第433話 謎の痛み
十字高校の文化祭に、マモノが紛れ込んだらしい。さらに日向たちとは別のクラスの女子生徒がそのマモノに襲われ、怪我を負ったのだとか。
日向、北園、本堂、日影、狭山の五人は、女子生徒の治療と、彼女からマモノの情報を聞くべく、その女子生徒が運び込まれたという保健室に向かっていた。怪我人の噂を聞きつけてか、保健室の前には小規模な人だかりができている。
「はーい皆さん、ちょっと通してくださいねー」
「おらー、見せ物じゃねぇんだよ、あっちいけテメェら」
日向と日影が人ごみをかき分け、保健室への道を確保。
そして日向が保健室の扉に手をかけたその瞬間。
「あ……うああああああああ……ッ!!」
「ひっ」
保健室の中から、切り裂くような苦悶の絶叫が聞こえてきた。声の主は女性。恐らく怪我をしたという女子生徒だろう。いきなりの叫び声に、日向は思わずドアにかけた手を引っ込めてしまった。
「これは……思った以上に深刻そうだね。急ごう!」
狭山の言葉に頷き、五人は保健室へ。
保健室に入ると、部屋の隅で女子生徒がベッドで寝かされていた。
突然の大勢の来客に、保健室の先生は戸惑っている。
「ち、ちょっとあなたたち、なんなんです? ここは保健室ですよ? 今は怪我人もいるし、用が無いのなら……」
「いえいえ、先生。用があるんですよ。実は自分、マモノ対策室に身を置く人間でして」
「ま、マモノ対策室……?」
五人を訝しむ保健室の先生に、狭山が説明を始める。
「ええ。あのベッドで寝ている生徒がマモノに襲われたと聞いて、治療と事情聴収をと思いまして」
「ち、治療? 治療が出来るのですか……?」
「ええ。ある程度の医療知識なら修めておりますので」
「でしたら、あの子の容態を診てあげてください。確かにあの子の傷、人間の仕業にしては変なんです。それに、どれだけ手を尽くしても全然痛みが引かないみたいで……正直、お手上げだったんです……」
「ふむ……? とにかく、診てみましょう」
名だたる名医ではないとはいえ、保健室の先生だってそれなりに医療の知識を積んだプロである。そんな彼女に匙を投げさせるとは、件の女子生徒はいったい、どのような傷を負ったのだろうか。
五人は、女子生徒が横になっているベッドまでやって来た。
女子生徒は苦しげな表情を浮かべ、ベッドの上で大きく身体を動かして悶えている。
「あああああ……ッ! 痛い……痛いいい……!!」
「う、うわ、すごい傷だぞ……」
女子生徒の傷を見た日向は、青ざめてしまった。彼女の左肩の鎖骨あたりが、鋭い刃物で斬りつけられたかのようにバッサリと裂けているのだ。出血量もひどく、制服とエプロンが血に染まっている。
「ふむ、これは……。申し訳ございませんが、先生。ちょっとカーテンを閉めさせていただきます。先生も、カーテンの外へお願いします」
「え、あ、は、はい、分かりました」
女子生徒の傷を見るや否や、狭山はベッドの周りのカーテンを下ろし、保健室の先生もカーテンの外に締め出してしまった。
「狭山さん、なんでこんなことを?」
「そりゃあもちろん、今から北園さんが治癒能力を使うのを隠すためだよ」
「あー、なるほど……」
「……というワケで、北園さん。この保健室の治療器具じゃ、この大きさの傷はお手上げだ。一つ、能力の使用をお願いするよ」
「りょーかいです!」
狭山の言葉に元気よく返事して、北園は女子生徒の傷を治癒の光で照らす。すると、女子生徒の傷口がみるみるうちに塞がっていった。
「……やっぱり凄いなぁ、北園さんの治癒能力」
「ああ。あれがあれば、俺たち医者もお役御免だな。もっとも、俺はまだ志望の身だが」
「……はい! 治療完了! 傷は完璧に塞がったよ!」
北園の言うとおり、女子生徒の肩の傷は完全に塞がった。血に濡れた服が未だに痛々しい雰囲気を醸し出しているが、怪我そのものは完治した。とはいえ、失った血液までは戻っていないので、体力を回復させるためにこのまま救急車を呼んで病院に搬送するべきだろう。
……そのはずだったのだが。
「あ……ううう……! うあああああ……ッ!!」
「え、え!? ど、どうしたの!?」
「い、痛い……! 痛いいいいい!! あああああッ!?」
「ど、どうなってるの!? 私の治癒能力が効いてない!?」
「どこかまだ、怪我してる場所があるんじゃねぇのか!?」
「しかし、手で押さえているのは、先ほどと同じく肩の付近だぞ……? 他の部位を痛がっている様子は見受けられないな……」
「ど、毒って可能性は無いですか!? 北園さんの治癒能力は、傷は治せても毒までは治せないから……!」
