第39話 石暁然
とりあえず、キノコ病にやられた北園と本堂は、診療所に安置した。あとは、今日の日向の宿を決めるだけである。
「本当に、俺にキノコ病が効かないのなら、いっそあの診療所で寝るのもアリか……? けど、やっぱり迷惑かな……」
「……もしよかったら、ウチに来る?」
「え? いいの?」
日向と並んで歩くシャオランが、提案してきた。
「とりあえず、親に聞いてみるよ。たぶん大丈夫だと思うけど……」
とにもかくにも、日向としては願ったり叶ったりだ。
さっそく日向は、シャオランの家について行くことにした。
シャオランの家は、こう言ってしまうのは大変心苦しいが、お世辞にもきれいな家とは言えない。中国映画に出てくるスラムのボロい家という感じだ。
玄関をくぐると、彼の両親と思しき夫婦が日向を出迎えた。家族の中で日本語が分かるのはシャオランだけだそうで、シャオランの通訳のもと、日向はここに一晩泊めてもらうよう頼んだ。
シャオランの両親は、雰囲気だけでも伝わるくらい良い人で、日向の滞在も快く了承してくれた。
日向がシャオランの家に上がると、その中に一人の男の子を見つけた。
シャオランとそっくりの見た目だから、きっと弟なのだろう。
「ニイハオ!」
「この子は浩然。お察しの通り、ボクの弟だよ」
「かわいいね。歳はいくつ?」
「今年で5歳だよ。一人っ子政策が緩和された後、父さんと母さんが産んだ子で、ボクとはかなり年の差があるから、なんかもう自分の子供みたいに感じるよ」
「え、そんなに年の差があるの? 5歳くらいしか変わらないように見えるけど」
「えっ」
「え?」
シャオランが素っ頓狂な声を上げた。
(な、なんだ? 俺、何かマズイことを言ってしまったのか?)
焦る日向。
そんな彼に対して、シャオランが口を開く。
「……ヒューガ。ボクは16歳だよ」
「へ? ……あれ? じゃあ、俺と同い年!?」
そう。16歳といえば、日向や北園と同い年。日本の高校一年生。しかし目の前のシャオランは、どう見ても小学5、6年生くらいにしか見えない。
見れば、シャオランの瞳が遠いどこかを見ている。
間違いなく、自身の身長が低いのを気にしているのだろう。
それを察した日向は、シャオランに頭を下げる。
「ご……ごめん、シャオラン。まさか同い年だったとは……あ、いや、こう言うのも失礼か……」
「いや、いいんだヒューガ……慣れてるから……。それより、さっき言ってた『予知夢』って……?」
「ああ、今から説明するよ」
診療所で北園に告げられた言葉。
シャオランは、予知夢に出てきた仲間に似ている。
つまり、シャオランは日向たちの四人目の仲間かもしれないのだ。
日向はシャオランに、これまでの出来事について話し始める。
『マモノ災害』のことについてはあまり他言しないように、と倉間から釘を刺されていたが、シャオランはもしかしたら、日向たちの戦いの当事者になるかもしれない人物なのだ。何も隠すことは無いだろう。
「……というワケで、できればシャオランにも俺たちの仲間になってほしいなー、なんて……」
「イヤだ!!」
「うわー即答」
ひどく怯えた様子で、シャオランはキッパリと、日向の頼みを断った。こうも一刀両断にされると、日向はもう攻めるに攻められない。
「そりゃあまぁ、いきなりこんな話をされて、信じられないかもしれないけど……」
「い、いや、ヒューガの話は信じるよ? ボクだって、寺であのキノコの化け物を見たし……。けど、その、マモノと戦うって、絶対に危ないよね? だったら、ボクはイヤだ。戦いたくない。痛いの怖いの大嫌い」
「筋金入りだなぁ……」
「なんなら、あのキノコ病の診療所を案内して回った時だって、ボクに移らないかビクビクしてたよ」
「筋金がダイヤモンドで出来ている……」
シャオランは見てのとおり、ひどく臆病な性格をしている。だからこそ、マモノとの戦いという危険行為に関わりたくないのだろう。今まで北園の話を信じようとしなかった日向、本堂とはまた違った、厄介な断り方である。
「で、でもシャオラン、武功寺に通ってるってことは、戦えるんだろ? 師匠もいるらしいし、本堂さんを軽々運んでたじゃないか」
「素手で化け物に勝てるわけないだろ!」
「まぁ、おっしゃる通りで……。ところでシャオランは、なんで武道を始めたんだ? それだけ怖がりなのに武道をしてるって、純粋に興味があるなー」
「ボクが鍛えている理由なんて、痛い目に合わないように、ってだけだよ。昔は身長の小ささで周りからバカにされてて……」
「あー、ゴメン、トラウマを抉ってしまったかな……?」
「い、いや、せっかく聞いてくれたから、話すよ」
シャオラン曰く。
シャオランは、幼いころから周りの子供たちより身長が小さかった。
そして、ただそれだけの理由で、いじめられていた。
昔から臆病な気質のシャオランだったが、エスカレートしていくいじめに耐えられなくなり、強くなっていじめられない力を身に着けたいと願った。
そこで、自分の住む町の山の上に、武術を教えてくれる寺院の存在、武功寺のことを知った。シャオランは6歳になると、そこに通い始めた。
だが、そこで誤算が生じる。
自分をいじめていた子供たちもまた、武功寺の門下生だったのだ。
「お前みたいなチビが、強くなれるワケないだろ」
そう言われて、街でも寺でも馬鹿にされた。
シャオランは悔しくなり、よりいっそう鍛錬に励んだ。
そんなシャオランに目をつけたのが、今のシャオランの師匠だ。
師匠の修行は、地獄のような内容だった。
今までの鍛錬など児戯に等しいものだった。
おかげで、シャオランはすっかり師匠がトラウマとなった。
だが、その師匠の指導のおかげで、シャオランはいじめっ子たちに勝つことができたのだ。そのゆったりとした道着の中には、鋼のような筋肉が隠されている……らしい。
「へー……。シャオランは怖がりだけど、確かに強いんだなぁ。シャオランの師匠がシャオランに目をつけたのって、やっぱり特別な才能を感じたから、とか?」
「いや、単に『かわいいから』とかいう理由で……」
「ますますシャオランの師匠が分からない……」
「ボクもあの人が分からない……」
「分からんのかい……」
「いつか、もっと強くなって、この臆病な性格を克服できたらなって思ってるんだ」
「……けど、先はまだまだ長そうだね……」
「そうだね……」
ネガティブな性格のシャオランだが、日向も相当なネガティブである。
そんな二人の会話は、どんより暗いものだった。
その後、日向はシャオランの両親から夕食をご馳走され、風呂に入って寝た。
石家の夕食は、味も量もそっけなかったが、とても暖かかった。




