表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
406/1700

第386話 VSズィークフリド

 ロシア、ホログラート基地の地下の兵器格納庫にて、日影、本堂、シャオランの三人は、遂にズィークフリドと対峙することになった。手始めに日影がズィークフリドに猛烈な刺突を繰り出したが、ズィークフリドはこれを日影ごと跳び越えて難なく避けた。


 日影の攻撃を回避したズィークフリドが、三人の中心に着地する。

 音もなく、猫のように静かに着地した。


(コイツ、体重は165キロあるって話だろ……? それなのにこの静かな着地。さては意図的に隠してやがるな? ったく、今までその重量に気付かないワケだ……!)


 日影たち三人は、ズィークフリドを取り囲む。

 三人はそれぞれオーバードライヴ、”迅雷”、『地の練気法』を使い、万全の戦闘態勢を整えている。


 日影たちは、もしズィークフリドと対決することになった場合、「殺す気で仕掛けるべき」と狭山から伝えられている。命を取らないように手加減した攻撃では、絶対にズィークフリドは倒せない、と。

 それにズィークフリドは強い。こちらが殺す気で仕掛けても、向こうは上手く生き延びてくれるだろう、とも言っていた。


(オレのオーバードライヴと、本堂の”迅雷”は、そう長くは使えない技だ。ズィークの奴がこちらの動きに慣れる前に、短期決戦で終わらせるしかねぇ!)


 そしてまずは、日影がズィークフリドに攻撃を仕掛けた。

 燃え盛る左の拳を大きく振りかぶり、殴りかかった。


「おるぁッ!」

「ッ!」


 これに対してズィークフリドは、左手で日影の拳を冷静にいなす。

 そして日影を自身の攻撃範囲に引き込み、右の回し蹴りを繰り出した。


(み、右のミドル……! この速度、この高さじゃ、もう退いても屈んでも避けきれねぇ! 左腕でガードするしかねぇか……!)


 意を決して、左から襲ってくるズィークフリドの蹴りに備えて左腕を引き締める日影。そして、ズィークフリドの右足が日影に直撃した。


「うげぇ……っ!?」


 だが、全く受け止めきれなかった。

 蹴りを受け止めた左腕が破壊され、肋骨まで衝撃が走り、内臓を傷付ける。


 日影の身体能力はオーバードライヴ状態により飛躍的に強化されているのに、生身の人間であるズィークフリドのパワーの方が圧倒的に勝っている。


(お……重いなんてモンじゃねぇ……! 『異常』だ! なんつー怪力してるんだよ、この野郎……!?)


 ズィークフリドはそのまま右足を振り抜き、日影を蹴っ飛ばした。

 人が人を蹴ったとは思えないほどの勢いで、日影が飛ぶ。

 床に数回バウンドして、ようやく止まった。

 

 ズィークフリドの背後から、今度は本堂が飛びかかる。

 高周波ナイフの切っ先を真っ直ぐ向けて、突き刺すつもりだ。


「はぁ!」


 迅雷状態の本堂は、各神経系に運動命令を伝えるための生体電気が強化されている。これにより、本堂は通常よりもさらに速いスピードで動くことが可能だ。


 しかしズィークフリドは、本堂の突きを、身体を横に逸らして回避。同時に本堂の足を払い、突き出された腕を押し下げて、本堂を空中で回転させながら背中から床に叩きつけた。


「ッ!」

「ぐぁ!?」


 コンクリートの床に身体を打ちつけられる本堂。

 落下の衝撃で目が見開かれ、呼吸が詰まる。


 ズィークフリドは本堂を休ませない。

 倒れている本堂の頭部目掛けて、右足で蹴飛ばしにかかった。


「ッ!!」

「くっ……!」


 本堂は急いで跳ね起き、その場から飛び退く。

 ズィークフリドの蹴りは、聞いたことがないくらいの重厚な風切り音を鳴らした。


 本堂を援護するように、今度はシャオランがズィークフリドに攻撃を仕掛ける。”地の気質”を身に纏い、右の肘を振るった。


「やぁぁッ!!」

「……!」


 ズィークフリドはわずかに後ろに下がってシャオランの攻撃を回避。その後、右手の人差し指を一本立てて、シャオランを突いてきた。それも一度だけでなく、連続で何度も。


 ズィークフリドの指は、鋼のように鍛えられている。その指一本で突き刺しにかかれば、銃弾と同等の貫通力を発揮する。そんな指で連続で突いてくるということは、それはもはやマシンガンの連射のようなものだ。


