第384話 突入戦
真夜中のホログラート基地に雪が降っている。『電波妨害』の能力を持つ雪だ。そしてその雪が降りしきる中、激しい戦いの音が鳴り響いていた。
「おるぁぁッ!!」
日影がマモノたちに斬りかかる。
大きな横の一薙ぎで、多数のマモノたちが斬り飛ばされた。
ロシア軍とテロ組織『赤い稲妻』の全面対決が遂に始まった。
軍にとって懸念事項だった捕虜たちは、すでに基地内の日向たちが解放した。ロシア軍はもう何の遠慮も無しに、思いっきり攻撃を仕掛けている。あるところでは銃声が鳴り響き、またあるところでは戦車の主砲が放たれる。
そんな中、日影と本堂とシャオランの三人も、マモノを相手に立ち回っていた。
「せやっ!」
「ギャンッ!?」
本堂が高周波ナイフを投げる。
ナイフの切っ先は、アーマーウルフの頭部に命中。
頭部を守っていたアーマーごと貫いて、アーマーウルフを絶命させた。
「ふッ! はぁッ!」
シャオランが”地の気質”を身に纏い、アイスリッパーたちを蹴散らしていく。その横から別のアイスリッパーがシャオランに斬りかかるが、シャオランはそのアイスリッパーの鎌をガード。金属音を立てて、アイスリッパーの氷の鎌が砕け散った。
「危ないだろぉぉ!?」
「ギャッ」
シャオランは、拳でアイスリッパーを叩き潰した。
鎌をガードした彼の道着の袖には、傷一つ付いていない。
この道着もまた特別製で、高い防御性能を誇っているのだ。
「どけどけ! 今さらテメェらごとき相手になるか! オレたちはさっさと基地内に侵入して、ミサイル発射を止めるんだよ!」
そう言いながら、日影がマモノたちに斬りかかる。
アイスリッパーやマシンガンウルフが切り刻まれ、倒れていく。
当初の作戦通り、日影たちは他のロシア軍に先立って基地の建物内に侵入し、大暴れするのが目的だ。そのためにはまず、急いでこのマモノたちを突破しなければならない。
「建物の出入り口の多くは、無人の車両や戦車で塞がれているようだ。俺たちは予定通り、地下の兵器格納庫から内部へ侵入するぞ」
「了解だ! おらっ、くたばれ!」
「ギャンッ!?」
日影たちが目指すのは、この基地の地下にある、戦車や車両などを停めている兵器格納庫だ。そこには基地の本部へと通じる地下通路があり、日影たちはそこから基地内部へ攻め入るつもりなのだ。
「ブゥゥゥン……」
「む、ヘルホーネット……!」
吹雪に乗じて、空からヘルホーネットが飛来してきた。
そして一斉に、本堂へとまとわりつく。
百匹以上の黒い殺人バチたちが、本堂に毒針を打ち込むつもりだ。
「う、うわぁぁぁホンドーが虫にやられたぁぁ!?」
「落ち着け、シャオラン。まだ毒針は喰らっていない」
「む、虫まみれのホンドーが喋ったぁぁ!?」
「やれやれ、落ち着けと言ってるだろうに。……はぁぁっ!!」
掛け声とともに、本堂が全身から放電を開始。バチィ、と電気に焼かれて、本堂の身体にまとわりついていたヘルホーネットたちが、一匹残らず地に落ちた。紫外線ライトに惹かれてやって来た羽虫のように。
「そ、そっか、ホンドーにはそれがあった……。ヘルホーネットにまとわりつかれても、大丈夫なんだね……」
「そういうことだ。普通の人間なら、ああなったらもう助からないだろうがな」
「やるじゃねぇか、本堂! オレも負けていられねぇな!」
仲間の奮戦を見て、日影がニヤリと笑う。
そして一気に地下格納庫へと続くスロープへと走り寄る。
……だがそこから、大きな戦車が一台出てきた。
近くにいた日影に、機銃の射撃を仕掛ける。
「ちぃッ! 戦車だと!?」
日影は急いでその場から離れて、機銃の銃弾を回避。
戦車の周りを回るように、戦車の攻撃を引きつける。
だがそれも、いつまでもは続かないだろう。
日影の後に続く本堂とシャオランは、まだ戦車に補足されていない。
乗り捨てられていた車両の陰に隠れながら、様子を窺っている。
「ちょっ、せ、戦車ぁ!? テロリストの人たち、戦車持ってるのぉ!?」
「あれは恐らく、この基地に配備されていた戦車だろう。テロリストの連中が鹵獲したか」
「い、今すぐ逃げよう、すぐ逃げよう! 人間が戦車に勝てるワケないじゃん!」
「まぁ待てシャオラン。俺が思うに、あの戦車に乗っているテロリストたちも、まだ操縦に慣れていないのではないだろうか。動きがおぼつかないように見える」
「え、えっとつまりそれは、どうすればいいの……?」
「つまり、あの戦車を潰すなら、操縦に慣れていない今がチャンスということだ」
すると本堂は、戦車が日影の方向を向いている間に後ろから走り寄って接近。わずかな時間で戦車との距離を詰めると、高周波ナイフを二本抜き放ち、左右の手で構える。
「はぁぁ!!」
そして戦車を駆け上がりながら、素早く左右のナイフを振るう。
