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第431話 喫茶開店

 日向の友人の田中が『北園のメイド姿が見たいから』という秘された理由から決定した文化祭の出し物、メイド喫茶。その準備のために奔走する日向たちのクラスであったが、その準備は思いのほか上手く進んでいた。


 オーソドックスな喫茶店らしく、メニューは基本的に洋風のもので固める方向に決定。カレーやオムレツといった主食は省き、飲み物やデザートのみで勝負することで、メニューの多さから来る材料費の高騰と従業員の負担を抑えることに。


 調理器具や内装についても、クラスメイト達がそれぞれ自分なりに「これぞ」と思うアイテムを持ち寄ってきて、おおむね解決した。


 最終的な従業員の数も確定し、人数分のメイド服や執事服を揃える段階になった。これが一番の問題と思われていたが、そこは中国からの留学生にして、財閥のお嬢様でもあるリンファにも協力を仰ぐことで、なんとか解決した。


「……で、田中。用事って何?」


「おう、リンファ。お前の家って金持ちなんだよな? だったら、メイドとか執事もいたりしない?」


「んー……まぁ、いるにはいるけど……」


「え、マジで? 言ってみるモンだな」


「……あなたの思考がだいたい読めたわ。つまり、ウチのメイドたちから制服を借りれないか、って聞きたいのよね?」


「さすが! 話が早い!」


「んー……けど私って今、実家とは軽く喧嘩してる状態なのよねぇ……いけるかしら……」


「な、なんとか頑張ってみてくれないか? こっちの従業員の数が予想以上に多くて、貸衣装店のストックだけじゃ人数分に届かなくなるかもしれないんだよ」


「まぁ……仲の良いメイドたちに個人的に連絡を取って、予備の制服をこっそり送ってもらえれば、なんとかなるかしら……」


「お? いけそうな感じか?」


「あまり多くは用意できないかもだけどね。残りはそっちに任せるわよ」


「おっしゃ! 恩に着るぜ!」


 そんなこんなで準備は着実に進み、いよいよ文化祭当日。


 十字高校は、校舎内から屋外に至るまで、生徒たちと来客たちでにぎわっていた。あちこちで出し物が催されており、人々の笑顔と歓声は止むことを知らない。


 日向たちのクラスの生徒たちもそれぞれ、貸衣装店から調達してきた執事服やメイド服に着替え、開店準備を進める。その教室の中には、着慣れない執事服に落ち着かない様子を見せる日向の姿が。


「変じゃ……ないよな? 最低限似合ってるといいんだけど」


「よーう日向。そっちも準備完了みたいだな」


 日向の背後から田中が声をかけてきた。今回の出し物の発案者ということもあってか、その声にも気合いが入っているように感じる。しかし、少し執事服のサイズが合っていないのか、全体的に少しピッチリしている。田中はもともとガタイが良いので、そのピッチリ具合に拍車が掛かっている。


「うわぁ……。なんというか、うわぁ……」


「仕方ないだろー。俺に合いそうなサイズは全部よそが貸し出し済みだったんだから」


「まぁそうだけどさ……お前のガタイの良さと坊主頭とその服装が相まって、どこぞのマフィアの用心棒バウンサーにしか見えないのよ」


「お客さんのことを『お客人』とか言ってみようか?」


「止めい。当店のクリーンなイメージを崩すんじゃない」


 その一方、日向たちの近くでは、シャオランとリンファがやり取りを交わしていた。シャオランもまた執事服のサイズが合っていないらしく、田中とは逆にぶかぶかである。


「ぼ、ボクの執事服、サイズが大きいんだけど……」


「貸衣装店にも、ウチのトコの召使いにも、シャオランに合うサイズの服は無かったみたい。まぁ確かに、身長150センチの執事ってなかなかいないわよねー」


「あんまりだぁ……」


 そして別のところでは、日向たちの友人の一人である女子、小柳カナリアがスマホで教室内の様子を動画撮影していた。彼女もまた例にもれずメイド服姿であり、そのメイド服は他の女子たちとはデザインが少し違っている。薄い金のロングヘアーが、ゆったりとした服装に良く似合っている。


