第42話 八極拳と練気法
野生の虎を退け、日向とシャオランは一度木陰で休んでいた。
先ほどシャオランが虎を撃退した時の動きに、日向は見覚えがあった。
格闘ゲームなどでお馴染みの、あの動きだった。
「なぁシャオラン。さっきシャオランがやってみせたのって、もしかして八極拳?」
「あ、よく知ってるねヒューガ。その通りだよ」
八極拳。
主に肘や肩を使った攻撃で、相手の防御をこじ開けることを得意とする流派。また、「震脚」と呼ばれる独特の踏み込みを多用することでも有名だ。
その様は陸の船とも例えられるほどの、超接近戦武術。こと破壊力において、この流派の右に出る武術はそうそう無い。
八極拳を語るうえで欠かせないのが、李氏八極拳の創始者、李書文だ。
相手を牽制の一撃で屠ってみせたという、達人の中の達人。
故についたあだ名が「二の打ち要らず」。
二撃目は要らない。一撃有れば事足りる。
一部界隈では大変有名な話で、それに釣られて八極拳自体の知名度も高い。
日本の格闘ゲームにおいても、八極拳は引っ張りだこである。
ただ、実際の八極拳は、「防御を崩す」ことに特化していて、「異常な破壊力」を誇る武術ではないそうだ。もっとも、その特性上、ある程度高い威力があるのは間違いないが。
李書文の逸話においても、外的な破壊力で相手を叩き殺したというより、内臓や心臓にショックを与え即死に至らしめたという、内的な要因によるものが「二の打ち要らず」の正体らしい。
この「二の打ち要らず」の名前だけが独り歩きし、「八極拳は凄まじい威力を持つ拳法だ」という認識が広まったのだと言われている。これ豆な。
……だが、そんな豆知識の方が間違っていると言わんばかりに、シャオランの八極拳は強烈だった。
(虎を素手で吹っ飛ばすって。虎の体重何キロだと思ってるんだ。山月記もびっくりだよ。これはもしかして、シャオランも北園さんや本堂さんと同じく、何かの異能力者だったりするのだろうか?)
そう考えた日向は、シャオランに声をかけてみる。
彼が異能力者かどうか確かめるために。
「ねぇシャオラン」
「なに? ヒューガ」
「シャオランって、生まれつき他人とは違う能力を持っていたりする?」
「いや? 無いよ?」
「……身体に異常なドーピングを施していたりとかは……」
「無いよ?」
「……実は中国政府が秘密裏に開発した、人型決戦兵器だったりとかは……」
「無いよ!?」
「じゃあ、シャオランがそんなに強いのは……」
「まぁ一応、鍛えてるから……」
「つまりシャオランがここまで強いのは、純粋に修行の賜物だと。修行を積めば、人間は素手で虎に勝てるのかぁ。…………嘘やん……」
「……まぁ、修行の賜物なのは間違いないけど、ドーピングを施す、っていうのは、あながち間違ってないかも、かなぁ」
「そうなの? 身体に異常量のステロイドをぶち込んでるとか……?」
「いやいや、違うよ。ボクは『練気法』という技を使って、自分の肉体を強化してるんだ」
「れんきほう?」
シャオラン曰く。
中国文化や一部のサブカルチャーなどでは、『気』という概念が存在する。それは、一般的には不可視であり、しかして凝固することで可視化するとも言われている。
流動的であり、その運動で何らかの作用を起こすと言われ、中国思想や道教や医学、果てには宇宙生成論や存在論にまで登場する、謎のエネルギー的な何か。
この『気』を人体に満たすことにより、己の肉体をシステムごと変えてしまう。それがシャオランの言う『練気法』らしい。
シャオランは、特殊な呼吸法を用いることによって、この『気』を自在にコントロールできるそうだ。先ほどからの、彼の異常な身体能力は、この『気』によるものだ。練気法によってシャオランが纏う『気』は”気質”と称され、オーラのようにして身に纏われる。先ほどからシャオランの身体に立ち上る砂色のオーラの正体は、この”気質”だ。
「この『練気法』を教えてくれたのが、ボクの師匠なんだ。練気法には『地・水・火・風』の四つの属性があって、ボクが使えるのは、まだ『地の練気法』だけなんだけどね」
『地の練気法』は”金剛”の気質。
この気で己を満たせば、修羅のごとき剛力と、鎧のごとき肉体を手に入れることができる。
「……まぁつまり、『地の練気法』を途切れさせちゃうと、身体は一気に弱くなっちゃうんだけどね。それでも一応鍛えているから、多少は頑丈だと思うけど」
「す、すごいな練気法……。もはや、軽く超能力じゃないか」
「たしかに超能力っぽいけど、練気法はあくまで技だから、鍛錬を積めば誰でも習得できるらしいよ」
「じ、じゃあ、頑張れば俺も使えるようになる……?」
「……あ、でも、習得には特別な才能が必要だ、って師匠が言ってたかな……」
「この会話の流れでそんな捕捉を加えられたら、もう駄目じゃん……。習得できないフラグじゃん……」
「ちなみに師匠の練気法はもっとすごいよ。『風の練気法』なんて、遠くにある果実を、手刀の風圧だけで真っ二つにしちゃうんだよ」
「……シャオランの師匠って、本当に人間……?」
「見た目はバッチリ人間だよ。中身は……本当に仙人かもしれないけどね。それくらい謎の多い人なんだ」
「うーん……中国ヤバイ……」
だが何にせよ、日向は少し安堵した。
虎を吹っ飛ばすという驚異的な芸当に、幾らかの理由があったことに。
「あー、それだけ頼りになる能力があったら、俺たちのマモノ退治も――」
「丁重にお断りさせていただきます」
「まだ言い終わってもいないのに」
「『言わせないぞ』という固い意志」
「砕けてしまえそんな意思」
ともあれ、気の抜けたやり取りをしていたら、疲労もだいぶ回復した。
二人は立ち上がると、再び武功寺を目指し、歩き始めた。




