第390話 鋼指拳の『奥』
一方、こちらはホログラート基地の執務室。
ここではオリガと、麻縄で手足を縛られた日向とグスタフが、日影たちとズィークフリドの戦いを観戦している。日向とグスタフは、半ば嫌々ながら、だが。
戦いの様子を映し出しているモニターを見ながら、日向が驚愕の表情を浮かべている。ズィークフリドの尋常ならざる強さを見て。
「つ、強すぎる……。どうなってるんだあの人は……」
「君の仲間たちも頑張っているようだが、旗色が悪そうだな……」
「……もしかして、あの人の父親のグスタフさんも、あんな化け物じみた強さだったり?」
「残念だが、私はノーマルな人間だよ。大佐ではあるが、戦闘能力も一兵卒程度のものだ……」
「まぁ、なんとなく、そうだと思ってました……」
そして一方オリガは、北園を閉じ込めているスーツケースに腰かけながら、満足げな表情を浮かべていた。
「ふふ、本当にさすがねズィーク。格好良いわ。それにしても……うふふ、ざまぁないわね日影。あんなに焦った顔をして、いい気味だわ」
「ああくそ、余裕ぶってるなぁこの人は! 今すぐこの縄を振りほどいて反撃してやりたい!」
「無理よ。縄抜けもできないくらいに頑丈に縛っておいたもの。そこで大人しくしていなさいな」
「なにをー! こんな縄くらい、この! このっ!」
「止めときなさい。怪我するわよ」
「このっ、このっ! ……あ、痛い、縄で手首を擦りむいた……」
「ほら言わんこっちゃない」
日向は抵抗を諦め、縛られたまま床に座り込む。
そして再び、渋々と目の前の戦闘映像に目を向ける。
「……ズィークさんの何が一番恐ろしいかって、あれだけの威力を持つ攻撃を、必殺技でも何でもなく普通の攻撃としてホイホイ繰り出してくるところだよな……。どんな攻撃が当たっても致命傷に繋がりかねない……」
「あら、よく分かってるじゃないの。さらにスピードもあるから手数も申し分ないし、あの超重量なのに身軽だから色々な芸当もこなせる。パワー、スピード、テクニック、全てが最高の水準でまとまっているから、彼は強いのよ」
「……ちょっと待ってください。ズィークさんが『超重量』って? あの人、体重は何キロなんですか?」
「165キロだけど? 知らないの?」
「……はいぃ!? 165キロぉ!? 何ですかソレ初耳なんですけど!?」
「それだけの体重でありながら、あのスピードと身軽さ。人間は筋肉が付き過ぎて体重が重くなれば、それだけ肉の重みで動きも鈍るものだけれど、ズィークは逆にその驚異的なパワーで無理やり身体を素早く動かしているのよ。彼の身体はパワーと重量、速度と技術、これらの相反する要素を一つに詰め込んでいる。奇跡の肉体と言っても過言ではないわ」
つまり、超ヘビー級のパワーとウェイトにトータルファイターのスピードとテクニックを併せ持つ。強い、重い、速いの三拍子が揃った無敵のファイター。それが、格闘家としてのズィークフリドということだ。
「どう? 彼の凄さが身に染みて分かったかしら?」
「体重165キロって……なんだよ165キロって……」
「……まだソレ言ってたの?」
「やっぱあの人サイボーグか何かなんでしょ……? そっちの方がまだ信じられますよ……?」
「おあいにくさま。彼はれっきとした人間よ。ねぇ大佐?」
「う、うむ。あの子は間違いなく、私の妻のマーガレットから生まれた子だ」
「……人間って、何なんだろ」
事実を飲み込めず、哲学的思想へ逃げ始める日向。
……と、その時だ。
映像の中のズィークフリドが、構えを取った。
それも、今まで見たことがない構えだ。
他の格闘技においても、あのような構えは見たことがない。
ズィークフリドは日影に向かって、狙いを定めるように左手を向けて、正拳突きを繰り出すかのように右腕を引き絞っている。それだけなら普通の正拳突きの構えなのだが、正拳突きとの最大の違いは、右の拳は握らずに、かぎ爪状にして力を入れている点だ。
それを見たグスタフは、驚きの表情をしていた。
「ま、まさかズィーク、アレを使う気か……!?」
「アレ? アレって何です? グスタフさん」
「あぁ、そういえばあなたは、まだ見たことがないんだっけ?」
グスタフに質問した日向だったが、オリガが口を挟んできた。
オリガはそのまま、話を続ける。
「あれは、ズィークの最強の技の予備動作。
言うなれば、鋼指拳の『奥義』よ」
「鋼指拳の……奥義……!?」
「ええ。私も数回しか見たことがないわ。ズィークがアレを使う時は、相手を確実に殺すと決めた時。心優しい彼は、よほどのことがない限り使おうとしないの。それを解禁したということは、いよいよ勝負を決めに来たというワケね」
オリガは、まるで自分のことのように自慢げに語り続ける。
やがて、その奥義の名も口にした。
「その技の名前は……”烈穿”。
予告するわ。今から日影は、間違いなく一回死ぬわよ」
「そうですか。ところでオリガさん、そんなに喋ると、またあなたの下の北園さんが日影たちに情報を送っちゃいますよ」
「ふふ、良いのよ。だってこれは、知ったところでどうにもできない技だもの」
◆ ◆ ◆
「なんだぁ、あの構えは……?」
地下格納庫にて、日影は訝しげな表情を浮かべる。
目の前のズィークフリドが、腰を低く落とし、爪を立てるように右手の指に力を浸透させ、左手で日影に狙いを定めている。日向から引き継いだゲームや漫画の記憶まで総動員するが、あのような構えは見たことがない。
と、その時だ。
(日影くーん! 日影くーん!)
