表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
442/1700

第422話 堕ちた女帝

「ギジャアあアア”アああ”あアアあア”アッ!!!」


 外壁を破壊して、超巨大化した異形のコールドサイスが管制室内に侵入してきた。おぞましい雄たけびを発しながら、その巨体を室内にねじ込ませてくる。同時にコールドサイスの能力によって発生している吹雪が管制室内に吹き込んできて、周りの機材やコンテナがみるみるうちに凍り付いていく。


「ひ、ひぃぃ!? な、な、なんだよっ、この化け物は!?」


 テロリストのリーダーの男は、ひどく動揺している。

 連れ去ろうとしていたオリガから手を放し、腰を抜かしてしまっている。


 そんなちっぽけなリーダーを、コールドサイスが睨みつける。

 そして、そのムカデ状の胴体を伸ばして、上半身をリーダーに近づけてきた。


「あ、わ、た、助けてくれぇぇぇっ!!」


 まるで床を這うように、その場から一目散に逃げだすリーダー。

 それを見たコールドサイスは、右の鎌を引き絞り、突き出した。

 その鎌の切っ先にリーダーは押し潰され、即死。

 哀れ、物言わぬ肉片に成り果てた。



「う……くぅぅ……!」


 リーダーから解放されたオリガが、なんとか身を起こす。

 しかし、見上げれば、コールドサイスが今度はオリガを見下ろしている。


「ギジャああアアアアあア”あ……!!」


「今度は私をやる気……? そうはさせないわ、精神支配マインドハッカー……!」


 オリガの左眼が、妖しく光る。

 コールドサイスの大きさもあり、間違いなく両者の目線は合っている。

 ……だが、コールドサイスは操られるような様子が無い。


「く……コイツ、すでに狂気に支配されている……!? 私の洗脳が入り込む余地が無い……!」


「ギジャア”アア”ああアアあ”……!!」


 コールドサイスが、右の大鎌をゆっくりと振り上げる。

 その氷山のような刃で、オリガを斬り潰すつもりなのだ。


 オリガの後方では、日向と北園がなんとかオリガを助けに行こうとしている。しかし、コールドサイスが腹の口から吐き出してきたアイスリッパーたちが、日向たちの行く手を阻んでいる。


「キシャーッ」


「どいてよアイスリッパー! どいてったら!」


「お、オリガさんっ! 早く逃げて!! コールドサイスが攻撃してくる!!」


「分かってるわよ……! けど、もう身体が動かない……!」


 必死に身体を起こそうとするオリガだが、それでも身体が言うことを聞いてくれない。力を入れた側から抜けていき、立ち上がることができない。


 無理もない。オリガは既に満身創痍だ。

 日向と北園から、さんざん攻撃を浴びせられた。


 右眼は日向に焼き潰されたし、腕に銃弾がかすったりした。重機関銃の暴発に巻き込まれたりもしたし、身体に負担をかける『リミッター解除』も多用した。一度は日向に絞め落とされ、脳震盪まで引き起こされて、北園にコンテナをぶつけられた。最後にはテロリストのリーダーに銃弾を叩き込まれ、好き放題に足蹴にされた。出血量も尋常ではない。


