第375話 ロシア兵たちと共に
日向たちは、解放したロシア兵たちと共に、ホログラートミサイル基地の地下を進む。しかし、その足取りは慌ただしい。
基地内では、引き続き警報が鳴り響いている。日向たちが脱走したのがバレてしまったのだろう。先ほどまで皆で手をつなぎ、一列になって移動していたが、今はもう手を放して動いている。
「やっぱりダメだったのかなぁ、あの作戦……」
「その割には、そこそこ時間を稼げたと思うぞ日下部よ!」
「バレてしまった以上は仕方ないさ! 一気に突破しよう!」
落ち込む日向に、大柄な兵士のシチェクと、戦車兵のイーゴリが声をかける。声をかけながら、通路を進んでいく。目的地は武器庫。そこで武器を調達し、同時にテロリストに使われるかもしれない武器を奪っておくのだ。
「たしか、次はここを左に曲がるんですよね!」
そう言って、日向が左の通路に入ろうとする。
……だが。
「ぬっ、日下部、下がれ!」
「おうっ!?」
急にシチェクに襟首を引っ張られ、日向は元の通路へと戻された。
その直後に、通路の向こう側から銃声。
先ほどまで日向がいた場所を銃弾が通り過ぎた。
日向に向かって発砲したのは、テロリストだ。人数は二人。
地上の見張りが、すでにこの地下にやって来ているらしい。
「た、助かりました、シチェクさん……」
「うむ、助けてやったぞ!」
「……けれど、ここで恐れていた事態が発生してしまったね。こちらの兵士のほとんどは丸腰。対して向こうはアサルトライフルを持っている。攻め込まれたら、皆一斉にあの世行きだ」
「こちらも、日下部を合わせて五人は拳銃で武装しているではないか! 撃ち返せ!」
「またこの脳筋は簡単に言ってくれちゃって……。アサルトライフル相手に正面からハンドガンで挑んだら、圧倒的に不利だろ! 誰かが怪我するかもしれないよ!」
「あのー……それなら俺に、一つ考えがあるのですが……」
そう言って、日向がおずおずと手を挙げた。
一方、日向たちを銃撃した二人のテロリストは、日向が隠れた通路に向かって銃を構えながら、慎重に歩を進めている。敵が飛び出してきたら、すぐにでも撃ち殺せるように。
「向こうはきっと、見張りの奴らから奪った銃で武装しているぞ。油断するなよ」
「ああ、分かってる」
……そして、通路の角の向こうから、日向が顔を出した。
「とおっ!」
日向は屈みながら顔を出すと、持っていた『太陽の牙』を、テロリストの二人目掛けて、床を滑らせるように投げつけてきた。
「むっ!? 何だコレ!? 剣?」
「剣の腹に何か乗ってるぞ。黒いバンダナか……?」
……だが、それ以上は何も起こらず、剣はうんともすんとも言わない。剣の上に乗っている黒いバンダナも、何の変哲もないただのバンダナだ。二人のテロリストは、日向が剣を投げてきた意図が分からず、剣を見ながら首を傾げる。
……だがその時だ。
短い銃声が二回、鳴り響いた。
「うぐっ!?」
「ぐぇっ!?」
滑ってきた剣に気を取られている間に、日向の背後に控えていたロシア兵の二人が、テロリスト二人を撃ち殺してしまった。
「よし、仕留めたぞ!」
「剣もバンダナも、こちらから注意を逸らすためのフェイクとは、面白いことを考えつくな、日本人の少年」
「上手くいって良かったですよ。……しかし、間接的にとはいえ、とうとう人を殺しちゃったぞ……」
「なぁに、気に病むなよ坊や。お前は剣を滑らせただけで、撃ち殺したのは俺たちだ」
「人殺しの覚悟ができていないのは、これからの戦いで心配なところだが、俺たちは君に助けられた。君のその『殺さない覚悟』が貫けるように、俺たちが力になろう」
「……すみません、頼りにしてます」
気を取り直して、日向たちはテロリスト二人の死体を通り過ぎ、通路を進む。そのついでに、死体からアサルトライフルを取り上げておいた。ロシアの名銃、カラシニコフ突撃銃だ。