「否定はまだできないが……彼女のこの痛がり方は、毒ともまた違う気がする……」
「い、痛い……うあああ……ッ! もうやめてぇぇぇっ!!」
日向と日影の考えを、医療の知識に長ける本堂が否定するが、そんな彼から見ても、この女子生徒の苦しみの原因が分からなかった。傷は確かに完治したのに、いまだに酷い痛みを訴えている。痛みの幻覚を感じているにしては、彼女の消耗具合が尋常ではない。女子生徒は現在進行形で、どんどん弱っていっている。
そんな中、狭山はいたって冷静沈着。
近くに置いてあった氷が入った桶に自身の右手を突っ込み、冷やす。
そして、その冷やした手で、女子生徒の頬をそっと撫でた。
「あ……」
女子生徒が、少し落ち着いた声を出した。
ひんやりした狭山の手が、激痛で火照っていた顔を冷やしてくれる。
狭山は引き続き、女子生徒の頬を撫でて、彼女を安心させながら、声をかける。
「落ち着いて。自分たちは君を助けに来たんだ。どこがどう悪いのか、教えてくれないかな?」
「うぐ……えっと、胸のあたりに……身体の中に、何かがいて……私の中を食べながら進んでいるような……あ……ぐ……い、痛い……っ!」
「その症状は……! よし、よく教えてくれた!」
すると狭山は、今度は聴診器を取り出した。その聴診器を、女子生徒の服の上から当てる。それはまるで、彼女の身体の中の何かを探っているかのように。日向たちも、緊張した面持ちでそれを見守る。
「…………見つけた!」
しばらく聴診器を当てていた狭山だが、いきなりそう叫んで本堂の方に振り向いた。
「本堂くん! この子のこの部分に電気ショックを! 一瞬だけでも身体の中に届くくらいの威力で!」
「い、良いのですか? 結構な威力になりますが……」
「仕方あるまい! そうしないと、この子の命が危ない!」
「……分かりました。では……」
「君、ちょっと今から痛むけど、これが最後だからね。自分も応援するから、頑張って!」
「は、はい……!」
狭山から指示を受けた本堂は、女子生徒の右の乳房の上部あたりに自身の指を置く。
普段は、女性の大きな胸が大好きだと公言する本堂だが、現在の彼のその表情と雰囲気には、全く遊びが無い。これでも彼は真剣に医者を志している。やはりこういう場合では、その性癖も鳴りを潜めるのだろう。
そして本堂は、女子生徒の身体の上に置いた指先から、一瞬だけ強烈な電撃を発した。
「はっ!」
「あぐッ!? ……はっ、はぁ、はぁ……」
一瞬、身体が跳ね上がった女子生徒だったが、やがてベッドの上で今まで以上にぐったりとした。
日向や北園、日影や本堂は、苦しんでいた上に電撃まで受けた女子生徒の容態を心配していたが、意外にも彼女の顔色はわずかに良くなり、苦悶の声を漏らすこともなくなった。
「……良し。とりあえず、一命は取り留めたかな。それと北園さん。彼女のこの部分に治癒能力をお願いするよ」
「え? でも、そのあたりに傷なんてこれっぽっちも……」
「外見はね。けど、中身を食い荒らされている」
「中身を……!? つまり、身体の中……!? 私の治癒能力、届くかな……?」
狭山の指示を受け、一見すると傷など全く無い女子生徒の身体を治癒の光で照らす北園。すると、女子生徒の顔色がさらに回復していった。どうやら、体内の傷はしっかり治されているようだ。
その様子を見ながら、日向が狭山に声をかけた。
「狭山さん……今のはいったい? 結局、この子はどうして苦しんでいたんですか?」
「うん。先ほどこの子が説明してくれた症状だけれど、これと同様の症状を以前に聞いたことがあるんだ。それも、割と最近にね。……それで、この症状を引き起こした犯人たるマモノは、『ジェリーマン』と命名された」
「ジェリーマン……」
狭山の説明に曰く。
ジェリーマンは、アメーバが進化したというマモノらしく、能力は”水害”と”生命”の二重牙。
アメーバという、ドロドロの液状の身体を持つこのマモノは、”水害”の能力で自分の身体を操作し、攻撃の殺傷力を高めてくるのだという。
また、”生命”の能力においては、相手の血を取り込むことで、その相手のDNAを解析し、姿を真似ることができるのだ。さらに厄介なことに、このコピー能力は見た目だけでなく、相手の記憶までもしっかりコピーしてしまう。この能力により、ジェリーマンは人間に擬態することができる。
そしてこのマモノは、ドロドロの液状ゆえに身体が崩れやすい。しかし、この崩れた身体も独自に活動させることができる。この崩れた身体は『破片』と呼ばれ、この破片が相手の体内に侵入すると、破片が独立して行動し、相手を内側から喰らってしまうのだ。
