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第439話 後片付け

 十字高校の文化祭に突如として現れたマモノ、ジェリーマンは無事に討伐された。


 日向はスマホで狭山に連絡を取り、事の顛末てんまつを報告した。後は狭山に任せておけば、完璧に事後処理を済ませてくれるだろう。


 次に日向は北園に連絡を取り、自分と田中が学校の屋上にいること、田中が怪我をしているのでヒーリングを使ってほしいことを伝えた。

 当然というか、北園は二つ返事で快諾し、屋上を目指して移動を開始してくれた。電話をした時に彼女がいた場所は、屋上からかなり離れた場所だったので、到着まで少し時間がかかるだろう。


 北園を待つ間、日向と田中は屋上の入り口の近くに並んで座る。

 秋空の下、吹き抜ける風が少し冷たい。


 不意に、田中が口を開いて日向に話しかけてきた。


「……そういえば、俺って、お前があんなふうにマモノと戦ってるのをガッツリと見るの、初めてだったわ。シンガポールの時はすぐに逃げちまったし、ハワイの時はお留守番だったし」


「そういえば、そうだっけ」


「なんだかなぁ……お前、やっぱり本当にマモノと戦ってるんだなぁ。あの気弱だった日向が、よくもまぁこんなに立派になっちゃって」


「はは……なんというか、こうするしかなかったというか……。正直に言って、今でもマモノとの戦いは怖いよ。心臓がバクバクして仕方ない。時々、俺なんかより、お前や、もっと他の人がこの剣を拾えばよかったんじゃないかって、今でも思うよ」


「俺がその剣を拾っていたら……かぁ……。いや、やっぱり俺じゃ上手くいきそうにねぇや。その剣は、お前が使ってこそだと思うぜ、日向」


「そうかな? 田中だってガタイは良いし、剣道強いし、俺なんかよりずっと上手くやれそうだけどなぁ」


「確かに剣道なら今のお前にもまだまだ負けないさ。けど、さっきのマモノを偽物だって見抜いたところとか、そういう力が俺には無いと思うんだよ。俺じゃ、あの偽物を見分けることはできなかった。力だけじゃダメなんだよ、きっと」


「そっか……お前が言うのなら、そうなのかもなぁ」


「……日向。お前、最近雰囲気変わったよな」


「雰囲気? そう?」


「ああ。なんつーか……肝が据わった感じがするんだよな、今のお前って。マモノと殺し合いしててもおかしくない、みたいな? ちょっと怖くなったのかも」


「まぁ……事実、今まで多くのマモノを殺してきたからなぁ……そりゃ怖くもなるよなぁ……」


「けどよ、さっき、あのマモノに声をかけてた時とか、根っこの部分は相変わらずお人好しそうで安心したよ。やっぱりお前は、今も昔も変わらず日向のままなんだなって」


「……そっか。それは良かった」


 そう言いながら、日向は空を見上げてみる。


 少し雲がかった白い青空は、どこまでも突き抜けるように高い。

 あるいは、天井でもできたかのように、空が近く感じる。


 どこか遠くを見ながら、日向は物思いにふける。


(……ジェリーマンは、最後には人間に憧れてしまった。アイツの言うとおり、もしもアイツが、もっと早く、別の形で、その想いに気付けたなら、この結末も変わったんだろうか)


 ジェリーマンでなくとも、例えば小岩井ましろが飼っているいなずまちゃんや、九重老人とスイゲツや、紆余曲折あって人間と和解したネプチューンのように、人間との共存を実現しているマモノは既に存在している。


 聞いた話では、自然の中で独自に繁殖して、生存圏を確保しているマモノも多いらしい。星の巫女……エヴァ・アンダーソンの指揮下から離れ、野生へと帰ってしまったのだろうか。これらのマモノは、今や完全に地球上の野生動物の一種だ。


 人間の暮らしも、自然環境も、随分と様変わりしてしまった。

 マモノは既に、この星の生命の一種として根付いてしまっている。


 果たしてマモノ災害が無事に終息したとして、かつての『マモノがいない世界』は、もう戻ってこないかもしれない。


(……まぁ、極端な話、人間と仲良くしてくれるマモノだけ残ってくれれば、別にマモノがこの世界に多少残ろうと、問題ないよな?)


 それが、マモノ殺しの剣の使い手である少年が出した、答えだった。



「……しかしまぁ、とんでもない文化祭になったぜ。一生忘れられないな、こりゃ」


 田中が呟いた。

 これには日向も苦笑い。


「確かになぁ。それに、学校の中で随分と騒いでしまった。俺たちがマモノ退治してるってバレるのも、時間の問題だろうか……。狭山さんが根回しするにしても限界はあるだろうし……」


