第387話 想像以上の怪物
「おらおらおらぁッ!!」
「……ッ!」
引き続き、ホログラート基地の地下格納庫にて。
オーバードライヴ状態の日影が、ズィークフリドに『太陽の牙』で斬りかかっている。幅広で身の丈ほどもある両手剣を軽々と振り回して。
だが、ズィークフリドにはかすりもしない。彼はまるで日影の攻撃を観察しているかのように、ギリギリの間合いで日影の斬撃を避け続けている。ある時は後ろに下がり、またある時は身を屈め、横に身体をずらして回避する。
「クソッ、どういう反射神経してやがる!」
「…………。」
「だったら、コイツはどうだぁッ!」
日影が素早く反時計回りに回転し、左の拳で裏拳を繰り出した。
ズィークフリドは、上体を後ろに逸らしてこれを回避。
「まだまだぁッ!」
その裏拳の勢いをそのままに、今度は右の剣で薙ぎ払う。
素早い拳の攻撃と、必殺の剣の斬撃のコンビネーションだ。
剣のリーチは当然、裏拳よりもさらに長い。
裏拳を避けるために上体を逸らしたズィークフリドの顔に届きそうだ。
「ッ!」
ズィークフリドはさらに上体を逸らして逆立ちの体勢を取る。そこからカポエイラの要領で足を開いて回転、日影を蹴り飛ばした。
「ぐぁっ!?」
脇腹を蹴り飛ばされ、床に倒れる日影。
とんでもない重さの蹴りになぎ倒されてしまった。
その日影に追い打ちを仕掛けるべく、ズィークフリドが動く。
「”指電”!」
「……!」
そのズィークフリドの横から、本堂が”指電”を放った。
指パッチンと共に電撃の塊が発射される。
そして、光速の勢いでズィークフリドに迫る。
「ッ!」
ズィークフリドは、本堂の動きに素早く反応して腕を一振り。
振られた腕に、本堂の電撃が直撃する。
直撃した電撃は、ズィークフリドの腕にかき消された。
本堂の隣のシャオランが、慌てふためいている。
本堂の電撃が無効化されたことに対して。
「い、今、電撃を腕で消しちゃったよぉ!? さっきは日影の炎の蹴りを受け止めてたし、あの人には炎も電撃も効かないのぉ!? なんだよそれターミネーターじゃん!?」
「落ち着けシャオラン。あれは恐らく、あの人が着ているコートの性能だ。事前のデータにも載っていただろう?」
ズィークフリドが着ている黒いロングコートは、一見するとただのオシャレアイテムにさえ見えるが、実際はロシア対外情報庁がズィークフリドのために開発した戦闘用の防護服だ。
彼のコートは最新の頑丈な強化繊維で仕立てられており、対斬撃、耐衝撃はもちろん、耐火性能、耐電性能にも優れ、防弾性能まで持っている。もちろん、引っ張っても破けにくく、オマケに軽量だ。
全身凶器なズィークフリドは、戦闘に特殊な武器など必要としない。あえて必要とするならば、己の守りをさらに高める強力な防具。このコートを着ているズィークフリドは、下手な戦車などよりよほど頑強だ。
「ず、ズルい! ただでさえ強いのに、そんな凄い服まで身に着けているなんて、あんまりだよぉ!!」
「お前の防弾道着も似たようなものだと思うが……」
「ボクは怖がりだから良いの! プラマイゼロで採算が取れてるでしょ! それより、ここからの戦いでは、上手く隙を突いてズィークのコートをボロボロにするのも良いかもね。ズィークの守りが薄くなるよ!」
「俺の電撃は防がれる。日影の『太陽の牙』でもそう簡単には斬ることも焼くこともできないだろう。鉄をも切り裂く俺の高周波ナイフなら、あのコートにも対抗できるだろうが……」
やり取りを交わしている間に、日影が復帰して戻ってきた。
改めて、三人とズィークフリドが向かい合う形となる。
「本堂、さっきは助かったぜ。サンキューな」
「構わん。無事で何よりだ」
「おう。それで、ここからどうする?」
「例の作戦、いってみる?」
「おっと、さっそくか。もう使っちまっていいのか?」
「俺は賛成だ。出し惜しんで、追い込まれ、肝心な時に使えなくなってしまっては論外だ」
「オレも同感だな。乗った」
「よしきた!」
掛け合いが終わると、三人が動き出す。
ズィークフリドも構えて、三人を迎え撃つ。
まずは日影がロケットのような勢いで飛び蹴りを繰り出した。
「うるぁッ!」
「ッ!」
ズィークフリドはしゃがんでこれを回避。
日影がズィークフリドの背後へと着地する。
そこへ本堂が両手で”指電”を連射。
「”指電”!」
「……!」
ズィークフリドは身を屈め、あるいは腕でガードして電撃をやり過ごす。本堂が電撃を飛ばす軌道を予測し、機械のように冷静に対処している。
