第417話 怒りの弾丸
北園とオリガが戦っている間、日向はヘルホーネットの群れとクイーンに追い回されていた。
「ブゥゥゥゥン……!」
「ギギギィーッ!!」
「ぬぁぁしつこい!」
日向が迫り来るヘルホーネットの群れに向かって、燃え盛る『太陽の牙』を一振り。群れの第一陣をとりあえず追い払ったものの、すぐに第二陣、第三陣がやってくる。
「うわわわわ……」
再びヘルホーネットたちから逃走する日向。
管制室内のあちこちを渡り歩くように逃げ回る。
「くそ、さっきオリガさんが北園さんに襲い掛かってるのが見えたぞ。早く北園さんを助けないと。こんなハチども、相手にしてる暇なんかないのに……!」
だが、ヘルホーネットは猛毒バチだ。一度刺されるだけでも高濃度のM-ポイズンが標的の体内に打ち込まれ、敵の身体を内側からグズグズに崩壊させてしまう。そんな強力な毒を持ったハチが、無数の群れとなって襲い掛かってくるのだ。僅かな油断が即刻、死につながる。
仮に、日向を追ってくるのがヘルホーネットだけならば、”紅炎奔流”を撃ってある程度の数を一掃することも不可能ではないが、『星の牙』であるクイーンまでもが日向を追いかけてきている。
ヘルホーネットに”紅炎奔流”を放てば、クイーンを倒すための特効がしばらく失われるし、ならばとクイーンを優先させても、今度はその隙にヘルホーネットに集られることになるだろう。
「一番良いのは、クイーンもヘルホーネットも一緒に”紅炎奔流”に巻き込んでしまうことだけど、これはちょっと難易度が高いな……。”紅炎一薙”だって、下手に屋内で撃つのは危ないだろうし……」
しかし日向も、ただ無計画に逃げ回っているワケではない。ちゃんとヘルホーネットに対抗するための手段に目星をつけている。現在ひたすら逃げ回っているのは、その『対抗手段』を探しているためだ。
「…………あった!」
そして日向は、この管制室の一角に落ちていた、一丁の銃を拾った。
ポンプアクション式の、シンプルなショットガンだ。
「頼むから、弾切れってパターンはナシだぞ……!」
呟きながら、日向はショットガンを拾い、すぐさま背後のヘルホーネットたちに向かって発砲。
「ブブブブ……」
ヘルホーネットの群れに、大穴が開いた。
生き残ったヘルホーネットたちは、先ほどより小さな群れを再結成する。
「逃がすか!」
その小さな群れに向かって、日向はもう一度ショットガンを発砲。
今度は群れ全体が撃ち抜かれ、このヘルホーネットの群れは全滅した。
日向が探していた『ヘルホーネットへの対抗手段』とは、まさにこのショットガンのことだ。
ハンドガンなどの銃火器は、基本的に『点の攻撃』だが、ショットガンが射出する散弾は『面の制圧』だ。散弾ならば、極小の個の集まりである群体のマモノだろうと、一度に多数を葬ることができる。
この管制室は、ホログラート基地が襲撃された当初に、マモノとの戦いの場にもなっていたようで、あちこちに銃器が散乱している。ならばショットガンも落ちているのではないか、と日向は予想していた。
「おりゃああああっ!!」
ショットガンに込められている弾丸がゼロになるまで、日向はヘルホーネットの群れに散弾を浴びせ続ける。
ヘルホーネットたちは、全滅こそしなかったものの、大多数は討伐された。生き残った個体たちも旗色の悪さを感じ取って、日向から距離を取った。
「ギギギーッ!!」
クイーンだけは、構わず日向に襲い掛かってくる。
だが、子分のヘルホーネットたちは連れておらず、単独で。
これなら横やりを気にする必要が無い。日向としても、望むところだ。
「太陽の牙……”点火”ッ!!」
日向の掛け声と共に、彼が持つ剣が灼熱の炎を纏う。
その間にも、クイーンが大顎を開いて日向に噛みつきにかかってくる。
一方の日向も、イグニッション状態の剣を構え、クイーンを迎え撃つ。
「ギギギーッ!!」
「おりゃあああああっ!!」
クイーンと日向が同時に攻撃を仕掛ける。
両者の身体が交差し、すれ違う。
「……ギギャアアアアアアアッ!?」
クイーンが悲鳴を上げた。
攻撃を受けたのは、クイーンの方だ。
クイーンの胴体に、緋色の大きな切り傷ができた。
「今だ! ”紅炎奔流”ッ!!」
クイーンの隙を逃さず、日向はクイーンに向かって剣を縦に振り下ろす。あらゆる物を飲み込み焼却する燼滅の炎がクイーンに迫る。
「ギ……ギギィ!!」
「あ、避けられた!?」
クイーンは、力を振り絞って飛び上がり、この炎を回避した。
日向の”紅炎奔流”はそのままクイーンの下を通過。管制室の端の壁に直撃し、大爆炎を巻き起こした。
炎が直撃した壁は、衝撃と高熱により溶解し、崩落。
その壁にできた大穴から、クイーンは逃げ去ってしまった。
ふらふらと、おぼつかない飛び方で。
「しまった、逃げられた……!」
とりあえずクイーンは撃退したものの、これではヘルホーネットの命令系統を崩すことができない。ヘルホーネットたちは引き続き、オリガたちテロリスト陣営に力を貸すだろう。
「……けど、とりあえずこれでクイーンから横やりを入れられる心配は無くなったし、ヘルホーネットも今はいない。オリガさんとの戦いに集中できるぞ。それで、オリガさんと北園さんはどこに……」
そして日向が周囲を見回すと、すぐにオリガの姿を見つけた。
