第460話 SIDE ARMOURED
一方その頃、ARMOUREDの三人は。
「……なんか、私たち、ずっと同じ場所を行ったり来たりしていませんか、大尉?」
「う、む、そうだな……。私もそんな気がしていた」
三人は吹雪に包まれる森の中で、道に迷っていた。
とはいえ、先導するマードックが方向音痴というワケではない。
彼は作戦前に、この森の地理をあらかた頭に叩き込んでいる。
おかしいのは、この森そのものだ。
「あの木ヲ見ロ、二人とモ。もしかシテと思ッテ俺が付けテオいたナイフの傷ガ、そのママ残ってルぞ」
「あ、本当です……! 私たち、ずっとまっすぐ歩いてきたから、元の場所に戻るはずは無いのに……!」
「この現象は……”濃霧”の『迷いの森』だな。霧などで相手の方向感覚を狂わせ、範囲内に閉じ込める異能力。報告で聞いたことがあるだけで、こうして体験するのは初めてだが、なるほど厄介だな」
「日影ヲ探しニ行くにハ、この『迷いノ吹雪』を発生サセているマモノを倒ス必要ガあるナ。さテ……連中ハこの近辺ニいルのか、それトモ遠クにいるノカ」
「アカネ、あなたなら敵を探し出せそう?」
(近くにいるなら、な。まぁとりあえず代わってみろや)
「分かったわ。お願いね」
すると、レイカの黒髪が紅く変色し、青い瞳もまた紅に染まる。
レイカの第二人格、アカネが表層に出てきたのだ。
「さぁて……ふんふん……」
レイカと切り替わったアカネは、何かを探るように鼻を鳴らす。
実は、アカネはレイカと比べて、非情に鼻がよく利くのだ。
彼女はレイカと同じ肉体を使っていながら、レイカとは異なる身体能力を発揮する。筋力などがその代表的な例だ。
「ちっ……吹雪で鼻がつめてーぜ……」
「やはりこの吹雪の中では厳しそうか、アカネ?」
「……いや、ニオったぜ。ケモノくせぇニオイだ。コーネリアス、あの木を狙撃しな。あの木の後ろに隠れてるぜ」
「了解しタ」
アカネに言われるや否や、コーネリアスは素早く対物ライフルを構え、一秒かからずに射撃。重厚な発砲音が鳴り響いたかと思うと、銃口の先の木が真っ二つにへし折れた。
「ギャンッ!?」
そして、その木の後ろにいた中型の白狼のマモノに弾丸が命中。
この中型の白狼は、マモノ対策室では『フブキオオカミ』の名前で呼ばれるマモノだ。ユキオオカミの上位個体にあたり、『星の牙』でもある。白い体毛を保護色にして三人を尾行していたが、レイカの鼻によって存在を暴かれてしまった。
フブキオオカミは、まだ死んでいないがどてっ腹に穴を開けられた。雪原がおびただしい量の鮮血で染まる。
「あっはぁ! ビンゴぉ!!」
コーネリアスの射撃に合わせて、アカネがフブキオオカミに向かって走っていた。フブキオオカミに向かって飛びかかり、身体を横向きに倒しながら、縦回転の居合を一閃。
「超電磁居合抜刀、”サーキュラースピン”ッ!!」
丸ノコのように回転しながら、アカネがフブキオオカミを一刀両断。
フブキオオカミは、身体が真っ二つになって息絶えた。
レイカとアカネが操る高周波ブレード『鏡花』。これには、レールガンの技術を応用した抜刀機構が搭載されている。この機構を利用して放たれる居合斬りこそ、名付けて”超電磁居合抜刀”。
レイカの居合抜刀は、その場から動かず神速の一太刀を繰り出すタイプだ。しかしアカネの居合抜刀は、自分ごと回転しながら居合を繰り出し、敵に向かって突っ込んでいくタイプ、またの名を”サーキュラースピン”。
サーキュラースピンは、レイカの居合抜刀より攻撃範囲と殲滅力に優れているが、回転の勢いを殺さなければならないため、後隙が少し大きい。とはいえ、相手が既に息絶えているならば、その弱点も意味を成さない。アカネの攻撃性を体現したかのような剣技である。
「超常の生命力を誇る『星の牙』といえど、これだけ派手にぶった切ってやったら死んだだろ」
ニヤリと笑いながら、刀に付着した血を払うアカネ。
同時に、この辺りを包んでいた吹雪も治まった。
「よし、よくやったアカネ。引き続き、日影の奴をニオイで追えないだろうか?」
「ソイツぁさすがに無茶ってモンだぜ、旦那。そんな芸当ができるのは、それこそ犬くらいだぜ。アタシは確かに鼻に自信はあるが、お犬サマには敵わねぇよ」
「そうか……。ではやはり、少尉の予測に頼るしかないか」
「目星ハ付いてイル。恐らク、ソコの崖下に落ちていッタと思ウぞ」
「おっと、こんなところに崖かよ。『迷いの吹雪』で隠されて分からなかったぜ。んじゃ、アタシは義足の耐久力を信じて飛び降りるけど、アンタらはどうするんだ、男性陣?」
「ワイヤーを使ッテ降りル。こレクらいの崖ナラ問題なイ」
「私も飛び降りても問題は無いだろう。そのままでも着地できるだろうが、雪崩によってこの崖下が雪原になっているなら、雪がクッションになって衝撃もさらに緩和できるはずだ」
