第416話 嫌う理由
引き続き、ホログラート基地のミサイル管制室。
日向はヘルホーネットの群れに追われ、北園はオリガと戦っている。
北園はオリガに体勢を崩され、床に倒れた。
その北園にマウントを取ろうと、オリガが北園を抑え込み、彼女の身体の上に馬乗りになろうとする。
「さ、させない……!」
「く……!」
しかし北園は、必死に抵抗する。
オリガより少し大きな身体を活かして、彼女のパワーに対抗する。
「この……大人しくしなさい!」
「あうっ!?」
オリガが北園のみぞおちに、拳をハンマーのように振り下ろした。
オリガは小柄だが、その見た目にそぐわない凶悪なパワーを持つ。
そして北園は、身体の筋肉は大して鍛えられていない。
よって、オリガの拳は、ひどく響いた。
北園が大きく怯んだ隙に、オリガは一気に北園の上に乗った。柔術を得意とする彼女は、こういったグラウンドでのやり合いは得意中の得意だ。隙の一つでもあれば、北園を押さえつけることくらい容易い。
「はい、これで封じ込めてやったわ。どうしてくれようかしら?」
「発火能力っ!」
「っ!?」
オリガに馬乗りになられた北園だったが、その状態でオリガに向かって、右手から火炎を発射した。
火炎は、しかしオリガには当たらなかった。オリガもまた素早く北園の攻撃に反応し、身を屈めて炎を回避したのだ。
顔を上げたオリガの表情は、怒りに満ちていた。
屈服させたと思った相手が、自分を仕留めにかかってきた。
女王気質な彼女にとって、これは何よりも屈辱だった。
「……舐めてくれるわね。じゃあ、まずは耳よ」
そう言ってオリガは、ハンドガンを取り出し、北園の右耳に向けた。
しかし北園は素早く、銃を握るオリガの手首を取り……。
「電撃能力っ!」
「あぐっ!?」
オリガの手首を握る両手から、電撃を発生させた。
突然の痛みに、オリガは思わず銃を取り落としてしまう。
「アンタ……やってくれたわね……!」
オリガの怒りの炎が、さらに激しく燃え上がる。
彼女の金色の瞳が、妖しく光りながら北園を射抜く。
「め、目を合わせたら操られちゃう……!」
北園は瞳を閉じて、オリガの視線をシャットアウト。
視界が塞がれた北園の顔に、オリガは拳を叩きつけた。
「あぁぁぁッ!!」
「痛っ!?」
オリガに拳を叩きつけられた北園は、すぐさま両腕でガードを固める。
だが、オリガはお構いなしだ。北園のガードの上から拳を叩きつけ、時には払い除けようとし、北園に拳を雨を浴びせ続ける。
「うう……痛い……!」
目を開いたら、オリガに操られる。
超能力で反撃しようにも、オリガの攻撃は激しい。ガードを解けない。
北園は、必死にオリガの拳を防ぐしかない。
か細い北園の両腕が、どんどん痣だらけになっていく。
時には顔面に拳が振り下ろされ、彼女の色白の頬が血の赤に濡れる。
「はぁ……ッ、はぁ……ッ!」
北園に攻撃を浴びせ続け、オリガの怒りは収まる……どころか、さらにヒートアップしているように見える。攻撃の激しさは増していくばかりだ。ガードを固める北園の、ガラ空きになった脇腹に、拳の第二関節を突き入れた。
「ふんっ!」
「うあぁ!?」
北園の顔が苦痛に歪む。
なおもオリガは、北園を殴る手を止めない。
そして、北園を殴りながら、オリガは唐突に話を始めた。
「最初から……あなたのことは気に入らなかったのよ……! 平和ボケしたあなただって、薄々気付いていたでしょう……!? 私はあなたに対して、特別冷たく当たっていたことに……!」
「そ、それは……あぐっ!?」
「ヤクーツクでユキオオカミを殺したのも、ノルウェーであなたに素っ気ない態度を取ったのも全部、あなたを傷付けるためよ……! あなたをスーツケースに閉じ込めたのだって、あなたが嫌いだから苦しめてやりたかったのよ……!」
「ど、どうして、そんなこと……!」
「分からないの……!? それがまた、ムカつくわ……っ!!」
「うぁ!? く、げほっ!? げほっ!」
北園の胸の中心に、オリガの特別強烈な一撃が叩き込まれた。肺にまでダメージが届き、北園は苦しそうに咳き込む。
そんな北園を、金色の瞳で冷たく見下しながら、オリガは話を続ける。
