第415話 VSオリガ
日向と北園。
オリガとヘルホーネット・クイーン、そして配下のヘルホーネットたち。
ロシアの命運を分ける決戦の幕が切って落とされた。
まずはオリガが日向たちにハンドガン・トカレフを発砲。
「バリアーっ!」
そのオリガの銃弾を、北園が防いだ。
日向と北園の二人は、バリアーを盾にしながら物陰へと移動。
移動しながら日向がオリガに向かって発砲し、攻撃の隙を与えない。
「ちっ……!」
オリガは舌打ちして、近くのコンピューター端末の陰に身を隠す。
日向の銃弾により、端末に深い弾痕が出来た。
ひとまずオリガたちから距離を取った日向と北園は、彼女らを迎え撃つのに適した場所を探しながら移動する。
「北園さん、俺からなるべく離れないで。ひと固まりになって動こう」
「りょーかい!」
日向が北園とひと固まりになって行動するのには当然、理由がある。一つは、戦力が分散して各個撃破されるのを避けるため。もう一つは……。
「ブゥゥゥゥン……!」
「北園さん、ヘルホーネットだ!」
「うん! 発火能力っ!」
北園の掛け声と共に、大爆炎が発射される。
その業火に炙られて、ヘルホーネットたちは一掃された。
これが、日向が北園と行動を共にする二つ目の理由。
群体のマモノであるヘルホーネットは、ダメージを与える手段が限られているからだ。
日向の攻撃手段は『太陽の牙』とハンドガン。これでは無数の個体からなるヘルホーネットの群れを倒すことはできない。しかし北園なら発火能力が使えるため、ヘルホーネットのような手合いにはめっぽう強い。
「むしろ、俺はヘルホーネットの群れに有効打を持たないから、一人になった途端にやられる可能性が高い……。紅炎奔流はクイーン用に取っておきたいし……」
「それより日向くん、どこに移動する!?」
「ええと、あそこの、コンテナがたくさん積まれている場所に!」
日向たちは、金属製のコンテナが多数安置されている場所に向かう。ここなら銃を持つオリガを相手にするための遮蔽物に事欠かないし、もしかしたら基地の人間が使っていた武器も落ちているかもしれない。
「よし、到着……」
「日向くん、伏せて! 後ろからヘルホーネット!」
「わ、分かった!」
日向が伏せると同時に、彼の頭上を炎の塊が通過。
背後から迫ってきていたヘルホーネットたちを焼き尽くした。
羽虫たちが火に炙られ、黒煙が立ち込める。
「やった! 仕留めた!」
「北園さん、すぐに伏せて!」
「え、あ、りょーかい!」
日向の声を受けて、すぐさま北園がしゃがむ。
その瞬間、ヘルホーネットが焼かれたことによって発生した黒煙の向こうから、銃弾が飛んできた。
銃弾は北園の頭の上を通過。あのまま北園が立っていたら、頭部を撃ち抜かれていたかもしれない。
「あ、危なかったぁ……!?」
「今のはオリガさんの銃撃だな。煙で射線を隠して攻撃してきた……」
煙が晴れるのを待つと、日向はコンテナの陰から顔を出して、オリガに向かって発砲。
オリガも管制室内の制御盤の裏に隠れて、日向の射撃をやり過ごす。
「出てきなさいよ、引きこもり!」
そう言って、オリガが手榴弾を投げてきた。
コンテナの防壁に籠城している日向たちをいぶり出すためだろう。
「ちゃんと毎日学校行ってますんで!」
言い返しながら、日向はハンドガンを発砲。
オリガが投げてきた手榴弾を空中で撃ち落とし、誘爆させた。
「ギギギギィ!!」
その手榴弾の爆炎の向こうから、ヘルホーネット・クイーンが真っ直ぐ襲い掛かってくる。
「や、やば……!」
日向は慌ててクイーンに向かってハンドガンを連射。
しかし、いくら蟲のマモノとはいえ、クイーンは巨大なマモノだ。
身体が大きいぶん、身を包む甲殻も相応に大きく、分厚い。
日向の弾丸はクイーンの甲殻に弾かれ、ダメージを与えられなかった。
「これならどう!?」
日向と入れ替わるように、北園がクイーンに火炎を発射。
それを見たクイーンは、身体を傾けながら、止まらずに突っ込んでくる。
結果、身体を傾けたことで、北園の炎はクイーンの身体をかすめただけに終わった。クイーンの突進は止まらず、二人が隠れているコンテナ地帯に突っ込んできた。
「ギギィ!!」
「どわぁ!?」
「きゃあ!?」
コンテナごと蹴散らされる日向と北園。
すんでのところで回避を行ない、突進の直撃は免れた。
立ち上がりながら、日向は素早く北園に指示を出す。
「北園さんはクイーンに反撃を!」
「りょーかい!」
簡潔に指示を出した日向。
