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第463話 スピリット

 大海原を、灰色の装甲に包まれた軍用高速艇が駆ける。

 吹きつける10月の潮風は、なかなかに肌寒い。


『予知夢の五人』は、十字市の沖合に現れたというマモノを討伐するために、狭山が操縦する高速艇に乗っていた。高速艇の甲板には、二丁のガトリング式固定機銃が設置されている。時刻はすでに午後四時を回っている。暗くなる前にケリを付けたいところである。


 高速艇のスピーカーから、狭山の音声が聞こえる。


『日向くんは以前、アメリカの軍艦エクスキャリバーにてARMOUREDと共闘した際に、機銃を使ったことがあるだろう? 今日は頼りにしてるよ』


「もう、何の呵責かしゃくも抵抗も無しに高校生に機銃を扱わせようとしてくるこの職場環境が怖い」


 げんなりした表情で、日向は試しに機銃を構えてみる。

 悲しいくらいに手に馴染む。


 船の右舷では、北園が海の景色を眺めている。眼前に広がる景色は水平線が見えるのみで、島一つすら浮かんでいないのだが、それでも彼女は目を輝かせてご満悦のようだ。


(かわいい)


 彼女の超能力による遠距離大火力は、間違いなく今回の戦いで最も頼りになる戦力となるだろう。日向のヒートウェイブと違って、ある程度なら連発も利く。


 また周囲を見回すと、本堂が船の真ん中あたりに立っていた。まるで風に吹かれる草のように、潮風を受けながらボーっと突っ立っている。


(さばぬかが食べたいとか思ってるんだろうか……)


 彼の”指電”は北園の超能力ほど威力は無いが、かなり連射が効く。また、今回のマモノは海に生息しているという点から、水の属性を宿している可能性がある。その場合、本堂の電撃はそれなりの効き目を発揮するだろう。いざとなれば、彼には”轟雷砲”という切り札もある。


 北園の逆サイド、船の左舷ではシャオランが黄昏たそがれていた。目の前の海を、悲しそうな目線で眺めている。


「なんで遠距離戦にボクを連れてくるんだよぉ……。重火器とか使ったことないよぉ……。帰りたいよぉ……」


(なんだ、いつも通りか)


 素手での戦闘を専門にしているシャオランは、今回の戦いでは出番は無いと思われた。しかし、相手は未知のマモノ。少しでも頼りになる戦力と攻撃力が欲しい。そこで、シャオランは今回、そのパワーを活かして重火器を持って戦ってもらうことになった。彼の射撃能力のほどは未知数だが、極端に悪すぎる日影よりはマシだろう。


 船の船首では、日影が海を眺めている。マモノを探しているのだろうか。しかしその表情は、何かを思い詰めているように堅い。


(日影はこの間アメリカに渡った時、エヴァ・アンダーソンの側近であるゼムリアと戦って、負けたらしい。その時のショックから立ち直れていないのかな……)


 彼は日向と違って、銃の扱いがまったく得意ではない。現在の精神状態も加味して、今回は出撃を控えさせようという案も出ていたらしいが、本人たっての希望により同行することとなった。


 この船の操縦は、狭山が担当している。彼の部下である的井は、狭山が危険な戦闘の場に出ることを良しとせず、他の者に操縦を任せることを強く望んだらしいが、甲板で戦う日向たちの指揮連携も考えて、結局は狭山に押し切られてしまった。


 そして、今回はこの六人に加えてもう一人、この船に同乗している。


「日下部くん、今回はよろしくね」


「あ、はい。よろしくです的井さん」


「あなたとも長い付き合いだけれど、こうして肩を並べて戦うのは初めてよね、たしか」


「そうですね。頼りにしてます」


 今回は、狭山の部下である的井も同行している。日向たちの持ち味を活かしにくい船上での遠距離戦という環境に対抗するために、狭山が彼女を参加させた。彼女もまた銃器全般の扱いを一通りこなせるし、身体能力も高い。海に揺られる高速艇の上での戦いにも、問題なく適応できるだろう。