 ヤワな人間なら病院送り。あるいはとっくに葬式場だろう。

 それだけの傷を受けて、なお意識を保っているオリガが異常なのだ。


 ……だがそれでも、流石の彼女も、もはや限界だった。

 振り上げられるコールドサイスの鎌を、見上げることしかできない。


「……ふふ。ああそう。これが私の最期ってワケ?」


 オリガが呟く。

 その声色は、もう完全に諦めている。


「小物から足蹴にされて、地べたを這いつくばって、操っていた手駒に反逆されて、トドメを刺されるなんて……ホント、堕ちた女帝に相応しい最期ね……」


「オリガさぁんっ!!」


 日向の悲痛な叫びが響く。

 だがもう、日向も北園も間に合わない。


「ギジャアアアアあああアあア”あ”あああアッ!!!」


 ギロチンと呼ぶにはあまりに巨大すぎるコールドサイスの大鎌が、オリガ目掛けて振り下ろされる。そして、赤い血飛沫が飛び散った。



「………………え?」



 しかし、オリガが覚悟していた痛みは、いつまで経ってもやって来なかった。


 その代わり、一つの黒い人影が、オリガの前に立っている。

 黒いインナーに、隆起に富んだたくましい身体。

 女性かと思うほどの銀のロングヘアー。


 その人物を、オリガは知っている。

 彼女が生まれて初めて好きになった男性。見間違うはずがない。


「ズィー……ク……?」


 恐る恐る、オリガが呼びかけてみる。

 目の前の、自分の弟に。

 考えてみれば、彼が弟だと知ってから、実際に会うのは初めてだ。


「…………。」


 ズィークフリドは、顔だけゆっくりとオリガに振り向いた。

 しかし、その身体は血に濡れている。

 コールドサイスの大鎌から、オリガを庇ったのだ。


 彼は、日影たちと戦い、敗北した後も意識を保っていた。

 日影たちを見送った後、オリガの力になるべく、ここまで駆け付けてきたのだろう。


「……、……。」


 姉さん。

 ズィークフリドの口が、確かにそう動いた。

 言葉にはならなかったが、それでも間違いなく。


「…………――――。」


 そしてズィークフリドは、オリガの目の前で、バタリと倒れてしまった。役目を果たし終えたロボットのように。


「……ズィーク? ね、ねぇ、起きてよズィーク!?」


 オリガは身体を引きずって、ズィークフリドに近寄る。

 ズィークフリドの身体には、あまりにも巨大な切り傷が。

 そこから大量の血が流れ出て止まらない。

 床にズィークフリドの血がどんどん広がっていっている。


「い、嫌ぁぁぁ!? ズィーク、目を開けてよ! お願いだからぁ!!」


 今まで気丈な態度を崩さなかったオリガが、今は必死にズィークフリドに呼びかけている。彼に先立たれてほしくない、と泣き叫んでいる。だが、ズィークフリドはピクリとも動かない。目を閉じたまま、ぐったりと倒れている。


「ギジャアアアアあアあああアア”アア……ッ!!」


 そして、オリガの悲痛な叫びも、ズィークフリドの決死の救援も踏みにじるかのように、コールドサイスが再び大鎌を振り上げる。仕留め損ねたオリガを、今度こそ確実に始末するためだ。


「だ、駄目っ……!」


 オリガが、倒れているズィークフリドに覆いかぶさる。

 コールドサイスの大鎌から、今度は自分が彼を庇おうというのだろう。

 だが、そんなことをしたところで、二人まとめて斬り潰されるのがオチだ。


「ギジャアアアああ”アアアッ!!!」


 そしてコールドサイスが大鎌を振り下ろす。

 その瞬間。


「”紅炎奔流ヒートウェイブ”ッ!!」

「ギギャアアあああ”アアあ”アアアッ!?」


 巨大な炎の奔流が、オリガたちの頭上を駆け抜けて、その先のコールドサイスのどてっ腹に命中した。大爆炎が巻き起こされて、コールドサイスの身体が倒れる。


「オリガさん! ズィークさん! 大丈夫ですか!?」


 アイスリッパーの群れを振りきって、ようやく日向が駆けつけてきた。その後ろから北園もやって来ている。


「北園さん! オリガさんに治癒能力ヒーリングを!」


「私はいいから、ズィークを治して! このままじゃ彼が死んじゃう!」


「は、はい! りょーかいです!」


 オリガに促されて、北園はズィークフリドの治療を試みる。だがズィークフリドの傷は非常に深く、完治には時間がかかりそうだ。そもそも、先ほどコールドサイスに斬られた傷だけでなく、日影たちとの戦いで受けたダメージもロクに回復していない。そんな状態で、ここまで駆け付けてきたのだ。


