第380話 連携の強さがチームの強さ
引き続き、ホログラート基地の地下武器庫にて。
金属物の山に押し潰されている日向を、シチェクが掘り起こしている。
「大丈夫か、日下部! 今、助けてやるからな!」
「シチェクさん、どうして……? 逃げたはずじゃ……」
「阿呆が! お前一人を置いて逃げるはずがなかろう! あれを見ろ!」
「あれは……まさか……!」
「俺様たちロシア軍人は、誰一人として逃げてはおらんぞ!」
潰れたままながらも、なんとか上体を起こす日向。
その日向の視線の先では、ロシア兵たちがジェネラルウルフと戦っていた。それも、武器も何も持たずに、丸腰で。丸腰のまま、全員がジェネラルウルフに飛び掛かり、しがみついていた。
「武器を持っていたらすぐに磁力で奪われるし、武器ごと振り回されてしまう! だったら素手で挑むだけだ!」
「お前ら、しっかり掴まってろ! 振り落とされるなよぉ!」
「ウルォォ!? グルォォンッ!!」
「うぇぇぇ……落とされるぅぅ……!」
「しっかりしろイーゴリ! アンドレイを見てみろ! アイツ、右腕一本でジェネラルウルフの右後ろ脚にしがみついてるんだぞ! どうなってるんだアイツ!」
「キールはしっかり犬コロの目を塞いどけ! 動物ってのは、視界が塞がると大人しくなるらしいからな!」
「嘘つけ! じゃあコイツのこの暴れようはなんなんだよ!
……ぶぁ!? 舌噛んだ!」
「お前たち、あまり無駄口を叩くな! キールみたいになりたくなければな!」
三十人余りのロシア兵たちが、一斉にジェネラルウルフにしがみつき、動きを封じ、拳で殴り、毛皮をむしっている。
ジェネラルウルフも必死に暴れ、ロシア兵たちを振り落とそうとしているが、なかなか上手くいっていないようだ。恐らく日向の推測通り、マーシナリーウルフたちとの連携に重きを置くジェネラルウルフは、自分が直接戦うのは苦手なのだと思われる。動きが見るからに鈍重だ。
以上の光景を見せられた日向は、唖然とするしかなかった。
「ぴ……ピクミンかよ……」
「皆がああやって時間を稼いでいる間に、俺様がお前の救出を請け負ったのだ! さぁ、もう少しの辛抱だぞ!」
そう言ってシチェクが、日向の上にのしかかっている、ひと際大きい金属の棚を持ち上げようとする……が。
「う……ぐ……!」
シチェクの表情が苦しそうだ。
痛みのあまり背中に力を入れられない、といった様子だ。
「シチェクさん!? 大丈夫ですか!?」
「ぐ……この程度……!」
「そういえば、ズィークさんに背骨をやられていたんでしたっけ……。シチェクさんもここまでガッツリ戦っていたから、痛みがマシになってきたのかと思ってましたけど、無理して戦闘に参加してましたね!?」
「ふ……そういうのはあえて黙っておいて、何食わぬ顔で皆を助けてやるのが、カッコイイ男というものだろう?」
「ぐぅ……否定してやりたいところですけど、その無理を押し殺す姿、素直に格好良いですよ……」
「おぉ! そうだろうそうだろう! お前も分かっているじゃあないか! よぅし、その一言で、勇気がモリモリ湧いてきたぞぉ!!」
シチェクは再び、日向を押し潰している金属棚に手をかける。
額に脂汗を浮かべながらも、全身に渾身の力を込めて、持ち上げる。
「ぬぅぅぅおぉぉぉりゃああああああッ!!」
そして、雄たけびと共に金属棚を持ち上げ、日向の救出に成功した。
日向は、大きく呼吸をしながら、フラフラと立ち上がる。
「はぁ……はぁ……助かりました、シチェクさん……」
「ぐ……ぬぉぉぉ……」
「し、シチェクさん? どうしたんですか? 床に倒れて、陸に打ち揚げられた魚みたいに口をパクパクさせて……」
「せ、背骨……背骨が、ピキッと、来てしまった……!」
「ああ……ここまで無茶してきたから……。おかげで助かりましたけど……」
「それより日下部よ、皆を援護してくれ! 皆がジェネラルウルフの動きを止めている間に、その剣で攻撃するのだ!」
「……はい、了解です!」
シチェクの言葉を受けて、日向はジェネラルウルフに向かって走る。
その手に『太陽の牙』を携えながら。
「太陽の牙……”点火”ッ!!」
日向の剣が紅蓮の炎を纏う。
触れるだけで、その触れた手が蒸発してしまいそうなほどに。
「皆さん! どいてくださーい!」
「日下部が来た! 日下部が復活したぞ!」
「ドミトリー! ザハール! そこから降りろ!」
「了解だ!」
日向が接近すると、ジェネラルウルフの胴体にしがみついていた二人のロシア兵が飛び降りた。これによって、日向がジェネラルウルフに攻撃するためのスペースができた。
「喰らいやがれぇぇっ!!」
「グァァァァアァァッ!?」
イグニッション状態の日向の剣が、ジェネラルウルフの胴体に深々と突き刺さった。同時に肉が焼かれ、毛皮が燃え上がる。
「グァァァァッ!? ガァァァァッ!?」
ジェネラルウルフは大絶叫を上げ、さらに激しく暴れまわる。命の限りを振り絞っているかと思うほどの大暴れだ。
