第456話 あの時とは違う
雪が降り積もる森の中、四体のユキオオカミと対峙する日影と、ジャックを除くARMOUREDのメンバー三人。四体のユキオオカミは扇状に広がり、日影たちの様子を窺っている。
「ユキオオカミたぁ、懐かしい相手だな。見せてやるぜ、今のオレは最初の頃とは違うってな……!」
「グルルルル……!」
日影の正面のユキオオカミが、彼に襲い掛かろうとするそぶりを見せる。これに対して、日影は『太陽の牙』を二、三度振るって牽制。
「……んで、一方の個体に気を取られている間に、もう一体が横から仕留めにかかるんだろ! 知ってんだぜ、テメェらの攻撃パターンはよぉ!」
言いながら、日影は身体を時計回りに回転させ、自身の左側に向かって横斬りを放つ。その太刀筋の軌道の先には、まさしく日影の予想通り、彼に飛びかかってくる二体目のユキオオカミの姿が。
「ワウッ!?」
……しかし、二体目のユキオオカミは、振り抜かれた日影の剣の腹を踏み台にすることで、日影ごと彼の攻撃を跳び越えてしまった。焦りの鳴き声こそ上げていたが、ユキオオカミは無傷だ。
「ちぃッ、良い動きしやがるぜ!?」
自分を跳び越すユキオオカミを目で追いながら、日影が驚嘆の表情で呟く。初めて戦った時のユキオオカミは、このような高度な動きは見せたことが無かった。
日影の攻撃を回避したユキオオカミが着地する。
……かと思ったら、頭が爆ぜて吹っ飛んだ。
着地する前に、コーネリアスが対物ライフルで狙撃したのだ。
「頭部ニ命中」
『少尉! 五時の方向から新手が三体! そっちにやって来ています』
「了解ダ」
狭山からの通信を受け、素早く五時の方向に向き直るコーネリアス。すると確かに、三体のユキオオカミがこちらに向かって走ってきていた。ジグザグに走って、周りの木々を遮蔽物にしながら。
「厄介だナ。木が邪魔なノも勿論ダガ、雪が保護色ニなッテ見えにクイ」
それでもコーネリアスは、先頭のユキオオカミめがけて対物ライフルの引き金を引く。
しかし、その射線はユキオオカミに見切られていた。ユキオオカミは素早くその場から跳んで射線から逃れ、コーネリアスの弾丸はその先の木の幹に命中、木をへし折るのみに留まった。
「ガウッ!」
ユキオオカミの接近を許してしまったコーネリアス。
すぐさま身構え、近接戦闘の体勢を取る。
……だが、その横からマードックが火炎放射器を発射。
炎の壁がユキオオカミたちの行く手を阻んだ。
「接近はさせんぞ!」
「キャンッ!?」
「ガルルルッ!」
ユキオオカミたちは素早く身を引いて、炎から逃れる。
多少、身体を炙ったようだが、大きなダメージを与えるには至っていない。
現在、この場には六体のユキオオカミがいる。
ユキオオカミの群れと正面から相対する日影たち。
「日影とレイカは、突っ込んでくる個体を迎え撃て。少尉は、固まって行動する敵を狙撃で崩せ。数で押してくる敵は、私が火炎で牽制する」
「了解だ!」
「分かりました!」
「Yes sir.」
マードックの指示に従い、日影とレイカはユキオオカミを迎撃する体勢を取る。攻めてこないユキオオカミはコーネリアスが狙撃し、三人が対応できない方向はマードックがカバーする。
……だが、この布陣でもユキオオカミの数を減らすことはできなかった。マードックの前情報どおり、ユキオオカミたちは撹乱や一撃離脱などの消極的な戦法に重点を置き、日影たちの攻撃をことごとく回避する。
「コイツら……以前と戦い方が全然違ぇ……。昔の戦い方が身体に染み付いているから、やりにくいったらねぇぜ……!」
『日影くん! 九時の方向から一体来てる!』
通信機の向こうの狭山の言葉の通り、左側の茂みから新手のユキオオカミが一体、飛び出してきた。日影に向かって真っ直ぐ走ってくる。
「ワウッ!」
「ちぃっ!」
素早く迎撃態勢を整える日影。
……しかし、ユキオオカミは日影の右側を素通りしてしまった。
