第40話 病を止める
日向がシャオランの家に寝泊まりした次の日。
「ハオラン! しっかりして、ハオラン!」
「う……ううん……」
シャオランの、ハオランを呼ぶ声で、近くにいた日向も目が覚めた。何やらただ事ではない様子だ。
「うーん……シャオラン、どうしたんだ……?」
「あ、ヒューガ……起こしてゴメン。けど、ハオランがキノコ病に……!」
「なんだって……!?」
その一言で、日向も眠気から覚醒する。
見れば、ハオランの右肩にびっしりと例のキノコが生えていた。
◆ ◆ ◆
シャオランと彼の両親は、急いでハオランを診療所に連れて行った。
日向も一緒についていった。
ハオランは、シャオランと違って、元々体力がない。
だから、このままだと危ないかもしれない、と医者から宣告された。
ハオランは彼の両親に任せ、日向とシャオランは診療所を後にした。
「くそ……キノコ病の被害は広まる一方だ。このままじゃあ街が全滅するぞ……」
「も、もう駄目だぁ、おしまいだぁ……次はきっとボクの番だぁ……」
「気をしっかり持って、シャオラン。病は気から、だぞ」
「怖がることもできないなんて……世も末だ……」
シャオランを励ましつつ、日向は思案する。
これほどの被害をもたらすマモノときたら、まず間違いなく『星の牙』だろう。倉間から『星の牙』の情報を聞いた今の日向なら分かる。
シャオランの師匠とやらは相当な強さらしいが、少し武道をかじっている人間が、果たして超常の怪物を相手にどこまで戦えるのか。いや、そもそも勝てるのか。
(もう、シャオランの師匠を待っている余裕はない。俺が行って、片付ける)
日向の剣は、『星の牙』に対してよく効くらしい。
そして日向には”再生の炎”がある。
果たして日向一人でどれほど『星の牙』に対抗できるかは分からないが、再生能力にモノを言わせれば無理やりにでも勝てるかもしれない。
一人でも戦いに行くと決めた日向は、シャオランに声をかけた。
「シャオラン。俺は武功寺に行って、例のキノコのマモノを退治しようと思う。武功寺にはどうやって行けばいい?」
「え!? 嘘でしょヒューガ!? 危険だよ!」
「けど、これ以上被害を拡大させるワケにはいかないだろ? 俺には一応、戦える力がある。だったら、行かないと」
「うぐぐ、分かったよ、教えるよ……」
そう言って、シャオランは町の奥に向かって歩いていく。
その先には高くそびえ立つ山が見える。
あの上に武功寺があるのだろう。
しかし、その山の入り口は、軍人のような恰好をした者たちに封鎖されていた。
「なんだアイツら? 昨日まではいなかったよな?」
「分からない……。装備も、普通の中国軍とは違うように見えるよ」
彼らが現れた可能性で考えられるのは、やはりマモノ関連だろう。おおかた、マモノを倒すために国から派遣された特殊部隊といったところか。
物々しい雰囲気だ。日向が「マモノ退治に行きたい」と言っても、通してくれそうには見えない。
「彼らにマモノを任せるって手も、あるにはあるか……」
「そうしよう。絶対そうした方がいいよ。うんうん、今日はもう帰ろう」
「いや、『星の牙』の生命力は尋常じゃないらしいんだ。ミサイルを撃ち込んでも死なないやつとかいるらしいし、下手な軍隊じゃ勝てないかも……」
「じゃあ絶対生身でも無理じゃん!」
「そこで俺の剣だよ。アレは『星の牙』によく効くらしいから」
「そ、そんな非現実的な……!」
「マモノの存在自体が、もう非現実的だし、今さらマモノ殺しの剣が出てきても不思議じゃないでしょ。……さて、シャオラン。あの入り口以外に、武功寺に行ける場所はある?」
「諦める気は無いんだね……。一応、あるにはあるけど……」
そう言ってシャオランは、正面の登山口を大きく迂回する。
日向もそれについて行く。
しばらく進み、町を離れ、山の側面あたりまで回り込む。
すると、目の前に切り立った崖がそびえ立っているのを発見した。
「この崖の上から武功寺に続く道に合流できるよ」
「いやいやいやいやいや……」
シャオランは軽く言うが、目の前の崖はどう見ても高さ15メートル近くはある。
因みに、日本では「ビル3階分の高さ」といった例えを聞くが、ビルの1階はおよそ3メートルくらいだとか。つまり目の前の崖はビル5階分。スペ〇ンカー先生なら10回以上は死ぬだろう。
日向は、試しに崖の一部に手をかけてみる。
少し身体を引き上げて、そこからズザザザザ、とずり落ちた。
「無理だわ」
「ヒューガって、意外と身体は弱い方なの……?」
「シャオラン、俺は確かに『星の牙』を倒せる力があるって言ったけど、身体能力はゴミなんだ。こんな崖を上りきれる体力は無いんだよ……」
「そ、そっかぁ。じゃあやっぱり諦めて帰ろう?」
「……俺は、諦めたくない」
「ヒューガ……でも……」
「ここで諦めたら、次はシャオランの両親がキノコ病にやられるかもしれないだろ? あるいは、本当にシャオランがやられるかも……」
「う……」
「そんなことにはさせたくない。一刻も早く、キノコ病を止めたい。素手で上るのが無理なら、街から何か道具を探して……」
「……はぁ、分かったよ……。ちょっと待っててね……」
「え?」
待ってて、と言ったシャオランは、スゥー……と息を吸い始める。
これは、本堂を運ぶときにも見せた、あの呼吸だ。
彼の身体の周りに、砂色のオーラが漂い始める。
息を吸い終えると、シャオランはヒョイヒョイと崖を登り始めた。
そして、あっという間に頂上まで登りきってしまう。
その様子を唖然として眺める日向。
間もなく、上からロープが降ってきた。
崖の上からシャオランの声が聞こえる。
「ここは武功寺の修業にもよく使われてるんだ。さぁ、そのロープに掴まって!」
シャオランに言われ、日向はロープにしがみつく。
すると、グイグイと日向ごとロープが引っ張り上げられ、あっという間に崖の上に到着した。
「す、すごいね、シャオラン……。そんな怪力持ちだったとは……」
「まぁ、いちおう鍛えてるから……。それより、ここから先は獣道だよ。案内が無いと迷うかもしれない。ボクについてきて」
「シャオラン……なんでいきなり、そんなにやる気に?」
「だって、ボクの家族のため、とか言われたら、協力しないワケにはいかないでしょ……。ひいては、ボクがキノコ病にやられない為でもあるし……」
「……ははは、シャオランらしいや」
「う、うるさいなぁ。ほら、早く行くよ」
「分かったよ。あ、その前に……剣よ、来い!」
日向は念じ、例の剣を手元に呼び寄せる。
いつものように彼の手のひらで火柱が上がり、それが剣の形になった。
「あぁ良かった。海外でもちゃんと来てくれたよ。……ん? どしたのシャオラン。ひっくり返っちゃって」
「も、もう! び、びっくりしたんだよ! いきなり炎が『ボウッ』って出るんだもん!」
「あ、ああ、なんかゴメン……」
「ま、まぁいいよ。それで、それが『星の牙』を倒すっていう剣なの?」
「ああ、その通り。これが『星の牙』を倒す剣だよ。……さて、準備も整ったし、改めて行こうか!」
「お、おぉー!」
二人は武功寺を目指して、道なき道を歩き始めた。




