第451話 悪霧の大蜘蛛
引き続き、こちらは日向・北園ペア。
日向たちの目の前には、彼らを追って来た渡辺のゾンビ。チェーンソーを振り上げ、今にも日向たちに斬りかからんとしている。
一方、日向は先ほど渡辺ゾンビにチェーンソーで身体を切り裂かれたが、北園の治癒能力と”再生の炎”の二重回復で、なんとか短時間で傷を塞ぐことができた。まだ少し顔色は悪いが、自力で立ち上がってみせる。
「ウウウウウ……!!」
「任せて……! さっきと同じように、私が凍結能力で凍らせるよ……!」
「ま、待った北園さん! 今までのゾンビと同じように、あの渡辺さんのゾンビを粉々に破壊したら、幽霊の渡辺さんが帰る肉体が無くなってしまう!」
「そ、そっか……! じゃあどうすれば……!」
「ウアアアアアアアアアッ!!」
「って、来たー!?」
渡辺ゾンビがチェーンソーで斬りかかってきた。めったやたらにチェーンソーを振り回しながら、日向と北園に迫ってくる。
「と、とにかくバリアーっ!!」
北園が前方に両手をかざすと、青い障壁が現れる。
その障壁に、渡辺ゾンビのチェーンソーが叩きつけられた。
高速回転するチェーンが押し付けられ、激しく火花が散る。
……だが、北園のバリアーはビクともしない。
彼女のバリアーは、ロシアにて銃弾をも弾き返してみせた実績がある。
「私の超能力だって、日々強くなってるんだからね! やぁっ!!」
北園はバリアーを破裂させ、渡辺ゾンビを前方に吹っ飛ばした。
「ウウ……!!」
渡辺ゾンビは壁に叩きつけられ、床に落ちる。
しかし、すぐにチェーンソーを手に取り立ち上がる。
……と、その時、近くで震えていた梶尾と目が合った。
「……ひっ!? あ、あの……」
「ウウ……ウアアアアアッ!!」
梶尾を見るや否や、渡辺ゾンビはチェーンソーを手に、梶尾に襲い掛かった。梶尾は腰が抜けて、据わったままの体勢で後ずさる。
「ひ、ひぃぃ!! 助けてくれっすー!?」
「や、やばい……!」
「あわわわ……大変な方向に吹っ飛ばしちゃった……!」
『か、梶尾さん、早く立って逃げてー!』
「ぼ、僕たちが悪かったっすー! だから渡辺さん、許してぇー!」
『許してますから! だから逃げてくださいー!』
梶尾はどうやら錯乱しているようだ。幽霊の渡辺もゾンビの渡辺も同一の渡辺と考えてしまい、ゾンビの渡辺が襲い掛かってくるものだから、罪の意識が再び蘇ってしまっている。そこから来る恐怖心が梶尾の足を遅くしているのだ。
日向が梶尾を助けに行こうとする。
北園も超能力の構えを取っている。
だが、渡辺がチェーンソーを振り下ろす方が速い。
間に合わない。
「ウウ……ウアアアアアッ!!」
「ぎゃあああああああああ!?」
……だが、チェーンソーの刃が梶尾に食い込むことはなかった。
渡辺ゾンビの側の壁が、向こう側からいきなり破壊されて、それに巻き込まれる形で渡辺ゾンビも吹っ飛ばされたのだ。
「ウウ……!?」
吹っ飛ばされ、床に叩きつけられる渡辺ゾンビ。
破壊された壁の向こう側には、小さな人影が一つ。
「こっちから音がしたから、壁を破壊して来てみれば……お、お取込み中だったかな……」
「シャオラン!」
壁を破壊し、渡辺ゾンビをグッドなタイミングで吹っ飛ばしたのは、シャオランだった。渡辺ゾンビの姿を見るなり、壁の向こうにそそくさと隠れてしまった。
「シャオラン、ナイス! 本当にナイスなタイミングだった!」
「シャオランくん偉い!」
「ひ、ヒューガ!? キタゾノ!? え、えーと、その、この壁を壊してしまったのは悪かったと思ってるよ? で、でもね、館の構造がおかしなことになってて、道に迷っちゃったんだよぉ……。この壁の向こうから音がするから、きっと何かあると思って、でも来た道を戻ったらまた迷うだろうなぁと思って、必要経費と思って仕方なく壁を……って、あれ? ボク、褒められてる?」
状況が飲み込めず、キョトンとするシャオラン。
しかし、シャオランによって吹っ飛ばされた渡辺ゾンビは、次のターゲットをシャオランに定めた。チェーンソーが咆哮を上げて刃を回転させる。
「ウウ……ウアアアアアッ!!」