「……あん? 何だったんだ……?」
「ガウッ!!」
「うぐッ!?」
その時、また別のユキオオカミが左側からやってきて、剣を構える日影の左腕に噛みついた。そのまま日影を力強く引っ張り、彼を前のめりにして体勢を崩させる。
「んの野郎……ッ!!」
怒りの表情を露わにする日影。
同時に、ユキオオカミに噛みつかれている彼の左腕が炎を上げた。
「キャンッ!?」
悲鳴を上げて、日影の左腕から口を放すユキオオカミ。
日影は左腕にオーバードライヴを限定発動させ、ユキオオカミの口内を焼いてカウンターを喰らわせたのだ。
「おるぁぁぁッ!!」
「ギャンッ!?」
ユキオオカミが怯んだその隙に、日影が『太陽の牙』を薙ぎ払う。
刀身は見事にユキオオカミを捉え、一太刀で絶命させた。
「まだまだ……ッ! 再生の炎……”力を此処に”ッ!!」
掛け声とともに、日影の身体から炎が上がる。
オーバードライヴを発動させ、日影の身体能力が格段に向上。
その勢いで以て、ユキオオカミたちに斬りかかる。
「これなら逃がさねぇぞ! おるぁぁッ!!」
「バウッ! ワウッ!」
「ガルルッ! ワンッ!」
日影が炎を上げてユキオオカミの群れに突っ込み、これを受けたユキオオカミたちは、バラバラに散開した。
これを見ていたレイカが、密かに苦い表情を作る。自分に牙を剥く二体のユキオオカミを牽制しながら。
「うーん……日影くんのあの行動……あれはよろしくないですね……。大尉は迎撃の体勢を取るように言っていたのに、突っ込んでしまいました。これではユキオオカミの挑発に、むざむざと引っかかっているようなものです。あれでは、そう遠くないうちにジャックくんの二の舞になっちゃいます。二人とも、けっこう猪突猛進ですからねー……」
(ハッ、なーに言ってんだよレイカ? ジャックと日影は、確かに上っ面の部分は似てるけどよ、本質的には真逆だぜ?)
と、ここでレイカの別人格であるアカネが、彼女の内側から声をかけてきた。ユキオオカミを牽制しつつ、レイカはアカネの声に耳を傾ける。
「真逆って、どういうことなの、アカネ?」
(確かにアイツら、攻撃的な言動に、傍若無人な生き様と、共通してるところはあるがよ、その性格の出どころは、根っこから違うってことさ)
「根っこから?」
(ああ。例えば、ジャックは生まれつきの超人だった。最初から今に至るまで、アイツは常に強者なんだよ。アイツのデカい態度は、強者ゆえの余裕ってやつだ。真に強いから、アイツはあんな性格なんだよ)
「じゃあ、日影くんは?」
(日影……アイツも確かに強ぇ。だが恐らく、アイツはジャックと違って、元は弱かったんだと思う。それを、粗野な言葉と乱暴な行動で、少しでも自分を強く見せるようにしてる……ってところだな。弱いから、トゲのある性格で自分を武装してるんだ)
「はぁ、なるほど……。不良っぽいキャラクターだからって、簡単にひとまとめにはできないのね」
(日影もジャックも、ユキオオカミに挑発されて突撃していったのは、自分が弱いと馬鹿にされているようで悔しかったんだろうよ。だが、その悔しがる理由にも差異がある。日影は恐らく『自分が弱いと図星を突かれた』と思ったのに対し、ジャックはたぶん『強者としてのプライドを刺激されたから』だぜ)
「ああ……ジャックくんについては、完全に納得。意外とよく見てるのね、アカネ」
(強ぇヤツを観察するのは好きだからな。それにしても、日影の”力を此処に”とやら……。アタシには、弱い自分を炎で覆い隠してるようにしか見えないね)
「ちなみに、アカネも二人と似たような性格だと思うんだけど、あなたはどっち寄りなの?」
(アタシもまた、根本の部分はあの二人と違ぇよ。アタシはただ、狂ってんのさ。いつだってどこだって、新しい獲物に飢えて仕方ねーんだ! っつーワケでレイカ! そろそろアタシと代われよ! アタシにもオオカミどもをぶった斬らせろ!)
