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第458話 真っ白な女性の正体

「そろそろ正体を現したらどうなんだよ、アンタ」


 真っ白な雪に包まれた森の中、開けた空き地のような場所にて、日影は自分をここまで案内してくれた謎の白い女性に、剣の切っ先を向けた。日影は不敵な笑みを浮かべているものの、白い女性に向ける瞳には敵意が溢れている。


「どうなされたのですか。突然、私に刃を向けて……」


 口では戸惑っているように話すものの、白い女性の表情は変わらない。これまで通り柔和な微笑みを浮かべ、首を軽く傾けて日影に問いかける。


「この空き地だがよ、オレが覚えている限り、オレたちが本来目指しているはずの崖上には、絶対に辿り着けないルートだぞこっちは。もともとアンタは、オレをここに誘い込むのが目的だったんじゃねぇのか?」


「あらあらあら……この辺りには、土地勘は無かったはずでは?」


「確かに土地勘は無かったよ。だがな、だからと言って、さすがに何の下調べもしねぇで任務に突撃するほど、オレだって突撃イノシシじゃねぇよ。知らない土地なら知らない土地で、事前に地図でおおよその地理を調べたさ。この空き地は、地図上でも森の中にぽっかりと開いてたからな。よく覚えてるぜ。記憶力だけは無駄に良いんだ、オレは」


「この辺りは右も左も分からなかったという、あの言葉……。あれは嘘だったのですか? 私たちが出会った時から、あなたは私に嘘をついていたのですか? ひどいですね」


「そもそも、この森には現在マモノが出現しているから、一般人は地元警察によって立ち入りを禁止されているはずだぜ。そんな森の中を、すました顔で歩いてきたアンタには、なんとなくヤバいものを感じていたよ」


「ふふ……元よりこの辺りで正体を明かすつもりでしたが、こうもあっさり見破られてしまうとは。噂通り、なかなかどうして勘が鋭いのですね、日影さん」


「……そう。極めつけはソレだよ。オレはアンタに名前を名乗った覚えなんて、全くねぇぞ。オレはARMOUREDの連中と違って、メディアにも顔は出してねぇしな。有名人でもねぇ。そんなオレの名前を知っているテメェは、何モンだ?」


「ああ、そういえば、自己紹介がまだでしたね。これは失礼しました」


 そう言って、丁寧にお辞儀をする白い女性。

 頭を上げると、柔らかな微笑みはそのままに、真っ直ぐ日影を見つめながら、口を開いた。


「私の名前は、ゼムリア。

 星の巫女……エヴァ・アンダーソンを守護するマモノの一体です」


「ゼムリア……だとぉ……!?」


 その名前に、日影は聞き覚えがあった。

 エヴァ・アンダーソンが引き連れていた白い大狼が、その名前で呼ばれていたはずだ。


 日影が初めてゼムリアを見たのは、予知夢の五人が初めて五人揃って任務に挑んだ時。中国の峨眉山にて、ブラックマウントと戦った、その後だ。あの日に日影はエヴァ・アンダーソンと遭遇し、その時にキキやヘヴンといったマモノの幹部格の面々を見て、その中にゼムリアの姿もあった。


 その後、十字市がマモノに襲われた際に、日向が一度ゼムリアの姿を見ているが、日影がゼムリアを見るのはこれが二度目。実に十か月ほどの期間を経て、ようやく二度目の邂逅かいこうである。


「……いや、というかお前、狼じゃねぇじゃん」


 不意に、日影が冷静になって、ツッコんだ。

 だが、まさしくその通りである。


 これまで日影たちが遭遇してきたゼムリアは、決まって大狼の姿だった。それが、今は白い女性の姿となって、彼女がゼムリアと名乗っている。これはいったいどういうことか。


「あなたの疑問は最もです。ですが、あの狼の姿も私であり、この人間の姿も私なのです。私は、そういう生き物なのです。時に人の姿となり、時に狼の姿となる、『衣服を纏う古き獣』」


「じゃあ……アンタはまさか、ウェアウルフ……か?」


「はい。伝承に語られるオオカミ人間、それが私です」


「……オレのイメージとは、けっこう違うな。オオカミ人間ってのは、あんなデカい狼になれるのかよ」


「大きさについては、私が少し特殊なのですが。狼の姿を取ることもできるし、人間の姿を取ることもできる。どちらかが仮の姿というワケでもなく、どちらも本当の姿なのです」


「そうかい。……しかしゼムリア、お前……メスだったんだな……」


「あら、オスだと思っていたのですか? 女性を捕まえておいてソレはひどいですね。これでも他の仲間たちからは『狼イチの別嬪べっぴんだ』ともてはやされているのですよ?」


 そう語るゼムリアは、依然として変わらず自然体のままだ。目の前で日影が『太陽の牙』を構えているにもかかわらず、ゼムリア自身は全く構えを取らない。そんな彼女を見て、日影は警戒の念をいっそう強める。


(この感じ……全く構えを取っていないにもかかわらず、いざこちらが挑みかかれば、一瞬でねじ伏せられそうな、このプレッシャー……。オレはこのプレッシャーに覚えがある。ズィークやミオンみたいな、マジに強い奴らが放つ気配だ……)


