第457話 謎の真っ白な女性
(……痛っつつ……何がどうなったんだっけか……)
日影は、おぼろげな意識の中、思考する。
自分の身に何が起こったのか、ゆっくりと思い出す。
(……ああ、そうだ。オレ、雪崩に巻き込まれたんだっけか……。じゃあ、ここはどこだ……?)
日影の目の前は、真っ暗だ。
オマケに、全身に冷たさを感じ、動けない。
恐らくは、雪の中に生き埋めになっている。
(たしか……雪崩に巻き込まれて生き埋めになった時は、下手に雪の中を掘り進んではいけないって聞いたことがあるぜ……。雪の中じゃ、前後左右上下の方向感覚が分からなくなって、どんどん地面の方に向かって掘り進んでいく可能性もあるって……)
とはいえ、何かしらの行動を起こさねば。このままジッとしていても、ARMOUREDの皆や狭山たちは、果たして自分を見つけることができるだろうか。そして何より、ジッとしているのは、日影にとって性に合わない。
(動かなけりゃ良いんだろ……? なら、それで良いぜ。
……再生の炎、”力を此処に”……ッ!!)
日影は、雪に埋もれながらもオーバードライヴを発動。
雪の中であるが、炎は問題なく日影の身体を包み込む。
すると、日影の周囲の雪がみるみるうちに溶けだした。
(このまま雪を溶かしきって脱出してやるぜ……!)
多くの雪が溶けたことにより、日影が埋まっている場所にまで陽の光が届き始めた。真っ暗だった視界が、うっすらと白くなってくる。
ある程度の雪が溶け、光が差し込む方向から上下の感覚も掴み、日影は一気に雪の中から這い出てきた。
「ぶっはぁ! ったく、ひでぇ目に合ったぜ……」
身体にまとわりつく雪を払い落しながら、野暮ったく呟く日影。改めて周囲を見回してみるが、どこを見ても一面真っ白の雪景色だ。ところどころに木が生えているが、雪崩によって下の方が埋まっている。
「……まぁつまり、結論を言うと、オレがどこから流されてきたのか分かんねぇってことだな……」
せっかく自力で這い出てきたというのに、このままではARMOUREDとの合流もままならない。町に戻ろうにも、ここは異国の森の中だ。日影はこの森に対して土地勘がまったく無い。
「仕方ねぇ……狭山に頼るか……」
日影は狭山のオペレートを受けるべく、耳につけている通信機で狭山に連絡を入れる。あの雪崩を受けても通信機が行方不明にならなかったのは不幸中の幸いだった。
……だが、ここで新たな問題が発生する。
通信機から聞こえるのは、ノイズ音のみ。
狭山との通信が繋がらないのだ。
「あぁ……? どうなってんだ? 壊れたか? 勘弁してくれよ……。じゃあスマホは……クソ、圏外か……」
参ったような様子で呟く日影。
やはりこの場で、大人しく捜索隊の到着を待つしかないのだろうか。
……と、その時だ。
日影の背後から、雪を踏みしめる足音が聞こえた。
「誰だ……?」
「あら、どうもこんにちは」
振り返った日影の目の前に立っていたのは、一人の女性だった。年齢は二十代半ばくらいで、真っ白な毛皮のコートに、真っ白な毛皮のフードを被って、真っ白なロングヘアー。まつ毛も眉毛も真っ白で、肌もほんのりと粉でもかけられたかのように白がかっている。
つまるところ、何から何まで真っ白な女性だった。
例えるなら、雪という概念そのものを擬人化したような。
そんな女性が、日影を見て、軽く首を傾げながら微笑んでいる。
(オレの好みからは外れてるが、それはそれとしてスゲェ美人だな……)
「あなたは、もしかして先ほどの雪崩に巻き込まれて、ここへ?」
「あ、あぁ、まぁな。この辺りには土地勘が無いもんで、右も左もサッパリだ」
「雪崩が流れてきた方向から察するに、あなたはそこの崖の上から落ちてきたんだと思いますよ」
「崖? ……ああ、確かにあるな。けっこうな高さだな……あそこから落ちてきたのか」
「よろしければ、わたしが崖の上まで案内しましょうか? 少し回り道になりますが……」
「いいのか? だったら頼むぜ。スマホも通信機も使えねぇ状態だったから困ってたんだ」
「分かりました。……ああ、その前に、少しだけ私用を済ませても良いですか?」
「あん? まぁ、構わねぇぜ」
「では……」
すると白い女性は、崖の方に向かって跪き、何やら祈るようなポーズを取り始めた。両手を組み、瞳を閉じて、そのままジッとしている。
「…………。」
「…………良し。ありがとうございました。では行きましょう」
「おう。ところで、何やってたんだ?」