 極限以上に鍛え上げた指から繰り出される殺人技の数々。

 これぞ彼の我流暗殺拳、『鋼指拳』だ。


「くぅぅ……!」


 シャオランは、左の腕を盾のように構えながら、ズィークフリドの攻撃を凌ぐ。ある時は腕で防ぎ、またある時は上手くズィークフリドの攻撃の軌道を逸らしながら。そしてジリジリと、ズィークフリドとの距離を詰めていく。


 ある程度距離を詰めると、一気にシャオランが踏み込んで、ズィークフリドに殴りかかった。


「せやぁッ!!」

「っ!」


 ズィークフリドはこれを間一髪で回避。

 しかしシャオランはズィークフリドを逃がさない。

 刻むような踏み込みで追い打ちを仕掛ける。


 この戦いで特に頼りになるのは、シャオランだ。『予知夢の五人』の中で現状、最も対人戦闘に優れている。さらに練気法は日影たちの異能と違い、長く発揮できないという制約もない。


 しかしシャオランにとっての唯一の懸念点は、ズィークフリドとの身長差だ。その差は実に30センチ以上。さらにシャオランが得意とする八極拳は肘を攻撃に使用するため、射程が極めて短い。


 ズィークフリドほどの手練れを相手に、リーチ差を掻い潜って接近するのは至難の業だ。いくらシャオランといえど、この戦いは相当に厳しいものになるはずだ。


「けど、ボクには仲間がいる! 三人で挑めば、きっとズィークにだって負けない! せやぁッ!」


 シャオランは体勢を低くしながらズィークフリドに接近し、右肘を下から振り上げた。


「ッ!」


 ズィークフリドは、これを小さく後ろに下がって回避。

 無駄のない回避から、素早く攻撃に繋げる。

 シャオランとの距離を詰め、左右の拳のコンビネーションで攻める。


「ッ! ッ!」

「うわっとっと……!」


 ズィークフリドの拳を、シャオランは時に回避し、時にガードし、上手く捌いていく。やはりシャオランも才気溢れる武闘家だ。ズィークフリドの動きに食らいついている。


 ズィークフリドがシャオランの側頭部目掛けて左の回し蹴りを放つ。

 シャオランは、これを屈んで回避。


 その蹴りを踏み込みとして、ズィークフリドがシャオランとの距離を詰める。ズィークフリドがシャオランを、自身の拳の射程範囲内に深く捉えた。これ見よがしに大きく右腕を振りかぶり、シャオランに殴りかかった。


「うひゃっ!?」


 シャオランは素早く左腕を構えて、これをガード。

 しかし、ガードした右腕に、とんでもない衝撃が走った。


「痛ったぁぁぁ!? 『地の練気法』をしっかり固めて、防弾道着の上からなのに、この威力って!? どうなってるんだよぉこの人のパワーは!?」


 シャオランはズィークフリドの拳をガードした際、ダメージを斜めに逸らして威力を逃がした。そのテクニックを使って、このダメージなのだ。マトモに腕で受け止めていたら、骨ごと粉砕されていたかもしれない。


