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第424話 やって来たのは絶望か、希望か

「ギジャアアあアアアあ”ア”あ”ア”ア”ッ!!!」


「太陽の牙……”紅炎奔流ヒートウェイブ”……ッ!!」


 巨大なコールドサイスが上半身を伸ばしてきて、四本の大鎌で日向を刺し潰そうとしてくる。それに対して、日向は紅蓮の炎の奔流で迎え撃つ。


 日向の炎は、迫ってくるコールドサイスの上半身にピタリと狙いが合わさっている。これならば、まず確実に命中する。


「ギジャアああ”アッ!!」


 ……しかしコールドサイスは、日向の炎に被弾する直前、日向に向けていた四本の大鎌を戻し、その刃を自分の目の前でクロスさせた。氷の壁となった大鎌に、日向の炎が叩きつけられた。


「あ、アイツ! ガードしやがった……!」


「ギジャア”ああアアあア”……ッ!!」


 四つの大鎌で炎を受け止めるコールドサイス。だがやはり”紅炎奔流ヒートウェイブ”の威力は絶大だ。大鎌では完全にガードしきれず、その先のコールドサイス本体にまで炎が吹きつけてくる。


「グ……ギジャアああアあアあ……!!」


 やがて日向の炎がかき消えた。コールドサイスは、依然として健在だ。日向の炎に耐え切ってしまった。

 しかし、コールドサイスも無事で済んではいない。四つの大鎌はボロボロに溶解し、コールドサイス自身も大火傷を負っている。仕留め損ねたが、ダメージは大きい。


「た、耐えられたか……! けど、あと一発……あと一発当てれば、今度こそ間違いなく……!」


「ギ……ギジャアアアアあああアアあア”アああ”アッ!!!」


 その時だ。

 コールドサイスが、ひと際大きな叫び声を上げた。

 そのあまりの大音量に、空気がビリビリと震えるように感じる。


「シャーッ」

「キシャーッ」

「シルルルルッ」

「シキャーッ」


 その声に応えるように、周りからたくさんのアイスリッパーたちが現れた。日向とコールドサイスを取り囲む氷塊のリングの外側に、ズラリと並ぶ。


「と、取り巻きを呼んだのか……!? この数で一斉に襲い掛かってきたら、もう間違いなくヤバい……!」


 ……だが、アイスリッパーたちは予想外の行動を見せた。

 日向にはわき目も振らずに、続々とコールドサイスの元へと集まっていくのだ。


「な、なんだ? 何する気なんだコイツら……おや、あれは……?」


 その時、日向はアイスリッパーたちが何かを背負っていることに気付いた。目を凝らして見てみれば、それは同族であるアイスリッパーの死骸だった。


 アイスリッパーたちが運んでいるのは、同族の死骸だけではない。マーシナリーウルフの死骸や、鎌の上にヘルホーネットの死骸を乗せて運んでいる個体もいる。中には、息絶えたテロリストやロシア兵を運んでいる個体まで。


 そして、それらの死骸を運送するアイスリッパーたちは、死骸と共にコールドサイスの下半身の大きな口の中へと入っていく。そして、死骸と一緒にバキバキとまとめて噛み砕かれていった。


「じ、自分もろとも、コールドサイスに死骸を食わせてる……!?」


 コールドサイスの下半身、その真ん中に形成されている醜悪な大口が、アイスリッパーも、マーシナリーウルフも、ヘルホーネットも、事切れた人間たちも、まとめてグッチャグッチャと噛み潰している。生き物の食事としてはあまりに凄絶かつ異様な光景に、日向は生理的嫌悪感すら覚える。


 そしてその時、日向はコールドサイスを観察して、気付いた。コールドサイスが死肉を喰らうたびに、コールドサイス自身の傷が回復していっているのだ。


「ま、まさかアイツ、肉を喰うと体力が回復するのか!?」


 日向の言うとおり、アイスリッパーたちが死骸を抱えてコールドサイスの口に入り、噛み砕かれていくたびに、コールドサイスのダメージが消えていっている。先ほど日向が”紅炎奔流ヒートウェイブ”を浴びせた火傷さえも。


