第370話 舌戦
「オリガさんに……協力?」
「ええ。私、あなたのこと、やっぱりお気に入りだわ」
ホログラートミサイル基地の独房にて、引き続き日向とオリガがやり取りを交わしている。日向は牢屋の中で手足を縛られ、オリガは北園を閉じ込めたスーツケースの上に腰を下ろしている。
先ほどまでは、オリガの寿命が常人より短いことについて話していた。その話をいきなり切り替えて、オリガは日向に協力を持ち掛けてきた。
「この計画は、私にとっては悲願なの。何が何でも成功させたい。そのためには、いくらでも戦力が欲しい。だから日下部日向。私に協力しなさい」
「何の見返りも無しに、ですか?」
「そんなワケないわ。当然見返りは用意する。あなたが手伝ってくれたら、北園は必ず無事に解放するわ。それに、この計画が終わったら、あなたの戦いに最後まで力を貸してあげる。ズィークと一緒にね」
「オリガさんと、ズィークさんが……」
「ズィークの実力は、もう証明済みでしょ? 私の精神支配も、他にはない能力よ。きっとあなたの役に立つ」
「けど、あなたに協力したら、皆を裏切ることになる」
「こっそりでもいいのよ。他の仲間たちに見つからないように、裏方に徹してくれるだけでもいい。なんだかんだで、あなたは器用にやってくれると思ってるから。計画が終わったら、あとは何食わぬ顔で皆のところに戻ればいいわ。その後、私たちも合流して陰から協力する。バレなきゃ大丈夫よ」
「……ミサイルは、すぐにでも発射できるんですか?」
「いいえ、もう少しかかるわ。ミサイル発射のセキュリティがなかなか頑丈でね。オマケにここを襲撃した際に、ミサイルのセキュリティに詳しい人間も大勢死んじゃったのよ。残った捕虜を洗脳しても、めぼしい情報が手に入らない。とはいえ、それでもあと半日もあれば解除はできるはずよ」
「俺が協力したら、計画は成功する、と……?」
「こう見えても私、あなたは高く買ってるのよ。あの五人の中では一番弱いように見えるけど、いずれ何かをやらかしそうな、得体の知れないものを持っている。あなたは是非とも、私の手元に置いておきたい」
突如として、日向の前に提示された選択肢。
このまま『予知夢の五人』として、最後まで戦い続けるか。
それとも、北園の無事やこの星の未来のために、オリガと手を組むか。
「さぁ、どうする? 日下部日向……」
オリガは、牢の中の日向を見つめる。
日向が出した答えは……。
「論外ですね」
キッパリと、そう即答した。
「さっき言ったばっかりじゃないですか。あなたがやろうとしていることは許せないって。この計画が達成されたら、ロシアのどこかの都市にミサイルが落ちて、大勢の人間が死ぬんでしょう? そんな犠牲を払ってまでオリガさんたちの協力が欲しいとは思いません。マモノ災害は、自分たちで何とかします」
「……仮に、ここで北園を人質に取ったとしても?」
「それを言われると、俺としては凄く困るんですけどね。けれど、北園さんが『協力しちゃダメだよ!』ってさっきから俺の頭の中で叫んでいるんです。だったら俺は、北園さんの意志を尊重します」
「……あっそ。仲が良いわね」
「どうしても俺を協力させたいなら、どうぞその眼で洗脳でもしてください」
「もったいないから、やめとくわ」
オリガのその言葉を聞いて、日向はニヤリと笑った。
オリガが何気なく吐いたその言葉を、日向は聞き逃さなかった。
「……オリガさん。あなたが今、支配しているのは、ズィークさんとコールドサイス、それからヘルホーネットと、この基地内をうろついていたマーシナリーウルフを統べる『星の牙』……ってことで、よろしいですか?」
「……ええそうよ。それが何か?」
「さっき、俺を操るのを『もったいない』って言いましたね。つまりオリガさんの洗脳の枠には、もう余裕が無いということ。俺たちは今まで、オリガさんは何十人も洗脳できるのではと思ってましたから、これは新発見ですよ」
「……あっ!?」
オリガは喋り過ぎた。慌てて口を塞ぐが、もう遅い。
一方、日向はしたり顔で話を続ける。