「おぉー。どこを見回しても執事さんとメイドさんばかりです。眼福」


「『眼福』って、小柳さんは執事とかメイドが好きなの?」


 カナリアの独り言を聞いた日向が、彼女に声をかける。

 その質問を受けたカナリアも、頷いて返事をする。


「はいですよ。執事もメイドも、仕える者として最高に高貴な印象を受けるのですよ。メイドさんはそれに加えて、フリフリの衣装が可愛いですしね」


「そ、そんな風に考えてたのか……。ところで、小柳さんのメイド服は他の女子のと少し違うけど、もしかして自前で用意したの?」


「ですです。わたしはおばあちゃんがイギリス人で、そのイギリスの実家が昔は結構裕福な家だったらしくて、昔雇っていたメイドの服を今回送ってくれたというワケです」


 中世から近代にかけて、イギリスでは女性給仕を雇う文化が深く根付いていた。そんな国の血筋を引くカナリアは、そう言われてみるとメイド姿が板についているようにも見えてくる。もっとも、彼女の祖先は雇う側であったようだが。


「……さて、それよりもよしのんですよ。あの小さな身体でふわふわのメイド服を着込んで、あのボブヘアにちょこんとヘッドドレスを乗せた日には、間違いなく最高に可愛いメイドが生まれるですよ。ぐへへ」


「おい笑い方」


「お、カナリアも北園さんを愛でるつもりか。よしよし、そのカメラだけはやたら高性能なスマホで北園さんのメイド姿を収めて、しかる後に俺に画像を転送してくれたまえ」


「了解ですよ、田中くん。もちろん、日下部くんにも送ってあげるです」


「い、いや、女子が女子を撮った写真を男子に送るって、なんか卑怯じゃない? 俺はちゃんと北園さんに許可を取って、自分で撮るから……」


「ほーん、つまり日向、お前は北園さんに真っ向から写真撮影を頼んで、オーケーを貰える自信があるってことか? やっぱり仲良しさんじゃないか!」


「いや、北園さんはそういうところは無頓着というか、頼めばお前だって普通に撮らせてくれるぞ?」


「というか、その肝心の北園さんはまだ着替えが終わってないのか?」


「みたいです。夏休みのハワイの水着といい、よしのんは着替えが遅いのです」


 と、その時だ。教室の扉がガラリと開いて、北園が入ってきた。

 先ほどカナリアが想像していた通りの、小ぢんまりとしたメイド姿である。ふわふわのロングスカートをたなびかせ、三人のもとにとてとてと歩み寄ってくる。


「おまたせー。ちょっと時間がかかっちゃった。メイド服って意外と着るのが難しいんだねー。……ところで、どうかな、みんな? 私のメイド服、似合ってる?」


「う、うん。良く似合ってるよ」

(ぎゃああああああああああかわいい)


「ですぅ!? そ、想像以上の威力なのです。わたし、思わず(death)です……」


「我が生涯に一片の悔い無し……ッ!!」


「え、えーと、喜んでもらえたみたいでなにより……」


 田中やカナリアのオーバーリアクションぶりに、思わず苦笑いをこぼす北園。日向もまた表情を顔に出すまいとしていたが、実際は視線があちこちに泳いで北園を直視できないでいた。北園のメイド姿は、三人の理性を薙ぎ払うのに十分な破壊力であった。


「……と、ところでですね、北園さん」


 ここで、田中が呼吸を落ち着けて、改めて北園に話しかける。


「なぁに、田中くん?」


「実は自分、このような物を用意してみまして……」


 そう言って田中が取り出したのは、ネコミミがついたヘッドドレスと、ワンタッチで装着できるネコの尻尾だった。つまり、ネコミミメイドセットである。


「お、おま、田中、いくら何でも厚かましくないか」


「止めるな日向! お前だって見たいだろ! 北園さんのネコミミメイド!」


「わー、かわいいー♪」


 日向と田中の言い合いを余所に、北園は田中の手からヘッドドレスと尻尾を受け取り、さっそく自分に装着した。


「にゃーん♪」


「あああああああああああ駄目だ耐え切れない」


「こ、これは、とんでもない逸材を発見してしまったです……」


「…………。」(田中はショックにより心肺機能を停止)