本堂の電撃に気を取られているズィークフリドに向かって、さらにシャオランが突っ込んできた。大きく踏み込み、真っ直ぐ拳を伸ばす。
「せやぁッ!!」
「っ!」
シャオランの攻撃は、ちょうどズィークフリドが本堂の電撃を回避して屈んでいるタイミングで放たれた。これなら回避が間に合わない。
だがズィークフリドは、シャオランの拳を真正面から受け止めた。両手の平でしっかりと。そして左手でシャオランの拳を掴みながら、右手の指でシャオランの喉を突きにかかる。
「ひっ!?」
しかしシャオランは、すぐさま上体を逸らしてこれを回避。
その勢いで二回ほどバク転を繰り出しながらズィークフリドと距離を取った。
「おら、こっちだ!」
「ッ!」
次は、再び日影が攻めにかかる。
ズィークフリドに向かって素早く二回、剣の斬撃を放った。
ズィークフリドはそれを掻い潜り、日影に接近する。
至近距離で拳を喰らわせてやるためだ。
「させねぇぜッ!」
日影はこれに対して、空いている左手で殴って迎撃。
燃え盛る拳がズィークフリドに襲い掛かる。
「……!」
ズィークフリドは、両腕のガードで日影の拳を凌ぐ。
火山弾のような打撃が、連続してズィークフリドの腕に叩きつけられる。
防護コートのおかげで、腕は火傷せずに済んだ。
日影の攻撃を防ぎ切り、ズィークフリドが反撃を仕掛けようとする。
しかし……。
「おっと!」
日影は攻撃を中断して、ズィークフリドから距離を取った。
ガンガン攻める彼にしては、少々引っかかる行動だ。
「…………。」
ズィークフリドは、周囲をチラリと見やる。
今度はシャオランが、攻撃のそぶりを見せている。
戦闘のプロたるズィークフリドは、三人の意図をすぐさま理解した。
彼らは、それぞれに注意を分散させるように動いている。
恐らく彼ら三人の中に、ズィークフリドに決定的な一撃を仕掛けるための『真打ち』がいる。その真打ちを警戒されないように、三人は満遍なくズィークフリドに攻撃しているのだ。全員を真打ちと思わせて、誰が本当の真打ちなのかを悟らせないように。
だがズィークフリドの戦闘における観察眼は鋭い。この三人の中でも、日影とシャオランの攻めの姿勢がひときわ強いことをすぐさま見抜いた。つまり彼らは、残った本堂から注意を逸らすために攻撃を仕掛けている。よって、真打ちは本堂だ。
「ッ!!」
「ぬっ!?」
そうと決まれば、あとは始末するだけ。
ズィークフリドは”縮地法”を使い、本堂の目の前に一瞬で移動。
そのまま至近距離からボディーブローを放つ。
この一連の流れ、あまりにも速い。
常人では回避不可能だ。
「……しかし、常人を辞めてしまっているのは、こちらも同じだ」
「……!」
本堂は、ズィークフリドのボディーブローを回避した。迅雷状態の彼のスピードは、まさしく常軌を逸している。ズィークフリドの”縮地法”に負けず劣らずのスピードで後退し、彼から距離を取った。
「今だ、日影! シャオラン!」
「よっしゃ!」
「わかった!」
本堂の声を受けて、燃え盛る日影と砂色のオーラを纏うシャオランがズィークフリドに飛びかかる。そして、日影が両腕でズィークフリドの左腕を掴み、シャオランがズィークフリドの右足にしがみついた。
「……!?」
ズィークフリドの表情が一瞬、そして初めて、焦りの色を見せた。燃え盛る日影に左腕を掴まれて……ではない。コートの耐火性能によって、日影の熱さは気にならない。
それよりも、日影たちに掴まれて動けなくなってしまったのが問題だ。つまり、真打ちたる本堂の攻撃を無防備で受けることになってしまうからだ。
「へへ……さすがのお前も、オレたち二人がかりで全力で掴まれたら、すぐには振りほどけねぇだろ?」
「ホンドー、成功したよ! やっちゃって!」
「承った!」
日影とシャオランに掴まれて動けないズィークフリドに向かって、本堂が飛びかかる。その右手には、蒼い稲妻を身に纏う高周波ナイフが握られている。
これが、三人が考えた作戦だ。
ズィークフリドのコートは、あらゆる攻撃に対して強力な耐性を持っている。ズィークフリド自身の反射神経と頑丈さも手伝って、彼にまともな攻撃でダメージを与えるのは至難の業だ。
唯一、コートの上からでも大きなダメージを与えられそうなのは、本堂の高周波ナイフだった。鋼鉄をも切断するあのナイフなら、ズィークフリドのコートだろうと切り裂き、その上からズィークフリドを斬りつけることができるはずだ。