「んあ!? この声、北園か!?」
日影の頭の中で、声が響いた。北園の声だ。
どうやら北園が、日影に精神感応で話しかけているらしい。
(ズィークさんは今から”烈穿”って技を使うみたい! オリガさんは、日影くんがその技で一回は死んじゃうって言ってるよ! 分かったところでどうにもならない技だって! き、気をつけて!)
「”烈穿”……名前から察するに、突き技か……?」
この短い名前だけでは、ズィークフリドがどのような攻撃を繰り出してくるか想像しにくい。だがそれでも、日影はズィークフリドに向かって剣を構え、防御の姿勢を取る。
「北園はきっと、まだ大変な目に合っているんだろうが、とりあえず元気そうな声を聞けて安心したぜ。早く助けてやらねぇとな」
北園の声を聞くと、不思議と日影の心に力が湧いてきた。先ほどまでズィークフリドに気圧されていたが、今ではいつもの不敵な笑みが戻ってきている。
「来いよズィーク! 受けてやるぜ、その”烈穿”って技をよぉ!」
「……!」
日影がズィークフリドを挑発する。
ズィークフリドもまた、自身が今から何をする気か見破られ、表情を引き締めた。
(さぁて、本堂、シャオラン、よく見といてくれよ……)
日影が、背後に立っている二人の仲間に目配せをする。
日影にとって、ズィークフリドが自分に向かって”烈穿”という技を使ってくるのは、ある意味で幸運だった。
この技は、日影が間違いなく一度は死ぬ技だという。だが日影には”再生の炎”があり、死んでも何度かは復活することができる。
しかしこれが、本堂やシャオランが狙われていたらどうなっていたか。彼らには回復能力が無い。そんな彼らが即死必至の攻撃を受けたら、取り返しがつかないことになる。
だから日影はまず自分を捧げて、”烈穿”という技をズィークフリドに使わせる。そして本堂やシャオランにその技の正体を確認してもらい、次に彼らが狙われても対処できるようにするつもりなのだ。
「さぁ、来やがれ……!」
日影が『太陽の牙』の腹を盾にして、守りを固める。
ズィークフリドも、ターゲットを日影から変更しない。
両者の距離、およそ5メートル。
「……!」
ズィークフリドも動き出した。
まずはゆらりと、身体を前に傾ける。
日影に狙いをつけて、構えを維持したまま。
「ッ!!!」
そして次の瞬間。
ズィークフリドの右腕が、日影の身体を貫いた。
文字通り、日影の腹から背中にかけて、腕が貫通しているのだ。
「…………が……ふ……?」
日影が口から血を吐いた。
血を吐きながら、疑問符を浮かべる。
今、いったい何が起こったのか、理解が追いついていない。
先ほどまで少し離れたところにいたズィークフリドが、今は目の前にいる。そして、自分の胴体に彼の腕が突き刺さり、背中までぶち抜いている。日影は今、ズィークフリドの腕に串刺しにされている。
そしてズィークフリドが、日影の身体から腕を引き抜いた。
「ッ!」
「が……は……!?」
腕を引き抜かれた勢いで、日影が前のめりに倒れる。
ズィークフリドの目の前で、両手と両膝を床につける体勢となる。
腹に開いた風穴から、大量の血が流れ出ている。
「そう……か……今のが、”烈穿”か……!」
痛みと共に思考が戻ってきた日影は、この技の仕組みを理解した。
ズィークフリドは先ほど、”縮地法”を使いながら日影に接近し、右腕をひねりながら貫手を繰り出してきた。これが”烈穿”の正体だ。
つまるところ”烈穿”とは、ズィークフリド自身の全力の貫手に、”縮地法”の速度をも乗せた攻撃なのだ。究極のパワーに究極のスピードが合わさることで、究極の貫通力を生み出す。
そして発揮した破壊力は、今しがた披露したとおり。
人の身体に、人が素手で風穴を開けた。
これはもはや、人間が繰り出していい技ではない。
「…………。」
床に膝をついてうなだれる日影を、ズィークフリドは黙って見下ろす。
その右腕は、日影の血で赤く染まっていた。