「じ、冗談じゃないぞ!? 早く食事を止めさせないと、せっかく与えたダメージが全部パァだ!」


 日向は『太陽の牙』を手に、コールドサイスに集まっていくアイスリッパーに攻撃を仕掛けようとする。今の『太陽の牙』はマモノへの特効を失っているが、それでもアイスリッパーの体躯は小さい。思いっきり斬り潰せば、瀕死までには持っていけるはずだ。


 だが、そんな日向に向かって、コールドサイスが上半身を伸ばしてきて、鎌を横薙ぎに振り抜いてきた。


「ギジャアアアアああ”ア”アッ!!」


「あぐぁ……!?」


 鎌の峰の部分で殴り飛ばされ、日向は床を転がっていく。これまでのダメージもあって、日向はもはや、立ち上がることさえままならない。


「じ、上半身で守りを固めて、下半身は食事を続けるとか、ず、ズルいぞ……」


「ギジャアあ”アああアあ”アアア……ッ!!」


「う……!?」


 コールドサイスは、左右二本の鎌の先端で、日向を挟みこむように持ち上げた。そしてゆっくりと、下半身の巨大な大口へと運んでいく。


「……ちょ、おま!? う、嘘だろ!? 一番惨い死に方するやつじゃん!?」


 日向は暴れ出し、自身を挟みこむ鎌から逃れようとするが、コールドサイスは日向を放してくれない。円状に牙が生え並ぶおぞましい大口が、ガバリと開かれた。


「い、いくら俺が死なないからって、やって良いことと悪いことがあるんだぞ!? ま、待って! やめろぉーっ!?」



◆     ◆     ◆



 一方、こちらはオリガと北園。

 管制室を出てすぐのところで負傷したズィークフリドを降ろし、現在は北園が治癒能力ヒーリングで治療を施しているのだが……。


「キシャーッ」

「ちぃ! あっちに行きなさい!」


 管制室と基地本部を繋ぐ連絡通路。その先からアイスリッパーの群れが続々とやって来ているのだ。オリガがアイスリッパーを迎撃し、北園がズィークフリドを治療し続けている。


「お、オリガさん! だいじょうぶ!?」


「心配いらないわ。それより北園、アナタはズィークをしっかり治療していなさい! 今のズィークは一刻を争う状態。アナタに回復の手を止めてもらうワケにはいかないの!」


「り、りょーかいです!」


「良い子ね! それじゃあ……ほら、かかってきなさい、蟲ども!」


「シャーッ」


 オリガに向かって、アイスリッパーたちが鎌を振り上げて襲い掛かってくる。しかしオリガは、アイスリッパーたちが鎌を振るうより早く、素手でアイスリッパーたちを殴り飛ばしていく。オリガに吹っ飛ばされたアイスリッパーたちが、次々と壁に激突する。


「キシャーッ」


 一体のアイスリッパーがオリガの背後から飛びかかってきた。狙いはオリガの頸動脈だ。


「止まりなさい!」

「シャッ……!?」


 オリガが振り向きざまに、金色の瞳でアイスリッパーの複眼を睨みつけた。瞬間、アイスリッパーの動きが止まる。超能力でアイスリッパーを一瞬だけ洗脳することで、攻撃を中止させたのだ。


 立ちすくむアイスリッパーの頭部に、オリガは両手をかけて……。


「ふんっ!」

「プギュッ」


 ……その首をねじ切り、アイスリッパーを絶命させた。


「……敵影無し。これでひとまず、落ち着いたわね……うぐ……」


 アイスリッパーを殲滅し終えると、オリガは壁にもたれかかりながら、座り込んでしまった。その顔には、ひどい疲労の色が見える。しかし無理もない。先ほどまで彼女は死にかけていた。それを、意地と根性でなんとか立ち上がって、無理やり身体を動かしていたのだから。


(身体はこれだけ疲れているのに、身体が冷たい。汗を一滴もかいていない。これは……いよいよ身体が限界なのかもね……)