 予知夢の五人に加えて、狭山と的井。

 以上のゴキゲンな七人で、海のマモノを討伐するのだ。


「なにがゴキゲンなもんかぁ!! 今すぐ帰らせてぇぇ!!」


「……シャオランくん、どうしたのかしら。いきなり虚空に向かって叫んじゃって……」


「発作みたいなものじゃないですかね。気にしないで良いと思いますよ」


 不思議そうに呟く的井に、日向がそう反応した。

 ……その一方で。


「……ん、おい、風が出てきたぞ」


 船首で海を眺めていた日影が声を発した。

 確かに彼の言うとおり、吹きつける風が一段と強くなってきた。

 波も高くなってきて、船体が揺れる。


『今回のマモノは、恐らく”暴風トルネード”の星の牙だと思われる。無事に逃げ帰ってきた漁船の船員に話を聞くと、揃って口にしていたのが、襲撃の前に風が強くなってきた、というものだったんだ』


 日影の言葉に反応して、狭山が船内からスピーカーで返事をした。

 ちなみに、船内にいる狭山がどうやって甲板の日影の呟きに反応したんだと思われるかもしれないが、甲板の六人は通信機を装備しており、それを通して船内の狭山にも言葉を伝えることができるのである。


『皆、命綱は付けているね? 今日の海は間違いなく荒れる。振り落とされないように注意してくれ』


「分かりました」

「了解だ」


 狭山の言葉に、各々が好きなように返事をした。

 六人は身体にワイヤーを取りつけ、先端のフックを船に引っかけることで命綱としている。ライフジャケットも着ているので、万が一海に落下しても、ひとまず溺れる心配は無い。


 と、その時だ。

 吹きつけてくる風が、またさらに強くなった。

 顔面に強烈な風圧を受け、日向は思わず仰け反ってしまう。


「うわっと……!? これはもう、いよいよマモノが近いのかもしれないな……! 狭山さん、まだマモノがいる場所には到着しないんですか?」


『……いや、どうやらすぐそこまで来ているようだ! この船の真下……深海から浮上してきた!』


「ちょお!? めっちゃ近づかれてるじゃないですか!?」


『申し訳ない! このマモノが泳いでいる場所が深すぎて、今までレーダーが反応しなかったようだ! 皆、戦闘準備を!』


「そ、総員ー! 戦闘準備ー!」


「まだ心の準備ができてないよぉぉぉ!?」


 シャオランが泣き叫ぶが、そんなことはお構いなしにマモノはやって来る。船の真下の海が、徐々に暗くなってくる。それは恐らくマモノの影。何者かが浮上してきているようだ。


 右舷にて海の様子を眺めていた北園が、声を上げた。


「こ、このマモノ、すごい大きさだよ……!? 見て、向こうの方まで黒い影が伸びてる……!」


 北園の言うとおり、右舷から海を見ると、とてつもなく長い影が船の真下から伸びている。逆の左舷を見ても同じだ。船の真下から長い影が伸びている。どうやらこの長い影は、まるで翼のようにマモノの胴体の中心から伸びているらしい。


「このシルエット……長い翼のような構造を持つ魚影と言えば……!」


『マモノが真下から船を突き上げてくる……! 皆、何かにしがみついてくれ! 急ブレーキをかける!』


「り、了解……!」


 狭山が高速艇を急停止させ、真下を並走してくる魚影から逃れた。

 その直後、魚影が一気に浮上して、海面から飛び出した。


 そのマモノは、平べったかった。

 そして、左右に物凄く長かった。

 尾には、糸を引くような長い尾棘が一本。


 背中は黒く、腹は白い。

 白い腹には、鼻と口が付いている。

 平べったい身体の淵に埋まるように、小さな目がついている。


「え……エイだ……!」


「ギャオオオオオオッ!!」


 飛び出してきたのは、エイのマモノだった。

 しかし、その体躯はあまりに大きい。


 頭から尻尾まではもちろんだが、何より度肝を抜かれたのは横幅だ。翼の付け根から先端まで、優に50メートルは超えている。つまり、このマモノの左端から右端までの長さは、胴体まで合わせて実に120メートル以上。