「……って、ひぃぃぃ!? な、なんだコイツぅぅ!? ちぇ、チェーンソー持って!? ぎ、ぎゃああああ!? あああああああ!? ああ、ああああああ!?」
渡辺ゾンビがチェーンソーを振り回しながらシャオランを追いかける。シャオランは顔面蒼白になりながら逃げまくる。
「しかもゾンビのクセに足速いしぃぃぃ!?」
「シャオラン! そのゾンビを蜘蛛の巣に吹っ飛ばして無力化してくれ! 相手は人型だ、シャオランの得意分野だろ!」
「そ、そんなこと言われたってぇぇぇ!?」
「ウアアアアアッ!!」
「ひぃぃぃ、追いつかれるぅぅ!?」
渡辺ゾンビがシャオランの背中めがけて、チェーンソーを振り下ろした。
しかし、同時にシャオランは振り向き、渡辺ゾンビの側面に回り込むようにチェーンソーを回避。そのままチェーンソーを振り下ろす渡辺の力を利用するように、彼女の腕を取って振り下ろしの勢いを加速させる。
「『水の練気法』……!」
「ウウ……!?」
渡辺ゾンビは勢い余って、床にチェーンソーを突き刺してしまった。渡辺ゾンビ自身も体勢を崩して、前方に派手に転倒。
渡辺ゾンビが起き上がると、既に目の前にはシャオランが。
シャオランは震脚で板張りの床を踏み割り、それを踏み込みとして両の掌を突き出した。八極拳・双掌打。
「せいやぁッ!!」
「グウ……ッ!?」
腹部に強烈な打撃を受け、身体がくの字に曲がりながら吹っ飛ぶ渡辺ゾンビ。そして、その先の蜘蛛の巣に引っかかり、動けなくなった。
「こ、これで良いんだね!? 本当にこれで良かったんだよね!?」
「パーフェクトだシャオラン!」
涙目になりながら尋ねてくるシャオランに、日向は親指を上げて返事した。
◆ ◆ ◆
一方こちらは本堂&日影ペアVSキリグモ。
深い霧に包まれて、二人が一匹と対峙している。
「シュー……」
キリグモが近くに落ちていた瓦礫に糸を吹きつけた。するとそのまま糸で瓦礫を持ち上げ、振り回し、日影に叩きつけてくる。
「危ねぇな!!」
日影はギリギリのところでローリングを繰り出し、これを回避。その隙にキリグモが両前脚の爪で日影を引っ掻きにかかる。しかし日影は剣で引っ掻き攻撃を打ち払い、キリグモの懐に潜り込んでガンガン攻める。
「おるぁッ!! だるぁッ!!」
「シュー……!!」
ダメージを受けたキリグモは、素早く後退して日影から距離を取り、彼を再び自身の前脚の攻撃範囲内に収める。そして脚を振り上げ攻撃を仕掛けようとする、が……。
「”指電”!」
「ギギ……!?」
日影の後ろから本堂が電撃を飛ばし、キリグモの攻撃を妨害。
その間に、再び日影がキリグモとの距離を詰め、攻撃。
キリグモは、やはり電気を弱点としているようで、本堂の電撃を特に嫌っている様子だ。彼の”指電”は、キリグモの体躯と比べると小さな電撃なので、キリグモとしては嫌がらせ程度のダメージにしか思っていないかもしれない。しかしそれでも動きはしっかり止まってくれる。
日影が前衛。本堂が後衛。
この陣形は功を奏し、キリグモに大きなダメージを与えることに成功した。
「シュー……!!」
キリグモもこれにはたまらず、後方へとジャンプ。霧の中に姿を消した。
「ちっ、逃がすか!」
霧の中に逃げるキリグモを、日影が追いかける。
……だが、その足はすぐに止まる。
前へと進もうとする日影の左腕に、何かが引っかかった。
「くっ!? コイツは……糸だ!」
霧の中に、キリグモの糸が張ってあったのだ。立ち込める霧の深さに加え、糸の色が霧の色と同化して保護色となり、さらに見えにくくなっている。日影は左腕から一瞬だけ炎を発し、この糸を燃やして引き剥がす。
「キリグモには、逃げられちまったか……」
「……む。日影、よく見てみろ。向こうも策を仕込んできたらしい」
二人が周囲を見回すと、二人を取り囲むように、あちこちに蜘蛛の巣が張られているのが見えた。霧が保護色になってギリギリではあるが、確かに見える。
そして次の瞬間、本堂の背後からキリグモの爪が襲い掛かってきた。
「むっ!」
しかし本堂は驚異的な反射神経でこれを回避。
振り返りざまに”指電”で反撃。
しかし、キリグモは再び霧の中に消えて、電撃も避けられた。
今度は日影の右方向からキリグモの爪が襲い掛かる。
「野郎……ッ!」