「だーめ。私が受けた指示は『迎撃』。あなたじゃ日影くんみたいに、正面から突っ込んじゃうでしょ」
「ガルルッ!!」
「そこっ!!」
ユキオオカミがレイカに飛びかかると同時に、居合一閃。
レイカの高周波ブレードはユキオオカミの首筋を切り裂き、その命を断った。
「ウウウ……!」
「ワンッ! ワンッ!」
「ム、連中、逃げルぞ」
旗色の悪さを感じ取ったのか、残ったユキオオカミたちが一斉に逃げ出した。しかし四人は後を追わず、尻尾を巻いて逃げるユキオオカミたちを見送る。
「追いかけたいところだが、辛抱しろ。前回、ジャックはここで先走って、やられたのだ」
「了解だ。さすがに、アイツと同じ轍は踏めねぇからな」
ユキオオカミに突撃していた日影も、ここはマードックの指示に従った。
日影がユキオオカミを追い回すので、ARMOUREDの面々もそれに合わせて移動していた。よって、四人は最初にユキオオカミたちと接敵した場所から少し離れた場所にいた。右側にはなだらかな小山が見える。
……と、その時だ。
その右側の小山の方から、ドドドドド……という音が聞こえてきた。
「……なんだ、この音?」
「山の方から聞こえますね」
「コノ音……まズイ! 雪崩ダ!」
雪国出身だからか、コーネリアスがいち早くその音の正体に気付いた。そして小山の方を見てみれば、斜面から大量の雪が白い煙を上げながら流れてきて、こちらに迫ってきている。
「う、嘘だろ!?」
「な、なんでこんなところでー!?」
「まさか、ユキオオカミどもめ、この雪崩で我々を一網打尽にするのが目的だったか!? 我々はここに誘い込まれたのか!?」
『と、とにかく皆、逃げてくれ! この勢い……残り五秒でそちらに到達する!』
「うおおおおおおッ!!」
もはや、皆でどの方向に逃げるかまとめる余裕も無かったので、それぞれが各々の判断で雪崩から逃げ出した。
レイカは、義足の脚力にモノを言わせて、雪崩の右側……来た道を引き返すように逃げ出した。こちらの方向は雪崩の量が少なく、なんとか逃れることができた。
コーネリアスは、ワイヤーを使って近くの木に登り、その上で雪崩をやり過ごした。忍者のように枝の上に乗り、雪崩が流れ去るのを眺めている。
マードックは、自分のスピードでは雪崩から逃れることは叶わないと判断し、近くの木にしがみついた。サイボーグ化した肉体により驚異的なパワーを発揮できる彼は、雪崩にも流されずに耐えきった。代わりに、身体が半分以上、雪で埋もれる羽目になったが。
そして日影は、オーバードライヴを発動して脚力を強化、雪崩の左側に向かって逃げ出した。先ほど逃げたユキオオカミたちを追いかけるカタチだ。だが、こちらの方向には大量の雪崩が流れてきている。雪崩の幅が広い。
「く、クソッ、間に合わねぇか……!?」
『日影くん! 近くの木に掴まるんだ!』
「わ、分かった……うおあああああ!?」
『し、しまった、遅かった……!』
退避が間に合わず、日影は雪崩に巻き込まれてしまった。日影を飲み込んだ雪の奔流は、なおも勢い止まらず流れ続ける。
雪崩が治まったころには、日影の行方は全く分からなくなっていた。