日向自身はオリガを探す。
「こちらの体勢が崩れたこの隙を、あの人が見逃すワケが無い……!」
そして日向の思ったとおり、オリガは物陰から顔を出し、北園に銃口を向けていた。北園はクイーンを発火能力で追い払っており、オリガに狙われていることに気付いていない。
「させるかっ!」
日向はオリガに向かって弾丸を放つ。
銃を構える彼女の腕を狙い、銃撃を封じるつもりだ。
「ちぃ……!」
しかしオリガも、すぐさま日向の攻撃を察知し、隠れてしまった。
誰もいなくなった空間を、日向の弾丸が虚しく飛び去る。
「日向くん! そっちにクイーンが!」
「ギギギギィィ!!」
北園の声を受けて振り向けば、クイーンが大顎を開いて日向に噛みつきにかかってきていた。
「うおっと!?」
日向は慌ててバックステップ。
クイーンの大顎が、ガチンと空を食んだ。
「忙しいなぁ、まったく!」
悪態をつきながらも、日向は『太陽の牙』を呼び出し、クイーンに向かって横薙ぎに振るう。
クイーンは日向の斬撃を飛び退いて回避し、そのまま羽を展開して空中浮遊。尻の針でサマーソルトを繰り出すように日向に斬りかかった。
「ギギィ!!」
「くぅっ!?」
日向は剣を構えてこれをガード。
甲高い金属音がこだました。
「わ、私も援護を……!」
「北園さんはオリガさんを探して! あの人に攻撃の隙を与えちゃダメだ!」
「あ、はい!」
日向の指示を受け、クイーンは日向に任せ、北園はオリガの姿を探す。
日向の言うとおり、オリガは再びこちらに銃を向けていた。
「させないよ! 発火能力っ!」
「撃ち殺してあげる……!」
北園がオリガに向かって火炎を発射。
それと同時にオリガも北園に向かって発砲。
しかしオリガの銃弾は、正面から飛んできた北園の炎に飲み込まれて、焼け落ちた。炎の勢いは止まらず、オリガに向かってくる。
「くっ……!」
オリガは急いでその場から退避。
火炎が着弾し、大爆炎が巻き起こされる。
日向の弾丸とは比べ物にならない規模の攻撃だ。
「ヘルホーネット、行ってきなさい!」
「ブゥゥゥゥン……!」
オリガの声と共に、ヘルホーネットの群れが現れる。
蟲たちは、不気味な黒いモヤのように、二人の元へ飛来してくる。
「これでもくらえーっ!」
北園は、両手の中心からド派手な火炎放射を発射。
炎を受けたヘルホーネットは霧散し、炎から逃れていく。
そして、北園がヘルホーネットを追い払っているその隙に、オリガが距離を詰めてきた。右手にはナイフを、左手にはハンドガンを構えて。
「わ、わ、オリガさんが来た!」
「喰らいなさいっ!」
「きゃっ……!」
オリガが北園に向かって、躊躇なくハンドガンを射撃。
北園は咄嗟にバリアーを張って、銃弾を防御。
しかしオリガは気にせず、北園の横を通過し、その先の日向に向かって行く。
日向はちょうど、『太陽の牙』を振るってヘルホーネット・クイーンを追い払ったところだった。そして振り向くと、オリガの接近に気付いた。
「うわ、オリガさん……!?」
「しッ!」
「っとぉ……!?」
オリガは素早く日向の懐に潜り込み、日向の首元を狙って、身体を伸ばしてナイフで突きにかかる。
日向はギョッとした表情を見せるものの、素早く上体を逸らしてナイフの刃を回避した。
「っとっとっと……!」
日向は、なんとかオリガの攻撃を回避したものの、大きく上体を逸らしたことにより、体勢を崩して後ずさってしまう。そして、オリガはその隙を逃さない。
「もらったわ!」
「うぐっ!?」
オリガは、左手のハンドガンで日向の脚を撃ち抜いた。
撃ち抜かれた日向の脚が、ダメージにより後ろに流れる。
それに連動して、日向の上体も下がった。
「せやっ!!」
「ぶっ……!?」
そしてオリガは、下がった日向の顔面を、ブーツのつま先で蹴り上げた。
オリガのつま先は、日向の口元に突き刺さるように直撃。
血に濡れた歯が数本宙を舞い、日向は仰向けに倒れた。
日向を素早く叩きのめしたオリガは、次に北園を仕留めにかかる。
……しかし北園は、オリガの予想に反した行動を取る。
「発火能力っ!」
「ちょ……っ!?」
北園は、足元に叩きつけるように火炎を発射した。
叩きつけられた火炎は扇状に燃え広がり、オリガに襲い掛かる。
まさかこんな至近距離で爆炎をぶちかますとは思わなかったオリガは、度肝を抜かれた。背後に大きく跳躍してこの炎を回避。そのまま物陰に隠れてしまった。
束の間だけオリガたちの攻撃が止み、北園は日向を助け起こす。