日影は悪態をつきながらも、左に跳んでこれを回避。
……だが、その回避した左方向からもキリグモの爪が襲い掛かる。
「なんだと!? ぐ、ぐぁ!?」
「日影!? 大丈夫か!」
キリグモの爪は日影に命中。鮮血が飛び散り、床に付着。
しかし日影は転倒せず、踏ん張った。
ギリギリのところで身をよじって、かすり傷で済ませたようだ。
「クソが……!」
苛立ちを露わにしながら、日影は”再生の炎”によって傷を焼かれる痛みに耐える。そして彼が頭を上げると、正面には彼を攻撃した張本人であるキリグモの姿が。
「シュー……」
「……んの野郎ぉぉッ!!」
「む!? 日影、待て!」
本堂は、何かに気付いて咄嗟に日影を止めた。
だが、日影は頭に血が上ってしまっている。
本堂の静止を聞かず、キリグモに斬りかかった。
日影の攻撃は、届かなかった。
斬りかかる途中に、蜘蛛の糸が横一文字に一本、張られていた。
ちょうど、日影の首の高さの位置だった。
結果として、日影はこの糸に首を引っかけることになる。
「うぐ……!?」
糸に首を押し返されて、日影は背中から転倒。
すぐさま身体を起こそうとするが、足腰に力が入らない。
「うあ……なんだ……? た、立てねぇ……? どうなって……」
「言わんこっちゃない。脳震盪だ。首を引っかけられた衝撃で、お前の脳にまで衝撃が走ったんだ」
日影に駆け寄りながら、本堂は前方に佇むキリグモに”指電”を発射。電撃はキリグモの顔面に命中……したかと思ったら、すり抜けてしまった。
「何だと……!? いや、あのキリグモは幻影か!」
「シュー……」
「シルシルシル……」
「今度は二体……!」
本堂の左側から、二体のキリグモが現れた。
どちらかは、霧で作りだした幻影だろう。
本堂は両手で”指電”を放ち、二体のキリグモを同時に攻撃。
電撃は二体のキリグモに命中。
……したかと思ったら、二体ともすり抜けてしまった。
「どちらも幻影だと……!」
「シュー……ッ!!」
そして、本堂の背後から本物のキリグモが引っ掻いてきた。
「ぐっ!?」
完全に不意を突かれ、背中を引き裂かれる本堂。
振り返れば、キリグモは空中に張った糸に乗って、浮遊するように佇んでいる。
「やってくれたな……!」
「シュー……」
本堂が”指電”を撃つが、やはりキリグモはジャンプして回避。再び霧の中に姿を消した。一拍して、霧の中から糸の塊が飛んでくる。
「く……!」
バックステップで糸の塊を避ける本堂。
動きを封じられるのは、避けなければならない。
「キリグモはあの巨体に反して、かなりの身軽さだ。空中の糸もフル活用して立体的に動き、幻影と併せてこちらをかく乱する戦法か……!」
本堂が周囲を見てみれば、また複数のキリグモがいる。
床の上だけでなく、空中に張った糸の上にも。
深い霧の中、前後左右だけでなく、上にも気を配らねばならない。
これは、想像以上に神経をすり減らされる戦法だ。
「いくつかの幻影は形が崩れ、見るからに偽物だと分かるが……さて、どれが本物か……」
「シャアアアアア……ッ!!」
「ぬっ!?」
その時、本堂の真上から殺気を感じた。
素早く身を屈める本堂。
だが、左のこめかみのあたりを爪で抉られてしまった。
側頭部を流れる血が、本堂の左目にも滲んでくる。
「う……ぐ……!」
素早くその場から後退する本堂。
本物のキリグモは、尻から糸を天井に垂らして、真上から忍び寄ってきていたのだ。真上というのは、意識しなければほとんど視界に入らない、完全な死角の一つである。
「やられたな……。だが今の一撃は、本来なら首を狙っていたな……。ギリギリのところで致命傷は回避できたか……うぐ……げほっ!?」
本堂が吐血した。
キリグモの爪の先端に含まれているM-ポイズンが、彼の内臓を蝕んだのだ。
「本堂!? 大丈夫か……!?」
「く……なんとかな……」
いまだに脳震盪で立てずにいる日影の声に、本堂は口周りの血を拳で拭いながら応える……が、その彼の目の前にはキリグモが。爪を振り上げ襲い掛かる。
「シャアアアアア……!!」
「……いや、コイツは偽物だな」
本堂の言うとおり、襲い掛かってきたキリグモの爪は、そのまま本堂を透過してしまった。実体のない霧の幻影は、本堂にダメージを与えられない。
