第454話 北園、日影、アメリカへ
十字高校、休み時間。
教室にて、日向は椅子に座りながら、北園の席を見やる。
北園の席には、誰も座っていない。
北園は今日、学校に来ていない。『ARMOURED』のジャックが負傷したとの連絡を受けて、彼を治療するために狭山や日影と共にアメリカに飛んでいってしまったのだ。学校には「アメリカの親戚の急な用事」と伝えている。
「ジャックがやられるなんて……。いったい、どんなマモノが現れたんだ……?」
日向が呟く。
ジャックの実力は日向もよく知っている。天性の運動神経に動体視力。射撃の腕前もピカイチ。今のところ、日向はジャックがマトモに負傷したところを見たことが無い。ニューヨークにて北園やシャオランと行動を共にしていた時は、けっこう手ひどくやられたらしいが。
日向たちが戦っているマモノも、どんどん強くなっている気がする。最終的にはどんな怪物を相手にすることになるのだろう、と日向は戦慄していた。
◆ ◆ ◆
飛行機の席に北園、狭山、そして日影が並んで座っている。
負傷したジャックを治療するべく、アメリカに向けて飛んでいるところだ。
北園が聞いた話では、ジャックはARMOUREDのメンバーと共に、アメリカ北部の小さな町の郊外に出たマモノを退治しに行っていたらしい。
その街はアメリカの北部ということもあり、確かに寒いのだが、今は10月なのに真冬並みに雪が積もっているらしい。恐らくは”吹雪”の星の牙が潜んでいるのだと思われる。
町の郊外の森の中を探索していたARMOUREDのメンバーたちだったが、その途中でジャックがはぐれてしまった。残った三人がジャックを捜索し、森の奥深くにて倒れているジャックを発見したのだという。
ジャックはアメリカのマモノ討伐チームの貴重な戦力だ。少しでも早く復帰してほしい。そこで今回は北園が駆り出され、ジャックを即座に回復させようという話になったのだ。
そして、ジャックを打ち負かしたと思われる『星の牙』は、まだ郊外の森に潜んでいると思われる。これほど危険なマモノを放っておくワケにもいかない。一刻も早く討伐する必要がある。
そこで、北園や狭山と一緒についてきた日影の出番というワケである。ジャックの代わりにARMOUREDの任務に同行し、彼らと協力して『星の牙』を倒す。それが今回の彼の役目だ。
「ジャックの奴が負けるなんてな。回復したらどんな風にからかってやろうか」
ジャックを密かにライバル視している日影は、邪な考えを脳裏に思い浮かばせてほくそ笑む。そんな日影を見て、北園は苦笑い。
「日影くん、ジャックくんと喧嘩しちゃだめだよー」
「お、おう。……けど、ああいう性格の奴は、ちょっとくらい煽ってやった方が燃え上がる気もするけどな」
「もしかしたら、負けて落ち込んでるかもしれないでしょー?」
「ははっ、アイツがそういうタマかよ。今ごろリベンジの計画でも立ててるだろうぜ」
日影と北園の会話がひと段落すると、今度は狭山が北園に話しかけた。
「北園さん、今回は自分たちに同行してくれてありがとう。学校もあったのに、申し訳ない」
「気にしないでください、狭山さん! 私もジャックくんにはお世話になったし、ジャックくんのためならお安いご用ですよ!」
「そう言ってもらえると助かるよ。学校には既に根回ししてある。今回の欠席が君の進学に悪影響を及ぼすことは無いと思ってもらっていいよ」
「おおー、さすがの仕事力。……でも、学校に根回ししたってことは、やっぱり私がマモノと戦ってるのも知られちゃったり?」
「いや、なんとかバレない方向で根回しした」
「そ、そんなことできるんですか?」
「うん。具体的には、『北園さんのアメリカの親戚がマモノに襲われてお亡くなりになった』と伝えさせてもらった」
「大嘘だー!?」
「コイツ、ジャックを北園の親戚にした上に殺しやがったぞ」
「なるべく嘘はつきたくないんだけどね。因果応報、他人を騙すと必ず自分に返ってくるからね。けどまぁ、今回はやむを得なかった。他に良いアイディアが浮かばなかったよ」
そして三人は無事に、アメリカのポートランド国際空港へ到着。
ロビーに向かうと、ARMOUREDのメンバーの一人であるレイカ・サラシナが三人を迎えに来ていた。今回はARMOUREDの戦闘服である灰色のコートではなく、焦げ茶色の厚手のジャケットを着込んでいる。恐らくは彼女の私服だろう。
「皆さん! 来てくれてありがとうございます!」
「レイカさん、お久しぶりです! そのジャケット、格好良いですね!」
「ありがとう、北園さん。でもこれは、アカネの趣味なの。私はもっと清楚でキチンとした服が好きなんだけどね」
北園とレイカがやり取りを交わしていると、横から狭山が補足説明。
「レイカさんとアカネさんは、その日着る服を交代で決めてるんだよ」
「へぇー、そうなんですね。二重人格の能力者も大変そうだなぁ……」
北園が感心しているその一方で。
レイカは日影にも挨拶をする。
「日影さんも、今日は来てくれてありがとうございます。任務の時は、よろしくお願いしますね」
「おう、任せとけ。ところで、ジャックの容態はどうだ?」
「それが……まだ意識が回復しなくて……」
「……マジか」
それを聞いた日影は、先ほどまで渦巻いていた「ジャックをどうからかってやろうか」という思いがすっかり失せてしまった。ジャックがやられてからすでに丸一日経っているが、それでもまだ目を覚まさないとは、彼の傷はかなり深そうだ。
