第404話 それでもまだ立ち上がる
一方その頃、ホログラート基地の地上では、ロシア軍と『赤い稲妻』の激戦が続けられていた。ロシア軍は圧倒的な兵士の数と武装で力押ししようとするが、テロリストたちも基地から奪取した武装や兵器を利用し、マモノとの連携まで披露して徹底抗戦している。
「くそっ! テロリストの奴ら、押し返せねぇ……!」
「マモノとの戦闘ってのも、人間相手と比べてイマイチ勝手が分からないからな……やりにくいったらないぜ!」
多くのロシア兵たちは、悟っていた。自分たちでは、このテロリストとマモノの軍勢を押し留めることはできても、突破することはできないと。つまりそれは、彼らではミサイルが格納されているサイロまで到達できないということ。自分たちでは、ミサイルを止められないと。
ロシア兵たちは、もはや祈るしかなかった。
先行した日本のマモノ討伐チームが、全てを終わらせてくれることを。
◆ ◆ ◆
視点は戻って、こちらは地下の兵器格納庫。
「はぁ……はぁ……ッ!」
シャオランの『火の練気法』が、ズィークフリドに命中した。
場合によっては『星の牙』さえ一撃で葬る、シャオランの必殺の拳が。
ズィークフリドはシャオランに吹っ飛ばされ、軍用ジープの車内にドアごと叩き込まれ、今のところは動かない。その間に、シャオランは息を整えている。
「はぁ……はぁ……なんとか……ズィークに『火の練気法』を当てることには成功した……けど……でも……今の手応えは……!」
せっかく渾身の一撃を命中させたというのに、シャオランの表情はまだ堅い。勝負を決するほどの一撃を打ち込んだというのに、その表情に喜びはない。
と、その時だ。
軍用ジープの中から、ズィークフリドがむくりと起き上がった。
「や……やっぱり……!」
それを見たシャオランは、思ったとおりといった様子で歯噛みする。
シャオランがズィークフリドを吹っ飛ばしたとき、ズィークフリドにどれくらいのダメージを与えたか、命中させた拳の感触から窺い知ることができた。
『火の練気法』を使った拳の威力は、異常の一言に尽きる。並の人間がこれを喰らえば、骨が砕けて内臓が潰れるどころか、胴体に風穴を開けられてもおかしくない。強大なマモノですら即死せしめる破壊力なのだ。
そんな威力の拳を、人間であるズィークフリドに叩き込んだ。
その時の拳の感触が、どれだけズィークフリドにダメージを与えたか、シャオランに伝えてくれた。
「ズィークは……胸骨にヒビが入っただけだ……!
あの人は、まだ戦える……!!」
そうなのだ。
並の人間が喰らえば、身体に穴が開く一撃を受けても。
強大なマモノも一発で葬るような一撃を受けても。
このズィークフリドという男は、まだ倒せない。
ズィークフリドは、その標準的な体格の身体に、常人の何十倍もの筋肉を圧縮して詰め込んでいる。これ自体が強固な肉の鎧になるだけでなく、その筋肉の重さに耐えるため、全身の骨もステンレスのように鍛えた。幼少期から骨折を繰り返すことで、成長期が彼の身体を『骨折に強い身体』に改造していったのだ。
「……フー……」
しかし、確かにズィークフリドはまだ戦えるが、やはりシャオランの今の一撃は、相当に効いたようだ。口からは血が滴り、大きく息を吐いている。額には脂汗が浮かんでいるようだ。ここまで負傷したズィークフリドを見るのは、シャオランは初めてだ。
「もう一撃……! もう一撃、同じ部位に『火の練気法』を打ち込めば、今度はズィークの胸骨を破壊できるかもしれない……。そうなれば、さすがのズィークだって、もう戦闘不能になるはずだ……!」
シャオランは、再びズィークフリドに向かって構えを取る。