「……恐らく、この『破片』が、この女子生徒を苦しめていた原因だ。だから北園さんの能力で怪我を治しても、体内の破片は止めることができず、この子は苦しみ続けていた」
「本堂さんの電撃を浴びせたのは、彼女の身体の中の破片をやっつけるため、ってワケですか……」
「そういうことだね。今回の犯人がジェリーマンであれば、人が多いこの学校の中、まだマモノの発見報告が上がらないことにも説明がつく」
「ったく、この人がゴチャゴチャいやがる日にそんなマモノが紛れ込んでくるたぁ、ツイてねぇな」
「狭山さん。そのジェリーマンとやらの特徴や弱点などについて、教えていただけますか?」
「うん。先ほども言ったとおり、ジェリーマンはドロドロの液状の身体を持っている。その身体を凝固させることで、人間と変わらない肉質を再現することも可能だが、いざ物理攻撃を食らわせても、身体を液状にして受け流してしまうんだ」
「まっとうな物理攻撃は効かない……つまり、シャオランが完全に役立たずになってしまう、ってことですか」
「そういうことだね。けど、このメンバーなら問題なく対抗できる。日向くんと日影くんには『太陽の牙』があるし、本堂くんは電気、北園さんはさらに氷結まで使える」
「最初に現れたジェリーマンは、どうやって倒したんだよ?」
「最初のジェリーマンはアメリカで確認されたのだが、銃による攻撃をことごとく無効化されて、討伐は困難を極めた。……しかし、あちらの討伐チームにも一人だけ、北園さんと同じ”氷結能力”を使える兵士がいてね。彼がジェリーマンを凍らせて討伐したんだ。その際、人々を苦しめていた『破片』も活動を停止した。ジェリーマン本体が死亡すると、独立している『破片』も死亡するようだ」
これで、ジェリーマンに関する主要な情報はあらかた共有することができた。さっそく、校内に紛れ込んだジェリーマンを探しに行こうとする日向たち。
「……けど、肝心のジェリーマンの見分け方については、有力な情報は無しかぁ……。いったいどうやって見つければいいんだ……?」
「みんなで、手分けして探す?」
「……けど、その場合、北園さんが単独になったところを狙われるのが怖いんだよなぁ……。北園さん、騙されやすそうだから、今回のジェリーマンみたいな手合いには弱そうだ……」
「あはは……そうかも。それに、狭山さんも一人にするワケにはいかないよね。一人の時にマモノに襲われたら大変だよ」
「確かに狭山さんも非戦闘員だけど、この人は只者じゃないし、単独でも何とかできそう」
「はは、高く買われているみたいだね、自分。
……ふーむ、しかし、これは……」
「どうしたんです、狭山さん? 何か気になることが?」
「うん。さっきの女の子、怪我して寝ているというのに、彼女のクラスから一人もお見舞いが来ないのは何故だろうって」
「え……あ、そういえば……!」
狭山に言われて、日向も初めてその異常に気が付いた。同級生が大怪我をしたというのに、いくら自分たちの出し物で忙しいと言えど、クラスの代表さえ見舞いに来ないのは明らかにおかしい。保健室の外の野次馬たちの中にも、彼女のクラスメイトはいないようだった。
……と、その時だ。
日向のスマホが着信音を知らせた。
日向が画面を見ると、そこには『リンファさん』の文字が。
「リンファさんから……? いったい何の用だろう?」
リンファから日向に電話、というのも珍しいが、とにかく日向はリンファからの着信に出ることにした。
「もしもし、リンファさん? 何か用?」
『日向、大変よ! アタシ、さっきの女の子が怪我したのを一応伝えておこうと思って、あの子のクラスに行ったの! そしたら……あの子と全く同じ姿の子が、そのクラスの中にいるのよ!』
「んなぁ!?」
ここまでの話を照らし合わせて考えると、その『クラスの中にいる女の子』は、まず間違いなくジェリーマンが化けている偽物だろう。女の子を襲った際に、彼女の血を奪ったか。
そして、あの女の子に一人も見舞いが来なかったのは、ジェリーマンが本物の女の子に成りすましているせいで、誰もあの子が怪我をしたということを知らないからだ。
「野郎、ぜってぇロクでもねぇこと考えてるぞ!」
「ああ! ……リンファさん! その女の子はたぶん偽物だ! 今から俺たちがそっちに行くから、こっそりとその女の子を見張ってて!」
『偽物!? わ、分かったわ! 任せといて!』
そして日向たちは、ジェリーマンがいる教室を目指して走っていった。本来、学校の廊下を走ってはいけないのだが、とてもそんなことを気にしている場合ではなかった。