躍的にパワーアップさせている状態なのだ。スピリットが逃げに走るのも無理はない。


 ……だがそうなると、苦しいのはむしろ日向の方だ。

 原因は、もはや語るに及ばず。


(くそ……! ここは海中だ……。戦いが長引けば、俺が酸欠になってしまう! かと言って背を向けて逃げようものなら、背後からどんな追い打ちを仕掛けられるか分かったモンじゃない……!)


 こういうことだ。

 海中における、人間対魚類。

 どちらに地の利があるかなど、子供でも分かる。


(でも、だからと言って、やぶれかぶれで”紅炎奔流ヒートウェイブ”を撃つワケにもいかない……。海中はヤツのフィールドだ、下手に撃ったら避けられる。そしてヒートウェイブを撃てば、このイグニッション状態も終わる……。そうなれば、スピリットはもう何の躊躇も無く俺を仕留めにかかるだろうな……)


 とはいえ、この勝負、日向がスピリットを倒すにはヒートウェイブを直撃させるしか手は無いだろう。体内の酸素も限られている。悠長に次の手を考えている暇は無い。


(ここは……とにかく今は、海面を目指す!)


 日向は、スピリットが攻めあぐねているのを利用して、少しでも海面との距離を縮めておくことにした。仮にスピリットを倒すことができても、海面に浮上する途中で力尽き、沈む……などということがあっては、笑い話にもならない。


「ギャオオオオオ!!」


 当然、スピリットも日向を逃がさない。

 素早く動き出し、あっという間に日向の頭上を取る。

 やはり魚類であるスピリットと、人間である日向との水中での機動力の差は歴然だ。


「グオオオオオオオ……!!」


 スピリットは、白い腹を日向に向けて、口の周りに風を圧縮し始める。日向を吹き飛ばした暴風のビームを、海中で放つつもりだ。これをマトモに受けたら、日向は海底まで叩きつけられることになりかねない。


(暴風のビーム……! コレのパワーは凄まじいものがある……。現にコイツは、この風のビームをバリアーにすることでヒートウェイブに耐え切ってみせた。果たしてもう一回、正面からヒートウェイブを撃って、果たして暴風ごとヤツを倒すことはできるのか……?)


 一瞬思考する日向だったが、すぐにその答えを己で見つけ出す。


(……いや、倒せないな。スピリットは、二発目のヒートウェイブにも耐え切る自信があるからこそ、この局面でその技を選んだんだろう。あとは、このイグニッション状態の『太陽の牙』に極力近づきたくないっていうのもあるかな……)


 つまり、日向が一撃でスピリットを仕留めるには、この暴風のビームと張り合うことなく、スピリットにヒートウェイブを直撃させなければならない、ということ。


(そのためには、どうすれば良い……!? 泳いで暴風のビームの範囲外に逃れるか……? いや、逃げたところで照準を微調整されて終わりだ。とても現実的では……)


 ……だがその時。

 日向の脳裏に、一筋の光明が走るかのような閃きが一つ。


(……いや、もしかして、あの暴風のビーム……普通に逃げても避けることができるのでは?)


 そう判断した日向は、急いで上方向から横方向に向かって泳ぐ。クロールの姿勢で、必死に暴風ビームの範囲外に逃れようとする。


 そして、ほどなくしてスピリットの暴風のビームが放たれた。


「グオオオオオオオッ!!」

(うおおおおおっ!?)


 海中で放たれた暴風は、渦となって日向に迫る。大渦のビームに巻き込まれて、日向は回転しながら、さらに海中の深くへと吹き飛ばされる。海面がさらに遠くなった。


 ……だがしかし。


 日向が受けた大渦のビームは、ビームの端の部分だった。ビームの威力が散る端の部分だったので、日向が受けたダメージは思いのほか少ない。ビームそのものからもすぐに脱出することができた。


 そしてこれは、スピリットは逃げる日向に対して、ビームの照準を微調整しなかったことを意味する。


(……思った通りだ。少し考えてみれば分かることだった。お前、腹じゃなくて頭に目が付いてるから、そのビームを撃つ時、こっちが見えてないんだろ?)


 スピリットが日向たちと戦い始めて、この暴風のビームを使ってきた局面は、合わせて四回ほど。


 一回目は、スピリットが風の能力を解禁してからしばらくして。

 この時は狙いが大雑把で、標的である高速艇から大きく外れた。


 二回目は、一回目の直後。

 この時は、一回目のビームから微調整を行ない、照準を合わせてきた。

 北園の”雷光一条サンダーステラ”が無ければ直撃していただろう。


 三回目は、日向の一回目のヒートウェイブを喰らった直後。

 空中に飛び上がったスピリットは、暴風のビームを乱発しながら高速艇を追いかけてきた。この時、狭山が『暴風のビームは命中精度が悪いようだ』と軽く触れている。


 四回目は、日向を落としたあの一発だ。

 高波で思うように動けない高速艇に狙いを定めて、北園のサンダーステラを打ち破り、見事に直撃させた。


 こうしてみると、やはりこの技、命中精度に難がある。一番大事な一回目の使用の時点で、狙いを大きく外すというポカミスを犯しているところからも、その欠点が見えてくる。


 とはいえ、それでも強力な技であることには変わりない。どうしてスピリットは、最初からこの技を解禁せず、ヘイタイヤドカリたちに遠距離戦を頼んだのか。


(これは完全に憶測だけど、スピリットもこの技を使うのが怖かったんじゃないかな……。技の使用中は相手から目を離さないといけないなんて、技としての信頼性に欠けるもんな。現にお前、俺がかろうじてビームの直撃を免れたことにも、気付いていないんだろ……!?)