「医者は、峠は越えたから命に別状は無いはず、とは言ってるんですけどね。あんなに弱り切ったジャックくん、なかなか見たことなくて、やっぱり心配ですね……」
「そのジャックを倒したっていう『星の牙』をぶちのめして、アイツの仇を取ってやらねぇとな」
「そうですね……」
話しながら駐車場まで移動した四人は、レイカが乗ってきた自動車に乗り込む。運転手はレイカが務め、助手席に狭山、後部座席に北園と日影が座る。
「初乗り3ドルですよ」
「金取る気かテメェ」
「オマケに相場より高いときた」
「冗談ですよ冗談」
ツッコむ日影と狭山に、レイカが笑ってごまかす。
一方、北園は少し意外そうな表情でレイカに声をかける。
「レイカさん、車の運転もできるんだね」
「基本的に、アメリカでは16歳になったら免許が取れますからね。免許の取得も日本に比べて格段に楽なんですよ」
「そうなんだ!? じゃあ、私もアメリカなら車を運転できる……!?」
「そういうことですよ。ちなみに私、大型バイクの免許も持ってますよ」
「へぇー! カッコイイ!」
目を輝かせる北園。
その一方で、日影が何やら物思いにふけっている。
「16歳でバイクか……。オレもアメリカに来たら、バイクに乗れるのか……?」
「おや日影くん、バイクに興味があるのかい?」
狭山が声をかけると、日影は少し迷いながらも、うなずいた。
「まぁ、無いと言ったら嘘になるが」
「しかし残念。君はまだ生後10か月だ。バイクの免許取得には、あと15年と二か月待たないとね」
「うるっせぇ、肉体年齢は17歳だっつうの」
話をしているうちに、レイカが運転の準備を終えたようだ。
エンジンがかかり、車が動き出す。
「それじゃあ皆さん、そろそろ出発しますね。
……ぶっ飛ばすからしっかりシートベルト締めときなぁ!!」
「……え!? レイカさ……じゃない! アカネさんになってる!? って、きゃあああああ!?」
「おぉぉぉおう!?」
「うおっとととと!? 馬鹿、飛ばし過ぎだぁ!?」
いつの間にかレイカから切り替わった別人格、アカネが車を猛スピードで走らせた。向かう先は、この空港から北に進んだ、森の中の閑静な町である。
◆ ◆ ◆
アカネの運転は大変荒かったが、事故を起こすこともなく無事にジャックが入院している病院まで到着した。猛スピードでのドライブだったので、到着時刻も予定より早い。
「ハッハァ! 良いタイムで到着したなぁ! こりゃ特急料金取れちゃうね!」
「馬鹿言え……何度も他の車にぶつけそうになりやがったクセによ……。精神的苦痛で慰謝料請求するぞコラ……」
「事故を起こさなかったから良かったものを……。警察に見つかりでもしたら面倒なことになってたよ、アカネさん……」
「や、やっぱり車の運転は安全第一だよねー……」
やって来たこの町は、まだ10月だというのに真っ白な雪で覆われていた。前の説明の通り、街の郊外に潜む”吹雪”の星の牙の仕業だと思われる。
その後、四人はジャックがいる病室を目指す。ちなみにアカネは車の運転で満足したのか、今はレイカに身体の主導権を譲っている。
「こちらですよ。さぁ、どうぞ」
「お邪魔しまーす……」
まずは北園から病室に入ると、中にはジャックの他に、彼の見舞いに来ていたマードック大尉とコーネリアス少尉もいた。ジャックのベッドを囲むように座っている。病室内の室温は、かなり暖かい。
「む。ミス北園か。今回は、はるばる日本からのご足労、本当に感謝している」
「マードック大尉、お久しぶりです! ジャックくんを治しに来ましたよ!」
「ミスキタゾノ、マジ天使」
「コーネリアス少尉もお久しぶりです!」
北園の後ろから狭山と日影もやってきて、それぞれマードックとコーネリアスに声をかけた。
「どうも、マードック大尉。コーネリアス少尉も。お変わりないようで何よりです」
「よう、お二人さん。『星の牙』をぶちのめしに来たぜ」
「狭山と日影も久しぶりだな。ニューヨークでの作戦以来か」
「久しイな。そちラモ無事で良かッタ」
「……んで、ジャックはいったいどうなってるんだよ?」
「ああ……見てくれ」
マードックに促され、三人はベッドで眠るジャックの姿を見る。口を呼吸器で覆われ、深い眠りについている彼の身体は、ところどころが青白くなっており、どこか寒々しい印象を受ける。まるで少し前までジャックは凍り付いていたかのようだ。
「これって……。私はてっきり、ジャックくんは怪我をして血まみれなのかな、とか思ってたけど……この傷はいったいなんだろう?」
「それは凍傷だ。我々がジャックを発見した時には、彼はほとんど氷像に成り果てていて、身体のあちこちが極低温により細胞崩壊し、壊死していたのだ」
「壊死って……ひどい怪我じゃないですか!?」
「うむ。だから君を呼んだのだ、ミス北園。たとえ現代医学でも、このジャックを完全に快復させることは難しいかもしれない。だが、君の能力ならばあるいはと思ったのだ。ジャックは、治るだろうか?」
「凍傷を治すのは初めてですけど……行けると思います。いや……やってみせます! ジャックくんのために!」
そして北園は、ジャックに治癒能力をかけ始めた。
彼女の心を現すかのような優しい青の光が、ジャックの身体を照らしていった。