 依然として座り込むオリガのもとに、北園が駆け寄ってくる。


「お、オリガさん!? 大丈夫ですか!? まさか、アイスリッパーにやられたの!?」


「そんなわけないでしょ……ちょっと疲れただけよ……休めば治るわ……」


「そ、それなら良いんですけど……あ、それより! ズィークさんの回復が終わりましたよ! ……でも、ズィークさん、まだ目を開けてくれないんです……!」


「きっと、ひどい体力の消耗と、大量の血液を失ったことで、意識が回復できないのでしょうね。一命は取り留めたはずだから、ひとまずは大丈夫だと思うわ」


「そっか、よかったぁ……! それじゃ、次はオリガさんの治療をしますね! 怪我してるところを見せてください!」


「ん……でも、私はあなたの施しを受ける資格なんて……」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! とくに右眼なんて、失明してるんですよね!? 古傷になったら、私の超能力でも治せなくなっちゃうんですよ! ほら、早く怪我を見せて!」


「わ、分かったわよ……」


 北園に急かされて、オリガはやむなく傷を見せる。

 その傷を、手から発する青い光で照らしていく北園。

 すると、オリガの傷がみるみるうちに治っていく。

 打撲も、撃たれた箇所も、失明している右眼さえも。


「……はい! これで終わりです! 具合はどうですか?」


「うん……悪くないわ。右眼も、ちょっとまだぼやけるけど、視えるようになった」


「よかったぁ! それじゃ、次はどうします? 私は、急いで日向くんを助けに行ってあげたいけど……」


「……けど、ズィークはどうするの? さっきみたいにアイスリッパーが襲撃してきたら、まだ意識が回復していない彼が危険に晒されるわ」


「そうですよね……。アイスリッパーの数もやたらと多くなっているみたいだし、まずはズィークさんを安全な場所に運ばないと、かなぁ……」


「そうね……ズィークは重いわ。私一人で運びながらじゃ、アイスリッパーに襲われた時が厄介だわ。日向も気がかりだけど、あなたに私たちの護衛をお願いしたいの、北園」


「お、オリガさんが私にお願いを……!

 これは、聞かないワケにはいかないなー……!」


 日向は今まさに危険に晒されている最中なのだが、二人の次の行動は、ズィークフリドの避難で決定しそうであった。


 ……だが、その時。


「ん……? ちょっと待って北園。連絡通路の先から何か来る……」


「え!? またアイスリッパーですか!?」


「いや……これは、人間の足音だと思うわ」


 オリガの言うとおり、照明が落ちて暗くなっている通路の先から、二人の人影が現れた。


「大佐サンよ! 管制室はこっちで合ってるんだよな!?」


「ああそうだ日影くん! 私はこの基地には視察に来ただけなのだが、管制室ほどの重要施設の場所はしっかりと記憶している!」


「はっ! アンタも災難だったよな! ……あん? アイツらは……」


 やって来たのは、日向の影である日影と、オリガの父親であるグスタフ大佐だった。日影は『太陽の牙』を肩に担ぎ、グスタフはたくさんの銃火器を装備している。


「あ……日影くん! ここまで来たんだ!?」


「き、北園と、オリガ!? お前ら、なんで一緒にいるんだ!?」


「あー……そういえば、アナタたちはまだ、私たちが敵対してるものだと思っているのでしょうね……」


「いったいお前らに何が……って、ちょっと待て!? そこで寝てんのは、まさかズィークか!? こ、コイツ、なんでこんなところに!?」


「私を助けに来てくれたのよ。アナタたちに負けた後にね」


「あ、あのダメージでここまで移動してきたっつうのか……。コイツ、どんだけ化け物なんだよ……」


「と、とにかく、互いに状況を説明しよう。いったいそちらで何があったのだ、オリガ?」


「そうね、じゃあまずは私たちから説明するわ、大佐」


 そう言ってオリガは、執務室を出てからここまでのいきさつを説明し始めた。日向たちと戦い、敗北し、ミサイル発射を阻止されたこと。その後、負けを認めて降伏したこと。そして現在、異形の姿となったコールドサイスが管制室で暴れており、日向が引きつけていることを。


