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第403話 勝負を決めにかかる

 一方、こちらは執務室。そこでは、今もなお日向がオリガを抑え込んでいた。彼女の両腕を封じるようにしがみつき、上から覆いかぶさるようにして。日向は必死な様子だが、傍から見れば、幼女に抱き着く不埒な高校生そのものである。


「気にしてる場合かーっ! 今ここでこの人を自由にさせたら、即座に俺が殺される!」


「この……! いい加減に離しなさいよ!」


「離しても俺に危害を加えない、かつ大人しく投降してくれるなら考えますけど」


「離した瞬間ぶっ殺してやるわ」


「じゃあ無理ですーっ!」


 日向はオリガを取り押さえながら、シャオランとズィークフリドの戦いを映し出しているモニターをチラリと見る。映像の中のシャオランは、ズィークフリドに怒涛のラッシュを仕掛けているところだった。


「シャオランすげぇ……! このままいけば、本当に勝てるかもしれない……!」


 シャオランの健闘ぶりを見て、ここから先の展開に希望が見えてきた。オリガを抑えつつ、引き続き二人の戦いを観察する。


「俺が何か、ズィークフリドさんの弱点に気付ければ……! そうすれば、スーツケースの中の北園さんに伝えて、精神感応テレパシーでシャオランに情報を送ることができる……! シャオラン! お前はまだ一人じゃないぞー!」


「……それはつまり、私の相手をしながらズィークたちの戦いを見物する余裕がある、ということかしら? 私の相手は片手間で十分ってワケ?」


「……う!?」


 その瞬間。

 オリガの気配が変わった。


 日向は今、オリガを抑え込んでいるのに、逆に、今この瞬間は、日向がオリガに抑え込まれてしまったかのような。それほどまでに、強烈な気配の変化だった。


「いい気になるんじゃないわよ、日下部日向……ッ!」


「うお……な、なんだ、これ……!?」


 オリガを抱えて抑え込んでいた日向だったが、その時、オリガの身体に変化が起こったのを感じた。先ほどまでオリガの肌や筋肉は柔らかく、いかにも女児の身体といった感触だったのだが、その柔らかい筋肉が、いきなり鋼のように硬化したのだ。それも、全身全ての筋肉が、一気に。


「はぁぁぁぁッ!!」

「うわっと!?」


 そしてオリガは、力ずくで日向の腕を振りほどき、自身にのしかかっていた日向の身体を両腕だけで吹っ飛ばし、どかしてしまった。

 自分ごと床に倒れていた男を、強制的に立ち上がらせるくらいに突き飛ばしたのだ。その勢いで、日向はバランスを崩して尻もちをついてしまう。とんでもないパワーだ。


 日向をどかしたオリガは、ゆっくりと立ち上がる。

 その表情は、遊びの無い無表情。

 冷徹な仕事人の顔だ。


「こっちが手加減してあげていたら、いい気になってくれちゃって。もうマモノの援軍を待つまでもないわ。あなたは、私がここで処刑する」


「くっ……!」


 オリガの強烈な殺気にされて、日向は身構える。

 忘れていたワケではないが、やはり彼女も最強クラスの実力を誇るエージェントなのだということを改めて痛感した。



◆     ◆     ◆



 一方、こちらは地下兵器格納庫。

 ここでは引き続き、シャオランとズィークフリドが戦っている。


「せりゃあッ!!」

「ッ!!」


 シャオランとズィークフリドの戦闘は、ますます激しさを増していた。お互いがお互いに叩きつける拳は、ヤワな人間など一撃で半殺しにしてしまうであろう威力がある。人智を超えた殴り合いが繰り広げられていた。


 再びズィークフリドの懐に潜り込むことに成功したシャオランは、『地の練気法』を使いながらズィークフリドにラッシュを仕掛ける。肘や膝を次々と叩き込んで、ズィークフリドにダメージを与える。


