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第440話 不気味な亜暮館

 ここは福岡郊外の、亜暮あくれ山の森の中。

 人里離れたその場所に、一軒の大きな建物が建てられていた。


 その建物の外観は、ズバリ『洋館』。

 二階建てで左右対称、大きな木造の洋館である。

 かつて木目が美しかったであろう外壁は、今はもうボロボロだ。


 時刻は夜。

 周囲には深い霧が立ち込めている。

 その霧の中に、洋館は静かに佇んでいた。

 その様相、一言で例えるなら、まさに幽霊屋敷。


 この洋館の正面に、一台のワゴン車がやって来た。

 正面の庭の端に車を駐車すると、中から四人の男女が降りてくる。


「ここが亜暮あくれ館ですよ。皆様、足元に注意してくださいね」


「うわぁ……雰囲気ヤバいですね、これ……」


「ああ。県の重要文化財らしいが、見ての通り立派な幽霊屋敷だ。おい梶尾、カメラ回ってるか?」


「うっす」


 四人のうち、三人はテレビ局の関係者だ。女性キャスターの白崎、おっさんプロデューサーの河合、小太りな青年カメラマンの梶尾の三人で構成されている。三人は、この洋館……亜暮館をホラー番組の題材として取材するつもりだ。


 そして残った一人は、亜暮館の案内人として県から派遣された女性職員、渡辺だ。プロデューサーの河合が言っていた通り、この洋館は県の重要文化財に指定されている。かつては諸外国から来客を招いていた迎賓館だったとか。部外者に勝手に歩き回られるワケにはいかないので、彼女が派遣されたのだ。


 亜暮館では最近、怪奇現象の噂が絶えない。ここに肝試しに行った一組のカップルが、そのまま戻ってこなかったり、近くで森林伐採を行なっていた作業員が行方不明になったり……。この洋館で謎の人影を見た、という報告もある。


「これ……今回は本当に幽霊案件じゃないですか? 雰囲気が今までと段違いですもん……」


「それならそれで、高視聴率間違いなしだな。うだつの上がらない若手アナウンサーのお前に回ってきた千載一遇のチャンスかもしれないぞ」


「もー、河合さん、のん気すぎますよー……」


「ぶっちゃけ、幽霊なんか信じていないんだよね、俺」


「ホラー番組のプロデューサーが、それで良いんですかー?」


「はは、今のはここだけの話な。梶尾、今の台詞カットしといて」


「うっす」


「それじゃあ皆様、私について来てくださいね」


「あ、ちょっと待ってくださいよ、渡辺さーん」


 先行する渡辺職員を、白崎アナが追いかける。

 こうして、四人は洋館へと足を踏み入れていった。



◆     ◆     ◆



 それから二日後。


 亜暮館は、相変わらず霧の中に、静かに佇んでいる。

 先のテレビ関係者たちが乗ってきたワゴンが、そのまま停められている。


 そして、この地にまた、新しい車が一台やって来た。

 その車の中から降りてきたのは、七人の男女。


「到着しましたよ。ここが亜暮館です」


「ご苦労様、的井さん。なるほど、これはまた、いかにもな雰囲気だねぇ」


 運転席と助手席から、的井と狭山が降りてくる。

 やって来たのは、十字市のマモノ討伐チームだ。

 大人の二人の後ろから、日向たちも姿を現す。


「うわぁ……雰囲気ヤバいな、これ……」


「ひゃあああ……私、こういうのちょっと苦手……」


「肝試しシーズンは、もう終わったと思ったのだがな」


「帰ろう!? ねぇ、帰ろう!?」


「早ぇよシャオラン。来たばっかりだろうが」


「現場到着からシャオランが『帰ろう』って言った早さの、最速記録更新かもしれないな……」


 やや呆れた風に笑いながら、日向は改めて目の前の洋館……亜暮館を見やる。



 先日、ここにテレビ番組の取材に行ったアナウンサーたち三人と、県の職員の一人が、いつまで経っても帰ってこないという通報を受けた。


 まずは地元警察が捜索に乗り出したが、この洋館に近づいた時、電波が悪くなって通信が使えないという現象が発生した。


 周囲の深い霧に、電波妨害。

 これは異能力を操るマモノ……『星の牙』の仕業ではないかと判断した地元警察は、県警本部へと連絡。その県警本部が十字市のマモノ討伐チームに連絡を入れて、日向たちが派遣されたというワケだ。


「そこにテレビ局の車が乗り捨ててある……。やっぱりテレビ局の人たちは、この洋館に来たみたいですね」


 日向の言葉に、後ろからやって来た狭山が頷く。


「そのようだね。彼らが行方不明になってから、すでに二日が経過している。この『二日』というのは何とも微妙なラインで、食料が得られず餓死している可能性もあれば、なんとか飢えに耐えて生存している可能性もある。すでにマモノに襲われたという可能性もあるが、この洋館はなかなかに大きい。二日くらいなら、どこかに隠れてやり過ごしているという可能性もあるね」


「つまり、俺たちが頑張れば、彼らを助けることができる可能性は、まだ十分にあると」


「その通り。しかし、すでに一刻一秒を争う状況でもあるね。そこで今回は、君たちを二つのグループに分けて行動してもらうよ。それぞれ洋館の西棟と東棟から手分けして探索してもらう。戦力が分散されることになるけれど、少しでも早く生存者を見つけるためだ。それに、今の君たちなら、多少戦力が分散しても、問題なく任務をこなせるだろう」


 そう言うと狭山は、日向たちのグループ分けを始める。

 彼ら五人の正面に立ち、値踏みするように眺め始める。


「ふーむ……そうだね……。今回の戦いの場は、見ての通りホラー感が満点だ。この雰囲気が苦手、という人も当然いるだろうね。そこで、ホラーに耐性がある人がグループのリーダーになってもらい、残りの人員をリーダーにくっつける形にしよう。まず日向くん、ホラーは苦手かな?」