「うわっ!? 振り落とされた!」
「だ、ダメだ! もう限界だ……!」
「皆、十分だ! ジェネラルウルフから離れろ! この大暴れに巻き込まれて怪我するぞ!」
アンドレイの声を受け、ジェネラルウルフに張り付いていたロシア兵たちが一斉に離れていく。皆、必死でしがみついてくれていたのだろう。息を切らせていない者が、一人もいない。
「グ……ウルォォォンッ!!」
ジェネラルウルフが鳴き声を張り上げる。
再び、周囲から大小さまざまな金属物が引き寄せられてくる。
それも、今までよりさらにたくさん。
「グルオォォンッ!!」
ジェネラルウルフが一声鳴くと、集まってきた金属物が、ジェネラルウルフを中心に猛スピードで渦を巻き始めた。さながら、金属物の台風だ。そしてその状態で、ゆっくりと日向たちに近づいてくる。
「な、なんだあの攻撃!? どうすりゃいいんだ!?」
「あれじゃ近づけない! 銃で撃っても、弾丸が弾かれる!」
「野郎、こっちに近づいて来るぞ! 俺たちの後ろは行き止まりだ! 追い詰められる!」
「く、クサカベ! なんとかならないのか!?」
「うーん……ここでジェネラルウルフに向かって、このイグニッション状態の『太陽の牙』を投げてみてもいいんですけど、無事にあの金属物の台風を突破してジェネラルウルフに命中してくれるか、それとも途中で弾き飛ばされるかは、ほとんど賭けですね……」
「なに、もっとスマートな方法がある」
そう言って日向の隣に並んだのは、アンドレイだ。
ボロボロになった左腕をだらりとぶら下げ、無事な右手には手榴弾を一つ持っている。
「日下部。今、ヤツを『金属物の台風』と呼んだな?」
「ええ、呼びましたけど……ああ、そういうことですか」
「そういうことだ。台風には『目』がある。そこにヒョイっとコイツを投げ入れてやればいい」
そう言って、アンドレイが手榴弾のピンを口で咥えて外し、下手で放り投げる。手榴弾はアーチを描きながら、金属物の台風の中心にいるジェネラルウルフの足元に落ちた。
そして手榴弾が、爆発を起こした。
「グルァァァッ!?」
爆発に巻き込まれたジェネラルウルフが、絶叫を上げた。
渦を巻いていた金属物も、全て床に落ちた。
「今だ日下部! 決めてしまえ!」
「了解! でりゃあああああっ!!」
アンドレイの言葉を受けて、日向がジェネラルウルフに斬りかかる。
剣は、まだイグニッション状態を保っている。
勝敗は、もはや決した。
……と、思われたが。
「ワォンッ!」
「ぐぇ!?」
今まさにジェネラルウルフに斬りかかろうとした日向の横から、合金アーマーを纏ったマーシナリーウルフことアーマーウルフが突撃してきて、日向を吹っ飛ばしてしまった。
「ワオーンッ!」
「バウッ! バウッ!」
「ガルルルルッ!」
「や、ヤバい! マーシナリーウルフの増援だ!」
武器庫に、再びマーシナリーウルフの群れが現れた。
マシンガンウルフが日向たちに銃撃を開始する。
「し、シールドを拾え! 銃撃を受け止めるんだ!」
「とにかく、近くのコンテナの後ろに隠れろ!」
「くっそぉ、犬コロの奴ら……!」
ロシア兵たちは引き下がるしかない。ジェネラルウルフへの攻撃を中断し、近くの遮蔽物に隠れて、マシンガンウルフの銃撃をやり過ごす。
「ウゥ……ウォォン……」
そしてその間に、ジェネラルウルフは武器庫から出ていった。
それに追従するように、マーシナリーウルフたちも部屋から出ていく。
日向たちへ銃撃を続けながら、自分たちを追わせないように。
やがてマーシナリーウルフたちは皆、部屋から出ていった。
武器庫内に、ようやく静寂が訪れた。
「……奴ら、逃げたのか?」
「ここまで来たら、もう攻め続けてくるものと思っていたが、生存を優先させたようだな」
「……そういえばオリガさんは、マモノたちに生存を命じていたんだっけ……」
「なんにせよ、俺たちは生きてるんだな……」
「ああ。しかも全員無事でな。本当に良くやったよ……」
ロシア兵たちの表情が、安堵で緩み始める。
歓声を上げる者まで現れ始めた。
逃げ場無し、負傷者多数、『星の牙』までいるという圧倒的不利な状態での戦闘だったが、皆が力を合わせたおかげで、乗り切ることができた。日向もひと安心し、胸をなでおろす。
「……そういえば、『連携の強さがチームの強さ』だとかなんとか、日影が言っていたような気がするなぁ。ああ、今ならその言葉の意味がよく分かる」
「お前たち、安心するのはまだ早いぞ。休んでいる暇は無い。一気にこの基地から脱出だ」
「イエッサー。帰ったら浴びるほど酒を飲んでやるぜ!」
「おま、この場面でそういう不吉な台詞を言うの止めろよ!」
「は? 俺なんか変なこと言った?」
ともあれ、一同はひととおり新しい武器を調達したのち、武器庫を後にした。目的地の下水道まであと一息。そこまで到着できれば、脱出できたも同然だ。