列の前方を日向と、先ほどのロシア兵二人が先行する。
ロシア兵の二人は、テロリストから取り上げたアサルトライフルを装備している。
「……ん、止まれ。角の向こうから足音が聞こえる」
「……確認した。人数は三人ってところか」
「一斉射撃で片付けるぞ。3……2……1……0!」
「撃てぇッ!」
合図と共に、空を引き裂くような銃声が鳴り響く。
接近してきていたテロリストたちは、反撃の暇さえ無く絶命した。
見事な手際に、日向は感心の声を漏らす。
「ほぉぉ……手慣れたものですね……」
「俺たちだってやるだろ! 人間相手ならこんなモンだぜ!」
「戦車の操縦よりよっぽど楽だな」
「……でも、マモノ相手には負けてしまった、と」
「ああそうなんだよ……。カマキリはまだ良いんだ。弾が当たればすぐに死んでくれるから。何がヤバいかって言うと……」
「……おいキール! 前見ろ! 犬だ!」
「っ!?」
キールと呼ばれた、調子のいい口調の兵士が急いで通路の先を見ると、その向こうから猛スピードでこちらに向かってくる獣が二匹。
「バウッ! バウッ!」
「グルルルルルッ!」
やって来たのは、茶色の毛並みを持つオオカミ型のマモノのマーシナリーウルフだ。日向も、このマモノはノルウェーで見たことがある。
だが、今回のマーシナリーウルフは少々特殊だ。全身を合金製のアーマーで守られている。『赤い稲妻』がマーシナリーウルフのために制作した装備である。胴体はガッチリと固められ、顔も合金の兜で覆われ、足先もまたクロー状の合金が装着されている。
「くっ、撃てぇッ!」
「うおおおお!! くたばれ犬コロぉぉぉ!!」
二人のロシア兵が再び銃で一斉射撃を行う。
しかし、銃弾はマーシナリーウルフの合金アーマーに弾かれ、傷を与えられない。
そうこうしているうちに、マーシナリーウルフが二人との距離を詰め切った。一体目は、キールと呼ばれた兵士に体当たりを食らわせて転倒させ、もう一体が相棒の兵士の左腕に食らいついた。
「バウッ!」
「ぐぁ!? しまった!」
「ガァァッ!」
「うわぁぁぁ!? くそ、離せぇ!」
二人の兵士がマーシナリーウルフたちに切り崩された。
日向たちが慌ててフォローに入る。
「その人から離れろぉ!」
「ギャンッ!?」
日向は、ロシア兵に噛みついていたマーシナリーウルフに攻撃を仕掛けた。
マーシナリーウルフたちの合金アーマーは、さすがに脚の関節部分までは固められていない。そこまで合金で覆ったら、脚が動かせなくなるからだ。だから日向は、その露出している後ろ脚の関節を『太陽の牙』で突き刺した。
日向はさらに、露出しているマーシナリーウルフの下半身に剣を突き刺し、トドメを刺した。……が、その日向に向かってもう一体のマーシナリーウルフが飛びかかってきた。
「ガウッ!」
「うわっ!?」
背後からマーシナリーウルフに押し倒される日向。先ほど転倒させたキールは放って、日向にターゲットを変更したらしい。日向の背中の上に乗ると、彼の後頭部に牙を突き立てる。
「ガルルルッ!」
「痛だだだだだぁ!?」
マーシナリーウルフに頭を噛まれ、暴れる日向。だが、合金アーマーまで装備しているマーシナリーウルフの体重はかなりのもので、全然どいてくれない。
……しかし、そのマーシナリーウルフの背後から人間の手が伸ばされる。
ここにいるロシア兵の中でも随一の怪力と巨躯を持つシチェクが、マーシナリーウルフを持ち上げてしまった。
「この犬め! いつまでも調子に乗るんじゃあないっ!!」
「ギャンッ!?」
シチェクは、そのままマーシナリーウルフを思いっきり床に叩きつけた。アーマーで守られているとはいえ、これはマーシナリーウルフにとって大きなダメージになっただろう。実際、叩きつけられたマーシナリーウルフは、すでにのびてしまっている。
