第41話 中国の山は危険がいっぱい?
武功寺を目指す日向とシャオラン。
その行く手を阻むように、小さいキノコのマモノが飛び出してきた。
その数、三体。
「ぎやああああああ!? ば、化け物だああああああ!?」
シャオランが怯えきった声を上げる。
そんなシャオランに、日向は尋ねた。
「一応聞くけど、元々こんなのはこの山にはいなかったんだよね?」
「いるわけないよ! というか、地球のどこにも存在しないと思うよ!」
返事をするシャオラン。
しかし、現に目の前のマモノはそこに存在している。
二人への敵意を剥き出しにして、だ。
そのキノコのマモノは、こちらの膝ほどの背丈で、腕や顔は無い。
オーソドックスな赤い傘のキノコに足が生えたような風貌だ。
ちょこちょこいそいそと歩き回り、妙な愛嬌がある。
「とりあえず、キノコのマモノだから『マニッシュ』と名付けよう」
「マニッシュ?」
「マッシュルームを良い感じにもじって、マモノっぽい名前にしてみた。いちいち『キノコのマモノ』なんて呼ぶの、面倒だからね」
「そんな可愛らしい名前じゃ、危険度が伝わらないよ! もっとこう、『アルティメットデンジャラスマジックマッシュルーム』みたいな、いかにもヤバそうな名前にしないと……」
「却下で」
「なんで!?」
「長すぎる」
さて、雑談もここまでである。
三匹のマニッシュは、今にも二人に飛びかからんとしている。
戦う前に、日向はシャオランに声をかける。
「シャオランは下がっててくれ! マモノは危険だ。俺が相手をする!」
「はい喜んで!」
「うーん、下がってって言ったのは俺だけど、何だろうこのやるせなさ」
そんな日向の思いを余所に、戦闘は開始された。
一体のマニッシュが、日向に近づいてくる。
そして、赤い傘を彼に向けて、飛びかかってきた。
「予想通りっ!」
言いながら、飛んできたマニッシュ目掛けて剣を振り下ろす。
マニッシュはあっけなく真っ二つになった。
(思った通りの攻撃パターンだ。キノコのモンスターの攻撃は頭突きだと、昔から相場が決まってるんだ。攻撃パターンが読めれば、俺でも多少はやり合える!)
日向は、続く二体目、三体目も同じようにやっつけた。
剣を下ろし、息を整える。
「凄いよヒューガ! さすがマモノ退治の専門家!」
「い、いや、これくらい、俺じゃなくても誰だって……」
日向は真正面から褒めちぎられて、思わず戸惑ってしまう。
しかし、そんな和やかな雰囲気も一瞬で消し飛ぶ。
近くの茂みが、ガサゴソと揺れた。
「何だ? まだマニッシュが残っていたのか?」
再び剣を持ち上げ、構える日向。
茂みから出てきたのは、一匹の虎だった。
見たところ、これといって異常な部分は無い。
つまりマモノではない。普通の、野生の虎だ。
「なんだ、普通の虎かぁ」
「……普通の虎」
「……普通の虎?」
「…………普通の虎ぁ!?
ちょ、おま、絶対マニッシュよりやばい奴じゃんかぁぁ!?」
事態の危険性を察知し、後ずさる日向。
この虎はマモノではないが、日向は勝てる気がまったくしなかった。
「ガルルルルル……」
虎は日向を見るなり、牙を剥き、唸り声を上げる。
あれはメインディッシュを見つけた時の顔だ。
「ひ、ヒューガ……」
シャオランが心配そうな顔で日向を見ている。
膝はガクガクと震え、涙目になっている。
(何とか、シャオランだけは守らないと……)
そう思案し、剣を構える日向。
だが、日向もまた虎に対して怯え、及び腰になってしまっている。
無理もない。相手は猛獣の代名詞のような存在なのだから。
「ガァァァァァッ!!」
「うおおおおおおお!?」
虎が日向に飛びかかってくる。
足がすくみ、日向はその場から動けなかった。
結果、日向は虎に押し倒され、身体を押さえつけられる。
「ガァッ!!」
「ひぇ!?」
日向の顔目掛けて迫ってきた牙を、思いっきり顔を逸らすことで何とか避ける。そのまま何とか虎の身体の下から脱出しようとするも、あまりの重さにビクともしない。
「だったら、これはどうだ!」
日向は右手に持っていた剣を、虎に押し付けた。
「ガァァ!?」
虎が短い悲鳴を上げる。
日向の剣は、彼以外の者が触れば熱を発する。
押さえつけられたままでは剣は満足に振り回せないが、こうやって反撃することもできる。
(このままコイツを退かしてやる……!)
しかしその反撃は、虎を少し怯ませるだけで終わった。
虎は、剣を持つ日向の右腕を、左前足で押さえつける。
「あっ!?」
ささやかな反撃すら封じられ、もはや日向に成す術無し。
(ああ、終わった……死んだ……)
日向は、もう何度目かになる死を覚悟した。
一方、シャオランは。
(あ、ああ、どうしよう、ヒューガが食べられちゃう……! も、もう怖がってる場合じゃない! ぼ、ボクが何とかしないと! 覚悟完了、よし行くぞ……!)
シャオランが、スゥー……と息を吸い込んだ。
そして……。
「ひ、ヒューガを放せぇぇぇ!!」
あろうことか、シャオランが虎に向かって走り出した。
手には何も持っていない。素手だ。
素手で虎に立ち向かおうとしている。
「し、シャオラン! 駄目だ、危ない!」
丸腰で虎と戦おうなど、無茶だ。
日向は必死に叫んで、シャオランを止める。
だがシャオランは日向の静止に耳も貸さず、虎に接近し……。
「ふッ!!」
ズシンと、左脚を踏み込んだ。
シャオランが踏みつけたのは、アスファルトの道路でも、板張りの床でもない。何の変哲もない、山の中の腐葉土だ。思い切り踏みつけても、その衝撃は柔らかい土に吸収され、周囲に反響することはない。
……にも関わらず、シャオランの近くで虎に抑え込まれていた日向は、身体の芯まで響くような振動を感じた。それほど強烈な踏み込みだった。
「……はぁッ!!」
そのまま右足を踏み込み、掌底を突き出すシャオラン。
それが虎の脇腹に突き刺さった瞬間、虎の身体が浮いた。
いや、浮いたというか、吹っ飛んだ。虎が。
吹っ飛ばされた虎は、その先の木に激突。
ドサリと地面に落下した。
そして、ギロリとシャオランを睨みつける。
「あ、あわわわわわわわ……! ぼ、ボクなんか食べてもおいしくないぞー! ほ、ホントだぞー! だから帰ってくださいお願いします許してぇぇぇ!」
「グ……グルルル……」
シャオランの拳は、相当効いたのだろう。
虎は、膝をガクガクと震わせ、足を引きずりながら逃げていった。
「……ああああああ怖かったああああああ」
シャオランもまた、膝を震わせながらその場に座り込んでしまった。
そして、傍に倒れていた日向に声をかけた。
「……あ、ヒューガ、大丈夫だった……?」
「あ、はい。大丈夫でございます?」
「な、なんで疑問形で敬語なの……?」
日向は、傷が焼かれる痛みも忘れるほど、唖然としていた。