「勇敢な戦士たちに、祈りを捧げていたのです。彼らの血肉がこの地に還り、木々を育てる肥やしとなり、その木々が動物たちを育て、彼らの糞尿が植物を育て、彼らの亡骸が小さな命たちを育てる、大いなる自然の円環の一部となれますように、と」
「……この森で昔、何かあったのか?」
「機会があれば、お話しますよ」
それだけ言うと、女性は歩き始めた。
不思議な雰囲気の女性であるが、日影はひとまず、彼女の後ろをついて行くことにした。
◆ ◆ ◆
「大尉ー! 大丈夫ですかー!?」
一方こちらは、ARMOUREDの三人。
レイカとコーネリアスは、なんとか雪崩から逃れることに成功。
マードックも木に掴まることで雪崩に流されずに済んだが、身体が半分以上埋まっている。
「レイカか。私はなんとか大丈夫……と言いたいところだが、身体が上手く抜けん。少し、引っ張り出すのを手伝ってくれないか」
「分かりました! コーネリアスさんも手伝ってください!」
「まァ待テ。こノ面白おかシイ大尉の姿ヲ、とりアエずスマホで撮影しテカラだ」
「少尉、貴様」
その後、二人の力を借りて、マードックは雪の中から脱出した。
この場からいなくなってしまった日影も心配だが、ひとまずは現状の報告のために、マードックは狭山に通信を入れる。……ところが。
「む……? 通信が繋がらん。どうなっている?」
「こちラのスマホも圏外ダ。こレデはゲームができン」
「少尉、任務中だぞ」
「私の通信機もダメみたいです……。これはもしかすると、『星の牙』の電波妨害の能力では?」
「ジャックが行方不明になった時も、同様の現象が働いていたな。覚悟はしていたが、このタイミングで発動されるとは……」
「…………あるイハ」
と、ここでコーネリアスが呟いた。
その雰囲気は、先ほど無表情でふざけ倒していた人物と同一だとは思えないほど、真剣そのもの。
「あるイハ、『星ノ牙』は意図的ニこの状況ヲ作り出シたノかもシレん」
「意図的に……ですか?」
「ソウだ。連中ハ、相手ノ『引き離シ』に長ケテいル、というノガ大尉の推察ダッタな?」
「ああ、その通りだが……」
「今、この場ニハ日影だけガいなイ。そシテ、ここラ一帯でハ通信が使えナイ。日影ハ今、完全に孤立しテイル状態ダ。これハまさシク『引き離さレた』のデハないカ?」
「あ……確かに……!」
「……一理あるな。急いで日影を探すぞ。少尉、お前が一番、雪崩がどれくらい流れていたかを確認できていたな? 日影がどのあたりに流されたか、おおよその見当をつけることはできるか?」
「やッテみヨウ」
ARMOUREDの三人は、日影を探すために移動を開始した。
彼ら三人は揃って、嫌な予感がしていた。
ジャックと同じく、日影も何者かにやられてしまうのではないか、と。
◆ ◆ ◆
視点は戻って、こちらは日影と、謎の白い女性。
二人は雑談を交えながら、雪が降りしきる森の中を歩いている。
(そういえば、まだお互いに自己紹介もできてなかったな……。タイミングを見て、名乗っておくべきか?)
「それなりに歩きましたが、疲れてはいませんか?」
「ん……あぁ、大丈夫だ。先に進もうぜ」
「分かりました。疲れたら遠慮なくおっしゃってくださいね」
「おう。……ところでアンタ、この森にはよく来るのか?」
「いいえ。つい最近来たばかりです」
「おいおい……そんなんでちゃんと案内できるのか?」
「この森の地理はすでに、ある程度把握済みです。お任せください」
「それならまぁ、オレよりマシか……。ところで、この森には最近来たばかりって、アンタはこの辺の人間じゃねぇのか?」
「そうですよ。この森には、少し用事があって立ち寄っただけです」
「ふぅん。用事ねぇ……」
「日影さんは、この森には何をしに?」
「…………まぁ、マモノ退治だよ。この森には今、マモノが出てるんだ」
「そうなのですか。襲われたら、守ってくださいますか?」
「……あぁ、良いぜ。もし襲われたら、な」
そして二人は、随分と開けた場所に出た。
雪を被った森の中、ぽっかりと開いた空き地のような場所だ。
当然、ここにも雪が積もっており、さながらちょっとした雪原のように真っ白である。
「結構広い場所に出たな」
「そうですね。次は、あちらの方に進みますよ」
「……いや、ここで良い。暴れるなら、ここくらいの広さが丁度良いだろ」
「暴れる……とは? いったい何をするおつもりなので?」
「まぁつまり、こういうことだ」
すると日影は、いきなり『太陽の牙』を手元に呼び出す。
彼の右手の中で発生した火柱が、剣の形をとった。
そして日影は、その剣の切っ先を、白い女性へと向けた。
「そろそろ正体を現したらどうなんだよ、アンタ」