「あ……あれは……!」
日向の顔色が青くなる。
オリガは、倒れている北園にハンドガンの銃口を向けて、今まさにトドメを刺そうとしているところだった。
「……うおぉぉぉっ!!」
日向は、激情のままに声を上げる。
そして、懐からハンドガンを取り出し、オリガ目掛けて発砲した。
オリガもまた、日向に狙われていることにいち早く気づいた。
「くっ!?」
射線の先のオリガが怯む。
日向が放った銃弾は、オリガの腕に数発かすった。
オリガもまた、日向に向かって撃ち返しながら、北園の元を離れていく。そしてそのまま隠れてしまった。
なんとかオリガを撃退した日向は、急いで北園の元に駆け寄る。
「北園さん!? 大丈夫!? その腕は……まさか折られたのか!?」
「ひ……日向くん……ごめん、負けちゃった……」
「と、とにかく、ここじゃ危険だ! オリガさんに狙われる可能性がある! どこか遮蔽物に隠れないと! ゴメン北園さん、ちょっと抱えるよ!」
「ひゃっ……」
日向は、両腕で北園の背と膝裏を支えて、そのまま彼女を抱え上げた。そして猛ダッシュでその場を離れて、大きな機器の裏側へと隠れた。
とりあえず安全な場所に移動した日向は、北園を床に降ろした。
北園は、何やら緊張したような面持ちで硬直している。
彼女の頬は、心なしか赤らんで見える。
「ここならとりあえず安全かな……。いきなりゴメン、北園さん。大丈夫だった?」
「あ、う、うん。だいじょうぶ。ちょっとビックリしただけ」
「なら良かった。とりあえず、早く治癒能力を。オリガさんは俺に任せて、北園さんは隠れていて」
「うん……でも、私はまだ戦えるよ、日向くん。ちょっと回復に時間がかかるかもだけど、これくらいならしっかり完治できるから……」
「……俺としては、北園さんがこんなにボロボロにされて、これ以上危険な目には合ってほしくないんだけど……」
「日向くん……」
「……でも、北園さんは聞かないんだろうなぁ……。一度言い出したら、達成するまで行動するタイプなんだもん。もう学習してきた」
「……ふふ、そうだね。日向くんが止めても、私は止まらないよー」
「仕方ない。じゃあ回復が完了したら、よろしく頼むよ。けど、ゆっくりしてて良いからね! 無理はしないように!」
「りょーかい!」
北園に声をかけ終えた日向は、そのまま物陰から飛び出し、オリガとの戦闘に戻っていった。
一方、この場に残された北園は、日向が去ると、また先ほどの緊張した面持ちに戻った。
「……お姫様抱っこ、されちゃった……。最初の頃の日向くんなら絶対にできなかったと思うけど、さっきはあんなに軽々と……。日向くん、どんどん強くなっていっちゃうなぁ……」
そして日向は、先ほど北園を救出した場所に戻ると、そこでオリガを見つけた。こちらに向かって敵意の眼差しを向ける彼女に対して、日向もハンドガンを構える。
「やってくれたじゃないの、日下部日向。さっきの弾丸、私が避けなかったら急所直撃コースだったわよ」
「オリガさんなら避けると思いまして、容赦なく狙わせてもらいました。手加減した狙いじゃ、かすりもしないと判断したので」
「その容赦の無さ、私は好きよ。虫も殺さぬような顔をして、やる時はしっかりとやるのよね、あなた。そこがまたお気に入りなんだけど」
「へぇ、そうですか」
オリガは日向に柔らかな物腰で語り掛けるが、一方の日向は、完全に眼が据わっている。オリガに対して敵愾心を隠そうともしない。
「ふふ、もしかして怒ってる? 大事な北園を傷付けられて、怒り心頭なのかしら?」
「ええ、ハッキリ言うとそうですよ。仲間をあんなふうにされて、怒らない奴なんていないでしょう? それに、あなたは普段から北園さんに冷たく当たっていた。いい加減、そこのところにもガツンと言ってやりたかったんです」
そう言って日向は、真っ直ぐとオリガにハンドガンの銃口を向けた。
オリガもまた、冷ややかな視線で日向を見据える。
「やっつけてやるから覚悟してくださいよ、オリガさん。ヤクーツクの時といい、ノルウェーの時といい……北園さんを傷付けられて怒っているのは、日影だけじゃないんですからね……!」
「……ふん、上等よ。二度と復活できなくなるまで殺してやるわ……!」
そう言って、オリガもまた、日向に向かってハンドガンを構えた。
相手は、高度な訓練を受けたエージェント、
射撃の腕も、当然プロだ。
それに対して、日向の射撃はどこまで通用するのか。
◆ ◆ ◆
一方その頃。
日向から斬りつけられたヘルホーネット・クイーンは、管制室を脱出した後、ホログラート基地の屋上で羽根を休めていた。『危なくなったら即撤退するように』とオリガから命令を受けていたためだ。
……だが、そんなクイーンの背後に忍び寄る、不気味な影が一つ。
「ギギッ!?」
クイーンがその気配を察知し、振り向くが、もう遅い。
蒼い巨大な鎌がクイーンの首筋に食い込み、頭を斬り落としてしまった。
クイーンを仕留めた異形は、その血肉を貪り始めた。
甲殻を噛み砕き、その先のはらわたにかぶりつく。
ドロドロの体液を、頭から浴びるように飲み干していく。
異形は、よほど空腹だったのだろう。
まるで飢えた犬のように、クイーンの腹に頭を突っ込み、喰らっていた。