「お前さっきから、人の死角から襲い掛かってばかりだからな。ワンパターンなんだよ」
「シャアアアアア……!!」
そこにいるのが分かっていたように、背後のキリグモにそう言い放つ本堂。
キリグモは両前脚の爪を振り上げ、本堂に襲い掛かる。
「ふんっ!」
本堂は屈んでキリグモの爪を回避。そこから腕を振るって、拳に付着していた血をキリグモめがけて投射。
「ギギ……ッ!?」
キリグモは本堂の血を顔面に受けると、怯んで霧の中に退散してしまった。これを傍で見ていた日影が、疑問の表情を浮かべる。
「本堂、お前いま、何をしたんだ……?」
「何って、キリグモに血を振りかけてやっただけだが」
「血をかけてやるだけで、あんなデケェ蜘蛛が怯むのかよ」
「蜘蛛というのはな、ああ見えて嗅覚が敏感なんだ」
「そうなのか?」
「ああ。だから血のニオイで嗅覚を一瞬、利かなくしてやった。上手くいけば一瞬と言わず、まだ嗅覚潰しが継続しているかもしれないな。ところで、なぜ蜘蛛は嗅覚が発達しているか分かるか?」
「い、いや、知らねぇよ」
「なら教えよう。蜘蛛という生き物は、実は視力が弱い。だから視力以外の神経を発達させる必要があったワケだ。代表的なのは、先ほどの嗅覚と、自身の糸から伝わる振動などをセンサーにしているというのも有名だな」
「……だったら、もしかして今、キリグモの野郎は、オレたちの居場所を把握しきれていないんじゃねぇか? 嗅覚を潰して、糸にも触れていないオレたちは、ヤツのセンサーから逃れているってことだろ? この霧の中じゃ、ヤツの視界も利かないはずだ」
「その通り……と言いたいところだが、キリグモに関して言えば、もう一つセンサーがあると俺は読んでいる」
「もう一つのセンサー? なんだよソイツは……?」
「日影、それ以上は喋るな」
「……は?」
◆ ◆ ◆
一方、キリグモは、本堂たちの推測通り、彼らの居場所を見失っていた。血のニオイで嗅覚を潰され、糸には獲物が引っかからず、彼らの居場所を探れない。
だが、この濃霧を解除するのは危険だ。彼らは自分よりも小さな体躯ではあるが、その力は馬鹿にはできない。自分が苦手とする電気も使ってくる。霧の中から暗殺するのがスマートな戦い方だ。
深い霧の中、慎重に、慎重に気配を探るキリグモ。
自分の弱い視力では、この濃霧の中、一寸先さえ見通せない。
だから、前方に立っていた本堂にも、彼の目の前に近づくまで気付かなかった。
「どうした? 急に俺が動かなくなったから、居場所が分からなくなったか?」
「ギギ……!?」
「なに、今からお前も動かなくなるさ。
……これで終わりだ、”轟雷砲”……!!」
突き出された本堂の右拳から、爆音と共に特大の稲妻が発射。
稲妻はキリグモの脳天から尻の先まで真っ直ぐぶち抜き、その命を消し飛ばした。
本堂が言及していた、キリグモが視力の代わりに使っていたという『第三のセンサー』。本堂はそれを、”濃霧”の能力による『気配感知』だと推測した。この能力によって、キリグモは日向の前に姿を現さずして、本堂の幻影で彼を欺いたり、行方不明者を館内に迷わせたりしたのだと、そう考えた。
であれば、一つの疑問が浮上する。
この霧は、亜暮館の全ての部屋に、満遍なく充満していた。
キリグモは、獲物を見れば即座に襲い掛かる、獰猛なマモノ。
そしてこのダンスホールは、キリグモの根城であり、餌場だ。
そんな場所で、どうやってカメラマンの梶尾は、二日間も生き残れたのか。
本堂はこの理由を、『梶尾がずっと動かなかったからではないか』と予想した。
霧の中で動く。それが”濃霧”の気配感知のセンサー。
キリグモ自身の嗅覚は、梶尾が他の犠牲者の死体を被っていたことで、死臭で誤魔化すことができたのだろう。
本堂たちが霧の中で動かなくなったことで、キリグモは今度こそ完全に彼らの居場所を見失ってしまった。そして自身が張った霧により、本堂に不意を突かれるという失態を犯してしまった。まさしく策士、策に溺れたというワケだ。
「最後の敵があっけなく滅ぶのも、ホラー映画のお約束だな」
黒焦げになった右腕を庇いながら、本堂は皮肉気にそう呟いた。