 対するズィークフリドも負けていない。シャオランの攻撃をガードしつつ、拳や蹴り、指拳で反撃。シャオランの体力を着実に奪いつつ、大技を打ち込む機会を虎視眈々と待ち続ける。


 双方の拳が、双方の肉体に叩きつけられる。

 どちらの攻撃も、とんでもない破壊力だ。

 およそ人を殴ったとは思えない轟音が鳴り響く。


「くぅぅ……! せりゃあぁぁッ!!」


 シャオランが鉄山靠てつざんこうを繰り出した。

 身を翻して、背中からズィークフリドに体当たりを仕掛ける。


「ッ!!」


 ズィークフリドも同じく鉄山靠てつざんこうを繰り出してきた。

 両者の背中が激突し、凄絶な打撃音が地下空間に響き渡る。

 車と車が衝突したのかと思うほどの迫力だ。


 鉄山靠てつざんこう同士のぶつかり合いは、相殺に終わった。

 両者、相手に吹っ飛ばされることなく、衝突したまま止まっている。


「っと……!」

「……っ!」


 痛み分けとなった両者は、互いに距離を取る。

 正面から互いの出方を窺い、次に備える。

 こちらから攻撃を仕掛けるか、迎え撃つか。


(できれば『火の練気法』を使って一気に勝負を決めたいところだけど……)


 そう思うシャオランだが、まだ『火の練気法』は使わない。あれはきっと、ズィークフリドからも最大限に警戒されているはずだ。もう少し『地』と『水』で立ち回り、『火』から意識が逸れたところを狙うべきと判断した。使う時は、確実に命中させられるタイミングで。


「ふぅぅ……!」


 シャオランが大きく息を吐く。

 身体には、まだ何のオーラも纏わない。


 一方のズィークフリドは、右手をそっと自身の胸のあたりに持ってくる。そして……。


「ッ!」


 素早く懐から拳銃を取り出した。

 銃口をシャオランに向けようとする。

 射撃を仕掛けてくるつもりだ。


「させないっ!」

「っ!?」


 しかし、その銃口をシャオランに向ける直前。

 シャオランが素早くズィークフリドに接近。

 右拳を突き出し、シャオランに銃を向けようとする手を止めた。

 ズィークフリドに隙が生まれる。


 シャオランは、両腕でズィークフリドの身体を掴み、左膝をズィークフリドの右脇腹に突き刺した。


「せりゃあッ!!」

「……っ!」


『地の練気法』により強化されたシャオランの膝蹴りが、ズィークフリドの脇腹に直撃。脇腹ここへの膝蹴りは、相手に非常に大きなダメージを与えることができるのだ。ズィークフリドも、受けたダメージの大きさに険しい表情を見せている。


「…………ッ!」


 しかし、まだズィークフリドは倒れない。

 今度は逆にシャオランを掴み返し、大外刈りを仕掛けてきた。


「おっと!」

「っ!?」


 しかしシャオランは、呼吸を既に『水の練気法』に切り替えていた。胸倉を掴んで押し倒そうとしてきたズィークフリドのパワーを横に避けることで背後へと逃がし、自分の脚を払おうとしてきたズィークフリドの足を躱す。そうすると、ズィークフリドは勢い余って前方に転倒してしまった。


 体勢を崩したズィークフリドは、すぐさま立ち上がろうとする。

 それを見たシャオランは、すぐさま『地の練気法』に切り替え、ズィークフリドの顔面にサッカーボールキックを仕掛けた。


「喰らえぇッ!!」


 人間が最も腰を入れて放てる蹴り、サッカーボールキック。これをシャオランの脚力で喰らえば、さしものズィークフリドといえど致命的なダメージになるはずだ。


「ッ!!」


 しかしズィークフリドは、屈んだ体勢でシャオランの蹴りを受け止めていた。シャオランの攻撃を予測していたのだ。そのためガードが間に合った。


「し、しまった……うわっ!?」


 シャオランの攻撃を受け止めたズィークフリドは、そのままシャオランの足を掴んで背負い投げを繰り出す。シャオランは逃げきれず、顔面から床に叩きつけられた。『地の練気法』で身体を固めていなければ危なかった。


