第38話 キノコ病
謎のキノコにやられた北園と本堂を、街で出会った道着姿の男の子とともに運んできた日向。男の子に連れられて立ち寄った建物には、二人と同じように身体にキノコが生えた人たちが数多く横たわっていた。
「こ、これは……!?」
その惨状を見て固まる日向に、日向に声をかけてきた男の子が語り始める。
「ボクたちの道場……武功寺って言うんだけどね、そこに、キノコの化け物が出たんだ」
「キノコの化け物!?」
奇しくも男の子は、日向たちの目的地、『武功寺』の関係者のようだ。
その武功寺に、化け物が出たという。
男の子は本堂を運びつつ、説明を続ける。
「信じられないかもだけど、本当だよ。ソイツの胞子を吸って、皆はこうなってしまったんだ。ボクも合わせて、無事だった人たちが何とか皆を寺から避難させたけど、このキノコ、抜いたり切り取ろうとしたりすると、生えている本人も痛がってしまって、それでも何とか取り除いてもすぐに新しいのが生えてしまうんだ。お医者さんは『キノコ病』って呼んでるよ」
「キノコ病……」
部屋で寝ている患者たちを見てみると、確かに皆、身体のどこかに二人と同じようなキノコが生えてきている。ある者は腕に、ある者は脚に、ある者は顔じゅうにびっしりと。
彼らは皆一様に苦悶の表情を浮かべて横たわっている。
凄絶な光景に、日向は息が詰まりそうになる。
男の子の言うキノコの化け物とは、間違いなくマモノだろう。
しかし、この子の道場……武功寺から離れていた北園たちにもキノコが生えてしまったのはどういうことだろうか。
「ウチの師範代の一人が一度様子を見に行ったんだけど、その化け物、どうやら時間をかけて力を溜めた後、胞子を思いっきり遠くまで飛ばしているらしいんだ。既に他の村や町でも同様の被害が出てるみたい」
「なるほど、それなら……」
それなら遠く離れた二人にキノコ病が発症したのも説明がつく。
恐らく、本堂がキノコにやられたころには、日向と北園にも、飛来した胞子が付着していたのだろう。だが日向は今のところ、キノコが生えた様子も、体力が消耗した様子も無い。
日向は以前、麻痺毒にやられたことがあるが、例の”再生の炎”が体内の麻痺毒を焼き尽くした。それと同じく、胞子が日向の体力を奪う前に焼き尽くされてしまったのかもしれない。
「……けどそれなら、この村も余裕で胞子の射程圏内だよね? この村も危ないんじゃ……」
「うん。……けど、この弱った人たちを一斉に移動させる手段が、ここには無い。キノコ病かあの化け物か、どちらかを何とかするまで、ボクたちは耐えるしかないんだ」
「何とかするまでって……何とかできそうなのか?」
「……少なくとも、ボクの師匠が戻って来てくれれば、あの化け物は何とかなるかも」
「師匠? 君の? その人は、強いの?」
「うん……ハッキリ言って、化け物だよ……」
その男の子曰く。
彼の師匠は武功寺の長も務める人物であり、謎に包まれた過去と私生活から、知る人からは『仙人』の異名で呼ばれているという。
その拳の威力は、軽く振るうだけで人間の数倍もある巨大な岩を真っ二つに破壊するとか。
「心山拳師範かよ……」
至近距離から銃撃を受けても、その肉体は弾丸を通さないとか。
「スーパーサイヤ人かよ……」
ご飯作るのが面倒くさいから、とか言って、空気中の霞を吸って腹を満たすこともあるらしい。
「ガチ仙人かよ……」
「実際、空気だけ吸って一週間ぐらい何も食べなかったことがあるよ。ボクの師匠は」
「中国ヤベェ……」
とにかく、聞けば聞くほど、男の子の師匠は人間離れした人物のようだ。そんな超人であれば、あるいは『星の牙』たるマモノにも勝てるかもしれない。
……だが、その師匠は今、用事で都会の方に出かけているらしい。
「師匠にはもう連絡を入れたけど、師匠はけっこう、現代の交通に疎くて……。今頃どこかで迷ってるかも……」
「化け物みたいな人かと思ったけど、意外とユーモアな部分もあるんだね……」
「ユーモアなんてとんでもないよ。化け物だよあの人は」
「君は師匠に何か恨みでもあるの?」
二人が話しながら療養所の中を歩いていると、その途中で、横たわっている女の子の近くを通った。男の子は、その女の子を心配そうに見ている。
「ぅ……うぅ……」
その女の子は、腕、肩、胸の上部に至るまでびっしりとキノコに覆われている。意識は無いようだが、悪夢でも見ているかのように苦しそうな表情をしている。見ているだけで痛々しい、無残な姿だった。
「その子は、知り合い?」
「うん。リンファって言うんだ。キノコの化け物に立ち向かって、けれどやられてしまったらしい」
「……かなり、ひどい症状だね。周りの人たちと比べても、生えているキノコの数が半端じゃない」
「うん……。至近距離で胞子を喰らってしまったらしいんだ。リンファは体力があるから何とか耐えきれているけど、他の人なら危なかったってお医者さんは言ってたよ」
そして二人は、部屋の一角の空いている場所に、北園と本堂を安置した。
日向は、意識定まらぬ北園に声をかける。
「それじゃ、俺は宿を見つけてくるよ。ゆっくり休んでね、北園さん」
「う、ううん……」
日向の言葉は北園に届いたのか、北園はうなされているような声を発した。それを確認すると、日向は男の子に声をかける。
「じゃあ君、最後に、この街の民宿とか案内してくれると助かるんだけど……」
「民宿かぁ……止めといたほうがいいかも……」
「え? なんで?」
「もともとこの街には旅行客が少ないうえに、今は街がこんな状態だから、お客さんなんて全然いない。その上、ヒューガは日本人でお金持ってそうだから、すごく足元見られるかも……」
「な、なるほど。じゃあどうすれば……野宿でもしようか?」
「それはもっとおススメしない……。ヒューガ、荷物を盗られてニホンに帰れなくなるかもだよ」
「おうふ、そりゃ駄目だ。……うん? 君、俺の名前を知ってるの? さっきからヒューガ、ヒューガって」
「最初に会った時に言ったじゃないか。アイアムヒューガって」
「あー、あれかぁ……」
思い出し、頭を掻く日向。
あの時はほとんどパニックになっていて気付かなかった。
(できれば、アイアムの部分だけ忘れてくれないものか……)
改めて己の失態を思い出し、日向は内心で頭を抱える。
「改めて、俺は日下部日向。えーと、日本から来た旅行客だよ」
「ボクの名前は石 暁然。よろしく、ヒューガ」
日向が手を差し出すと、シャオランと名乗った少年も、おずおずと手を握り返してくれた。気弱な少年だが、心優しい部分を感じられる。
「う、ううん……あれぇ……?」
と、その時だ。
先ほどまで意識が混濁していた北園が、ぼんやりと目を覚ました。
いまだに体調は悪そうだが、いちおう意識を取り戻したらしい。
「あ、北園さん! 身体は大丈夫?」
「あ、日向くん……そっちの子は……」
「この子はシャオランっていうんだ。俺たちを此処まで案内してくれたんだよ」
「その子……予知夢に出た仲間に似てる……」
「そっか。 ……ちょっと待って今なんて言った」
突然、北園に告げられた言葉。
シャオランは、四人目の仲間かもしれない。
立て続けに起こるイベントに、日向は頭が追いつかなくなりそうだった。




