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第421話 彼女の運命

「ま……間に合った……」


 ミサイル発射の緊急停止スイッチを押した日向は、溢れ出る安堵によって、そのまま崩れ落ちるようにその場に座り込んでしまった。


 テロ組織『赤い稲妻』の計画であるホログラート基地のミサイル発射計画は、無事に阻止された。日向がギリギリのところでミサイル発射緊急停止ボタンを押し、ミサイルを止めたのだ。


 メインコンピューターにもたれかかりながら、ぼんやりと足元を眺める日向。そこに何かあるというワケではなく、もう疲れたから目に力を入れたくない、適当に視線を外したい、といったところである。


 だが、その日向の視線の先に、気になるものが一つ映った。

 近くの床のコンクリートが、軽くひび割れているのだ。


「あれは……俺が”再生の炎”の高速回復を使った時、足を踏み込んだ場所だよな……?」


 つまり日向は、メインコンピューターの元に駆け寄る際の最後の一歩を踏みしめた時、コンクリートの床をも踏み割る勢いでダッシュした、ということになるが……。


「オリガさんじゃないけど……火事場の馬鹿力ってやつなんだろうか……? 必死過ぎるあまり、筋肉のリミッターが外れたとか……。俺はそんな感覚、全く無かったけど……」


「日向くーん!!」


「どわっぷ!? 北園さん!?」


 思考に没頭していた日向に向かって、北園が飛び込んできた。日向の身体に潜り込むような勢いで、彼に抱き着いてくる。


「おつかれさま! ミサイルを止めてくれてありがとう! 格好良かったよ!」


「う、うん、あの、ありがとう、だから、というか、えっと」


 何の遠慮も無しにハグをしてくる北園に、日向はどうすれば良いのか、面白いくらいに戸惑っている。北園を抱き返せば良いのか、しかし自分が北園を抱きしめるなど失礼ではなかろうか、そんな思いが頭の中で混雑し、北園を抱きしめるあと一歩のところで腕が震えて止まっている。


 だがその時、日向たちに向かって近づいて来る気配を感じた。

 気配の主は、たった今、日向によって野望を打ち砕かれたオリガである。


「…………なんでよ」


 ポツリと呟くオリガ。

 日向たちに向かって近づいて来るその足取りは、幽鬼のように力無い。

 しかし、日向も北園も気持ちを切り替え、近づいて来るオリガに向き直る。


「なんでよ……なんでよ何でよなんでよぉぉっ!? なんで私が負けるのよぉっ!? アンタたちなんかより、私の方が絶対に強いはずなのにっ!! 負けるはずなんかないのにぃぃぃっ!!」


 激情のままに、二人に向かって声をぶちまけるオリガ。

 それを、日向も北園も、黙って正面から聞いている。

 そして日向が、逆にオリガに声をかけた。


「オリガさん……どうしてそう思うんですか? どうして俺たちよりも、自分の方が強いなんて……」


「だってそうでしょ!? 私は人生の大半を、厳しい訓練に費やされてきたのよ!? あなたたちが表の世界でぬくぬくと生きている間だって、休むことさえ許されずに!!」


「確かにオリガさんの戦闘能力は、俺たちを凌駕していました。けど、その力の差と、オリガさんのプロ意識があったからこそ、俺たちはオリガさんの油断を突くことができた」


「それを計算に入れたとしてもっ! 私が勝つはずだった! 強者としての余裕を持って、あなたたちに勝利するはずだった!!」


「……けど、現実はこの通り。俺たちはミサイルを止めて、あなたは敗北した」


「認めないっ!! こんなの嘘よ、絶対に認めないっ!!」


 まるで駄々をこねる子供のように、オリガは不平不満をまき散らす。

 そしてとうとう、その金色の瞳から涙までこぼれ始めた。


「だって私はっ! ずっとずっと辛い訓練を受けてきた! みんなが楽しく生きている間もずっと! ずっと!! それなのに、アンタたちみたいな一般人に負けて、私の人生はいったい何だったのよっ!?」


「オリガさん……」


「私は誰よりも頑張ってきた!! 誰にも負けない力をつけた!!