そして日向が、のびたマーシナリーウルフに剣を突き刺し、トドメを刺した。
「た、助かりました、シチェクさん。怪我は大丈夫なんですか?」
「うむ! ちょっと背骨が痛んだが、大したことは無いぞ! ……しかし日下部よ、そちらこそ頭から血が出ているぞ。大丈夫か?」
「なんとか……。なぜかもともと、頭は頑丈なんです。もう傷も塞がりましたし」
「なんだとぉ!? お前、傷が治りやすい体質なのか!?」
「あ、言ってませんでしたっけ? 俺って、今はちょっとした事情で、すぐに怪我が塞がる身体なんです。死んでも蘇ります。一応」
「それは便利だな! 羨ましいぞ!」
「色々不便もあるんですけどね。それより……」
さっき噛まれた人を助けないと。
そう言いかけた日向だったが、通路の先から気配を感じた。
「グルルル……!」
三体目のマーシナリーウルフが、通路の先に立っていた。
その背中には、犬用の機銃が装備されている。
「やっば……!?」
大慌てで日向はハンドガンを抜き、すぐさま発砲。
だが、その狙いは極めて正確。
弾丸は、剥き出しになっていたマーシナリーウルフの牙をへし折り、そのまま口内を撃ち抜いた。
「ギャオオオン……」
断末魔の悲鳴を上げて、マーシナリーウルフは倒れた。
同時に背中の機銃が火を吹き、シチェクのすぐ側の壁に弾痕ができた。
「うおおっ!? あのまま狙われていたら、頭を撃ち抜かれていた……。助かったぞ、日下部よ」
「ふー……無事でよかったです……」
新手がいないのを確認し、日向は改めて、先ほど噛まれた兵士の様子を見る。相棒のキールが怪我の容態を診ているようだ。
「どうだアンドレイ、大丈夫そうか?」
「……いや厳しいな。完全に噛み潰されてしまっている。これじゃあ左腕は使えないな……」
「……ああクソ! あの犬どもめ!」
「けど、右腕はまだ使える。ハンドガンでも持って援護するさ」
「バカ! 怪我人は大人しくしとけってんだ!」
「それで脱出できるなら苦労はしない。今は、全員が一丸となって事に挑むべきだ。この程度の怪我で音を上げてなんかいられない」
アンドレイと呼ばれた兵士は、命に別状は無さそうだが、それでも大きなダメージを受けてしまったようだ。日向も、苦い表情で二人の様子を眺めている。
「武装したマーシナリーウルフ……。オリガさんにこの基地へ連れて来られて、少し目にしていたから存在は知っていたけど、こんなに厄介だとは……」
「基地が襲撃された際に、もっとも脅威だったのがこのマーシナリーウルフたちだ。こちらの戦闘準備も整っていない間に、一気に攻めてきてこちらの体勢を崩し、てんやわんやになっていたところでアイスリッパーの大群に押し潰された」
アンドレイの言葉に、シチェクやイーゴリ、キールも頷く。
「そうだな……悔しいが、俺様たちはどうにもできなかった」
「マモノの大群が襲ってくる可能性は、常日頃からもちろん考えていた。けれど、これだけしっかりと組織立って攻めてくるのは、完全に想定外だった。僕たちは成す術無く壊滅させられてしまった……」
「……マーシナリーウルフは、銃撃戦にも対応できる戦闘知識を持っています。それに、専用の装備を与えられたら、それを即座に使いこなせるだけの知能もあると聞いたことがあります。このマモノの戦闘力は、『単純に武装した犬』よりもよっぽど凶悪です」
「チクショウ、犬コロめ……!」
「……武器庫までもうすぐだよ。他の敵が来ないうちに、さっさと侵入してしまおう」
「アンドレイさん。俺の仲間に、怪我が治せる超能力者がいるんです。無事にここから脱出できれば、回復の余地はあります」
「……そうか。それなら、なおのこと止まってはいられないな。先を急ごう」
やがて、アンドレイの怪我の応急処置が終わった。
日向が使っていた黒バンダナを、包帯代わりに使った。
日向たちは武器庫を目指して、移動を再開した。