「痛たたたた……」


「ッ!!」


「うぐっ!?」


 立ち上がろうとするシャオランだったが、さらにズィークフリドがシャオランの後頭部を掴み、顔面から彼を床に叩きつけた。そしてシャオランの顔を床に押し当てたまま、猛ダッシュ。シャオランの顔面がコンクリートの床ですり下ろされていく。


「ッ!!」

「ぶっ!?」


 そしてトドメに、その先に立っていたコンクリートの柱にシャオランの顔面を衝突させた。そのままズィークフリドに投げ倒され、シャオランは床に転がる。


「く……うぅぅ……ッ!!」


 それでもシャオランは立ち上がる。

 幼さが残るその顔は、床にすりおろされて血まみれだ。

 ……だが、シャオランが立ち上がったその瞬間、ある異変に気付いた。


「あ、あれ!? ズィークがいない……!?」


 先ほどまでそこに立っていたと思っていたのに、ズィークフリドの姿が消えていたのだ。左右を見回しても、やはり彼の姿は見当たらない。


「…………。」


 そして当のズィークフリドは、シャオランの背後に立っていた。

 シャオランが立ち上がる前に”縮地法”で彼の後ろに回り込んだのだ。

 そしてシャオランは、背後のズィークフリドにまだ気づいていない。


「と、とにかく『水の練気法』で怪我の回復を……」


 そう言って、シャオランが青色のオーラを身に纏う。

 そんなシャオランに攻撃を仕掛けるべく、ズィークフリドは構える。

 右手の指を五本、真っ直ぐに伸ばして、ゆっくりと振り上げる。

 

 狙いはシャオランの鎖骨。

 そこへ、コンクリートをも抉る手刀の斬撃を叩きつけるつもりだ。


 今のシャオランは”水の気質”を纏っているが、背後からの不意打ちなら受け流せないだろう。襲い来る攻撃に気付かなければ、受け流すことなどできないはずだ。ズィークフリドは、勝負を決めに来た。


「ッ!!」


 そしてズィークフリドが、手刀を振り下ろした。

 斬撃は唸りを上げて、シャオランの肩と首の間へと迫る。


「…………!?」


 だがその時。

 ズィークフリドにとって不思議なことが起こった。


 彼の手刀は、確かにシャオランの鎖骨に命中した。だが、命中した瞬間、手刀から逃げるようにシャオランの上体が下がったのだ。斬撃の威力を逃がされている。


 そしてシャオランは、この『無意識に手刀の威力を逃がしている瞬間』の間に、ズィークフリドが背後から攻撃を仕掛けていることに気付いた。自分の肩にめり込んでいるズィークフリドの手を掴み、自分の右足を後ろに振り上げてズィークフリドの足を払う。そして……。


「せいぃぃやぁッ!!」

「っ!?」


 シャオランは、ズィークフリドごと前宙するように背負い投げを繰り出す。そのままズィークフリドを下敷きにするように床に落下した。ズィークフリドの全体重が叩きつけられ、振動が地下空間に響き渡る。


「……っ!!」


 大きなダメージを受けたズィークフリドだったが、追撃を受けないようにすぐさま立ち上がる。

 シャオランの『水の練気法』を決して甘く見ていたワケではなかったが、勝負を急いでしまったか。見事に一杯食わされてしまった。攻撃を視認せずとも、身体が勝手に相手の攻撃から逃げるとは。


 すぐに立ち上がったズィークフリドだったが、警戒していた追撃は飛んでこなかった。

 