ズィークフリドも、いま一度戦闘態勢に入る。
「……ッ!」
先に仕掛けたのはズィークフリドだ。
シャオランの顔面に右の拳を突き出す。
「『水の練気法』……ッ!」
シャオランの身体から青色のオーラが発せられる。
そして、迫り来るズィークフリドの拳に手を伸ばす。
瞬間。
ズィークフリドの拳が、シャオランの目の前で止まった。
「……え? え!?」
シャオランが困惑の声を上げる。
今の拳は、シャオランが止めたワケではない。
ズィークフリドが寸止めしたのだ。
「し、しまった……!? これも『水の練気法』対策だ……!」
そう言って、シャオランは己の失敗を悟る。
ズィークフリドは、シャオランの目の前で拳を寸止めした。
つまり、寸止めしたことで攻撃の威力はゼロになった。
そしてシャオランは、この拳に返し技を仕掛けようと思い、ズィークフリドの腕を掴んだ。だが、威力がゼロの腕を掴んだところで、返し技を喰らわせることはできない。ズィークフリドの腕を投げようと思っても、ピクリとも動かないのだ。
結果としてシャオランは、ズィークフリドの目の前で、ズィークフリドの腕を掴んだだけになった。腕を掴んでいることで、脇腹ががら空きになっている。無防備な状態で突っ立っているも同然だ。
シャオランは、ズィークフリドの攻撃に備えるため、『地の練気法』を使用しようとする。
「ち、『地の……」
「ッ!!」
「がふっ!?」
シャオランが呼吸を切り替えようとした瞬間、ズィークフリドの左のボディーブローがシャオランのみぞおちに突き刺さった。シャオランは腹を押さえながら後ずさる。
その隙を逃さず、ズィークフリドがシャオランに両拳のラッシュを仕掛ける。
「ッ!! ッ!!」
「うぐっ!? うあっ!?」
恐ろしく硬い拳が、次々とシャオランに打ち込まれる。
硬いだけではない。とんでもなく重い。
シャオランはなんとか『地の練気法』の呼吸を整え、ズィークフリドの攻撃を防御する。
(け、けど、攻撃の勢いが激しい……! 『地の練気法』の防御力をもってしても、このままじゃガードを突破される……!)
打撃には、やはり返し技だ。
そう判断したシャオランは、再び『水の練気法』に切り替えようとする。
「み、『水の……」
「ッ!!」
「あぐぁ!?」
シャオランが『水の練気法』を使おうとした瞬間、今度はズィークフリドの右の貫手がシャオランの脇腹に突き刺さった。ちょうど練気法が切り替わる瞬間のタイミングを突かれ、シャオランはこの貫手を受け流すことも、受け止めることもできなかった。
苦痛に顔をゆがめながら、シャオランは思う。
(い、今のタイミング……偶然なんかじゃない……! ズィークは、ボクの呼吸の切り替わりのタイミングを、狙って突いてきた……! ボクの呼吸の切り替えに、順応してきている……!)
シャオランが練気法を切り替える、わずかな一瞬。
この一瞬の間は、シャオランは何のオーラも纏っていない。
この一瞬の間は、シャオランは身体に何の強化も受けられない。
その一瞬を狙って、ズィークフリドは攻撃を差し込んできている。
理屈は分かるが、やろうと思っても出来るようなことではない。呼吸が切り替わるのは、本当に一瞬なのだ。シャオランの呼吸の切り替えを完璧に予測しなければ、到底不可能な所業だ。
そして、その『到底不可能な所業』を、ズィークフリドは実現している。
ズィークフリド自身は使えない『練気法』、その呼吸が切り替わるパターンを、シャオランとの戦闘の中で学習し、どのタイミングで攻撃を差し込めばシャオランの呼吸の『隙間』を突くことができるか、解析してしまったというのだ。
(この人、本当に、どこまで隙が無いんだよぉぉ……!)