 日影は確信した。

 コイツは、強い。


「この雪の気候に、電波妨害。アンタの能力は”吹雪ブリザード”と”濃霧ディープミスト”ってところか?」


「いえ。私の能力は”吹雪”だけですよ。電波妨害については、私の仲間が担当しています」


 ゼムリアの言葉を受けて、日影はチラリと周囲を見回す。

 なるほど、周囲の木々から気配を感じる。ユキオオカミや、もっと大きめの白狼が、こちらの様子を窺っているようだ。恐らくは、あのひとまわり大きい白狼もまた『星の牙』なのだろう。


「この狼どもが、お前のお仲間さんか。そういえばアンタ、オレをここに案内する前に、崖の方になんか祈っていたが、アレはオレたちが葬ったユキオオカミどもに捧げていたんだな?」


「ええ。彼らは勇敢でした。あなたをこうして孤立させるために、誘導の役目を自ら引き受けてくれた。そして現在、あなたが連れてきたお仲間さんたちにも、他の仲間が張り付いて迷わせているはずです。援護は期待できないものと思った方が良いですよ」


「……んで、アンタは狼らしく、皆でオレをハンティングってワケか?」


「いえ、私は基本的に一人を好みますので。あなたさえよろしければ、一対一で行こうと思うのですが」


「一匹狼ってヤツか? 数の優位性を、自分で捨てるつもりかよ?」


「あなたは強い力を持っている。皆で戦うと、犠牲が出てしまうかもしれない。ならば、私一人で戦った方が被害を抑えられる。それに何より、私にとっても都合が良い」


 目の前のゼムリアは、間違いなく強い。それに加えてユキオオカミたちの相手までしなければならないとなると、日影の勝ち目は相当低くなるのは確実だ。だから、ゼムリアが一対一を挑もうとするのは、日影としても願ってもいない好機。


 ……だが、それはそれとして。

 自分を低く見られているような感覚に、日影は腹を立てた。


「……どういうつもりか知らねぇが、オレなんざ一人で十分だってことか? ナメやがってくれるぜ」


「そういうあなたも、試してみたいのでは? 自身の力が、敵の大将格であるこの私に、いったいどこまで通ずるか」


「へっ、お見通しかよ」


 こちらの胸の内を見透かされている。

 しかし日影は返事をして、不敵に笑ってみせる。

 相手のプレッシャーに飲まれないよう、自分を鼓舞するように。


「……ジャックを倒したのも、テメェだな?」


「ジャック……。あの、二丁の銃を使う金髪の少年ですか? ええ、私が倒しました。彼もまた、実に勇敢な戦士でしたね」


「仲間に囮役まで任せて、いざこちらを孤立させたら、自分一人で挑む。ジャックがまだ生きているのも、わざと生かしたんだろ? テメェの目的は何なんだ?」


「私の目的は……あなたの始末ですよ。エヴァに危害を加える輩は、私が排除します」


「エヴァ……アイツのせいでマモノが生まれ、多くの人間が犠牲になり、多くの悲しみが生まれた。その元凶であるアイツがそんなに大事かよ。テメェはアイツの保護者か何かか?」


「その通りですよ。私はあの子の乳母ですから」


「っと、マジかよ……。適当に言ってみただけなんだが」


「あの子が『幻の大地』に流れ着いた時、まだ二、三歳の幼子でした。一命は取り留めたものの、『幻の大地』の大自然は、人間の幼子が一人で生きていくにはあまりに過酷。ですので、星の意思に従い、あの子が成長するまで私が母親の代わりを務めていました」


「保護者として、アイツの行いは如何なもんだと思うよ? ちゃんとしつけておいてほしいモンだがね」


「そうですね……。優しさから出た行いとはいえ、あの子がこのような行動に走ったのは、あの子への思慮を欠いた私にも責任があります。……ですが、たとえ血が繋がっていなくとも、手塩にかけて育てた我が子というのは可愛いものでしてね。あの子が戦うなら、私もまたあの子の力になるつもりです」


「……そうかい。けっこう話せるヤツだと思ってたが、やっぱり戦うしかねぇワケか」


「ふふ。もとよりそのつもりで、私はここに来たのですよ?

 ……では、そろそろ始めましょうか」


 ゼムリアが、右手を軽く上げる。

 それを合図に、周囲のオオカミたちがこの場を去っていく。


 それから、降雪がいっそう激しくなった。

 風まで強くなってきて、もはや吹雪の域である。


 ひときわ強い風が、雪原を撫でる。

 舞い上がる雪が白煙となって、日影の視界を覆う。


「くっ……」


 思わず左腕で目を庇う日影。

 雪煙に隠れて、ゼムリアの姿も見えなくなる。


 風が弱まり、ようやく雪煙も治まった。

 そして雪煙の奥から現れたのは、平屋ほどもある巨大な白狼。


「……あぁ。その姿には見覚えがあるぜ。やっぱりテメェは、正真正銘、ゼムリアなんだな」


「ええ。正真正銘、ゼムリアですよ。さぁ、あなたも遠慮なさらず本気で来てください。戦士らしく、命を賭して」


「そうかい。なら……遠慮なく……ッ!」


 そう言うと、日影の身体が紅蓮の炎に包まれる。オーバードライヴを発動したのだ。初っ端から全力でぶつかるつもりなのだ。



 炎に包まれ、『太陽の牙』を構える日影。

 前かがみになり、鋭い眼光で日影を射抜くゼムリア。

 両雄、遂に相対す。


「テメェをここで倒し、いずれはエヴァもぶちのめす! 覚悟しやがれ……ゼムリアッ!!」


「……巫女の騎士が一人、ゼムリア、参るッ!!」

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