 ヤクーツクにおいては、ズィークフリドは自身の三倍以上の体格を誇るビッグフットを、右腕一本で殴り飛ばしてみせた。彼の腕力は、人間の範疇で考えるべきではない。


 シャオランは、ダメージを負った左腕を庇いながら後退。

 これに対して、ズィークフリドはゆらりと身体を前に倒す。


 瞬間、シャオランの目の前にズィークフリドの姿が現れた。

 ”縮地法”だ。


「や、やば……!?」


「させんっ!」


「っ!」


 シャオランに攻撃を仕掛けようとしたズィークフリドに向かって、電撃が飛んできた。本堂の”指電”だ。


 いくらズィークフリドといえど、放たれた電撃を見てから避けるのは不可能だ。だが、本堂の”指電”の動作なら見切ることができる。本堂が電撃を放つより早く身を屈めて、本堂の”指電”を回避した。


「まだまだ!」

「ッ!」


 本堂はさらに連続で”指電”を放つ。

 対するズィークフリドは”縮地法”を使用。

 瞬間移動を繰り返すように電撃を回避しながら、本堂に接近する。


「ッ!!」

「おぉぉっ!!」


 ズィークフリドが本堂の目の前に現れて、攻撃を仕掛ける。本堂の顔を引き裂くべく、右手の五本指を鉤爪状にして突き出してきた。


 本堂はこの攻撃に素早く反応し、顔を逸らしてこれを回避。さすがの反射神経だ。そのままズィークフリドの顔面に向かって、蒼い稲妻を纏う右手でカウンターを仕掛ける。


 しかしズィークフリドは、大きく仰け反って本堂の右手を回避。同時に大きなバク転を繰り出し、振り上げた足で本堂を蹴飛ばした。


「っ!」

「くっ!?」


 本堂は咄嗟に腕でガードするが、蹴りの重さはかなりのものだ。

 大きく仰け反ることでダメージを逃がしたが、下手に踏ん張っていたらそれだけで腕をやられていたかもしれない。


 バク転から着地するズィークフリド。

 そのちょうど近くに、日影が接近してきていた。

 先ほど受けた回し蹴りのダメージは、既に”再生の炎”が焼き消している。


「おるぁぁッ!」

「ッ!」


 ズィークフリドの着地の一瞬の隙を突いて、日影が攻撃を仕掛ける。身体を反時計回りに回転させながら飛び上がり、右足で炎の旋風の如き回し蹴りを繰り出した。


 ズィークフリドは左腕でこの攻撃をガード。

 岩をも粉砕する日影の蹴りは、しかしズィークフリドにしっかりと受け止められた。ズィークフリドは吹っ飛ばされるどころか、その場から一歩も動かず日影の攻撃を耐えきった。