「ギジャアアアあああ”あ”アアアあア”……ッ!!」


 日向の紅炎奔流ヒートウェイブを受けたコールドサイスが、再び起き上がってきた。左の複眼は、真っ直ぐ日向を射抜いている。


「マジか……! 今まではどんなマモノであろうと、直撃させたら一撃で仕留めてきたのに、耐えやがったのかよあの化け物……!」


「ど、どうするの日向くん!? ズィークさんの治療は、まだ時間がかかるよ!?」


 北園の声を受けて、日向は考えを巡らす。

 そして、一つの答えを出した。


「…………北園さん。それとオリガさん。ズィークさんを連れて逃げてください」


「え? それじゃあ、日向くんは……」


「うん。……コールドサイスは、俺が止める」


「だ、駄目だよ! 危ないよ! 私も一緒に戦うよ! 日向くん、もう”再生の炎”が限界なんでしょ!? それに、”紅炎奔流ヒートウェイブ”だって撃ったばっかりだし……!」


「けど、オリガさんとズィークさんだけを逃がしても、ズィークさんの怪我を治療できる北園さんがいないと、どの道ズィークさんは失血死してしまう。かといって、北園さん一人じゃズィークさんを運べない」


「それは……でも……!」


「それに何より、コールドサイスは俺を狙ってきている。俺が一緒に逃げたら、迷惑になる」


 そう言うと日向は、今度はオリガに声をかける。

 日向たちが駆けつけたことで、オリガは元の落ち着きを取り戻しているようだ。


「オリガさん、最後になんとか、ズィークさんを運べませんか?」


「……この満身創痍で、身長130センチほどの女に、185センチ165キロのイケメンを担いで行けって言うの? 大した根性してるわよ、アナタ」


「す、すみません……」


「……良いわよ、やってやろうじゃないの。どうせ、この中でマトモにズィークを運ぶことができるのは、私だけでしょうからね。それに、彼が来てくれたおかげで、怪我の痛みなんかとっくに忘れてたわ」


 するとオリガは、すっくと立ちあがり、ズィークフリドに手を伸ばす。

 彼女の柔らかそうな全身の筋肉が、一瞬にして硬化した。

 筋肉のリミッターを解除した合図だ。


「は……あぁぁぁぁぁッ!!!」


 ズィークフリドの上半身が右肩に、下半身が左肩に来るように、オリガがズィークフリドを持ち上げた。身長132センチの少女が、身長185センチ体重165キロの偉丈夫を担ぎ上げている。オリガだからこそできる芸当だ。


「……改めて思うけど、俺、どうやってこの超人に勝ったんだっけ……」


「日向くん、これっ!」


「……っと!?」


 北園が日向に向かって、何かを放り投げてきた。日向がそれをキャッチして見てみれば、どうやら対マモノ用アサルトライフルのようだ。向こうの方に落ちていたのを北園が見つけて、物体操作で引き寄せて、日向に飛ばしてきたらしい。


「日向くんの『太陽の牙』は、今は力を失ってるんだよね!? だったらせめて、それを使って!」


「北園さん……ありがとう」


「ズィークさんの安全が確保出来たら、私も助けに戻るから! 日向くんなら大丈夫だろうけど……死んじゃったらイヤだからね!?」


「……分かってるよ。絶対負けないから」


「……うん!」


 日向の言葉を受けると、北園とオリガは、ズィークフリドを運びながらその場を去っていった。二人の背中を見送った日向は、ゆっくりとコールドサイスに向き直る。


「ギジャアアアああ”アア”アアあアああ……ッ!!!」


「さぁ……来いよコールドサイス! もういい加減、決着を付けようぜ!」


 巨大な異形に向かって、たった一人の小さな人間が挑む。

 背筋が凍るような咆哮と共に、猛吹雪が吹きつけてくる。



 日向とコールドサイス。

 両者の勝負は、これで七度目になる。

 この七度目が、間違いなく最終決戦となるだろう。

 そしてこの戦いが、このホログラート基地奪還作戦の、正真正銘の最後の戦いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ズィーーーーーク!!!(T_T) あ、そんな……やっぱり弟だね。お姉さんのオリガさんを守る為に……ううっ。満身創痍の中でも、意識を失わないとか凄すぎる。 お姉ちゃんが好きなズィーク。しか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