「現在オリガさんが操っている人数は四人。そこから推測すると、オリガさんが一度に操れる人数は、せいぜい五人くらいでは? だからホログラート山岳地帯の戦いではシャオランだけが操られて、他の皆は無事だった」
「うぐ……でもそれなら、雑魚マモノに言うことを聞かせているのは、どう説明を付けるつもりかしら? 私は今、この基地内にいる全ての雑魚マモノも統率しているのよ?」
「恐らくは、この雑魚マモノを統率している『星の牙』を操っているのが関係しているんでしょう。それなら、山岳地帯でヘルホーネットやコールドサイスを逃がしたことにも理由ができる。思うに、彼女らを倒されたら雑魚マモノの統制が取れなくなるのでは?」
「くっ……。でも、牢の中のあなたがそれを知ったところで、外に伝える手段なんて……」
「オリガさん。あなたが座っているスーツケースの中に、誰が入ってますか?」
「そりゃ、北園でしょ。……ああっ!?」
「彼女は精神感応が使える。ここまでの会話は、もう基地の外の日影たちにダダ漏れですよ」
「き、北園っ! 今の会話、絶対に外に漏らすんじゃないわよ!」
「オリガさんって、勝ち誇ると周りが見えなくなる悪癖がありますよね。牢の中で手も足も縛られた人間に、足元をすくわれる気分はどうです?」
「この……!」
オリガは、怒りの表情でハンドガンを取り出し、日向に銃口を向ける。
だが日向も、負けじとオリガを睨み返す。
オリガの指が、ゆっくりと引き金にかけられて……。
「…………弾の無駄ね」
そう言って、銃を再び懐にしまった。
スーツケースから腰を上げて、日向を見下ろす。
「これ以上あなたと会話していたら、また余計な情報を喋らされるかもしれないわね。もう計画が終わるまでここで大人しくしてなさい」
「言われずとも、そうしていますよ」
「……それと、情報を漏らした北園には、後でお仕置きね」
「あ!? 北園さんに手を出すのは卑怯ですよ!?」
「ふん。せいぜいそこで吠えてなさい。あなたを悔しがらせるのが目的なんだから。それじゃあね」
オリガは、北園を閉じ込めているスーツケースを引きながら、部屋から出ていった。部屋には再び、日向一人が取り残される。
「……とりあえず、最低限の仕事はできたかな。後は頃合いを見て、ここから脱出だ」
残された日向の眼は、まだ諦めの色を見せてはいなかった。
◆ ◆ ◆
オリガが牢屋を去って、どれくらいの時間が経っただろうか。
「とりあえず、俺の腹時計は七時くらいを差してる気がする。つまりお腹すいた」
牢屋の天井を見上げながら、日向は呟いた。
オリガが去った後も、日向はずっと考えていた。
ここから脱走して、何をするべきか。
この基地の構造は、どんな感じだったか。
テロリストやマモノたちは、どのように配置されているか。
脱走した後、スムーズに動けるように、必死に考えていた。
そしてもう一つ、考えていたことがある。ズィークフリドについてだ。
「ズィークさんは、オリガさんの命令を百パーセントは聞いていなかったみたいだった。オリガさんは俺たちの皆殺しをズィークさんに命じたみたいだけど、ズィークさんは俺たち全員にトドメは刺さず、俺と北園さんを生け捕りにし、倉間さんに至っては、ボコボコにしただけで逃がしてしまった」
オリガに洗脳された者は、彼女の言うことに絶対服従する。そこに操られた者の自我が入る余地など無い。
つまりズィークフリドは、オリガの命令通りに日向たちを皆殺しにしないと、おかしいのだ。オリガに操られている者として。だが彼は、日向たちを生かした。
そこで日向は、同じくオリガに操られていたシャオランを思い出す。
「シャオランは、オリガさんの洗脳を自力で解いていたみたいだった」
オリガの洗脳は、決して自力で解除できないというワケではないらしい。きっと、強烈な自我を保つことができれば、振りほどくことができるのではないだろうか。
オリガの洗脳は、自力で解除することも可能。
そして、ズィークフリドはオリガの言うことを聞かなかった。
となると、導き出される仮説は一つ。
「ズィークフリドさんは、実は操られていないのでは……」
ズィークフリドは、オリガに操られていないという可能性。