 そんな私が、アンタたちなんかに負けるはずないっ!!

 だって私は! 私は……っ!

 …………ロシア最強のエージェントなのよ……」


 そう言い切ると、オリガはぐったりと項垂れてしまった。

 その様は、泣き疲れてしまった子供のようにも見える。

 彼女の少女さながらの見た目が、余計にそう感じさせてくる。


 そんなオリガに、日向は再び声をかけた。


「……皮肉なもんですね。オリガさんが人生をかけて憎んでいた『無敵兵士計画』、それが今のオリガさんの強さの元となり、その強さがあなたの誇りとなり、その誇りがあなたの芯になっていたんだ」


「そう……ね。その通りだわ……。私は『無敵兵士計画』によって、ここまで強くなった。あの忌々しい計画によって手に入れた力を、何度も誇ってきた……。馬鹿な女ね、私って……」


 弱々しく呟くオリガ。

 自分の愚かさにほとほとまいってしまったかのような、そんな様子である。


 そんな彼女に、日向は言葉を続けた。


「……でも、それでも良かったんじゃないですかね」


「良かった、ですって……?」


「ええ。だって俺、今のオリガさんも好きですもん。プライドが高くて、加虐趣味で、ちょっとどこか子供っぽくて、けれど確かな実力がある、小さいけど頼れる大人なオリガさん。『無敵兵士計画』のおかげで今のあなたがあるって言うのなら、その計画も無駄じゃなかったのかも、なんて」


 その日向のセリフを聞いたオリガは、ジト目で日向を睨んでいる。


「何よそれ。口説いてるの? このロリコン」


「は!? い、いや、別にそんなつもりは……」


「日向くんのうわきものー」


「待って北園さん誤解だから! あと俺たち別に付き合ってないよね!?」


 同じくジト目で睨みつけてくる北園を、日向は慌てふためきながらなだめる。そんな二人の様子を、オリガは床に座り込みながら眺め、そして鼻で笑った。


「まったく。ふざけた話を聞かされて、すっかり熱が冷めちゃったわよ。

 はぁ…………でもまぁ、あなたの言うとおりかもね」


 どこか気の抜けたような声で、オリガはそう呟いた。

 そして、背中からだらりと床に寝転がった。

 大きくて広い床の上に、少女のような女性が大の字で寝ている。


「私を政府に引き渡さなかったら、大佐は私を連れて国から逃亡せざるを得なかった。そうしたら、ズィークは生まれてこなかったかもしれない。彼がいない世界なんて、こっちから願い下げよ。彼がこの世に生まれるためにも、私は犠牲になる必要があったんでしょうね。それが、私に課せられた運命だった……」


 言いながら、呆れたように微笑むオリガ。

 相手を皮肉っているようにも見えるその表情は、いつものオリガの表情だ。


「まったく……初めて愛したヒトは弟だったって判明しちゃうし、無関係の人たちを大勢巻き込んで、結局計画は失敗するし、戦闘経験一年も無い若者たちにはコテンパンにされちゃうし、そのあなたたちの前でこんな無様な姿を晒しちゃうし……こんなことになるのなら、復讐なんて考えるんじゃなかったわ」