 その後、日向たちは開店準備を終えて、いよいよ喫茶店の営業開始の時が来た。教室の外には、既にそれなりの長さの行列が出来ていた。


「カナリアに作ってもらった宣伝のチラシやポスターが功を奏したかね。よぅし、稼ぐぞお前らー!」


 営業開始と共に、多くの客が教室内にやってくる。日向たち生徒の忙しさも、スタートと同時にピークを迎えることになった。


「五番テーブルにホットケーキとショートケーキお願いしまーす!」


「コーヒー二つ淹れたわよー! 誰か持っていってー!」


「……は!? 二番テーブルのホットケーキは注文の聞き間違い!? じゃあこのホットケーキどうするんだよ!?」


「落ち着け! ホットケーキはかなり人気があるみたいだから、そのまま取っとけ! すぐに誰かが注文してくれるかも……」


「一番テーブル、ホットケーキ二つでーす!」


「ほら来た!」


「ショートケーキ、これ在庫足りるか? えげつないスピードで消えていってるぞ」


 慣れない接客、想定通りにいかない商売に悪戦苦闘する生徒たち。それでもどうにか務めを果たし、店を回していた。日向もまた、その一人である。


「……えー、お待たせいたしました。こちら、特製手作りクッキーと紅茶二つです、お客さ……じゃなくて、お嬢様……」


「はーい、ありがとねー」

「わー、これ絶対映えるヤツじゃん。写真撮っとこー」


(ほっ……上手くいった。食べ物一つ運ぶだけで、なんて緊張感なんだ……。こぼさないようにするのもヒヤヒヤするし、手渡す時とかトレイが震える……)


「おーいクソ日向ー。こっちも注文頼むぜー」


「はーいただいまー。

 ……いや待て、誰だ今の。失礼すぎるだろうが」


 自分をクソ呼ばわりしたのは何処のどいつか。それを確かめるために、日向は自分を呼んだテーブルの方へと向かった。


 そこに座っていたのは、日影と本堂、そして狭山の三人だった。


「やぁ、日向くん。お店は大盛況のようで何より」


「おう日向。来てやったぜ。注文頼むわ」


「さばぬかはあるか?」


「…………何しに来たんだ、この人たちは」


 突然の顔見知りの出現に、日向は戸惑いの色を隠せなかった。



◆     ◆     ◆



 一方その頃。

 ここはあまり人が通らない、十字高校の校舎裏。


「いっけない! 休憩してたら、のんびりしすぎちゃった! 早くウチの教室まで戻らないと!」


 そう言って、一人の女子生徒が校舎裏を駆け抜けていた。彼女のクラスでは手作りのパンを販売しており、学校全体で見てもかなりの注目と人気を集めている出し物だ。その仕事時間の合間を縫って休憩に入っていた彼女だったが、どうやら時間を忘れて休憩し過ぎたらしい。


 教室へと急ぐ女子生徒。

 その途中、一人の二十代半ばくらいの男性とすれ違い、肩がぶつかってしまった。


「あ、ご、ごめんなさい! 急いでたもので……」


「グ…………」


「…………ひっ!?」


 女子生徒が、短い悲鳴を上げた。

 ぶつけてしまった男の肩が、グズグズになって崩れていたのだ。

 そしてその崩れた肩は、男の足元へ独りでに集まっていく。

 肩は男の足首あたりで吸収され、一体化し、再び新しい肩が形成された。


「な、なに……!? オバケ……!?」


「グオオオオオオ……!!」


「き、きゃあああああっ!?」


 怯える女子生徒に向かって、男は右腕を振り上げ、襲い掛かった。

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