彼は何らかの理由で、オリガに操られているフリをして、彼女に近づいているのではないか、と日向は考えた。
「……となると、いったい何の理由があって……?」
ズィークフリドが操られているフリをする理由を考える日向。
ズィークフリドは寡黙で強面だが、心根は優しい。そんな彼が、多数の犠牲者を出すオリガの計画に、すすんで賛同しているとは思えない。
そもそもオリガに協力しているなら、そのまま操られていればいい。操られているフリをする理由が分からない。
ならば彼はやはり、オリガと敵対しているのではないだろうか。操られているフリをしてオリガに近づき、彼女を止める機会を窺っているのではないだろうか。そう考えれば一応、筋は通る。
だが、もしズィークフリドが日向たちの味方だとしたら、倉間を必要以上に痛めつけたのは何のためなのだろうか。確かに彼は倉間を殺しはしなかったが、足までへし折っていた。やり過ぎだ。
ズィークフリドは敵か、味方か。
判断するには、まだ材料が足りない。
今はまだ、結論を出すべきではないだろう。
「とりあえず、ズィークさんは説得の余地があるかもしれない、とだけ覚えておくか……」
そこまで考えると、次に日向は耳を澄ませて、部屋の向こうに見張りなどがいないか気配を探る。特に人の気配などはしない……ような気がする。
「ミサイルの発射は刻一刻と迫ってきている。そろそろ何か行動を起こすべきだな」
すると日向は、後ろ手に回されて縛られている腕を、もぞもぞと動かし始めた。肩まで使って、縛られている腕を必死に上下させる。
「ここをこうやって……このっ。ふんっ。このっ! このっ!」
しばらく日向が頑張っていると、やがて腕に巻かれた麻縄が緩んでいき、拘束が解かれた。次いで、自由になった両手を使って足の縄も解いてしまった。
日向が使ったのは、縄抜けだ。
日向の能力”再生の炎”は、ツタやロープによる拘束に対しては効果を発揮しない。縛られてしまったら、何も抵抗ができなくなる。拘束攻撃は”再生の炎”の数少ない弱点の一つなのだ。
そこで、この弱点を克服すべく、日向は狭山から縄抜けの技術を習っておいたのだ。まだまだ練度は浅いが、簡単な拘束なら解除できるようになった。
拘束を解き、自由に動けるようになった日向は、さっそく手元に『太陽の牙』を呼び出す。あとは目の前の鉄格子を焼き切るだけである。
「イグニッションを使えば、これくらいの鉄格子なんか……!」
……だがその時である。
牢屋の向こう、この独房と外をつなぐドアが、静かに開いた。
「うぇぇぇ!? どちら様!?」
日向は思わず焦ってしまう。
この状況下でここに来る人間と言えば、間違いなくテロリストだろう。彼らに見つからないように基地内で裏工作をするはずだったのが、一気に予定が狂ってしまった。
部屋に入ってきたのは、やはりテロリストだった。人数は二人。
一人は、頭にバンダナを巻いた若い男。
もう一人は、口元にスカルスカーフを巻いた若い男である。
……だが彼らは、牢の中で『太陽の牙』を持っている日向を見ても、何も騒いだり大声を上げたりはしなかった。それどころか、日向の目の前で牢屋のカギを開けて、中に入ってきた。
「食事だぞ」
そして挙句の果てに、持ってきたトレーを日向の前に置いた。トレーの上には、ベーコンや目玉焼きなどの簡素な食事が乗せられている。
「…………は?」
日向は、唖然とするほかなかった。
この二人のテロリスト、自分と敵対する意思が全く無い。
日向は、恐る恐る二人の男に声をかけてみる。
「……あの、あなたたちはいったい……?」
「……まぁ、覚えちゃいないよなぁ」
「覚えて……? 俺たち、前に会ったことありますっけ?」
「あるんだよ。ほら、ヤクーツクでビッグフットの取引現場にお前たちが乗り込んできたとき、お前は俺たちに協力を持ち掛けて来てくれただろ?」
「えーと…………あああ!?」
その言葉を受けて、日向は思い出した。
この二人の男は、オリガとズィークフリドの二人と初めて仕事を共にしたあの日、日向が共闘を持ち掛けるために声をかけたテロリストたちだったのだ。