 その代わり、目の前にシャオランが立っている。

 万全の体勢で、八極拳の構えを取りながら。


 そして、左足には真っ赤なオーラを纏わせている。

 一撃必殺の『火の練気法』だ。

 その赤い左足が、ズィークフリドの左足と交差している。

 これ以上無いほどの超至近距離だ。


「さぁ……ここはもう、ボクの距離だよ、ズィーク……!」


「……!」


 その言葉を聞いて、ズィークフリドも気を引き締める。

 今度は、シャオランが勝負を決めるつもりなのだ。


 先ほどの激しい戦いの音が嘘のように、場が静寂に包まれる。


 ズィークフリドは、慌てずにシャオランの様子を観察する。


 シャオランは、万全の体勢で構えながら、左足には”火の気質”を纏わせている。つまり、打ってくるのは間違いなく左足から。極端な話、ズィークフリドはシャオランの左足にだけ注意を払っていればいい。


 だが、注意を払ったとしても、果たしてシャオランの攻撃を凌げるかどうかと言えば、話は別だ。なぜなら、シャオランもまた、ズィークフリドに左足を警戒されるのは百も承知だろうから。ズィークフリドの警戒を掻い潜って攻撃を当てる算段が、シャオランにはあるのだろう。


 仮にここから後ろに飛び退いても、シャオランから逃げきれるとは思えない。ここまでしっかり構えを取っているシャオランなら、ズィークフリドが下がっても、一気に距離を詰めて蹴りを叩き込んでくるだろう。


 ならば、シャオランが仕掛ける前にこちらから仕掛けるか。

 だが、ズィークフリドは現在、構えらしい構えを取っていない。自然体で立っているままだ。この状態では、シャオランの攻撃を阻止できるほどの一撃を繰り出すことはできない。


 ……否。できる。この男ならできる。

 ズィークフリドの『鋼指拳』ならば。


 ズィークフリドの貫手は、自然体で立っている状態から放っても驚異的な貫通力を生み出すことができる。これをシャオランの喉に突き刺してやれば、勝敗は決する。


 こうしてズィークフリドの手札も決まった。

 ノーモーションから最速で、シャオランの喉を突き貫く。

 これで、今度こそシャオランを仕留める。



 両者、睨み合ったまま動かない。

 シャオランは、左足に”火の気質”を纏わせ、ジッと構えている。

 ズィークフリドもまた、自然に立ちながらシャオランを見下ろしている。





「ッ!!」


 ズィークフリドが動いた。

 シャオランの喉に貫手が迫る。


「ふッ!!」

「っ!?」


 だが、シャオランは、予想だにしない攻撃を仕掛けてきた。

 オーラを纏った左足を全く浮かせずに、床を踏み抜いたのだ。

 踏み抜かれた床にクレーターが出来上がる。


 そのクレーターに巻き込まれ、ズィークフリドが体勢を崩した。

 シャオランは、ズィークフリドの足場を破壊したのだ。


 ズィークフリドのノーモーションの貫手より、シャオランの足場破壊の方が早かった。当然だ。シャオランはノーモーションどころか、その場から全身含めて一ミリだって動いていない。構えた体勢そのままに、思いっきり床を踏みつけただけだ。


「……っ!」


 体勢を崩されたズィークフリドは、床に手をついてなんとか踏ん張る。


 そしてその目の前には、右拳に”火の気質”を纏わせているシャオランが。


 もはやズィークフリドは、回避も防御も間に合わない。


「せりゃあああああッ!!!」

「…………ッ!?」


 そしてシャオランの赤色の拳が、ズィークフリドの胸板に叩き込まれた。

 ズィークフリドの身体から、赤色のオーラの奔流が突き抜ける。


 ズィークフリドは物凄いスピードで吹っ飛ばされ、その先に駐車されていた軍用ジープのドアに背中から叩きつけられ、ドアごと車内にぶち込まれた。



 場合によっては『星の牙』も即死せしめる、シャオランの剛拳。

 それがとうとう、ズィークフリドに打ち込まれた。

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