「よっしゃ。んじゃ、派手に飛び降りるかねぇ!」
一刻も早く日影を見つけるために、三人は迷いなく崖下へと飛び降りた。
◆ ◆ ◆
またその頃。
こちらは、森の近くの町、そこの病院の一室。
ジャックが眠っている病室である。
ジャックが眠っているベッドの近くでは、狭山がタブレットを眺めている。任務に赴いた四人のオペレートのためなのだが、現在は通信が不安定なようだ。
狭山の隣に座っていた北園が、狭山のタブレットを覗き見る。
「通信、繋がらないですね。みんなは『星の牙』と戦い始めたのかなぁ?」
「そうかもしれないね。ジャックくんがはぐれた時も『電波妨害』の能力が働いたと聞いた。今回出現した『星の牙』が、電波妨害の能力を持っていることは確定だ」
「みんな、無事に帰ってきますように……」
「きっと彼らなら大丈夫だよ。日影くんも強くなったし、ARMOUREDの皆も猛者揃いだ。彼らが力を合わせれば、何者であろうと後れを取ることは無いだろう」
「そうですね、きっと大丈夫……!」
「……しかし、最近、電波妨害の能力者が多すぎはしないだろうか。自分、全く活躍できないのだけど」
「あははは……。まぁそこは、マモノも狭山さんを恐れてるってことで」
「辛いねぇ……。とはいえ、極めて有効な戦術ではある。通信というのは、人間の戦闘において重要な役割を果たす役割だし、数百キロ以上も離れた相手にこちらの声を届けるなど、この地球上においては人間以外に真似はできまい。通信という物は、間違いなく人類が誇る最高峰かつオンリーワンな能力だ。それを封じるのは実に合理的……」
「ぐ……うう……ここは……」
「……あ、狭山さん! ジャックくんが目を覚ましたよ!」
狭山の話の途中で、ジャックが目を覚ました。
気だるそうに目を開けて、ベッドから上体を起こす。
狭山もジャックのベッドに歩み寄り、彼に声をかける。
「ジャックくん、気が付いたんだね。具合はどうかな?」
「あ、ああ……特に悪いところは無い……と思うぜ……」
「そっか。それは良かった」
「……うん? サヤマ? なんでサヤマがここに?」
「私もいるよー」
「っと、キタゾノも一緒かよ。もしかしてここ、ニホンなのか?」
「いや、アメリカだよ。実はかくかくしかじかでね」
狭山はジャックに現状を説明した。
自分たちは、ジャックを治療するために日本からやって来たこと。
日影とARMOUREDの残りのメンバーが、任務継続のために出撃していることを。
「……アイツら三人と、日影が、あの森に行ってるのか……!?」
狭山の話を聞いたジャックの顔色が、青くなった。
そして、真剣な表情で狭山に語り掛ける。
彼がこんな表情を見せるなど、極めて珍しい。
つまり、非常事態だ。
「サヤマ、今すぐ森に行った連中を呼び戻せ!」
「ど、どうしたんだい、ジャックくん? そんなに慌てて……」
「俺が戦ったマモノは、アンタの……ニホンチームの活躍の報告で見たことがあるヤツだった! アイツは間違いなくゼムリア……。マモノ陣営の幹部格だ!」
「なんだって……? ゼムリアが、あの森に?」
「ああ、そうだ! 俺は、あの森の奥で皆とはぐれた時、アイツと遭遇した! そして戦った! だが……手も足も出せずに負けた……!」
そう言って、ジャックは語る。
自分が、どのようにしてゼムリアに敗北したか。
ゼムリアと相対したジャックは、まずいつも通りに、二丁のデザートイーグルを連射。ゼムリアはその場から動かない。
しかしデザートイーグルの弾丸は、ゼムリアの氷の装甲に阻まれてしまった。
弾丸が効かないと見たジャックは、次なる手を考える。
スピードで撹乱して、弱点を撃ち抜くか。
あるいは、手榴弾で氷の装甲ごと粉砕するか。
いっそ、義手のパワーでぶん殴ってやろうか。
一方、ゼムリアは未だにその場から微動だにせず。
ただ、ジャックを見つめていた。
すると。
ジャックの身体が、凍り始めたのだ。
ゼムリアは、ただジャックを見つめているだけ。
気が付けば、ジャックの足まで既に凍ってしまい、逃げられなくなっていた。そしてそのまま、ジャックは氷の彫像に成り果ててしまった、というワケである。その後、駆けつけてきた仲間たちに保護されて、今に至る。
以上の話をジャックから聞かされた狭山の表情からは、いつもの余裕が失せていた。
「君ほどの兵士が……相手に傷一つ付けられずに敗北したのかい……?」
「ああ……。だから、今すぐ皆を呼び戻せ、サヤマ。アイツは……ゼムリアは、今までのマモノと比べても圧倒的に規格外だ。少なくとも、何の対策も立てずに勝てる相手じゃねぇぞ……!」
「分かった、今すぐ皆を退却させよう。まだ通信は繋がらないから……北園さん!」
「りょーかいです! 精神感応でみんなにメッセージを送りますね!」
「よろしく頼むよ!」
狭山は北園に指示を出すと、森に向かった皆の身を案じて、窓の外を心配そうに見つめていた。