『これはまた初めて見るマモノだね! エイというよりは、どちらかというとマンタに近い形をしている気がするが……まぁどっちも同じ種類だし、どちらでも良いか。おっとそれより、皆、戦闘開始だ!』


 狭山の操縦によって、高速艇はエイのマモノを背後から追尾し始める。まずは日向が固定機銃を構えて、エイのマモノめがけて引き金を引く。


「的がデカいぶん狙いやすいけど、あれだけの巨体なら、狙う場所もよく考えないとダメージは低いだろうな……!」


 とはいえ、エイのマモノは現在、背中を海面に出しながら泳いでいる状態だ。必然的に、日向は背中を狙うしかない。

 日向が放った弾丸は次々とエイのマモノの背中に命中するが、エイのマモノは堪えている様子が無い。背中は大して弱点としていないようだ。


「ウオオオオオオ……」


 エイのマモノが、再び海に潜った。

 その時、潜りながら身体を左に倒しているのが見えた。

 恐らくは、海中で身体を旋回し、方向転換するつもりなのだろう。


「あの巨体じゃ、向きを変えるだけでも一苦労だよな。上手く方向転換の隙をカバーしたってワケだ……」


 しばらくすると、エイのマモノが高速艇の左側面から出てきた。

 水しぶきを上げながら真っ直ぐ突っ込んでくる。


『船に体当たりを仕掛けてくるつもりかい!? それはご勘弁だ、逃げさせてもらうよ!』


 狭山の操縦により、高速艇も猛スピードでエイのマモノから逃れ始める……が、その時だ。日向は、エイのマモノの翼や背中の上に、何かが乗っているのが見えた。


「……狭山さん! エイのマモノの上に何かいる!」


『む、それは本当かい!? 何が乗っているか分かりそうかな、日向くん!?』


「いや……すみません、距離はともかく水しぶきが邪魔で、さすがにちょっと厳しいです!」


『分かった! では的井さん! ライフルのスコープ越しにエイのマモノの背中を見ることはできるだろうか!?』


「やってみます」


 狭山の言葉を受けた的井が、持っていたマグナムスナイパーライフルのスコープを覗く。深緑色の銃身が特徴的な、ストイックなシルエットを持つ一丁である。


「……確かに、エイのマモノの背中に何かいます。あれは……ヘイタイヤドカリ……?」


 的井の言うとおり、エイのマモノの背中に乗っているのはヘイタイヤドカリの群れだった。人の腰ほどの高さの貝を背負うヤドカリのマモノで、その貝には砲身が付いており、そこから爆裂性のエネルギーを発射して敵対者に攻撃するのである。


「シシーッ!!」


「ひゃああ!? ヘイタイヤドカリたちが砲撃してきたよー!?」


「っと!? 左舷後方に一発被弾しました! 損傷は軽微!」


「ま、まるで海を泳ぐ戦闘機だ……!」


「ギャオオオオオオ……!!」


 ヘイタイヤドカリたちを背に乗せて、エイのマモノが高速艇に砲撃を仕掛けてくる。そして海面から飛び上がり、高速艇の前方に着水、再び海に潜っていった。


『……よし決めた! これよりあのマモノを『スピリット』と呼称する! 最悪、君たちで討伐するのが難しそうになったら海上自衛隊にバトンパスするが、せっかく準備してきたんだ、やれるところまでやってみよう!』


「いやもう今すぐバトンパスしようよぉぉ!?」


 泣き叫ぶシャオラン。

 その一方で、北園がいつものゆるふわな調子で、日向に声をかける。


「……ところで、エイのマモノに『スピリット()』って、変わった名前だよねー。何が由来なのかな? 日向くんは分かる?」


「たぶん、アメリカのステルス爆撃機じゃないかな。あんな感じで横に長い、変わった形の爆撃機が存在してるんだよ」


「二人とも、油断しないで。またスピリットが来てるわよ!」


 的井の言葉を受けて、気を引き締め直す日向と北園。

 見れば、前方から再びスピリットが突っ込んできているところだった。


「ギャオオオオオオッ!!」

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