「けどよお前、それがバレたら北園さんが困るんだろ? それは許さん、何とかしろ日向」


「お、お前なぁ……。簡単に言ってくれるけど、そう都合のいい誤魔化し方なんて……」


 そう言いかけて、日向は途端に口をつぐむ。

 そして次に、何かを考えこむようなそぶりを見せ始める。


「……おーい日向? 何考えてるんだー?」


「都合のいい誤魔化し方、見つけたかもしれない……」


「お、マジで? どんな方法だよ」


「そのためには、お前の協力が必要不可欠だ、田中」


「俺の? 良いぜ、北園さんのためだ。なんでも言ってみやがれ!」


「よーし、それじゃあ……。

 田中、お前には英雄になってもらう」


「…………英雄?」



◆     ◆     ◆



 今回の十字高校の文化祭における騒動において、『犯人は人間に化けるマモノである』とは最後まで公表されなかった。人間の不審者だったということで、最後まで貫き通された。

 しかし確かに、人間に化けるマモノの存在などが世間に知れ渡ったら、人々はますます不安と混乱に陥ってしまうだろう。仕方のない措置だったと言える。


 そして、十字高校に現れたという不審者は、田中が捕まえたことになった。校内に立てこもっていた不審者と偶然にも遭遇してしまった田中は、なんとか不意を突いて不審者を制圧し、警察に引き渡した……というのが、日向が考えた筋書きである。


 他の生徒たちからすると、不審者が警察に引き渡されるところを誰も見ていない点や、二年B組の女子生徒の奇行、その女子生徒を追いかけていった謎の二人組など、やや疑問に思う部分はあった。

 しかし、自分たちの学校でまさかそんな根回しが起きているとは思わず、結局みな一様に信じてくれた。田中の身体能力なら十分に不審者にも勝てると判断されたのも大きいかもしれない。


 こうして田中はしばらくの間、全校生徒と教師たちから英雄視され、その甲斐あって、日向や北園たちは注目の眼差しから逃れることができた。


 田中は、真の功労者である日向たちがなんの見返りも貰えないことが少し気がかりであったが、これも北園のためと思って、英雄を演じ続けた。


 今回の騒動は、地元新聞にも取り上げられた。十字高校に現れた不審者と、それを撃退した一人の生徒。十字市はしばらくの間、その話題で持ち切りになった。


 そしてここは、マモノ対策室十字市支部。

 リビングにて、狭山が新聞を広げている。

 そこに載っているのは、十字高校における田中の活躍についての記事。


「ははは、なるほどね。今回の日向くんは、こうやって周りの眼を欺いてみせたか。うんうん、良い子だ」


「何が良い子なんだよ?」


 記事を読みながら微笑んでいた狭山の背後から、日向の影である日影が声をかけてきた。トレーニングの休憩らしく、棚から粉状のプロテインを取り出して、シェイカーに入れて水に溶かしていく。


「いや、こっちの話さ。……しかし、人間の生き方に憧れたマモノ、かぁ。マモノたちにもまた、マモノたちなりに、それぞれが様々な意思を抱えている、というのは分かっていたけど、いよいよ人間とそう変わらない多様性が見え始めてきたね」


「……もしもあのまま、ジェリーマンはオレたちに倒されることなく、パン屋で働き続けていたら、いったいどうなってたんだろうな?」


「そうだねぇ……本物のあの子は、死んではいなかった。ジェリーマンは、いずれどこかで偽物だとバレて、あの場所を追われるのがオチだっただろうね。とはいえ、その結末の場合、ジェリーマンには未来があった。これからどうするかを自由に決める未来が」


「自由に決める未来、か。そうだな……」


「……ところで、君がそうやって、終わった戦いのことを引きずるのは珍しいね、日影くん。何か気になることでも?」


「……別に、何でもねぇよ」


 そう言って、日影は足早に狭山のもとを去っていった。

 


 ジェリーマンは、自身が怪我させた女子生徒の偽物を演じて、二年B組のパン屋で働いていた。しかし、彼は確かに偽物であったが、日影たちに追い回されるまでは、間違いなくあの店の一員だった。


 もしも。

 ジェリーマンが『本物』と成り代わることが許されたら?


 もしも。

 ジェリーマンが一人の人間として認められたら?


「未来……か」


 日向の『偽物』である日影は、その点が気がかりだった。

 ジェリーマンの問題は、自分とも無関係だと感じていた。



 人間の生き方に憧れたという稀有なマモノ、ジェリーマン。

 彼が日向たちの心に残していったものは、決して小さくはなかった。


 時期は10月。

 日向が『太陽の牙』を拾って……そして、日影が生まれて、もうすぐ一年になる。そして、日向が日影にとって代わられるタイムリミットも、刻一刻と近づいている。


 マモノ災害が終わった時、人とマモノの関係はどうなるのか。

 そして日向と日影は、お互いにどのような結末を迎えるのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] これまで執拗なまでに現れてきたコールドサイス、能力もさることながら、戦法も単なる斬りつけたりするだけじゃなく、独自のやり方で攻めてきたりとかなりの難敵でしまが、なんとか見事撃破! ……です…
[良い点] 文化祭。ただ楽しく終わるだけじゃなかった……。 もう狭山さんと本堂さんが、居るのが普通だよね!!ってな具合でいる感じwww 日影君も記憶を頼りにとは言え、初めての文化祭。少しは楽しんでくれ…
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