「日向くん、大丈夫!?」
「な、なんとか……。ありがとう北園さん、助かった」
「どういたしまして! ……けれどオリガさん、まさか近づいて来るなんて思わなかったなぁ……」
「いや、考えてみれば当然だった。俺はオリガさんに接近戦をさせないために銃撃戦を選んだワケだけど、それはオリガさんも百も承知だろう。だからオリガさんは、自分が有利な接近戦を俺たちに押し付けるつもりなんだ」
「そ、そっか……。けど、それにしたって、銃を持ってる日向くんと、爆炎を発射する私に、あんなにためらいなく突っ込んでくるのが驚きだよ……!」
「ズィークさんの陰に隠れがちだったけど、オリガさんだってとんでもない超人だ。油断したらあっという間に負ける。気を引き締めていこう」
「りょーかいだよ!」
一方のオリガも、愛用のトカレフに次の弾倉を込めながら、思考していた。
「さすがに、あの場面で接近戦を仕掛けるのは強引過ぎたかしら。北園に追い払われちゃったわ。でも、あの程度なら、やっぱりあの二人は私の敵じゃない。……とはいえ、油断はしないようにしないとね。特に日下部日向は。彼……気を抜くと一気に状況をひっくり返そうとしてくるから」
するとオリガは、背後に控えさせていたヘルホーネットとクイーンに、ハンドサインで指示を出す。命令を受けたヘルホーネットたちは、一斉に日向たちに向かって飛んでいった。
「日向は私を、そして北園はヘルホーネットを重点的に狙っているみたいね。だったら、これを分断する。ヘルホーネットたちには日向を襲わせて、北園は私が始末する。少しずつ彼らを不利な状況に追い込んでいって、ジワジワと仕留めてあげるわ……!」
そして視点は戻り、日向と北園。
彼らの視線の先では、ヘルホーネットの群れが一斉に襲い掛かってきていた。
「うわぁ、今までで一番多い……!」
「私に任せて! 発火能力っ!」
北園の掛け声と共に、彼女の両手から火炎が発射される。
炎の塊はヘルホーネットの群れに着弾し、大爆炎が巻き起こされる。
「ブゥゥゥゥン……!」
……だが、ヘルホーネットたちは止まらない。
もはや多少の犠牲を覚悟しつつ、日向たちに向かって突っ込んでくる。
「ま、まだまだ! 連射だって出来るんだからね!」
宣言通り、北園が次々と火炎を連射。
バラバラになった群れが、一つ、また一つと焼き払われていく。
「ギギギギィーッ!!」
さらに今度はクイーンが突っ込んできた。
北園はクイーンにも火炎を発射する。
「えいっ!」
「ギギィ!!」
だが、クイーンもまた、被弾を恐れず突っ込んでくる。
北園の炎を受けながらも、二人に向かって体当たりを繰り出した。
「ギギギィ!!」
「っとぉ!?」
「ひゃっ!?」
日向と北園は、散開してこれを回避。
クイーンの巨体が床に激突し、ひび割れた。
クイーンの攻撃を回避するためとはいえ、思わず分かれてしまった日向と北園。
単独になってしまった日向に向かって、残ったヘルホーネットとクイーンが襲い掛かっていく。
「ブゥゥゥゥン……!」
「ギギギィーッ!!」
「ちょ、まっ……こっちくんな!」
クイーンはともかく、群体のヘルホーネットに対して、日向は有効打を持たない。『太陽の牙』を必死に振るいながら蟲の群れを追い払おうとする。その際、北園とは逆の方向に逃げてしまい、さらに二人の距離が開いた。
「あ、待って日向くん! 私も手伝うから……!」
「あなたの相手は私よ!」
「あ、オリガさん……!」
北園の視線の先から、オリガが猛スピードで接近してくる。
銃もナイフも手に持たず、両手を大きく振って走ってくる。
「発火能力っ!」
北園はオリガを近づけさせないために、躊躇うことなく彼女に向かって火炎を発射。
しかしオリガはスライディングでこれを回避し、そのまま蟹挟みで北園の足を取った。
「甘いっ!」
「きゃあ!?」
オリガに体勢を崩されて、北園は床に倒れる。
その北園の上に乗りマウントを取るべく、オリガは北園を押さえつける。
「く……うう……! や、やめて……!」
「ふふ、ゾクゾクするわね。ようやくあなたを、この手で直接始末できるんだもの。北園、あなたは楽には殺してあげないから」
そう言うオリガの声と表情には、恨みつらみのような感情がこめられていた。それも、この計画を邪魔されたことに対する恨みではなく、何か、もっと、今の今まで抱え込んでいたかのような、積年の恨みのような感情が。
北園とオリガ。
人には無い異能力を持つ、二人の女の戦いだ。