「く……この野郎、なんて重さだ……! やっぱりあの馬鹿げた数値の体重は本当マジだったみてぇだな!」


「……!」


 ズィークフリドが、ほんの少しだけ目を見開いた。

 日影が自分の体重の秘密を知っていることに少し驚いているようだ。


「へっ、隠れデブがバレてショックかよ? 焼いて燃焼してやるぜ!」


 日影は続けて、燃え盛る『太陽の牙』を横薙ぎに振り抜く。

 だがズィークフリドは、身を屈めて足払いを仕掛ける。

 日影の横斬りは回避され、ズィークフリドの蹴りで転ばされた。


「ちっ!? 野郎……」


「ッ!!」


「うおおっ!?」


 ズィークフリドは宙返りをしながら、日影を踏みつけにかかる。倉間の脚をへし折ったのと同じ攻撃だ。急いで日影は立ち上がり、その場から退避。


 さっきまで日影の頭があった場所に、ズィークフリドが右足一本で着地。コンクリートの床が踏み抜かれ、陥没した。やはりこの男、鉛のように重いらしい。


「あっぶねぇ!? 頭を潰されるところだったぜ……!」


「日影、大丈夫か?」


 日影のもとに、本堂とシャオランが走り寄ってくる。

 構図は戦闘開始の時と同じになり、仕切り直しの形だ。


「やはり、強いな。あの人は」


「ああ、強ぇ。本当に強ぇ。だが、今のところは食らいつけているぜ」


「う、うん。この調子でいければ、なんとかなるかも……」


「まだ、対あの人のために考えた連携も温存しているしな」


「よっしゃ、戦闘続行だぜ。行くぞお前ら!」


 三人が、再びズィークフリドに攻撃を仕掛ける。



「…………。」


 活気づく三人とは対照的に、ズィークフリドは不気味なくらい静かに佇んでいた。



◆     ◆     ◆



 一方、こちらはホログラート基地の執務室。

 ここには日向と、グスタフと、スーツケースに閉じ込められている北園と、そしてオリガがいる。


 オリガは執務室の机のパソコンで、地下格納庫での戦いを、監視カメラを通して観ていた。この基地周辺には『電波妨害』の雪が降っているが、基地内の監視カメラは有線で繋がっている。無線によるデータ送信ではないため、問題なくリアルタイムの映像を見ることが可能だ。


「……ふふ、うふふ、あっはははははははは!」


 パソコンを見ていたオリガが突然、笑い出した。

 腹を抱えて、満面の笑みだ。


「ああ、ズィーク! やっぱりあなたは私の味方をしてくれるのね! 本当に素敵! 愛しているわ!」


「ズィークさん、どうして……」


「ぬぅ……ズィーク……」


「うふふ。悔しいでしょうね二人とも。良い眺めだわ。気分が良いから、この映像をスクリーンに映し出してあげる。皆で観ましょうよ、日影たちの敗北を」


 オリガがパソコンを操作して、壁にかかっているスクリーンに映像を映し出す。地下格納庫内の天井に設置されている複数の監視カメラが、ズィークフリドと日影たち三人の戦いを現在進行形で記録していた。


 パソコンの操作が終わると、オリガは机を離れて、北園を閉じ込めているスーツケースの上に腰を下ろした。


「……ああ、けれど、ズィークに最初から意識があったってことは、私がキスしたこととか、当然覚えているのよね……。彼に意識が無いからと思って、あんな大胆なことをしちゃったのだけれど、恥ずかしくなってきたわ」


「オリガさん、ズィークさんが好きなんですか」


「ええそうよ。言わなかったかしら?」


「たしか、ヤクーツクで初めて一緒に仕事をした時、気になる人がいるって言っていたような気はします。ズィークさんだと聞かされるのは初めてかと」


「そういえばそうだったわね。彼、素敵でしょう?」


(清々しいくらい、惚気のろけてるなぁ……)


 オリガはすっかり勝ち誇っている。先ほどまで取り乱していたのが遠い昔のように、今では余裕の表情だ。そんなオリガに、日向は声をかける。


「……ねぇオリガさん。あなたの精神支配マインドハッカーの特徴、また少し分かりましたよ。さっきの、この部屋でのやり取りで」


「へぇ。何が分かったのかしら」


「あなたは、支配している相手には遠隔で命令を下すことができるみたいですが、相手をちゃんと支配できているかどうかは、あなた自身にも分からないみたいですね。でなければ、ズィークさんが今まで操られているフリをしていて、オリガさんが気付かないのはおかしいですもん」


「そうね。確かに私は、相手をちゃんと操ることができているかどうか、コンピューターのように正確に判断する術が無いわ。相手の様子を見て、直接確かめないといけない。意外と細かいところで制約が多いのよ、この能力」


「……今回は悔しがってくれないんですね。牢屋の時みたいに取り乱してくれることを期待したんですけど」


「だって、今の私にはズィークがいるもの。彼がいれば、いくら私の能力の詳細がバレようと、もう私の勝利は揺るがないわ」


「日影たちは強いですよ。いくらズィークさんでも手こずると思います」


「ふふ……あなたはズィークを甘く見ている。彼はあなたたちと何度か共闘したけれど、まだまだ手の内の全てをさらしてはいないのよ?」


「……何ですって?」


「日影たちは思い知ることになるわ。ズィークの本当の強さを。あんなロシアの大隊だって、ズィーク一人の方がまだ強いわ。彼はまさしく最強のエージェントなのよ。私なんかよりも、ね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