戦車の主砲が、機銃が、ミサイルが、キャタピラが、あっという間に切り刻まれて破損した。これでもう、この戦車はちょっと丈夫な鉄の棺桶へと成り果てた。
「よっしゃ、ナイスだぜ本堂!」
「戦車に勝ったぞ。これは舞に自慢できるな」
「うひゃああ……よくやるよ本当に……」
「さぁ、このまま突き進むぜ! ミサイル発射を阻止して、オリガたちをぶっ飛ばして、北園を助けてやらねぇとな!」
「ヒューガもね!」
「アイツはどうでもいい」
「またまたぁ。そんなこと言って、ヒカゲも実は心配してるんでしょ?」
「なんだテメェ、殴られたいのか」
「ひっ」
「ふむ。こういう掛け合いができるのも、今のところ心に余裕があるおかげだ。この調子でいければいいのだが……」
やり取りをしながらも、日影たち三人はスロープを通って、無事に地下格納庫へと侵入した。余力も十分。ここまでは実に順調であった。
◆ ◆ ◆
一方、こちらはホログラート基地の敷地外。
ロシア軍とテロ組織の最前線から、少し離れた場所。
そこに、ロシア軍の拠点が設置されていた。
「狭山さん、報告します! そちらのマモノ討伐チームの三人が、予定通り地下格納庫へと侵入したようです!」
「了解。報告ありがとう」
ロシア兵の報告に返事をしながら、狭山は別の人間に指示を出したり、拠点内の計器を操作したりしている。
『電波妨害』の能力を持つ雪によって、狭山は前線の日影たちやロシア軍をオペレートすることができない。そのため、それ以外の仕事で彼らを援護しなければならず、戦況の確認は偵察兵から口頭で聞かなければならない。
「基地内に侵入させた先行部隊は、日影くんたちだけじゃない。ロシア軍から選りすぐった精鋭たちを集め、四つのチームを新たに結成させた。日影くんたちを合わせて、計五つのチームが基地内に攻め込んでいるはずだ」
だがここだけの話、日影たち以外の先行部隊は囮だ。派手に暴れてもらって、本命である日影たちから注意を逸らすのが目的である。
確かに経験豊富で訓練も積んでいるロシア兵たちの戦闘力も相当なものだが、それでも超人たる日影たち三人の方が強いと狭山は踏んでいる。
「五つのチームで満遍なく基地を攻略する必要はない。真に強い一チームが最大限に威力を発揮できるように、残りの四チームで援護する。これぞ正しく一点突破。並の陣形では防衛できないはずだ」
あとは囮のチームが、目下最大の脅威であるズィークフリドを引きつけてくれていれば言うことなしなのだが、果たして。
……と、その時だ。
狭山のもとに、複数の偵察兵たちが転がり込んできた。
「さ、狭山さんっ! 報告します! コンドラート班が壊滅しました!」
「こ、こちらも! アンナ班とマカール班が壊滅したとの報告が!」
「じ、自分も、ヴィクトル班の全滅の報告に来ました……。現在、ヴィクトル班がこちらへ退却しているところです……」
「な、何だって……?」
偵察兵が名を上げた四班は、先ほど話に出た、日影たちの囮として突入させた先行部隊だ。彼らもまた高い実力を持つ精鋭たちだったのだが、一斉に壊滅してしまったという。さすがの狭山も、動揺を隠しきれなかった。
「いったい、原因は何だ? 彼らがやられたというのも信じがたいが、何より全滅するのがあまりにも早すぎる。彼らの身に何があったんだい?」
「それが……コンドラート班は一時、無事に基地に侵入しましたが、直後に基地の壁を破壊して、銀のロングヘアーの男に襲われたそうです」
「こ、こちらも同じです! 黒ずくめの男が壁を破壊して、アンナ班やマカール班を襲ったと!」
「お、同じく……」
「なるほど、ズィークフリドくんの仕業か……!」
狭山は、合点がいったように呟いた。
偵察兵の話からして、先行部隊を襲撃したのはズィークフリドで間違いない。だがいくら彼でも、普通に基地を移動するだけでは、これほどの早さで四つの先行部隊を叩き潰すのは不可能なはずなのだ。基地内部の構造は複雑だし、なにより四つの部隊は、それぞれ建物の東西南北の四方向から攻めさせたのだから。
どうやってズィークフリドは、単独で、バラバラに侵入した四つの部隊を、これほどの早さで殲滅したのか。いったい、どのようなトリックを使って。
言ってしまえば答えは単純。ズィークフリドは恐らく、基地内の壁を破壊しながら四つの部隊のもとへと移動したのだ。基地の通路を馬鹿正直に辿るのではなく、壁を破壊して基地内を一直線にショートカットし、先行部隊を襲撃したのだ。だからこれほどの早さで四つの部隊に追い付き、壊滅させることができた。
「いやはや、彼という人間には本当に、毎度のごとく驚かされる……!」
狭山は、してやられたという表情を浮かべたが、同時に呟いたその言葉には、心からの賞賛がしっかりと込められていた。
これで残る先行部隊は、日影たち三人だけとなった。
果たして彼らは無事に、ホログラート基地を攻略できるのだろうか。