そのナイフの一撃を確実に当てるために、日影とシャオランが二人がかりでズィークフリドの動きを止めて、その隙に本堂がナイフで刺す、というのが作戦の大まかな内容だ。
ズィークフリドの推測通り、確かにこの攻撃の真打ちは本堂だった。だがそれより重要なのは、彼の動きを止める役割を持つ日影とシャオランだった。パワーがある二人がズィークフリドを抑え込み、スピードがある本堂がトドメを刺す。
ズィークフリドが日影とシャオランの役割に気付けなかったのは、本堂を狙うように誘導されたからだ。あえて日影とシャオランは攻めの姿勢を強くして、本堂から注意を引こうとするように思わせておいて、本堂に気を取られたところで一気に抑え込む。
この作戦の骨組みを考えたのは本堂だが、陽動作戦を発案して練り込んだのは、この作戦を事前に三人から聞かされた狭山だ。日本陣営が誇る二人の叡智が仕掛けた策略に、ズィークフリドは見事に嵌ってしまったのだ。
「おぉぉぉっ!!」
電気を纏う本堂のナイフが、ズィークフリドに迫る。
一応、ズィークフリドの右腕は掴まれていないため、動かせる。
だが、あの電気を纏う本堂の腕を掴めば当然、電気で焼かれる。
コートに包まれた右腕で本堂の腕を止めても、続く第二撃で腕を刺される。
ナイフそのものを素手で止めても、やはりナイフに流れる電気で焼かれる。
詰みだ。ズィークフリドは本堂のナイフを止められない。
そして本堂も、これを狙ってナイフに電気を纏わせていた。
もしかするとズィークフリドを通して、彼を捕まえている日影やシャオランも巻き添えになって電気で焼かれるかもしれないが、ズィークフリドほどの手練れに痛手を負わせることができるなら、安い出費だろう。
しかも、今の本堂は迅雷状態だ。
恐ろしいスピードでズィークフリドへと肉薄する。
そしてズィークフリドの目の前でナイフを振りかぶり……。
「はぁぁ!!」
目にも留まらぬスピードで振り下ろしてきた。
どうすればこの窮地から脱出できるか、考える余裕さえ与えない。
白刃がズィークフリドの目と鼻の先にまで迫る。
三人は、攻撃の命中を確信した。
「ッ!!」
……しかし。
金属が折り取られる音がした。
本堂のナイフは、ズィークフリドの右肩に叩きつけられていた。
だが、そのナイフから、刃が無くなってしまっている。
折れた刃は、ズィークフリドの足元に捨てられていた。
折れたナイフに高周波を流そうと、切れ味はもはや無いも同然。
結果として、ナイフはズィークフリドのコートを突破できなかった。
本堂の電撃も、無傷のコートに阻まれた。
「なんだとぉ……ッ!?」
「馬鹿な……!」
「ウソ……でしょ……!?」
「…………。」
三人が、驚愕の表情を浮かべる。
ズィークフリドがやってのけた、信じられない芸当を目の当たりにして。
ズィークフリドは、迅雷状態のスピードで迫る本堂のナイフに対して右手を伸ばし、ナイフの刃を指で摘んで、一瞬のうちにへし折ってしまったのだ。
折り取った刃に電気は流れない。折り取る一瞬だけズィークフリドの指に電気が奔ったが、ちょっとした静電気のようなものだ。大したダメージではない。
後はそのまま、折り取った勢いで右腕を振り抜けば、差し出した右肩が本堂の攻撃を受け止めてくれるというワケだ。
迅雷状態の本堂のナイフを捉える動体視力や、高周波ナイフの刃をいとも簡単にへし折るピンチ力……指でつまむ力も凄まじいが、何より恐ろしいのは、一瞬でそれだけの動きを実行してみせた判断力だ。迅雷状態の本堂がズィークフリドに攻撃を仕掛けるまで、わずか一秒あったかどうか。それなのに。
ズィークフリドが左腕を振るい、日影を投げ飛ばす。
さらに右足を大きく振り抜いて、シャオランも飛ばしてしまった。
「ッ!!」
「うおおっ!?」
「わぁっ!?」
投げ飛ばされた二人は、受け身を取ってダメージを軽減。
本堂と合流し、再びひとどころへと固まる。
固まって、ズィークフリドに向かって構える。
「まさか……あんな方法で防いでくるとはな……」
「も、もう無理だよぉ! 謝ろうよぉぉ!!」
「ったくよぉ。見くびっていたワケじゃねぇが……あの野郎、やっぱり想像以上の怪物だな……!」
「…………。」
改めてズィークフリドの実力を目の当たりにして、戦慄する三人。
……だが、三人は知らない。
このズィークフリドという男の本当の恐ろしさは、ここから始まるだと。