「だって当然でしょう? 私は、この精神支配という能力をもって生まれたがために、人生を狂わされた。けどあなたは……七つもの超能力を持っていながら! 表の世界でのうのうと生きてきた! なんで私はあんな目にあって! 私以上の超能力を持つあなたは! 普通の人生を歩んでいるのよっ!!」
「うあ……っ!?」
再びオリガが北園を殴りつけた。
強烈なパウンドを、一発一発、刻み込むように叩きつける。
「意味が分からないでしょ!? あなたが学校に行っている間も! 友達と仲良く遊んでいる間も! 両親と一緒にどこかにお出かけしている間も! 私はあの地下施設で訓練を強制されてきた! 同じ超能力者のクセに! この差はいったい何なのよっ!!」
「うぁ……くぅ……」
「……あなた、私と初めて会った時、こう言ったわよね。『超能力者同士、仲良くしましょう』って。まったく、笑えもしない馬鹿馬鹿しさだわ。同じ超能力者のクセに、私の苦悩も知らずに明るく接してくるあなたは、本当にうざったい存在だったわよ」
北園は、もう限界だ。
オリガの拳を防いでいた両腕はボロボロになって、床に投げ出されている。
真珠のようだった肌は、いまやすっかり血にまみれ、痣だらけだ。
そしてオリガは、それでもなお、容赦なく拳を振り上げる。
「私が味わった地獄を、あなたにも見せてあげる。あなたと友達になってあげるのはその後。お互いに、本当の地獄に堕ちた後よ。だから、あなたは楽には殺さない……!」
そしてオリガは。
振り上げたその拳を、北園の顔面目掛けて振り下ろした。
痛烈な欧打音が鳴り響いた。
硬い拳が、人の肉に叩きつけられた音。
しかし、オリガの拳は、北園の顔に届かなかった。
彼女の拳は、再び持ち上げられた北園の両腕でガードされていた。
「ちっ……まだくたばっていなかったのね……」
「…………私だって……」
「……っ!?」
その時、オリガは寒気を感じた。
北園が、今まで見たことがないような目つきで、オリガを睨んでいる。
恐らくは、日向やその仲間たちでさえ見たことがないような、このマモノ災害で初めて見せたであろう表情だ。
「私だって……何もなくただのうのうと生きてきたワケじゃないっ! この能力のせいで苦労したこと、たくさんあった! こんな能力なんかいらないって思ったことも、たくさんあった! この能力のせいで……私は……お父さんとお母さんは……!」
(こ、この子、こんな表情ができるの……?)
「オリガさんだって苦労したんだと思う! でも、私の事情も知らないで、言いたい放題言わないでよぉっ!!」
涙目になりながら、北園は右手の平をオリガに向けた。
その手の平の中心から、稲妻が発生している。
「電撃能力っ!!」
「くっ!?」
そして放たれた北園の電撃は、いつもの稲妻状のビームではなかった。
それはもはや、SF兵器で撃ち出されたかのような、巨大な電撃の光線だった。
光線は、上体を逸らしたオリガのすぐ側を通り過ぎ、天井に着弾して、爆発。天井を一部崩落させた。
一瞬、オリガは北園の電撃の威力に圧倒されていた。
しかし、すぐに我に返り、電撃を撃ち出すために伸ばされた北園の右腕を取る。そして、腕を取りながら北園の右側に向かって身体を倒す。十字固めだ。
「はっ!」
「あ……うぁぁぁぁっ!?」
ボギリ、と嫌な音が鳴り響いた。
北園の右腕の関節が破壊された。
「い……痛い……うぅ……ぁぁぁ……!」
痛みのあまり、オリガが目の前にいながら、北園は顔を伏せて悶絶。
それでも戦う意思は潰えていないらしく、無事な左手で治癒能力を行使。右腕の治療を試みようとする。
「させない!」
「あっ……!?」
オリガは、非情にも、破壊された北園の右肘を踏みつけた。
北園の身体が、表情が、一瞬時が止まったかのように硬直する。
「あ……あぁぁぁぁぁっ!?」
そして、これまでで最も大きく、そして悲痛な叫び声が響き渡った。
もはや北園は戦意を喪失し、震えながら痛みに耐えている。
オリガは、取り落とした自分のトカレフを拾い上げる。
そして、その銃口を北園に向けた。
「……どうあれ、良い環境で育てられたんでしょ、あなた。そうじゃないと、そんな良い子な性格には育たないものね。……まぁ、せめてものお詫びに、これ以上苦しまないように、これで終わらせてあげるわ……」
オリガは、ゆっくりと引き金に指をかける。
そして……。