ズィークフリドの貫手により、『水の練気法』を中断させられてしまったシャオラン。何のオーラも纏っていない無防備な状態を、ズィークフリドの目の前で晒してしまう。
「ぐ……み、『水の……」
『水の練気法』を使用し、ダメージの回復を試みるシャオラン。
だがその前に、ズィークフリドが右手でシャオランの首を鷲掴みにし、そのままシャオランを持ち上げた。
「ッ!!」
「あぐっ!? げ……げほっ!? かはっ……!」
ズィークフリドの腕を掴み、足をバタつかせ、必死に抵抗するシャオラン。だが、どれだけ頑張ってもズィークフリドの手を振りほどくことができない。頼みの綱の練気法も、首を絞められて呼吸を止められているため、封じられている。
(あ……あと少し……あと少しで……この人に、届きそうだったのに……!)
自身の首を絞めるズィークフリドの指をこじ開けようとするシャオラン。しかしズィークフリドの指は、シャオランの首に固定されてしまったかのようにビクともしない。あまりにも人間離れした握力だ。
「……か…………」
シャオランの身体から、力が抜ける。
瞳は虚ろになり、光が消えていく。
(ごめん……みんな……ボク……やっぱりダメだった……)
「はぁぁぁっ!!」
「ッ!?」
その時、何者かが、シャオランの首を絞めるズィークフリドの後ろから飛びかかった。ズィークフリド目掛けてナイフを振り下ろす。
突然の襲撃、そしてシャオランを持ち上げていたことにより、ズィークフリドの回避が遅れた。ズィークフリドは、やむなく左腕を使って襲撃者のナイフを止める。
「っ!」
ズィークフリドの左腕に、ナイフが突き刺さった。
頑丈な防護コートを貫通して、ナイフが突き刺さったのだ。
ズィークフリドは後退し、その際にシャオランを投げ捨てた。
「うわっ!? げ、げほっ! ごほっ! はぁ……はぁ……ごほっ!」
ズィークフリドの首絞めから解放され、苦しそうに咳き込むシャオラン。誰が自分を助けてくれたのか、咳と共に出てきた涙を拭いながら、顔を上げる。
「シャオラン……よく頑張ってくれたな……」
「ほ……ホンドー……!」
シャオランを助けたのは、本堂だった。
資材の山に叩き込まれ、戦闘不能になっていたはずの本堂だ。
ズィークフリドの、防護コートに包まれた左腕にナイフが突き刺さったのは、そのナイフが鋼鉄をも切断する高周波ナイフだったからだ。
「お前が頑張ってくれたおかげで、俺はなんとか意識を回復させたぞ。一人で頑張らせて、すまなかったな」
「ほ……ホンドー……怪我は大丈夫なの……? 確かに意識は回復しただろうけど、ひどい怪我だったよね……? 動いて大丈夫なの……?」
「大丈夫か、大丈夫じゃないかと聞かれると、大丈夫じゃないだろうな。だが、意識が回復した際に鎮痛剤を許容量の限りぶち込んでおいた。とりあえず今は、痛みは感じない。薬の効き目が切れた時が怖いがな」
「そ……そっか……うう……ホンドー……」
「どうした? さっきまでなかなか格好良かったのに、今はすっかり涙目じゃないか」
「ホンドーが無事だって分かって……一人じゃなくなって……すごい安心して……うぇぇぇ……」
「泣くな泣くな。いや、頑張ったから泣かせてやりたいところなのだが、それは後だ。待ってもらっている向こうに悪いからな」
「……うん。そうだね……!」
そう言って、シャオランと本堂はズィークフリドに向かって構える。
二人が構えたのを見たズィークフリドは、左腕に刺されたナイフを引き抜き、床に捨てた。その左腕からは大量の血が滴り落ちている。
「…………。」
「……ふふ、すごいや。あれだけ怖かったズィークが、今はほとんど怖くないんだ。仲間が一緒に戦ってくれるおかげかな」
「それは重畳。後は、日影も復活してくれると有難いのだがな……!」
ほとんど戦闘不能に追い込まれながらも、立ち上がった本堂。
日影も彼に続き、立ち上がってくれるのだろうか。