「そうか……ミサイルはもう大丈夫なのか……」


「やたらとカマキリどもが多いと思ったら、コールドサイスがそんなことになってるなんてな。オリガさんよ、アンタは何か原因に心当たりはねぇのか?」


「無いわよ。どうしてああなったのよアレは」


「そ、それで、日影くんとグスタフさんは、どうして一緒に行動を?」


「う、うむ。私は君たちと別れた後、ミサイル発射のアラートを聞いて、やはり君たちが心配になり、何か手伝えることは無いかと、武器を集めてここに駆け付けようと思ったのだ。だが、大繁殖したアイスリッパーに行く手を阻まれ、なかなか進めずにいたところに……」


「基地内に侵入したオレが、偶然このオッサンと出会ってな。ズィークの親父さんだって言うから、一緒に行動してたんだよ。そんで、もっと詳しく話を聞いてみたら、この人はお前の親父さんでもあるんだってな、オリガ」


「…………ええ、まぁね」


「と、とにかく、これなら何人かは、日向くんを助けに行けるんじゃないかな!? 私とオリガさんがズィークさんを運んで、その間に日影くんとグスタフさんが……」


「む……いや、私は恐らく、この四人の中でも戦闘能力は最も低いだろう。コールドサイスとやらの討伐は、私よりも他の人間を選んだ方が良い」


「そ、そうなんですか……」


「だが……私とて軍人の端くれだ。身体はそれなりに鍛えている。だから息子は……ズィークは私が運ぼう。後は、私を護衛してくれる者を一人つけてくれると有難いのだが」


「そうね……あの巨大なコールドサイスを相手取るのに、北園の火力は外せないわね。というワケで日影。大佐の護衛をお願いね」


「おう……って、待てや! どう考えても『太陽の牙』を持ってるオレが、コールドサイスをぶっ殺しに行くべきだろうが! テメェは親子三人で逃げとけよ!」


「……日下部日向には借りがあるの。これを返すチャンスは、きっとこれが最初で最後。だから、お願い。私に行かせて」


「うぐ……」


 今までさんざん日影と言い合いをしてきたオリガが、今は真剣な表情で日影に頼みごとをしている。まるで人が変わったかのようである。


「……ちっ、分かったよ! そこまで言うなら、楽な仕事で妥協してやるよ!」


「助かるわ、ありがとう」


「ち、調子狂うぜ……悪いモンでも食ったのか、コイツ……」


「さて、そうと決まれば、大佐、アナタが持っている武装を全部私にちょうだい。どうせズィークを運ぶなら、そんなもの持ってても邪魔になるだけでしょ?」


「む、そうだな。……しかし、娘に初めてねだられた物が、よりにもよって銃器とはな……」


「非常事態なんだから仕方ないでしょ。ほら、良いから早く荷物を下ろして」


「分かった分かった」


 オリガに言われて、グスタフは自身の武装をオリガに渡す。

 オリガは、渡された武装を一つ一つ確かめながら、装備として身に付けていく。


「……ずいぶんと重武装ね。娘を相手に、これだけの武器をぶち込むつもりだったの?」


「そ、そんなことはない。ここのミサイル発射システムは、停止機構を全て破壊したらミサイルが発射できないようにプログラムされているだろう? だから、こっそりとそれらの停止機構を壊してやろうと思ってだな……」


「ま、そういうことにしておいてあげるわ。肝心の武器は、トカレフに、手榴弾に、対マモノ用アサルトライフルね。それとこれは……スウェーデン製の無反動砲、カール()()()()……ふふ、意外と洒落が利いてるじゃないの」


「ぐ、偶然落ちているのを見つけただけだ。他意は無い。それと、これが予備の榴弾だ。対マモノ用に性能が強化された特別製だ。全部で五発、使いどころをよく見極めるのだぞ」


「これだけあれば上出来ね。……それじゃ、行ってくるわ」


「日影くん! グスタフさんとズィークさんをよろしくね!」


「ああ。お前も、あの日向のアホと一緒に無事に帰って来いよ!」


「オリガ……お前も無事に帰って来てくれ。お前が行なったことはどうあれ、お前は私の大事な娘なんだ。もう、どこにも行ってほしくない」


「……ええ、分かったわ。ありがとう、大佐……」


「我が儘を言わせてもらうなら、そろそろ父と呼んでほしいのだが」


「そ……それはまたの機会で。今はちょっと、気まずいわ……」



 こうして、グスタフと日影はズィークフリドを護送し、オリガと北園は日向の援護に向かい始めた。

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