第371話 予想外の味方
引き続き、ホログラートミサイル基地の牢屋にて。
牢屋を脱走しようとした日向の前にやって来たのは、かつて少しだけ共闘したことがあった二人のテロリストの男だった。一人は赤いバンダナを頭に巻き付け、もう一人は顎の骨格がデザインされたスカルスカーフで口元を覆っている。
この二人の男は、テロ組織『赤い稲妻』の構成員のはずだが、日向と敵対するつもりはないらしい。それどころか、随分と友好的な態度に見える。
日向は恐る恐る、二人の男に声をかける。
「えっと……お二人は俺の味方ですか? 敵ですか?」
「まぁ、味方だよ。あの時、お前に声をかけられていなかったら、俺たちはビッグフットに皆殺しにされていたかもしれねぇ」
「実は俺たち、ノルウェーの難破船でも会っていたんだけど、覚えてないよな? あの時は声もかけなかったしな」
「あー……そういわれると、確かにいた気がする……。無事だったんですね」
「リーダーと一緒に、高速艇で逃げたんだよ。あの時は散々な目にあったぜ」
「ところでお二人は、なぜここに……?」
「あのオリガって女が、外からお前たちを連れてきたとき、もしかしたらって思ったんだ。それで食事係を申し出てここに来てみたら、やっぱりお前だった」
「つまりお二人は、俺がヤクーツクで共闘を持ち掛けたから、今回は俺を助けてくれる……と?」
「まぁそんなところだ。結果的に命を救ってもらったんだからな。ほれ、それより飯食え。せっかく作ってやったんだから」
「あ、ありがとうございます……。ところで、随分と流暢な日本語ですね? 初めて会った時はコテコテのロシア語だったのに……」
「あー、これな。次にお前に会ったらひとこと礼を言いたくて、軽く日本語を勉強していたんだが、つい熱が入っちまってな」
「今じゃ俺もコイツも、ツアーガイドができるくらいに日本語ペラペラになっちまった」
「な、なるほど……。テロなんかせず、もうそれで食って行けばいいのに……」
「う、うるせ。それよりほれ、飯食え」
「あ、はい、いただきます……」
バンダナの男に促され、日向は食事に手をつける。
ベーコンも目玉焼きも、少々淡泊な味付けだったが、身に染みる美味しさだった。
食事中の日向に、スカルスカーフの男が声をかける。
「俺たちも、あまりここでゆっくりはできない。食事中だが、さっそく情報を提供させてもらうぞ。ここの警備の配置や、脱走するべき時間帯についてだ」
そう言って男は、食事を咀嚼している日向に、このホログラートミサイル基地に関する情報を語り始めた。
現在の『赤い稲妻』の構成員の数は百人程度。前回のラドチャックの件で主要メンバーはほとんど死亡したと思われていたが、ロシア中に潜伏していたメンバー、および有志をかき集めたのだという。
百人、と聞くと大した数に聞こえるが、この広大なホログラートミサイル基地全体を警備するには圧倒的に人員が足りない。さらに、人員の中にはミサイルのセキュリティを突破するためのサイバー部隊も数に入っているので、実際に警備に使える人間の数は百より少ない。
そこで組織は、マモノに警備を任せている。アイスリッパー、ヘルホーネット、マーシナリーウルフ……合わせて三百匹以上の数のマモノが、この基地内を徘徊しているのだ。
このマモノたちにはそれぞれ、頭領となる『星の牙』がいる。その『星の牙』をオリガが操り、雑魚マモノたちに『赤い稲妻』と協力するよう命令を下させることで、組織はマモノとの共闘を実現している。
オリガの精神支配は、オリガの意識が途切れたら解除される。これはオリガが就寝する時も例外ではなく、彼女が寝る時、『星の牙』たちの洗脳は解除される。
ではどうやって、オリガは今までマモノたちを支配し続けることができたのか。さすがの彼女と言えど、一か月もの間、眠らずに過ごすのは不可能だ。
そこで使われるのが、『赤い稲妻』が開発した『マモノ保管用コンテナ』である。これはノルウェーでラドチャックを保管していたものと同じで、コンテナ内に睡眠ガスを充満させることで、マモノを眠らせながら閉じ込めておくことができる。
これを使って、オリガが眠る時はマモノたちも眠らせて、オリガが起きたら改めてコンテナ内のマモノを操るという寸法だ。
現在、この基地の外には、このマモノ保管用コンテナを積んだトラックが多数駐車しており、オリガが就寝する時は、マモノたちもそこに格納される。オリガに操られているズィークフリドもそこで寝起きしているのだとか。