「んー……正直、苦手ですね……」


「おや意外だ。ホラーゲームにも慣れ親しんでいるであろう君なら、ある程度の耐性はあると思ったんだけど」


「まぁ、頑張れば耐えることも不可能じゃないかもしれませんけど、基本的には苦手なんですよ。ホラーゲームだけは自分でプレイせずに、実況動画とかで済ませてしまうくらいには」


「なるほどね。じゃあ日向くんは苦手グループとして……北園さんはどうかな?」


「わ、私も、ちょっと苦手かなぁ……。もう胸がドキドキしてきちゃった……」


「ふむ、北園さんも苦手、と」


 日向と北園は、ホラーが苦手と答えた。

 次に狭山は、本堂に声をかける。


「本堂くんは、どうかな?」


「恐らく、大丈夫だと思います。先の二人に比べれば」


「お、心強いね。それじゃあシャオランくんは……」


「逆に聞くけど! 大丈夫と思う!? このボクが!?」


「だよねぇ。じゃあシャオランくんも苦手グループに入れて……日影くんはどうかな? 日向くんはホラーが苦手と言っていたけど……」


「……へっ、アイツと一緒にすんな。これくらい、何ともないぜ」


(……今、日影くんの声が一瞬、震えて聞こえたような? いや、気のせいかな……)


 結局、狭山は特に気にすることなく、そのまま話を続けることにした。


「それじゃあ本堂くんと日影くんを、それぞれの班のリーダーに設定するよ。それで、本堂くんには日向くん。日影くんには北園さんとシャオランくんがついて行ってくれ」


(北園さんとは別のグループかぁ。ちょっと残念だけど……いや、そういえば、今の俺って北園さんと微妙な関係だったなぁ……。今はとりあえず、別々で丁度良いのかも)


 そんなことを思いながら、日向は一緒に行動することになった本堂に声をかける。


「それじゃあ本堂さん、よろしくお願いします」


「えー、日向が一緒かー。嫌だなー」


「あのー!? 普通に傷つくので止めてもらえますかそういうの!?」


「すまんすまん。ほどほどによろしく頼む」


「さ、先が思いやられる……」



 一方、その隣では、日影と北園もお互いに声をかけあっている。


「日影くん、よろしくね」


「おう。しっかりついて来いよ、北園」


「ふふ、日影くん、張り切ってるね」


「まぁ、リーダーに任命されちまったからな。しっかり頑張らねぇとな」



 そしてシャオランは、未だに今回の任務に踏ん切りがつかないようだった。狭山に対してゴネ続けている。


「ね、ねぇ……本当にあの建物に入らなきゃいけないのぉ……? もう建物ごとヒューガの”紅炎奔流ヒートウェイブ”とか、キタゾノの大火力で消し飛ばしちゃえばいいじゃんかぁ……」


「そういうワケにはいかないよ。まだ行方不明になった人たちは生きている可能性があるんだから。彼らを巻き添えにするワケにはいかない」


「ぶ、無事がどうかも分からないのにぃ……」


「そうでなくとも、この亜暮館は、県の重要文化財に指定されている。そのため、あまりひどく傷つけないでほしいとのお達しが来ている。たとえ生存者の無事が確認できても、必要以上の大火力で建物を損壊させるのは禁止だ」


「は……はいぃぃぃ!? それじゃあ、今回はヒューガのヒートウェイブとか、ずっと禁止されちゃうワケぇぇ!?」


「そういうことだね。ここに来る前に簡単に説明したはずだけど……聞いていなかったのかい?」


「う、うん、まぁ、恐怖で頭がいっぱいだった……」


「とにかく、まだあの建物の中で、助けを求めている人たちがいるかもしれない。彼らのためにも、勇気を出して頑張ってくれないだろうか。君のグループの方が少し人数も多いし、ね?」


「うぇぇぇ……わかってるよぅ、結局、行かないといけないことくらい……。頑張るよぅ……」


「良し、よく言ってくれた。ありがとう」


 そして狭山は、最後に日向に向き直り、彼に声をかけた。


「そういうワケで、日向くん。君も今回は、基本的にヒートウェイブなどを使うのはナシだ。通常の剣の発火も、周りに火が燃え移らないように細心の注意を払ってほしい」


「分かりました。気をつけます」


「良し。それと……これを渡しておくよ」


「これは……ハンドガンですか?」


「うん。主力の技を禁じられてしまった君は、それに代わる新しい戦力が必要だと判断した。この間のロシアでの戦いといい、君はもう実戦で銃を使っても、何の問題も無い実力を持っていると思っている。これからは、ソレも正式な装備として加えておくといい」


「と、とうとうコレが正式装備か……。使わずに済むことを祈るばかりですね」


 そう言って、日向は少し渋い表情をしながらも、狭山からハンドガンを受け取った。ホルスターを装備して、そこに銃を仕舞う。


「的井さんには、ここに待機してもらうよ。マモノが外に出てこないかを見張りつつ、緊急の時には洋館内部に突入して、彼ら五人を助けてあげてほしい」


「分かりました」


「そして、今回の『星の牙』は電波妨害の能力を持っている。こちらからの援護手段は限られてしまうが、それでも出来る限りバックアップしよう。君たち五人は存分に、目の前の戦いに集中してくれ」


「了解!」

「りょーかいです!」


「よろしい。では、健闘を祈る!」



 狭山の話が終わると、日向たち五人は、亜暮館の正面玄関を目指して歩き出した。五人にとって最恐の戦いが、幕を開けた。

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