 日向の『太陽の牙』の炎が、いっそう強くなる。

 狙いは、日向が無事とも知らずにのんきに晒されている、スピリットの白い腹。


(太陽の牙……”紅炎奔流ヒートウェイブ”ッ!!)


「グギャアアアアアアアアアアアッ!?」


 日向が剣を振り下ろすと共に放たれた炎の奔流は、スピリットの胴体ど真ん中に直撃。ヒートウェイブは、この海中であろうとも火力に一切の減衰を生じさせてはいなかった。


「グ……ギャ……ア……アア…………」


 日向のヒートウェイブの直撃を受けて、無事でいられるマモノなどほぼいない。スピリットもまた、海中で黒煙を噴き上げながら、海底へ沈没していった。



 なんとかスピリットにトドメを刺し、勝利を収めた日向。

 あとは、海面に浮上して狭山たちに拾ってもらうだけ。


(…………ぐ!?)


 だがしかし。

 海中という環境のハンデを背負いながらの駆け引きは、日向の勝利に多大な代償を支払わせた。


(や……やばい……もう、息が……っ!!)


 日向が海中に落ちてから、まだ一分経過したかどうか、というところ。普段の日向であれば、もう十数秒はなんとか潜っていられたはずだった。

 しかし、スピリットの最初の体当たりで日向は大量の酸素を失い、さらに戦闘の緊張状態によって、体内の酸素管理も上手くいってはいなかった。もはや日向の身体には、酸素などこれっぽっちも残ってはいない。


(は、早く、浮上しないとっ!!)


 急いで海面を目指し始める日向。

 しかし、先ほどスピリットの暴風のビームを軽く受けたせいで、海面がひどく遠い。海面までの距離は恐らく30メートルを下らない。


(く、苦しい……! くおおおおおおおおっ!!)


 日向は全身全霊をかけて水を掻き、バタ足を行なう。

 そして……。



「…………がっ、ごぼっ!? ごぼぼぼっ!?」


 日向の限界が、来てしまった。

 海面に浮上するよりも早く。


 限界を迎えた身体が、無意識に酸素を要求。

 結果、水の中だというのに、日向は呼吸活動を再開。

 当然、水の中であるので、日向の肺に大量の海水が流れ込んでくる。

 吐き気によって目に涙が浮かんでくるのが、水中であっても分かる。


 こうなると不思議なもので、先ほどまで水を掻くために指先にまで浸透させていた力が、ふっと抜けていってしまう。息苦しさで身体が丸まり、泳ぐことさえままならない。


 人がこうなってしまえば、もはや詰みだ。

 あとはただ、沈みゆくのみ。


 酸欠で回らなくなった頭で、日向はふと考える。


(客船が難破して……行方不明になった人が……数年経った今でも見つかっていないって話を聞いたことがある……。俺は……どれくらいで引き上げてもらえるんだろう……何年もかかったりするのかな……あるいは、そもそも見つけてもらえるのかな……。俺、今度こそ死んだかも……)


 最後にそう思い残して、日向の意識は闇へと沈んでいった。




 と、その時。

 日向の沈没が、止まった。


(……しっかりしやがれ、このクソ野郎が……ッ!)


 日影だ。

 日影が、いまだに日向が身に付けていた命綱、その先端のフックを掴んで日向を止めている。


(よし……あとは、オレも一緒に浮上するだけ……!)


 しかし日影は、日向を助けに海に潜るため、自らライフジャケットを脱ぎ捨ててきた。オマケに、日向があまりに深く沈んでいたので、日影も命綱を付けたままでは、命綱の長さが足りずに潜りきれなかった。なので、命綱までも外してしまっていた。


 そして水中というのは、動きに水の抵抗が加わるため、陸上と比べて動作一つに対する負荷が激増している。そんな状態で日向を抱えながら泳がなければならないのだ。たとえ日頃から身体を鍛えまくっている日影と言えど、これは厳しいものがある。


(ぐ……クソっ、キツイぜ……ッ!! だが、狭山に『無茶はしない』って約束して、結局ここまで無茶してしまった手前、無事に戻らねぇと示しがつかねぇってモンだ……!)


 日影は日向を抱えながら海面を目指す。

 だが、彼の意識もまた、すでにギリギリだ。


 それでも日影は、泳ぎを止めない。

 歯を噛み潰さんばかりの勢いで食いしばりながら、海面を目指した。

 彼の意地の行方は、果たして。


(うぐ……うおるああぁぁぁぁぁああああああッ!!!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