オリガはこれから、20時から23時まで仮眠をとる予定だ。その間は、マモノたちがコンテナの中に格納されて、警備が一気に手薄になる。
日向が脱走するなら、このオリガが仮眠する時間帯を狙うべき、と二人の男は言った。さらに基地の兵士たちが監禁されている場所などについても教えてくれて、オマケに基地の簡単なマップまで提供してくれる好待遇である。
「……とまぁ、こんなところだ。ここには時計が無いから、俺の腕時計をやるよ。それで時間を見計らって、脱走しろ」
「オリガが仮眠している間も、ウチのサイバー部隊がセキュリティの解除を続ける。恐らく、今日の24時にはミサイルの発射体勢が整うって話だ」
「むしゃむしゃ……にゃじぇしょこまへひへふへふんへふ?」
「……せめて口の中のものを飲み込んでから喋ってくれ」
「むしゃむしゃ、ごくん。……なぜそこまでしてくれるんです?」
「まぁ……ちょっと、事態の重さに耐えられなくなっちまって……」
「もちろん、お前への恩返しも兼ねているんだが、俺たちなりに考えた結果でもあるというか」
そう言って、二人の男は事情を説明する。
二人が生まれ育った場所は、治安が悪く、教育も満足に受けられないような地域だった。まだ十歳にも満たないころから、その日の食い扶持を稼ぐために働いていた。
十四歳くらいのころに、今の『赤い稲妻』のリーダーに誘われ、テロに参加し始めた。この組織にいる限りは、食事は提供してくれるし、活躍したら報奨金も出た。マトモな教育も受けられず、就ける職も限られていた二人にとっては、絶好の職場だった。
だから二人にとって、このテロ組織で活動することは、ちょっとしたアルバイト感覚なのだ。その日を生きるための糧が手に入れば、それで良かった。
……だが、そのアルバイト感覚で、核ミサイルが発射されようとしている。
「俺たち二人は、ちょっと破壊活動して、略奪して、その日の飯にありつければ、それで満足だったんだ。それが今じゃ、ミサイルで何万人もの人間を殺そうとしている」
「そうなれば俺たち、歴史的な犯罪者だ。もうこの先、マトモな人生なんて送れねぇ」
「さすがにやり過ぎだと思ってな。どうにかして止めさせることはできないかと思っていた。そこへ、お前が現れたんだ」
「お前、日本のマモノ討伐チームなんだろ? 強いんだろ? 俺たちが情報を提供したら、それを活用して、ミサイルの発射を止めてくれるよな!?」
「……絶対とは、言い切れません。少し前まで、俺は普通の高校生でしたから。お二人が思っているほど、俺は特別な人間じゃないんです」
「そ、そうか……」
「……でも、やれるだけのことはやります。ロシアのためにも、北園さんのためにも、俺は引き下がるワケにはいきませんから。それに、後から他の仲間も来てくれると思いますし、きっと何とかなりますよ」
「……分かったぜ。頼りにしてる」
やがて日向が食事を終えると、二人の男は空になったトレーを持って牢屋から出る。そして日向が入っている牢屋に鍵をかけ直すと、その鍵を牢屋の中の日向に投げてよこした。
「頃合いが来たら、それを使って脱走しちまえ」
「助かります。イグニッションを使って脱走しようとしたら、どうしても派手になっちゃいますからね。冷却時間も課せられちゃいますし」
「いずれこの基地は戦場になるだろうから、俺たちは巻き込まれる前にオサラバさせてもらうぜ」
「あ、最後まで協力してはくれないんですね……」
「すまねぇな。けど、こうやって他の連中の目を盗んでお前に情報を流すだけでも、こっちとしては命がけなんだ」
「お前は、自分のことを『特別じゃない』なんて言ってたけどよ。俺たちから見たら十分特別だぜ。それに比べて、俺たちはどこまで行っても一般人だ。ここに残ったところで、できることなんてほとんどないさ」
「もうこんな仕事からは足を洗って、お前が言っていた通り、ツアーガイドの仕事でも探してみるぜ」
「それが良いと思います。それじゃ、お気をつけて!」
「ああ! お前も上手くやってくれよ、頼むから!」
「全てが無事に終わったら、今度は観光に来てくれよ!」
やり取りが終わると、男たちは部屋から出ていった。
牢屋には、日向一人が残される。
だが、寂しさや不安などは微塵も感じなかった。
思わぬ味方の登場だった。
偶然紡いだ縁が、ここに来て形を現した。
それが、日向の心を熱くした。
「きっと……上手くいくよな……」
己に言い聞かせるように、日向はそう呟いた。