 そしてオリガは上体を起こし、その場に座り込む。

 そして、正面の日向と北園を真っ直ぐ見ながら、口を開いた。


「私は投降する。どうか寛大な処置を求めるわ。

 …………あなたの勝ちよ、日下部日向」


「オリガさん……」


 オリガは、ようやく己の負けを認めた。

 彼女の復讐は、ここで終わったのだ。




 だがその時。

 パン、という短い音が鳴り響いた。


「あ……ぐ……?」


 そしてオリガが、ぐったりとその場に倒れてしまった。

 どうやらオリガは、何者かに撃たれたようだ。

 床に彼女の血が広がっていき、みるみるうちに顔色が悪くなっていっている。


「お、オリガさん……!?」


「オリガさんっ!? しっかりして!」


 急いで日向と北園がオリガに駆け寄ろうとする。

 だがその二人を制止するように、二人の足元に火花が上がる。

 誰かが銃を発砲して、二人を足止めしてきた。


「ひゃっ!?」

「く……!?」


 二人も思わず足を止めてしまう。

 見れば、オリガの背後から、一人の男が近づいてきている。

 彼の手には拳銃が握られている。どうやら彼がオリガを撃った犯人らしい。


 日向と北園は、この男の顔に見覚えがあった。

 今回対峙したテロ組織、『赤い稲妻』のリーダーの男だ。

 怒り心頭といった様子で、オリガに歩み寄ってくる。


「ふざんけんじゃねぇぞ、オリガぁ……!! テメェからこの計画に誘っておいて、自分は満足したから降参します、だぁ!? 勝手なこと言ってんじゃねぇぞぉ!!」


 するとリーダーの男は、オリガの脇腹を思いっきり踏みつけた。

 銃で撃たれて負傷している彼女を相手に、一切の容赦なく。


「うぐっ!? げ、げほっ!? ごほ……!」


「お、オリガさん! ……おいアンタ! もう止め……」


「うるせぇ!!」


 日向に声をかけられたリーダーは、逆上していきなり拳銃を発砲してきた。


「ぐぁ!?」


「ひ、日向くんっ!?」


 腹部を撃たれて、日向は倒れてしまう。

 ”再生の炎”が日向を焼くが、その傷の治りはあまりに遅い。


「うぐ……マズい……。もう”再生の炎”が限界か……! まぶたまで重くなってきた……!」


「私に任せて! 超能力で、あの男の人を攻撃するから!」


「だ、駄目だ北園さん……! 今のアイツは、ひどく気が立っている。北園さんが少しでも怪しい動きを見せれば、即座に銃を撃ってくるはずだ。北園さんの超能力は、少しだけ『溜め』がいる。それよりも、アイツが銃を撃つ方が早い……危険だ……!」


「じ、じゃあどうすればいいの!? あのままじゃオリガさん、死んじゃうよ!」


 北園の言うとおり、こうしている間にも、リーダーはオリガを執拗に踏みつけまくって、彼女を痛めつけている。銃で撃たれて負傷し、満足に身体を動かせないオリガは、身体を縮こめて耐えるしかない。


「は……ぐ……ごほっ、ごほっ!」


「もう俺たちはお終いだよ! 『赤い稲妻』はお終いだぁ! テメェのせいでなぁ! テメェがあの時、俺たちをこんな計画に誘わなけりゃ、こんなことにはならなかったのによぉ! 俺たちを破滅させたテメェだけは、俺の手で殺してやるぜぇ!!」


「あぐっ!? はっ……はぁ……っ!」


「……へへ。けどよ、俺も鬼じゃねぇ。なんつったか……アレ……そう、土下座だ。土下座して、俺の靴を舐めりゃ、命だけは助けてやるよ? ほら、さっさとやれよ!」


「い、痛い……!」


 リーダーは、オリガのふわふわのロングヘアーを鷲掴みにして、彼女を無理やり床に座らせる。そして下卑た笑みを浮かべながら、思いっきり彼女を見下す。


「ホレ、言ってみろよ、高慢チキ女王様? 『私が悪かったです、どうか許してください』ってなぁ!」


 謝罪を要求してくるリーダー。

 これに対してオリガは、リーダーのすねを思いっきり殴りつけた。


「ふんっ!!」


「あッ、い、いっがぁぁぁぁあぁ!?」


 殴られた脛を押さえながら、床を転がり回るリーダー。

 それを見てオリガは、とても楽しそうに笑う。


「ふふ……あっははははははは! 自分の方が強者だと思い込んでいるヤツの泣きっ面を見るのって、本当に胸がスカッとするわね! そういうのが見たくて、心底イヤだった訓練もしっかり受けて力を身に付けてきたのよね私って! 今思い出したわ!」


「て……テメェェ……!!」


 やはり、オリガはオリガだった。

 並大抵の男では、彼女を屈服させることなどできない。


「私がアンタに謝罪なんて、バッカじゃないの? どうせ私が巻き込まなくったって、アンタはいずれ破滅してたわよ、このド無能」


「黙れぇぇぇッ!!!」


「あぐっ……ぁ……」


 激怒したリーダーは、オリガの頭部を拳銃のグリップで殴りつけ、オリガは倒れてしまった。そのオリガの襟首を掴んで、リーダーはオリガを連れ去ろうとする。


「ま、待って! オリガさんをどうするつもり!?」


「動くんじゃねぇ!!」


「きゃっ……!?」


 北園がリーダーを止めようとするが、リーダーはいきなり北園に向かって発砲。弾丸は北園には当たらなかったものの、突然の攻撃に北園は怯んでしまう。


「へへ、良いこと考えたんだよ……。オリガさんよぉ、テメェはロシアの重要人物なんだろぉ? そのお前を人質に取りながら、ここから脱出してやる……! ロシア軍を退かせて、俺だけでも逃げ切ってやる! テメェを始末するのはその後だ! 我ながら天才的なアイディアだぜ! ひゃーはっはっはぁーッ!!」


 リーダーはもはや、半ば錯乱している状態だ。目が普通ではない。

 オリガを引きずりながら、この管制室の右端の非常口を目指して走る。


 だがその時だ。

 ズン、と大きな音が聞こえた。


「は? な、なんだ、今の音……?」


「今の音……何の音だ……?」


「な、何か大きなものが、この建物にぶつかったような音だったよ?」


 リーダーも、日向も、北園も、揃って動きを止めて、今の音の出どころを探し始める。これまでの人生においても聞いたことがないような、異様な音だった。


 ズシン、と再びさっきの音が鳴り響いた。

 ……いや、さっきの音より、一段と大きな音だった。

 その音は、リーダーが向かっていた非常口のあたりから聞こえたような気がした。


「な、なんだ? あの先に、何かいるのか……!?」


 そのリーダーの目の前で、ズガン、と壁が破壊された。

 それも、床から天井付近まで、あまりにも大規模に。

 爆弾が爆発したって、ここまで大きく破壊されることはないはずだ。

 破壊された壁から、外の吹雪が激しく吹き込んでくる。


 その壁の先から、蒼く細長い岩塊のようなものが伸びてきた。

 それは、氷で作られた刃を持つ大鎌だ。

 日向は、その鎌を持つマモノに覚えがある。

 ……だが、そのサイズが、あまりにも巨大すぎる。


 破壊された壁をさらに破壊して、異形の怪物が侵入してきた。

 まず何よりも目に付くのは、その大きさだ。

 あまりにも大きい。ビルで言えば、五階分くらいの高さはあるのではなかろうか。


 恐らくこのマモノは、元はカマキリ型のマモノだったはずだ。しかしその胴体はムカデのように細長く、左右の節足のようなものがワキワキと動いている。そのグロテスクな胴体が、上半身と下半身を繋いでいる形だ。


 下半身は醜く肥大化しており、正面の腹部には口がある。円状に牙が生え並び、例えるならワームの口のような。そして、その口からアイスリッパーを次々と吐き出している。


 上半身は、一見すると普通のカマキリの身体にも見える。だが、腕の数が異常だ。左右に新しい腕が一本ずつ生えて、氷の鎌は左右合わせて四本となっている。背中の甲殻は開かれており、薄羽を展開して羽ばたかせている。


 そして、このカマキリの異形は、右の複眼が潰れている。

 残った左の複眼で、小さな日向を睨みつけている。

 その眼には、並々ならぬ殺意が込められている。


 氷の鎌を持つ、カマキリ型のマモノ。

 日向に強烈な殺意を抱く。

 右の複眼が斬り潰されている。

 これらの要素に合致するマモノなど、心当たりは一つしかない。


「ま……まさかこいつ……コールドサイス……!?」


「ギジャアあアア”アああ”あアアあア”アッ!!!」


 聞くに堪えない、おぞましい絶叫が響き渡る。



 日向の推測通り、このマモノはコールドサイス。

 二体の『星の牙』の力を奪い取り、力に溺れた、成れの果てだ。

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